第16章「るてん」 4-5 仮説と疑問点
「これ以上は、直接バーレを探るほかないでしょう。ですが、バーレに関しては帝都の地下書庫にもあまり記録がありません」
「帝都の地下書庫に無いとなると……意図的だな」
「ハイ、かつてバーレ出身の皇帝が5人おりましたが……その時代に、破棄した可能性が」
「この900年の長きにわたって、計画的にそんなことをしていたとは……バーレめ、まったく思いもよらなかった」
「私もです、陛下」
「で、あれば……バーレを建国の経緯から調べ直す必要もあるな」
「ハイ、既に軽く調べてあります」
「流石だ! ペッテルよ、教えてくれ!」
「とはいえ、地下書庫にも記録はほとんどなく……初代王は、タケマ=ミヅカ様の仲間の1人と伝わるタン=ファン=リー様の孫と云われている人物です」
「そうか、チィコーザと違い、少し後になってうち建てられたのだったな」
「タン=ファン=リー様は謎が多く、タケマ=ミヅカ様御一行とも、最後に仲間になったそうです。いつぞや指摘しましたが、4つか5つの別名や役割があると考えられ、その正体はまったく不明です」
「だが、マーラルの話によると、聖下と同じく異なる世界から到来したと思われるのはタケマ=ミヅカ様、ロンボーン、そしてゲントーなる者のみで、タン=ファン=リーとやらは我らと同じ、この世界の住人のはずなのだが……それなのに、そこまで正体が不明とはな……」
「現在の神聖帝国版図の外から来たのではないでしょうか?」
「当時の地図はよく分からんが、マンシューアルとか、ガフ=シュ=インあたりか」
「いいえ、もっと西方……いえ、世界の裏側の……我らには、完全に未知の国です」
「まさか、神聖帝国とは別の大帝国があるという……アレか!」
この世界の知識階級であっても、世界全図を詳細に把握している者は存在しない。ルートヴァンですら、神聖帝国、南部大陸、それ以外……という、おおざっぱな3つの世界でしか認識していない。
その「それ以外」の部分に、連綿と続く巨大帝国があるらしいというのは、なんとなく古代の文献(古ドルム帝国の粘土板等)などを調べた書物で知ってはいた。だが、そこまで探検する者はこれまで誰もいかったし、また向こうからも来たことがないしで、ある意味、幻の帝国という扱いだった。
「当時、そこから来たものがいて、さらにタケマ=ミヅカ様の仲間になった可能性があるということだな……」
「いかさま」
「途方もない話だな。むしろ、聖下やタケマ=ミヅカ様のように、異なる世界から来たというほうが現実味がある。じっさいに目にしているし、超常の力があるのだからな。しかし、我らと同じ者が、当時世界の裏側から来たというのは、ちょっとにわかに信じられん。……いまなら、転送魔法やら魔法の乗り物やらを駆使して行けなくもないのだろうが、そんな古代に、な……」
「ハイ、それに、どうして世界の裏側から、当時のこの荒廃した魔物と魔族の溢れる土地にやって来たのかも不明です」
「そうだな……」
ルートヴァンは、そこで大きく息をついた。
「いまとなっては、もう知りようもないことだ。現在のことを考えよう」
「はい、陛下」
「幾つかの仮説と、それに伴う疑問点を整理したい」
「既に、まとめてあります」
「ペッテルよ……ときどき、其方が恐ろしくなる。僕の考えを、すべて見抜いているのではないか……とな」
「そのような……まったくの買いかぶりで御座りまする。私ごときが、陛下の御考えなど……」
「わかったわかった。説明してくれ」
「はい」
ペッテルはそうして、いま時点での仮説とそれに伴う疑問点をルートヴァンに説明した。概要は、以下のとおりである。
【仮説】
仮説①:バーレ王国がその「影の魔王」を使って、自国に都合の悪い要人を現在も暗殺している
仮説②:リノ=メリカ=ジントのように「影の魔王」が文字通りバーレ王国の影の支配者である
仮説③:亡くなった要人が全員バーレ王国に関係していたのは偶然で、「影の魔王」が独自の判断と何らかの理由で帝国じゅうの要人を暗殺している
【疑問点】
疑問①:そもそも「影の魔王」は本当に存在するのか?
疑問②:バーレ王国と「影の魔王」の関係がまったく不明
疑問③:「影の魔王」が要人暗殺を繰り返す理由が不明
「なるほど、な……」
ルートヴァンが腕を組み、目をつむって黙りこんだ。




