第16章「るてん」 2-9 案内役
「うるさい、あんたと関わり合いになりたくないんだ」
アルーバヴェーレシュがユアサン=ジョウに向かい、眉をひそめてそう云った。ユアサン=ジョウはしかし、片方の眉を上げ、
「まあまあ、ここはひとつ、提案があるのだが……」
「用心棒の助っ人なんかやりませんよ、先を急いでいる」
機先を制してホーランコルがそう云った。
「逆、逆、拙者を御雇いなされ。もっとも用心棒ではなく、道案内として。イェブ=クィープまでの裏道を案内して進ぜよう」
「裏道?」
「皆さん方、街道筋はもう無理ですよ。ここの領主どもは常に情報をやり取りしているし、拙者が疑われたように各家の間者だらけだ。よそ者は絶対に信用しないし、されない。拙者ですらそうなのだから、異邦人に精霊気の皆さん方では、今回の件が無くてもイェブ=クィープまでひと騒動どころではありませんよ」
「…………」
妙に説得力があり、4人が顔を合わせた。
「朝までに結論を御伝えする。今日はもう解散だ」
ホーランコルがそう云い、ユアサン=ジョウがグッと湯呑を傾けて、
「よろしく御頼み申す。なにせ、仕事を失い貧家銭内で御座るゆえ」
怪しい笑顔でそう云うと、部屋にひっこんだ。
ホーランコルらは狭い部屋に4人で籠もり、手短に打ち合わせをした。
「どうしたものか」
素直に、ホーランコルがそう云った。
「戦力では多勢に無勢、あいつがどうしようとも恐れることは無いと思う。私とキレットの魔法もある。案内だけなら雇ってもいいような気がするが……問題は、ヤツが私らを売った時だ」
アルーバヴェーレシュがそう云ったが、声に深刻さはあまりない。ここいらの田舎領主の小兵など、いくら集まってもアルーバヴェーレシュの敵ではないだろうし、加えて魔獣使い2人の恐るべき広域魔獣召喚術もある。
「少なくとも、案内人はいて困るものではないかと。また、売られてどうにかなる我々でもありますまい。魔王様の任務を遂行するために、我らも利用できるものはとことん利用しましょう」
キレットがそう云い、ホーランコルもうなずいた。
「きまりだな。相場がよく分からんが……適当に出して、不服なら出来高払いにするか」
「そうしよう」
アルーバヴェーレシュが了承し、決まった。
一行はそれから朝まで仮眠し、朝食時に談話室でホーランコル、
「きめたよ、ユアサン=ジョウ殿。雇いたい。いくらかね?」
「そうこなくては!」
ユアサン=ジョウが破顔して手を打った。
「では、クァラを抜けるまでの手付で500トンプ。同じくマートゥーを抜けてイェブ=クィープに到着したらもう500。イェブ=クィープ内の案内も御所望であれば、別途相談で如何ですかね」
「いいだろう」
ホーランコルが即決し、ユアサン=ジョウが眼を見開いて喜んだ。さっそくホーランコルが金袋を出し、
「500トンプ……と云いたいが、まだ両替していない。帝都の金でよろしいか?」
「もちろんですとも!」
「では500……」
帝都金貨は1枚で7、800トンプはするので、100トンプ銀貨幣を5枚、渡す。西方ではいま帝都銀は少し高く取り引きされているので、こっちで両替すると実質は550トンプほどになるため、ユアサン=ジョウとしては儲けが出た。
「こいつは、大助かりだ!」
「しっかり案内を御願いしますよ」
「御任せくだされ。ちょうど雪もやんでいることだし……メシを食ったら出立しましょうか」
そんな5人の話を、食事を運んできたオヤジが通路の影に立ち止まって聴いていた。
もちろんそのことにホーランコルもアルーバヴェーレシュも気づいていたが、話の邪魔をしないように待っていると判断し、スルーした。
野毛豚の塩漬け肉のスープと蒸しパンである花巻の朝食をとった後、一行は宿を出た。
「迷惑料だ」
と、ホーランコルはこっそり帝都金貨を1枚渡した。提示された宿代の10倍に近い。
「これは……御有難う御座います」
オヤジが金貨を掲げて、ホーランコルを伏し拝んだ。
「では、参りましょう。こちらです」
薄曇りの下、ユアサン=ジョウの案内で一行は雪道を手早く進み、村はずれから荒野に出た。
一行が見えなくなってから、オヤジが村役人の番所へ急いだ。
当然のごとく、オヤジは村を訪れるよそ者の見張り役であった。




