第16章「るてん」 3-11 蛟竜
「なんだ、さっそく現れやがったぜ!」
云いつつ、フューヴァが素早くストラの後ろに回った。もちろん、プランタンタンとペートリューもだ。
オネランノタルとリースヴィルがストラの前に立ち、ゴボゴボと沸き立つ湖面を注視した。
その波と泡の中から首をもたげたのは、ヘビと竜の中間のような姿をした、白と水色、青、群青、藍色などの様々な青によって複雑に彩られた、8メートルほども鎌首を擡げた怪物だった。
蛟である。蛟竜ともいう。
その蛟竜の魔族が、魔力ローブ姿のオネランノタルと魔力分身体であるリースヴィルを見やって、
「これは、これは……生贄のわりに、食い切れんほどの馳走」
オネランノタルがフードを消し、素顔を曝した。
「ふざけてるんじゃあないよ、田舎ヘビめ。おまえを殺すことなんか、私たちですら余裕だよ」
「クックク……なんと威勢の良い……。しかし、ですら……とは? 後ろの東域人どもが、まさかに我を……? ??」
蛟竜、そこでストラに気づく。
(……? な……なん……だ……? あの者……魔力が、まったく無い……魔像か……? いや、それでも魔力はある。なん……なのだ……?)
やおら得体のしれぬ恐怖に襲われ、本能的に後退って波紋を作った。
それに気づいたオネランノタルが四ツ目をゆがめ、満面の笑みで、
「気づいたか。あれこそが異次元魔王だ」
「まおッ……!?」
蛟竜が身をすくませた。
「魔王だと!?」
「いかさま。既に5人の魔王を倒している、異次元魔王聖下です」
リースヴィルがルートヴァンそっくりの不敵な笑みでそう云い、
「ご、5人!?」
蛟竜があからさまに動揺する。
魔力を全く感じないのが、逆に不気味を極めていた。この魔力世界にあって、魔力が全くないというのは基本的にあり得ないからだ。まして、魔力依存生物である魔族・魔物にとっては余計にそうだ。
(魔王ほどの者が、魔力無しで、どうやって生きているのだ!?)
こういう発想になる。
その考えを見透かしたようにオネランノタルが、
「それを知りたければ、魔王と戦ってみることだよ。代償は、おまえの死だけどね」
「ま、待て……! なぜ魔王が、わざわざこんな辺境のヌシを相手にする!? わ、我は魔王どころか……」
「こいつ、仮にも村人から神と崇められているくせに、ずいぶんと弱気じゃないか」
「それは勝手に村のものが!」
そこでリースヴィルが右手を上げ、
「まあまあ、御待ちを。我らは敵ではありません。行きがかりというのもありますが、魔王様の御慈悲で、村人と貴公の仲介を」
「仲介だと!?」
蛟竜が怒りに身を震わせて魔力を噴きあげたが、ストラの視線に気づき、すぐに鎮まった。
「なぜ、生贄を毎年求めるように? 人を食って魔力を維持しているのですか?」
リースヴィルの質問に、蛟竜、
「もともとこの水地は我の住処で、山全体の水の気より魔力を得ていた。そこに300年ほど前から山の下に人が住み始めて、我の水を使わせてほしいというので、我を祀る代わりに承諾した。人の祈りは魔力になるからな」
「そうなんですか?」
リースヴィルが、小さくオネランノタルに尋ねた。
「知らないね。こっちの法じゃないのかい?」
そこで蛟竜が続けて、
「ところが、連中、この十年以上、祀りを怠るわ、水は盟約の量をはるかに超えて引き入れるわで……とても我の力を維持するのは難しくなった。このままでは、我はこの水地を保持できなくなる。面倒だが、我は他の水地に行っても構わん。だが、水が嗄れて困るのは、連中のはずなのだがな。生贄をより食うほか魔力を維持する法は無い」
「なるほど……連中が隠していたのは、そういうことか」
オネランノタルがうなずいた。
「でも、どうしてそのようなことに?」
そこで、ストラが前に出た。
「十数年前より、税率がかなり上がって……山あいに水田を拡張し、そのぶん水を多く使うようになったようです。人手が足りず忙しくなって、儀式も充分にできなくなり、悪循環に」
「だ、そうだよ、ヌシとやら」




