第16章「るてん」 2-7 ユアサン=ジョウ
男は急に無言となり、残った酒をガバガバとあおるや、サッと部屋にひっこんでしまった。
それを見やってからホーランコルが、
「どう……思います?」
「どうって?」
肉を食べおわり、鍋に残っているとろみ餡を花巻でぬぐって食べていたアルーバヴェーレシュが、わりと呑気な声を出した。
「では、私の見立てから。本当に用心棒稼業半分、どこぞの間者半分……というところでしょう」
「どこぞの間者って、どこだ」
ホーランコルの見立てに、アルーバヴェーレシュがそう云った。
「そもそも、どこの人間でしょう?」
これはキレットだ。
「さあ……この地域のどこかの領主か、バーレか、イェブ=クィープか」
ホーランコルの言葉に、ネルベェーンが、
「詮索したところで、どうでもいいことだ。アルーバヴェーレシュを狙う連中の動向に気をつけつつ、粛々とイェブ=クィープに向かうのだ」
決然とそう云い、みなが無言でうなずいた。
その深夜半……。
急に風が強くなり、ガタガタと雨戸と障子窓が揺れ、外は吹雪のようだった。
だいたい、フルトス紙を窓に使うとは聴いてはいたが、実際に見たホーランコルは仰天した。
「起きろ、ホーランコル。襲撃だぞ」
警戒の小魔獣の声を聴き、ネルベェーンが低い声でそう云った。
「起きている。アルーバヴェーレシュを狙ってか……?」
「だろうが……それだけではなさそうだ」
「なんだと……?」
「盗賊じゃない。兵士だ。もっとも、無頼兵だろうが……」
「やれやれ、どこの兵隊だ?」
闇に素早く着替えて剣を用意し、ホーランコルが臨戦態勢となる。キレットとアルーバヴェーレシュも、既にそうしているだろう。
「ところで、どうしてここに泊まっていると?」
「さあな」
「オレたちを売ることができるのは、オヤジとあの男だけだ」
「そうだな」
「どっちでもいいか」
「そうだな」
キレットとネルベェーン、既に西方の狼竜を召喚していた。吹雪に紛れて20人もの兵士が村はずれの宿を取り囲もうと展開したが、その兵士を7頭の狼竜の群れが取り囲んでいた。ウルゲリアやガフ=シュ=インにいた全長が4~5メートルほどもある大型種ではなく、2メートル半ほどの中型種だ。が、その骨をも砕く強靭な顎で、人など余裕で咬み殺せる。
「火をかけろ!」
吹雪でも消えない特殊な松明を持った兵が4人、宿の周囲に近づいた。
その4人を、闇の中から次々に狼竜が襲った。
風音に悲鳴もかき消え、雪の上に落ちた松明がそのまま燃えている。兵士はたちまち狼竜に引きずられ、何処かに消えた。
「なんだ!? どうした!? 何をやっている!?」
隊長らしき兵士が動揺し、状況を確認しようと近くの松明に近づいた。
ホーランコルは部屋から通路を通り、外に出ようとした。
が、薄暗い照明魔法の灯った玄関ホールには既にアルーバヴェーレシュと、なんとあの男も二本差しでその後ろに控えていた。玄関を少し開け、吹きつける雪を浴びながら外を伺っている。
「あんた……!」
「ユアサン」
「ユアサ?」
「ユアサン=ジョウだ」
低い声で男が云った。人の名前か? とホーランコルは思ったが、
「ホーランコルだ」
「ホーランコル、たぶん、あいつらはね、拙者が狙いだよ」
「ええっ!?」
さすがにホーランコルも目を丸くする。
「精霊気の姐さん狙いと思ったろう?」
「あたりまえだ!」
「もう遅い! こっちから手をだしてしまったぞ!」
アルーバヴェーレシュが渋い顔でユアサン=ジョウをふり返り、舌を打った。
「早合点だったな」
「黙れ!」




