第16章「るてん」 2-8 タケマ=トラル
ホーランコルが2人に顔を近づけ、
「しかし、たまたま魔獣に襲われたということにできないか?」
「だから、もう遅いんだって!」
アルーバヴェーレシュがそう云ったとき、遅効性の魔法の矢が発動した。宿の屋根の上に浮遊させていた魔法の球がはじけ、光り輝いて四方八方に降り注いだ。
「もう、魔法を使っていたのか……」
ホーランコルも眼じりにシワを作った。
「うわあ!」
「ギャッ……!」
8発の強力な魔法の矢が的確に兵士たちを打ち倒し、何もしていないのに半壊した部隊は、
「魔法だ!! 引け、引けーッ!」
吹雪の中を帰って行った。
「……行ったか」
ユアサン=ジョウが息をついてそう云ったが、アルーバヴェーレシュがその胸ぐらを両手でつかみ、
「何の真似だ! ワザと私たちを巻きこんだのか!?」
「そ、そんなわけはないですよ!」
「待て、アルーバヴェーレシュ!」
ホーランコルがあいだに入り、
「ユワ……ユアーサ……」
「ユアサン=ジョウ」
「ユア……サン=ジョウ、あれはどこの兵だ? どうしてあんたを狙っていた? 答えないとは云わせないぞ!」
「ま、まあ……ここじゃなんだから」
ユアサン=ジョウが目を向けた先に、キレットとネルベェーン、そして宿のオヤジがいた。
オヤジが湯を沸かし、気つけの茶を淹れた。そして気を利かして、奥にひっこむ。
「では、答えてもらおうか」
ホーランコルが誰何し、ユアサン=ジョウが、
「拙者が用心棒稼業とは云ってあるが、つまり、あいつらは拙者の前の雇先の兵士だ。拙者を追ってきた……というわけですな」
「追われるようなことをしたのか」
「したつもりはないんだがね、どうやら向こうはそうは思っていないようで」
「何をした」
「何もしていませんよ。ただ……前の前の雇い主というやつが、前の雇い主と揉めているところで……間者か何かと思われてね。弁明しても聞き分けてもらえず、砂を蹴って出てきたんだよ。それなのに、追っ手を出してきてね」
「本当の話か、それは!?」
云うが、アルーバヴェーレシュが銀の眼を魔力に光らせ、強力な催眠魔法をユアサン=ジョウへかけている。嘘であれば、たちどころに本当のことを話す。
「本当だとも」
だが、ユアサン=ジョウは少し抑揚のない声で、そうつぶやいた。
「……本当だ」
アルーバヴェーレシュがやや意外そうにそう云ったので、ホーランコルがキレットやネルベェーンと眼を合わせた。
もっとも……これがストラやルートヴァン、オネランノタルであれば、さらなる秘密を暴いていた。ユアサン=ジョウが公儀隠密にして救世の英雄タケマ=ミヅカと同じタケマ一族の末裔であるタケマ=トラルだということを。
つまり、アルーバヴェーレシュレベルの自白魔法には、既に魔法耐性訓練を習得しているのだった。
とはいえ、用心棒稼業のくだりは、本当にそうだった。ユアサン=ジョウことタケマ=トラルは、用心棒としてあちこちに雇われながら、クァラ地方の各領主の情勢を探っている。時にはイェブ=クィープ派の領主と密儀を行い、時にはバーレ派、マートゥー派領主の情報を得る。そして、独立派に近づいてイェブ=クィープ派になるようそれとなく説得するのだ。
ユアサン=ジョウがハッと気づくと、もう魔法効果は切れており、すかさずホーランコルが
「で、我らはユアサン=ジョウ殿の手助けをした謎の東方人傭兵とでも思われた……ということになりますかな?」
そう云った。ユアサン=ジョウは袂のある独特の衣服の腕を組みながら、
「ま、そうかもしれませんな」
などと他人事のように云う。
4人ともカチンときたが、アルーバヴェーレシュが先走って魔法を使ってしまったのだからこらえた。
「面倒ごとは避けたい。朝イチか……なんならいますぐ、出立しよう」
アルーバヴェーレシュがそう云うも、
「今は御止めなさい、雪がひどい」




