第16章「るてん」 5-7 狼竜に乗って
そうして術を終えたキレットに向かい、
「……あんな魔物がこのあたりに……しかも、あんなにたくさんいたなんて、まったく知りませんでしたよ」
賊を落とした毛長馬すらどこかへ行ってしまい、雪原に死体の他は何も残っていない。風もなく、急に静寂が襲ってきて、逆に耳がおかしくなったようだった。
「正直、我らも別に指定して召喚しているわけではないので……あれらがなんという魔物で、ふだんどこにいるのかというのも、まったく分かりません」
「本当か!」
キレットの言葉にそう驚いたのは、アルーバヴェーレシュだった。
「あんな魔法は初めて見た……南方大陸では、一般的なのか?」
「そうですね。敵の部族を襲う呪いの一種を、我らが改良したものです」
「呪いなのか、あれは!!」
銀眼をこれでもかと見開き、アルーバヴェーレシュが感嘆した。
「……これを見ただけでも、山を下りた甲斐があった。世の中は広いな……人間の10倍を生きようとも、知らないものは知らない」
感心しきりのアルーバヴェーレシュを微笑んで見ていたホーランコルだったが、
「それはそうと、あんな規模の軍団は、いかに我らほどの腕があろうと、冒険者が相手をするものではない。殿下や聖下が、いかに凄いかという証左だが……ちょっと、考えなきゃならんな。これからもあんな規模で襲われ続けたら、対処しきれないだろう」
確かに……と、皆うなずいた。
「兵には兵で対処ということだな。だが、あと1日……少し進んで休み、明日の今頃にはイェブ=クィープに入れるはずだよ」
ユアサン=ジョウがそう云った。
「方向は?」
「星を見るしかないな……今の襲撃で、だいぶん狂ったよ」
「乗るか?」
ネルベェーンがそう云い、気がつけば白毛の狼竜が5頭、近くに控えてた。
「なんと、これに乗るのも魔術か!」
アルーバヴェーレシュがまた感嘆し、ユアサン=ジョウが、
「最初から用意してくれよ」
と、苦笑ぎみに不満を漏らした。
「ところが、こいつら長距離踏破は苦手らしい……。それに、見た目よりずっと大喰らいのようだ。いま、エサが大量にあるうえ、徒歩で1日の距離くらいなら大丈夫という寸法だ」
ぶっきらぼうにそう云うネルベェーンを尻目に、ユアサン=ジョウ、
(エサねえ……)
そこら中に転がる馬賊の死体を見やった。
たっぷりと腹を満たした5頭の狼竜にそれぞれまたがった5人が雪原を駆けてゆくのを、最後まで隠れて生き残ったマートゥーのマーガル一族の隠密たちが見送った。
さすがに、竜の足には追いつけない。
(タケマ=トラルめ……)
3人のうちの1人が、内心舌を打った。
「どうする?」
「国境ぞいに、ロクザ=シャ一味がいるはずだ」
「賞金稼ぎか?」
「そうだ……! 賞金首のほかに、精霊気とその仲間もいるとあっては、連中も張り切るだろう……」
「勝てるのか?」
「勝てんだろうな。我らが追いついたところで、一味の死体を確認するだけだろう」
「それでも、それを確認せねば……イェブ=クィープの草に引き継げん」
「その通りだ。行くぞ」
3人が、狼竜の足跡を追って雪原を走り始めた。
マートゥー南部の荒野から森林地帯に抜ける辺りが、イェブ=クィープとの国境である。
真冬なので、木々は雪深い中に立ち枯れのように佇んでいた。
雪の中、めいめい簡易な天幕小屋を作り、賞金稼ぎ兼冒険者兼暗殺者集団のロクザ一味が、国境ぞいに長大な探索魔法による網を張って潜んでから、4日目になる。
7日待ってタケマ=トラルと精霊気一行が現れなかったら、サッと撤収する手はずだった。
馬賊や軍閥の襲撃をふりきって逃げてきたところを、横からかっさらって襲う算段だ。
なぜなら、激しい戦闘の連続でヘロヘロになっていると踏んでのことだ。
首領の大柄な野武士で勇者崩れのロクザ=シャを筆頭に、合わせて7人の賞金稼ぎ集団で、簡潔に記せば副頭領の流れ呪術師ナガソウ、ロクザの腰巾着と云われているが探索術に秀でて重宝されている流れ呪術師のガナ、同じくロクザの腰巾着だが小太刀と鎧通し使いの野武士ヘーザ、一味で最も若手だが実力はロクザに継ぐ大柄な野武士カタケ=シガ、剣と巫術を収めた一種の魔法戦士で金だけを信じている暗殺者のキザサ、マーガル一族の最下級階級の出身だが独り働き忍者のニレから成る。




