第16章「るてん」 4-6 出したりひっこめたり
「至極、もっともな疑問ばかりだ。現時点でのことを、いったん聖下とオネランノタル殿に報告し、指示を仰ぐとともに、さらに探索を進めよう」
「畏まりました」
翌日、ペッテルと打ち合わせたことを魔力ノートにメモしたルートヴァン、執務の合間の午後休憩の際に、魔力通話でリースヴィル、オネランノタルと同時通話した。
「殿下! ……いえ、代王陛下! 御時間はよろしいのですか?」
まず、リースヴィル(3号)の快活な声が響いた。続いてオネランノタルの声がし、
「こっちは現地魔族の道案内が加わって、いまローウェイに向かっているよ!」
「現地魔族の道案内ですって?」
チクショウ、楽しそうなことをやってるな……と、ルートヴァンがもう冒険の日々を懐かしんだ。
「ローウェイというと?」
「ストラ氏の探索魔法によると、無何有の後継組織があるようだ。しかも、バーレ王家も絡んでいるらしい」
「バーレ王家が、無何有に……!?」
「そうだ! 小賢しくも、古代の魔薬を復活させようと無駄な努力をしている連中だ。バーレの王家も絡んでいるらしいが……ことと次第によっては、無何有ごとバーレも道づれだね」
そこでルートヴァンがピンと来る。
(なるほど、バーレが無何有を護るために、影の魔王を使っているということも考えられる……)
そう思いついたルートヴァンが、その考えも含めてペッテルと打ち合わせた結果を報告した。
「影の魔王ねえ……」
オネランノタルがそうつぶやいたきり、黙りこんだ。
「御存じなのですか?」
「いや……分からない。分からないが……大むかし、リノ=メリカ=ジントのやつらと話したとき、帝国のどこかにずっと封印されている魔王がいるらしい……というのを聴いたんだ。てっきり、あのゾールンのことだと思っていたんだけど……」
「ほう……!」
ルートヴァン、オネランノタルの記憶に食いついた。
「もう少し詳しく、御教え願えますかな?」
「詳しくも何も、そういうことだよ。それっきりさ」
「ふうん……」
「しかし、リノ=メリカ=ジントのやつら、ゾールンのことを知ってたと思う? あの廃神殿に、ガフ=シュ=インの痕跡は無かった。都市国家マーラルの、あの魔導師の屋敷のような、ね。ゾールンはあの廃神殿の地下からさらに南方大密林の奥地に、大公……もとい代王の先祖が移封した。リノ=メリカ=ジントは比較的新しい魔王だから、知らなかったんじゃないかな? それよりも、数百年に一度とはいえ、何回も要人暗殺に出てきている影の魔王のほうを知っていたんじゃないか?」
「なるほど……一理ありますな!」
さすがオネランノタルだと、ルートヴァンがうなずいた。
「しかし、そうなると、影の魔王とやらはバーレで封印されていると……?」
「誰がどうやって封印したか分からないけど……そう仮定すると、バーレの何者かが封印を自在に操って、影の魔王を封印から出したりひっこめたりして、利用していると考えられるね! そうなると、いちばん最初に影の魔王を封印したのは、古いバーレの関係者なのでは?」
ルートヴァンが息を飲んだ。
「そ、その発想はありませんでした……!」
「じゃあ、カギはバーレにありだね! ストラ氏にも報告し、じっくりと探るとしよう。代王は、身辺に気をつけて……と云ったところで、もし本当に魔王が相手ならば気をつけようも無いだろうから、開き直って堂々としていなよ!」
「フ……畏まりました」
「やられたら、運が無かったと諦めるんだね! カタキはストラ氏がとるだろうさ!」
「フフッ……そうですな、ハハハハ!」
そのやり取りに笑ってしまい、別れてからたった15日ほどなのに、ルートヴァンは急にストラたちが懐かしくなり、少し感傷的になった。
「じゃあ、また」
そう云ってオネランノタルは魔力通話を切り、ルートヴァンは涙をぬぐって、息をついた。
(……しかし、魔王ほどの存在を封印し、あまつさえその封を自在に操って魔王を道具のように使うとは……そんな法など考えもつかん。それが可能だとして、いったい何者か……)
そこでルートヴァンは、ペッテルの言葉を思い出して俄かに戦慄した。
バーレ王国初代王の祖母にあたる、タン=ファン=リーという人物を。
タケマ=ミヅカの仲間だ。他の仲間に匹敵する凄まじい能力を有していたのは、想像に難くない。世界の裏側のまったく未知の法によっては、魔王ほどのものを封印し、操ることが可能なのかもしれない。
ルートヴァンは立ち上がった。




