第16章「るてん」 2-6 用心棒
「ここの煮こみは、うまいですよ」
男が人懐こい笑顔でそう云った。
「この細い棒はなんだ?」
アルーバヴェーレシュが箸をとってそう云い、男が苦笑。
「こう使うんですよ」
暖炉の火と小さなランタンの薄暗さの中で、男が酒の肴にしている小料理をつまんで見せた。
「こっちのものは、みんなそんな器用なことをするのか!?」
銀色の眼を見張って、思わずアルーバヴェーレシュがそう云った。
「私とネルベェーンもできますよ、あまりうまくは無いですが」
そう云って、なんとキレットも上手に箸を使って煮込みを取り分けた。
「どうして、使えるんですか?」
思わずホーランコルがそう云い、
「帝都には、西方人の店も多かったので、よく通ってました」
「へえ……」
そのやり取りに、男が思わず目を細めた。
(みな帝都の冒険者のはずなの……に、剣士の旦那と精霊気の姐さんは、箸を使えない……と。さて……どうしたものか……)
ま、帝都にいたからと云って、みな西方人の店の常連な訳もない。
「この煮込みはすごく柔らかいので、その匙でも食べられますよ」
アルーバヴェーレシュが陶器のレンゲをとり、皿の煮込みを切断して口に運んだ。
「……食べたことの無い味だ! これはうまい! 香りもいい!」
珍しくアルーバヴェーレシュがそう顔をほころばせ、バクバクと食べ始めたので、
「どれ……」
と、3人も料理を口にする。
「本当だ、うまい!」
「これは、私も初めて食べます!」
みな嬉しそうに料理をほおばり、男も笑顔になる。
「その白いやつに挟んでもうまいですよ」
「これは?」
「具の無い饅頭ですな。皮だけの」
「はあ……」
花巻をちぎり、煮込みを挟んでかじると、これがまたうまかったので、4人が久々のまともな食事に舌鼓を打った。
「みなさんは、イェブ=クィープに? 冒険仕事で?」
男がそう云い、ホーランコルが食べる動きを止めつつ、
「ええ、まあ」
「精霊気連れで? こっち側で、精霊気のことは?」
「先ほど聞きました」
「じゃあ、悪いことは云わない。おやめなさい。仕事にならないよ」
「常に狙われるからですか?」
「そうさ」
「貴公は、襲わないので?」
「拙者は、こう見えて用心棒稼業なものでね。自分より強いヤツには手を出しませんよ。それが長生きの秘訣さ」
男が地酒の入ったぐい飲みをかかげ、ニヤッと笑った。アルーバヴェーレシュが、ギロリと暗がりに光を放つ銀眼で、男をにらみつけた。
ホーランコルが慎重に男を眼だけで探り、
「用心棒……ですか」
「この地方はね……」
男が少し、声をひそめながら、
「30以上もの田舎領主が派閥を作って、延々と小競り合いをして暮らしているのさ。領民もそれなりにあっちへ着いたりこっちへ着いたり……うまくやっている。拙者のごとき用心棒稼業は、そんな連中を渡り歩いて適当にやってるだけで、けっこうなカネになるんですよ」
「ふうん……」
「みなさんもイェブ=クィープなんざ行くより、そうしたほうがいいですよ……と、云いたいところだが、精霊気がいるんじゃ、だめですな」
「ま、やりませんけど」
ホーランコルが食事を再開した。
「……なんのためにイェブ=クィープへ? あそこに行ったって、精霊気の扱いは大して変わらない。行くだけ無駄ですよ」
「余計なお世話ですな」
「確かに……」
男が肩をすくめ、ぐい飲みを傾ける。
(と、いうことは、冒険者とは名ばかりで……なんらかの任務を遂行中……と。どこの手の者だ? 帝都ということは、皇帝府か? それにしては、精霊気の姐さんは皇帝精霊気じゃない……。ホルストン……いや、ヴィヒヴァルンか……チィコーザか……ウルゲリア……は、滅んだという噂だが……詳細は分からない。いやはや……こんな連中がイェブ=クィープに入ろうっていうのを、見逃せるわけも無し……か。まいったな、どうも、こりゃ)




