第16章「るてん」 5-3 高速化魔法からの電撃
地上の狼竜に追い立てられてバラバラになったところを、頭上から飛竜がその20センチはある鉤爪で襲いかかった。大きめなワシに掴まれただけでも、人間の腕などズダズダに引き裂かれる。それが、この大きさの竜だ。肩や胸、下手をしたら脳天を巨大な爪が貫通し、騎兵どもが一撃で雪原に投げ出された。
さらに雪原に転がって剣を抜きはらう兵を狼竜が遅い、また飛竜が低空を飛びながら尾の先の毒針で叩いて殺した。
馬だけがあちこちに散らばって駆けまわって、たちまち軍団が半壊したが、まだ半分残っている。死体でもいいのでエルフだけ持ちさらえば、何十万トンプにもなるのだ。
「精霊気だ!! ぶっ殺してもいい!! 精霊気だけ狙え!!」
部隊長らしき兵がそう叫びまわり、いったん散らばった兵が再集結。一直線にアルーバヴェーレシュを狙った。
誤算だったのは、この中でもっとも強力なのが、その獲物だったことだろう……。
「アルーバヴェーレシュ!」
ホーランコルが助太刀しようとしたが、アルーバヴェーレシュが手で制した。
1人で充分なのだ。
「おい、大丈夫なのか!」
ユアサン=ジョウが、ホーランコルに駈け寄ってそう云った。
「フ……ま、見ていることだな」
まるでルートヴァンのような不敵な表情をし、ホーランコルが右手の剣を下げた。
ユアサン=ジョウはそれでも心配げにアルーバヴェーレシュの後ろ姿を見やったが、その背中がふいにかき消えた。
ストラの準超高速行動に匹敵する、高速化魔法を思考行使したのだ。
騎兵たちはアルーバヴェーレシュの姿が見えなくなったことに気がつかなかったが、急速に吹き抜ける雪煙から複数の凶悪的な電撃が騎兵に襲いかかった。馬ごと衝撃ではじけ飛び、高圧電流に引き裂かれて転がった。
それがほぼ同時に10発以上も炸裂して、少し遅れて雷鳴のような轟音が轟いた。
(こ、高速化魔法からの電撃か!!)
ユアサン=ジョウが眼をむいて驚いた。よほど高レベルな魔法戦士でないと、とうてい不可能な攻撃である。人間でそれが可能な魔法戦士を、少なくともユアサン=ジョウは知らなかった。魔術師は自分を高速化しないし、したところで自らの反応速度に魔法も思考も追いつかず、暴発するのがオチだ。高い魔力と戦闘力、そしてタイミングを見定める経験と反射神経が必要になる。
だがそれを可能としたならば、通常魔術の数倍の速度と規模で同時攻撃が可能になる。
「なにごと……!」
と叫んだ部隊長が、アルーバヴェーレシュの眼にも止まらない高速斬撃を受けて上半身が胸から真っ二つとなった。
そこでアルーバヴェーレシュが高速化を解除。雪原に姿を現した。グレーン鋼による小剣を逆手にもち、銀髪を風になびかせ、魔力に光る銀の眼で残る馬賊どもを睨みつけるその姿は、ゲーデル山岳エルフを知らぬものが見れば、もはや魔物だった。案の定、
「逃げろ!」
「あんなやつ、精霊気じゃねえ!!」
「バケモノだ!!」
生き残った30騎ほどが、てんでバラバラに遁走を始めた。
「どうする、ホーランコル」
キレットが訪ねた。ホーランコル、ふと考え、
「生き残りに我々の恐ろしさを喧伝させてもいいが……あんな賊どもでは、おそらく効果は限定的だろう。それならば、誰も戻ってこない恐怖のほうが効果的だ」
「では、皆殺しか」
「できるか?」
「造作もない」
キレットがネルベェーンとうなずき合い、短杖を操る。
狼竜と飛竜が、凄まじい勢いで逃げ散らかす騎兵たちを追った。
それから、次から次へと刺客や賞金稼ぎ、エルフ狙いの賊が一行を襲ったが、次から次へと撃退し、マートゥーの荒野は、死屍累々となっていた。
しかし、寝る間もなく襲われるので、さすがにみな疲れてきている。
三日目の夕刻、ユアサン=ジョウが細身の大小二刀を両手に構え、岩場の暗がりから襲いかかってきた複数の刺客を流れるような動きで斬り伏せた。闇を裂いて飛刀が飛び、一瞬の差で空を裂く音を聞き分けたユアサン=ジョウがそれを屈んで避けた。ガチンという音をたてて飛刀が岩に当たってはじけ、ユアサン=ジョウがホーランコルたちに合流するべく走った。
アルーバヴェーレシュの暗視の魔法をかけてもらっているので、照明魔法がなくともみな暗がりで物が見えている。
「追え、追え! タケマ=トラルだけを殺せ!」
そんな声がして、ユアサン=ジョウが内心、舌を打った。




