第16章「るてん」 3-3 エルフの仲間が先制
「ゲブッ…!!」
背中に数キロもありそうな疑似物質の巨大針が落ちて、背骨や肋骨が折れた衝撃を感じる間もなく、その針が腹を引っかけて賊は急激に引き戻された。衝撃のあまり、ブ厚い冬服ごと腹が破け、リースヴィルの前に転がった時には、ほとんど胴体が引きちぎれかけていた。もちろん即死だ。
「最後!」
リースヴィルが残った1人に針を飛ばす。小賢しく雪を掘って穴に隠れようとしていたが、一撃目で雪濠ごとぶっ飛ばされ、衝撃で雪原に転がった。
「あああああ! うわああああ!!」
恐慌状態になり、悲鳴が風の音に紛れた。両手を振りあげ、雪の中を膝行してわめき散らした。
「あっ……!」
一瞬で胸元から顔にかけてを引っかけられ、賊が空中に舞った。
一直線にリースヴィルの元へ飛んで、そのまま釣り上げた外道をそこらに放置しているような死体の群れの中に落ちた。
あとは、適当に野生の竜やら何やらが片付けてくれるだろう。
魔術を解除したリースヴィルは、無言でストラの下へ戻った。
さて、暇つぶしとはいえ、オネランノタルは遊ぶつもりにはならなかった。
遊び相手にもならないからだ。
最低でも、州軍クラス全軍を相手にしなければ。
こんな匪賊の20や30などは、本当に些細な暇つぶしだった。いや、それにしかならなかった。
(そうは云って、も……)
情報収集くらいはできる。
(こいつらの他に、プランタンタンを狙うヤツラがいるのか、どうか……)
場当たり的に撃退するのも面倒なのだ。
できれば、先制して潰す。
近いのは、正面に迫っている一群だった。
右側の連中は、まだ遠い。
しかし、装備や規律がよりしっかりしているのは右側だ。
おそらく、盗賊団を兼ねる軍閥の私兵か、地方軍の無頼兵だろう。
(情報を得るなら、右か……後でゆっくり聴いてやるとしよう)
オネランノタルは正面の27騎に向かった。
生身でだいたいの相場が20万トンプ、解体して加工すればもっと高値で長く売れ続けるのだから、領主や軍司令にしてみれば、一個中隊の1つや2つは動かすだろう。大隊1つを動かすほどではないだろうが。それでは正規作戦の規模だ。書類に押す判の重みが違ってくる。20万トンプやそこらでは、割に合わない。エルフが何人もいるのなら別だが。
時速500キロに迫る猛スピードですっ飛んで、オネランノタルは数分で会敵した。
その速度から撃ち出される魔力の弾は、もはや重戦闘攻撃機の機銃掃射だ。
直撃を受けた者は、騎馬ごと炸裂した。
地面が抉れ、土と雪煙があがって、隊列が乱れた。
「襲撃だ!」
「魔物か!?」
まさか、自分たちが狙っているエルフの仲間が先制してきたとは、思いもよらなかった。
一瞬で頭上を通り過ぎたオネランノタルには、元から強風が吹きつけていたこともあり、まったく誰も気づかなかった。
「被害は!?」
暴れる馬を止め、隊長が叫んだ。
「何人かやられました!」
兵士が答える。
「クソッ、ついてねえ!」
エルフを諦めるのは惜しかったが……どんな魔物が襲ってきたのか分からない以上、逃げるのが先だという判断ができるほどの人物ではあった。
オネランノタルが見逃せば、だが。
「引け! 引け!」
隊長が叫び、
「逃げるぞ!」
「魔物だ!」
兵たちも素直に馬を返した。
走り出したその前に、オネランノタルが空中に浮かんでいた。
「……うわあ!!」
真っ黒い化学繊維のような生地に甲虫めいた模様の魔力ローブ、黄色と黒の線模様の肌に、乾いた海草のような黒髪、黒と翠の四ツ目……それだけで、魔族とわかる。
「バケモノだ!!」
恐慌し、各個バラバラ荒野に散った。
「フン」
オネランノタルが四ツ目をバラバラに動かし、魔力を直接行使。魔法の矢の一種であろうが、賊の数だけ真っ黒い杭というか線が伸び、それが触手めいて蠢いて馬上の賊どもを残らず串刺しにした。




