第3章「うらぎり」 4-1 グルペン兵
「大丈夫だ、ストラが魔法で警戒してくれている」
「信用できるのか、そやつ」
「大金を払っている。傭兵だ。金の分は働く」
「ふうん……」
ンスリーが、雑穀より作る焼酎の杯を傾けた。
ストラは、ラグンメータが招かれているサンタールの仮兵舎の屋根の上や床下などはもちろん、陣全体に常時三次元探査を走らせており、ネズミと云えども近づけさせなかった。
ただし、将軍も然るもの。
権謀に関しては、若い大隊長連中など足元にも及ばせないという自負もあった。各大隊長家の家人である警備の衛兵のうち、何人かは既に買収済みである。
ラグンメータは、中の話を聞かれぬよう、衛兵に少し離れて見張りをさせ、それとは別に巡回もしていたが、巡回の合間をぬって一人の衛兵が夜の闇にまぎれ、素早く壁に近づいて聞き耳を立てた。
瞬間、ストラがオーブめいて多数浮遊させていた不可視のエネルギー塊である球電の一つが吸いこまれるように突き刺さり、声も無く感電。気絶してズルズルと壁際に横たわる。
そんな調子であるから、その後、ラグンメータの情報は一切カッセルデントに上がらなくなった。
「どういうわけだ……!」
司令官宿舎で、白い髪と口ヒゲを端整に整えたカッセルデントが、嫌というほど苦虫をかんだ。芸術を愛し温厚な人柄で知られているが、戦場では非情になることができる有能な将軍だった。
が、いかんせん、もう年だ。
後は引退して余生を楽しむばかりというときに、この遠征である。
息子ですら、もう36歳なのだ。とっくに世代交代していなくてはならない。もし息子が司令官として遠征を命じられていたら、全力で支援していただろう。
つまり、やる気がない。
そればかりか、
「藩王は譜代のカッセルデント家を侮り、愚弄している……!」
そう信じて疑わなかった。
ラグンメータ達三人の大隊長を「藩王の犬」「小者の目付けども」等と呼んで憚らない。
情報戦にも長けていて、ピアーダ将軍もあまり戦争に乗り気ではないことを突き止めるや、極秘裏に手を結んだ。
その、ピアーダ将軍だが……。
「返事が来ない?」
少し、斜視がかった右目を傾け、カッセルデント将軍が眉をひそめる。ラグンメータ達の情報が上がってこなくなったと同時に、ピアーダ将軍とも連絡がとれなくなったのだ。
「ハ、伝達魔法のカラスが、返ってきません……」
秘書兵が、畏れのあまり汗だくで報告する。
「人を送れ」
「送っておりますが……」
それも返ってこない。
「まさかな……」
まさかも何もない。ストラが全て防いでいる。
(あの魔法戦士の女傭兵がラグンメータのところに来て、まだ数日も経っていないというのに……なんたることだ……!)
状況証拠で充分だった。
「女傭兵ごと、ラグンメータを始末しろ!」
「……なんですって……!」
「グルペンを動かす」
秘書兵が息をのんだ。
「な……何人ですか」
「ああ、そうか……」
グルペン兵は、いわゆる特殊工作兵だ。いつもは一般兵に紛れ、将軍の命があれば暗殺、諜報、なんでもござれだった。将軍直下であり、何人がどこに紛れているかも、将軍しか知らない。
「ターブルを呼べ」
秘書が下がり、我々でいう30分ほどでターブル大隊長がやってきた。ジュルジャーと共に、若いころよりカッセルデント家へ仕えている家人だ。二人とも四十代半ばである。
このターブル家が、古くからグルペン兵を統括していた。代々、カッセルデント家の裏仕事を一手に引き受けている。
「何用でしょう、閣下」
その目は、殺人者めいて不気味な光を放っていた。この目をするのは、将軍の前だけである。ふだんは、とぼけた、おっちょこちょいのポンコツを演じている。




