第16章「るてん」 3-7 水源の神
中でも役人たちが相貌を崩し、
「ちょ、ちょうど良かったではないか! おい、お前たち、この者らに何とかしてもらえ!」
「?」
フューヴァが何の話かと思っていると、村人たちが先ほどにも負けぬほど騒ぎ出した。
「なに云ってやがんだ!」
「あんたらが逃げたいだけじゃないか!!」
「得体の知れねえ旅のヨソもんに任せられるか!!」
「おい、得体の知れねえってなんだ! そうかもしれねえかもよ、そんなもん、アタシらがいねえところで云いやがれ!」
「あ……う……」
フューヴァの剣幕に、村人らが気圧される。
その隙に、
「行くぞ!」
明かりを持った役人たちが、サッサと夜の闇に消えて行った。
「あッ……待ってくださいよ……待て! コノヤロウ!」
何人かの村人が追ったが、すぐにあきらめて戻ってきた。夜の街道をどこまでも追いかけるつもりもない、じっさい無理だった。
つまり、役人たちはそれほど急いでこの村を出ていきたかったことになる。
「だめだ、チキショウ……腰抜け役人どもが!!」
「なんでもいいけどよ、この村に泊まれるところはあるのか?」
改めてフューヴァがそう尋ね、村人たちが一斉に唸った。
フューヴァがイラついて、
「なんなんだよ! ねえなら先に行くから、はっきりそう云えよな!」
「待て、待て!」
「あるのかねえのか!」
「ある! あるけど……分かった、この凄い魔法使いや、あんたの旦那の魔法戦士様を見こんで……相談がある!」
「相談だあ?」
フューヴァがストラを振りかえった。
「いいよ」
ストラが闇のなか、腕を組みながら明後日のほうを向いてボソリとそう云った。
「どっか、落ち着いたところで話を聞かせろよ」
「こっちです」
村人らが一行を案内する。その中の1人、ストラの向いている方向に気づいた。まぎれもなく、水源の方角だ。
「ど、どうぞ、帝都の旦那、こちらです」
「はい」
ストラが、腕組を解いて歩き出した。
真っ暗になったと云っても、我々の時刻ではまだ午後7時ころである。
村の者はすることがないうえ暗いし明かりの薪や油も勿体ないから寝てしまうというだけで、別に深夜半というわけでもない。
集会所のようなところで、村のおもだった者たちがストラ一行を迎え入れた。
「名主のトン=ヅゥリーです」
年のころ60前後の、比較的身なりのいい人物が代表してそう云った。
「ストラです」
帝都人を含む東方人を見たことのない村人らが、ストラとフューヴァ、そしてリースヴィルをジロジロと見やった。また、フードをとらないプランタンタンも不気味な存在に見えた。なお、明らかに飲んだくれているペートリューはみなで無視した。
集会所の壁の向こうには、オネランノタルが亡霊のように立ちすくんで中の様子を魔力で伺っている。
「以後、このフューヴァを通してください。ではよろしく」
そう云ったっきり、席のストラが彫像のように微動だにせず押し黙った。
「……え、ええと、では、フ、フューヴァーさん。まず事情を説明します」
「おう」
ストラより偉そうな態度のフューヴァにやや戸惑いつつ、名主が話すには……。
山奥のこの村の水源に潜んでいるという水の神が20~30年に一度生贄を求めてきて、断ったるととんでもない日照りと水嗄れに襲われるので、村より生贄を出し続けていたのだが、このところ10年に一度、5年に一度になり、この3年は毎年生贄を求めてくるのだという。
それで、カアン州を治める太守に、冬のうちに水源と水神がどういう状況でそのようなことになっているのか調べてもらおうとしたのだが、事前調査に来た役人どもが少し山に入っただけで肝を冷やし、恐れおののいてみな帰ってしまった……というわけなのだった。
「どうして、その水の神とやらは、20~30年に一度の生贄を、毎年求めるようになったんです?」
リースヴィルがそう云って、トン名主が重い嘆息と共に、
「まったく分からん」
「魔物ですか? その水の神とやら」
「魔物じゃない! 本当に水の神だ!」
「神が生贄を求めるんですか?」
「求めるだろう」
よく分かんねえな……という顔つきで、リースヴィルが小首をひねった。




