第16章「るてん」 5-2 魔獣召喚
そうして街道を抜け、暗くなるころに一行は街道に人がいなくなったのを見計らって無人の雪原に入った。
明かりもつけずにその日は旅の糧食をかじって冬季用の天幕で休み、明け方まだ暗いころに出発する。
火がないのでかなり寒さが堪えたが、それはアルーバヴェーレシュやキレットらの耐寒魔法でなんとか寒さをしのいだ。
「大した魔術ですな!」
ユアサン=ジョウが、そう感嘆の声を漏らした。西方にはあまりないタイプの魔法だったようだ。
雪原の足跡も降りしきる雪や風ですぐに消え、荒野に入ったその日は、襲撃は無かった。
だが、2日目……。
誰もこのまま行けるとは思っていなかったが、アルーバヴェーレシュがエルフの超感覚で、
「騎馬だ。囲まれつつあるぞ。数は、まだ分からんな」
と云った。
風の音で馬の足跡も聴こえず、また起伏によってその姿もまだ見えなかった。
キレットとネルベェーンが周囲や曇天を見あげて、
「囲まれつつあるということは、偵察の魔物か何かがいると思いますが……分かりませんね」
「私も分からないな。その点は、褒めてしかるべきだ」
アルーバヴェーレシュもそう云い、ホーランコルが、
「殿下や聖下のようにはゆかないさ。さて、この足場で騎馬の相手は少々厄介だが……俺の経験だと、こんなこともあろうかと優れた魔獣使いの両魔術師は、とっくに魔獣を召喚していると思うが如何かな?」
キレットとネルベェーンは不敵な笑みで答えず、
「なんと、既に魔獣が……!?」
ユアサン=ジョウが、興味深げな笑みで周囲を見渡した。
「……特に、魔獣も見当たりませんが」
「そう簡単に見つかるような魔獣を召喚しても、役にはたたないだろうさ。さて……魔獣ばかりに任せていても仕方がない。俺とユアサン=ジョウ殿は、魔獣の迎撃を抜けてきた者がいれば、撃退する。アルーバヴェーレシュは、キレットとネルベェーンの直掩だ」
「引き受けた!」
ユアサン=ジョウがそう云い、アルーバヴェーレシュも、
「いいだろう」
そう云って、銀の眼を細めた。
その時、やっと騎馬の大地を踏みしめる音が遠くから轟いてきた。
「思ってたより多いな!」
その規模に、ホーランコルが驚いた。てきっり野盗か何かの襲撃だと思っていたので、多くても10~20騎ほどを想定していたが、囲むというだけあってその数は少なくても30……いや、続々と現れたので50、多くて100はいる。完全に軍団だった。
ユアサン=ジョウも驚いて、
「マ、マートゥーの正規兵……にしては、旗印がありませんな。どこぞの軍閥か……!?」
「軍閥……!!」
ホーランコルが息をのんだ。
「数名の冒険者を襲うのに、これほどの規模……さては、ただの関所破りの討伐ではないな?」
「フン……どうせ私目当てだろうさ」
アルーバヴェーレシュがうそぶき、むしろ不敵な笑みを漏らした。
「エルフ狩りというわけか」
ホーランコルは逆に、厳しい表情だ。仲間を狩ろうなどというふざけた連中に対し、無性に怒りがわいてきた。
「キレット、ネルベェーン。情け容赦は無用だ」
「そんなもの、最初からしていない!」
ネルベェーンも、いつもの仏頂面に静かな怒りを潜ませ、短杖をふりあげた。
とたん、雪原に紛れていた白い体毛の狼竜の一種が10頭も出現し、迫りくる騎馬軍団に襲いかかった。尾の長さも含めて、全長が7~9メートルはある大型種だ。長い四肢で雪原を駆け、驚いてパニックになる毛長馬に体当たりをする。
「なんだあああ!?」
よろめいた騎兵が雪原に転がり落ちた。野生の狼竜であればそのまま馬を襲うのだが、ネルベェーンの秘術で操られている。落ちた騎兵に容赦なく牙を突き立てて咬み殺すや、次の獲物に向かって駆けた。
「こいつはすごい!!」
ユアサン=ジョウが、魂消て感嘆の声を発した。
さらにキレットが召喚した飛竜軍団が飛来。この辺りでは飛竜は珍しいのだが、5頭が召喚に応じた。これも羽毛のような白毛に覆われた種で、翼長が5メートルもあるうえ、長い尾に強力な毒針がある。




