第16章「るてん」 5-8 ロクザ=シャ一味
ガナは、呪符を飛ばして、国境ぞいの30キロにわたって探査線を張っていた。
馬賊や軍閥の襲撃箇所を予測し、そこから逃げてくるとして、まずここを通るだろう……という読みによる博打だったが、
「……来た! 来た来た来た!! 御頭! 来やがりましたぜ!」
天幕内で簡易焜炉に当たっていたガナが、自らの呪符の反応を感じ、外に飛び出た。
雪の中の比較的足元のしっかりしているところで、若手のカタケ=シガに剣の稽古をつけていたロクザ=シャが、
「精霊気とタケマ=トラルか!?」
「間違いねえです!」
ガナがもう一度2枚の呪符を両の目につけ、映像を確認する。
鳥形式符の見た俯瞰映像が、ドローン映像めいてガナの眼に映った。
「どういう術かは知りませんが、連中、竜に乗ってやって来て、おれの結界を超えまして、そのまま竜から下りて歩いていまさあ!」
「竜はどうしたんだ」
「荒野に帰したみてえです」
「ほお……」
ロクザ=シャが木刀を下げ、
「追っ手はいるのか?」
「見る限り、来てねえです。逃げ切ったんじゃねえですかね……」
「竜に乗って逃げたんじゃ、そうだろうな……」
ロクザ=シャがそう云ってややしばしうなずき、
「ようし、出発だ!」
大声を張り上げて、一行に出陣を命じた。
したたかに打ち据えられていたカタケ=シガが、憎々し気に血唾を雪に吐きつけ、ロクザ=シャの後姿を睨みつけた。
そんなカタケ=シガにガナが、
「おい、そんな眼で見るもんじゃねえ。御頭はな、おめえに期待して鍛えているんだよ……」
仲間内でもロクザ=シャの腰巾着と思われているガナ、その通りではあるのだが、ときには孤独なロクザ=シャの話し相手になって本音も吐露されている。それは、ロクザ=シャの数少ない本音のうちだったが、ガナにしか話していない。
「どうだかな」
カタケ=シガは、まったく信用せずに、ロクザ=シャが若く腕もたつ自分を疎んじ、苛めていると信じきっていた。
本当のところは、ロクザ=シャは自分の跡継ぎにしてもいいし、独り立ちしてカタケ=シガ自身の一味を持ってもいいと考え、できるだけのことをしてやろうと思っていたのだ。問題は、やり方と伝え方が不器用なだけで。
さて……。
森につないで適当に雪の下の草や木の皮を喰わせていた毛長馬を引き出し、7人が雪原に出た。
「肌の黒い白髪と銀眼の女が、珍しいゲーデルの山精霊気だそうだが、相当な手練れの術剣士だそうだ! ぬかるんじゃねえぞ! 生け捕りが難しそうなら、殺しても構わねえ! 他の賞金首は文字通り首だけ持って帰るから、初手から皆殺せ! 手はず通りにやれ!」
「合点だ!」
一同が答え、雪原を駆ける。
やがて……。
「見えました、あの連中です!」
雪原を一列になって歩くホーランコル一行を発見し、呪術師2人が東方魔術で云うところの攻撃力付与と防御力付与の呪符を発動。一行にあらかじめ持たせてある呪符が、効力を発揮する。これは東方魔術と同じく効果時間が限られているので、戦闘の直前に発動させる。
「行くぞ!」
ロクザ=シャが大刀を抜きはらい、そう叫ぶや、一行が二手に別れた。
真正面からロクザ=シャ、ガナ、ナガソウ、ヘーザが進み、カタケ=シガ、キサザ、ニレの伏兵部隊が背後に回るべく迂回を始めた。
「なんだ?」
耳と眼の良いアルーバヴェーレシュが、真っ先にその襲撃に気づいた。
「まだ襲ってくるやつがいるぞ、ホーランコル!」
「こんなところで待ち伏せとは……」
ホーランコルが、思わずユアサン=ジョウを見やった。
「拙者の手引きでは御座らんよ!」
思わず笑ってしまって、ユアサン=ジョウが両手をあげた。
「しかし、あやつ……ロクザ一味では?」
「知っているのか?」
「マートゥーやイェブ=クィープでは、まあまあ高名な賞金稼ぎにて……ですが、みなさんの敵ではありませんよ」
「よく云うよ……」




