第16章「るてん」 5-10 撃退
「うわ……!」
青ざめて次の符を用意する間もなく、アルーバヴェーレシュがナガソウを追い抜いて再び上昇する。
ナガソウはそのまま馬を駆っていたが、やがて振動で切断された首が落ち、血を吹き出して身体も馬上から落ちた。
アルーバヴェーレシュは再び弧を描いて上昇し、ユアサン=ジョウやホーランコルらを確認した。分の悪そうなほうへ加勢する。
とはいえ、見るからに悪そうなのは1人で大太刀と呪術者の2人を相手にしているユアサン=ジョウだ。
ユアサン=ジョウは雪で足元が悪い中を藁編みの長靴履きで懸命に大太刀の突撃を二刀でかわしつつ、飛来して襲い来る呪符の攻撃を叩き切っていた。ガナは探査術が得意で、直接攻撃は平凡以下なのが幸いしてなんとか防げているが、ナガソウとガナが逆だったら危なかっただろう。
片やホーランコルも1人で馬上のナカタケ=シムガとキザサを相手にし、少し離れた所でキレットとネルベェーンが慣れない一般魔法でホーランコルを援護していた。
「…………」
アルーバヴェーレシュはユアサン=ジョウに向かって方向を変えようとし、
(敵は、7人じゃなかったか……!?)
そこに気づいた。
少し上昇しさらに俯瞰の位置をとると、自身の眼に探索魔術を思考行使。
キレットとネルベェーンの背後に、白いフードをまとった1人が接近しているのを発見した。
暗殺者・忍者のニレである。
もう、アルーバヴェーレシュが獲物を見つけたハヤブサのように急降下。
5秒と経たずに、ニレに高速接近からの裁断魔法を放った。
雪原に血飛沫が飛び散り、短冊切りになった肉片がぶちまかれた。だが、雪面にはなんの跡も残っていなかった。
気配に気づいたキレットとネルベェーンが、一瞬で方向転換してユアサン=ジョウに向かうアルーバヴェーレシュを眼で追った。
「!?」
大太刀をかざし、アルーバヴェーレシュの突撃を本能で防御したロクザ=シャ、切断された太刀と共に馬から転げ落ちた。
「なんだ……!?」
そこに、ユアサン=ジョウが襲いかかった。
起き上がりざま、1/3ほどになった太刀で懸命に防戦するロクザ=シャに向かい、あわてて馬を返したガナ、
「御かしらぶッ!」
背中からアルーバヴェーレシュの小剣に突き刺され、血を吐いて馬から転がり落ちた。
「こいつがああ!!」
片手で大太刀を扱うことに慣れすぎていたロクザ=シャ、バランスが崩れて大ぶりになり、ユアサン=ジョウの細かな二刀になかなか対応できない。
そのうち、ユアサン=ジョウが袈裟の太刀の一撃を小刀で受け流しつつ大刀が煌めいて、ロクザ=シャの右腕の肘の辺りを切った。
「うわっツ!」
血が飛び散り、痛みが走る。常ならこの程度の傷はなんとも思わないが、右手が急に動かなくなったのでロクザ=シャは怯んだ。筋か神経を傷つけられたのだ。
かまわず強引に振りかぶったところで、握りの緩んだ手から太刀がすっ飛んで行ってしまい、ロクザ=シャがあわてて左手で腰の小刀を抜こうとしたところで、心臓にユアサン=ジョウの大刀が突き刺さった。
さらに、大刀を引き抜くと同時に、踏みこみざまに小刀がロクザ=シャの頸動脈を掻っ切り、血を吹き出してロクザ=シャがばったりと雪に伏せた。
「やるじゃないか」
着地したアルーバヴェーレシュが、ユアサン=ジョウに云った。
荒く息をついていたユアサン=ジョウ、
「なんとかね。1人なら危なかった」
二刀を器用に左手に持つと右手で懐から懐紙を出し、血のりをぬぐって、小刀、大刀の順に納刀した。あとで油を引き直し、さらに手入れをする。
ホーランコル達を攻めあぐねていたナカタケ=シムガとキザサは、ニレがやられたのは認識したがロクザ=シャ達も全滅したのを察し、
「ナカタケ!」
キザサがそう云うや、一目散に現場を離脱。ナカタケ=シムガも、わき目もふらずにそれに続いた。
「ほう……」
あまりの潔さに、ホーランコルが感心して雪原を駆ける後姿を見やった。




