第16章「るてん」 3-9 何か隠している
「で、では、よろしく御願いいたしますです!」
名主がそう頭を下げ、村人らもそれに続く。
「これは、頭金です」
トン名主が100トンプとして銀粒貨幣を出し、眼にも止まらぬ素早さでプランタンタンがそれを手に取った。
一行は、宿というか民宿のような家に案内された。
「みなさま、どうぞ、ごゆっくりおくつろぎください」
40代頃の寡婦が農作業の傍ら細々と営んでおり、客が泊まる場所が2部屋あった。1つにストラが入り、残りに4人が入った。もっとも、リースヴィルは人知れず消えてしまったが。
なおリースヴィルはオネランノタルと合流して、高速飛翔で一足先に水源地とやらへ偵察に行き、朝方までに戻ってきた。
薪を焚いた部屋でフード付きローブを脱ぎ去り、プランタンタンが人心地ついた。
「やっぱり息苦しいしよく見えねえし、不便でやんす」
「ゼイタク云うんじゃねえよ」
フューヴァがたしなめた。ペートリューはベッドに座るや、そのまま転がって一瞬で寝入っている。
「ハラが減ったでやんす」
「だから、ゼイタク云ってんじゃねえって。こんな時間に、メシもねえだろ」
「別にいいでやんすけど」
そのやり取りを、たまたまドアを開けかけた宿の女将が覗いていた。死角になって、2人からは分からなかった。
女将は、この時間に急に入られても食事が無いことを詫びに来たのだったが、
(あ、あれは、もしかして……話に聴く……エ、精霊気かい……!?)
それどころではなくなり、震える手で静かにドアを閉め、何とかその場を離れた。
こんな辺境村のしがない寡婦でも、半ば伝説的にエルフの価値は知っている。売るというより、寿命が延びるとか、生き胆を食えばどんな病も治るとか、民間伝承のほうがメインだったが。
(どどっ……どうしよう……名主様に報告したほうが……!!)
帝都の冒険者を相手に、この女将が1人ではどうすることもできないだろう。トン名主に云って、褒美をもらうほうが現実的か。
そうは云っても、13になる女将の息子は長く肺を患っており、家を継ぐことはおろか、長じても農作業ができそうにもなく、既に村からは見捨てられていた。息子のためでもあるが、今後の自分のためにも、精霊気の生き胆を入手する価値はあるだろう……。自分が老年になって働けなくなったら、息子と共に餓死は確実だ。一時的な褒美より、そちらのほうが長期的な投資になる。
女将は暗い瞳で、鬱々とそんなことを考え始めた。
翌朝、一行は食堂で女将が用意した薄い粥を食べた。プランタンタンは、フードの奥にレンゲを突っこんでとても食べにくそうだった。
その様子を、女将が泣きはらしたように血走った目で凝視していた。
ほとんど、眠れなかったのだ。
一行は宿を出てもう一度トン名主のところを訪れ、詳細な水源地の場所を聴いた。簡単な画図面を前に道を確認。山間を歩いて4時間ほどであるという。
名主らに見送られて、一行は村を出た。
その様子を、宿の女将も何とも云えぬ目つきで見送っていた。
村を離れると、すぐに一面まっ白のささやかな平地が現れた。雪に埋もれた田んぼであるのは云うを待たなかった。が、すぐに山間に入り、田は無くなった。
その状況に、フューヴァが気づいた。
「え、このムラ、畑がこれしかねえの?」
なおフューヴァは水田を知らないので、畑と思ったのだ。
「そうなんですね」
リースヴィルも周囲を見ながら、
「この集落は、規模よりもずっと貧しいのでしょう。なので、役人にも重要視されていない。そのうえ、貴重な人口である村の若いものから生贄を毎年出せなどと魔族だか魔物だかも分からないモノに云われては……同情する余地はあります」
「そうでやんすかねえ」
意外にも、真っ先にプランタンタンがフードの奥から声を発した。
「どういうことだよ」
フューヴァがそう云い、プランタンタン、
「いくら神さんだからって、ナシも通じねえんじゃ、やっぱり退治するほかはねえと思うんで。それを、古くから拝んでるからって、あっしらみてえなヨソもんに様子を見てきてほしいだなんて……無責任すぎやせんか」
フューヴァとリースヴィルが、感心してフード姿のプランタンタンを見やった。ストラも無言でプランタンタンを見つめた。プランタンタンに付きあって漆黒魔力ローブ姿のオネランノタルが、地面につくほどの長そでを振りかざし、
「キィイーーッヒヒッヒヒ……!! さすがプランタンタンだ! よくそこに気づいたね。あの連中、何か隠してるよ。自分らでは、その田舎の水神とやらと交渉できない理由をね。なにか、後ろめたいことでもあるんだろうさ」




