第16章「るてん」 3-12 リン=ドン
「そんなことは、我の知ったことではない。太守に年貢を元に戻すよう訴え出るのが、先ではないのか?」
蛟竜が魔族のくせにわりとまともなことを云ったので、リースヴィルは可笑しかった。とはいえ、
「こんな田舎村、太守どころか郡奉行にすら物が云える状況とは思えませんが」
「それは人の都合よ」
蛟竜に云われ、リースヴィル、
「ごもっとも……」
苦笑するほかは無い。
「じゃあ、つまり、太守が税率を元に戻さない限り、解決法は無いというわけかい?」
オネランノタルが、ストラを見やってそう云った。
「私たちがこちらの魔族の事情を村人に説明したところで、どうすることもできず、つまるところそういうことでしょう」
「なんだよ、そりゃあ」
フューヴァが、ため息とともにつぶやいた。
「とんだ道草だぜ。ストラさん、帰りましょう。というか、とっとと報告して、ローウェイとやらに行きましょうや」
「いいよ」
ストラが踵を返したので、オネランノタルとリースヴィルも無言で続いた。また3人でそれぞれ3人を持ち上げて、この谷間のダム湖のよう湖から山を下りる。
「ま、待ってくれ! 其方ら、ローウェイに行くのか?」
蛟竜がそんなことを云い出し、ふり返ってリースヴィル、
「そうですが」
「このことを、太守に訴え出るのか?」
「そんなことしませんよ。違う用事です」
「では、我も一緒に連れて行ってくれ」
「ええ!?」
みな驚いて蛟竜を見やった。
と、思ったら蛟竜は霧に忽然と消えており、この地方の平民の着る服を着た11歳頃の少年が水内際に立っていた。
「え、きみ、さっきのヘビ?」
さすがに目を丸くして、リースヴィルが尋ねた。ちょうど、リースヴィルと同じほどの年恰好だ。
「リン=ドンです」
少年の声で、リン=ドンがそう云った。
「どういうわけで?」
「もう村人らに愛想が尽きましたよ。どこかほかの水地に行きます。一人で旅をするより、魔王といっしょのほうが面白そうだ」
それを聴いたオネランノタルが、甲高い声で笑いだした。
「いいだろう、道案内でも頼もうか。ローウェイで無何有の残党を亡ぼしたのち、他の魔王を探して王都まで旅をするつもりだよ」
「ミレド? 岐山のことですか?」
リン=ドンがサラッとそう云って、一行が息を飲んだ。
「知っているのかい?」
オネランノタルに尋ねられ、リン=ドン、
「300年ほど前に、ミレドとかいう有名な組織の支部がこのバーレにできるっていうのは、当時そのミレドに手を貸していた知り合いの魔族から風の頼りに。でも、よく分かんないんですがその話は無くなって……ミレドになるはずだった組織は、けっきょく紆余曲折を経て、いま岐山という名の組織になっているはずですよ」
「フ……これだけでも、ここに来た価値はありますね。さすが聖下……持っておられる」
リースヴィルが半ば恐怖を感じつつ、半眼無表情で立っているストラを見やった。
「よしよし、じゃあ、まずあの村に戻ろう」
オネランノタルの音頭で、みなが山を下りた。なおリン=ドンも、自在に飛行できる。
暗くなる前に一行が帰ってきたので、村では驚きをもって一行を迎えた。中には、
「本当に行って帰ってきたのか?」
という者もいた。
つまり、金を払いたくないということだ。
それどころか……。
「あんたたち、仲間に精霊気がいるというのは本当か!?」
名主が目の色を変えてそう云い、村人たちと共に一行に迫った。
「なんだとコノヤロウ!?」
いきり立つフューヴァを後ろ手に下がらせ、リースヴィルが、
「なんで、知っているんです?」
据わった眼で名主を見あげ、そう云った。