第16章「るてん」 2-3 20万トンプ
アルーバヴェーレシュの不気味な銀の眼に恐怖しつつ、その40前後頃の薄汚く痩せている盗賊、震えながら、
「た……かく……売れ……るの……で……」
「エルフが、か?」
これはホーランコルだ。
「は……い……」
「どうしてエルフが高く売れるんだ? 珍しいからか?」
「は……い……」
エルフが珍しいのは、東方でも変わりない。しかし、こやつらはエルフ1人を狙うには規模が大きい。ホーランコルはそこを訝しがった。
「西方では、エルフはいくらで売れるんだ?」
「すくな……くて……も……ひと……り……20……万には……」
「20万!? 20万トンプか!?」
ホーランコルと、キレットとネルベェーンが眼をむいた。あまり帝国の貨幣を使わないアルーバヴェーレシュは、いまいちピンと来なかった。
「高いのか?」
「高いも何も……法外だ。ウルゲリアの闇人身売買では……人間は数十から数百トンプ。バレゲル森林エルフで……数千から、多くて1万だ。それが、20万とは……こっちのエルフの価値は、ちょっと異常だな……」
「どうして、エルフがそこまで高価に取引されるのだ?」
これはネルベェーンだ。
「しら……ね……」
「分かった、もういい」
屈んでいたアルーバヴェーレシュが、立ち上がってフードをかぶった。
「約束だ、命は助けてやる。だが……魔法が解けるまでに、おまえが凍え死なないかどうかは……自分の運を試すんだな」
アルーバヴェーレシュは踵を返し、冬の街道を歩き始めた。3人も、無言でそれに続く。
「ま……って……たす……たす……け……」
賊が真剣な表情と涙目で訴えたが、4人は地吹雪の中に消えてしまった。
1時間もしないうちに……。
賊は体長が1メートルほどの、小型の狼竜の群れに取り囲まれた。
眼が大きく、厚く真白な冬毛に覆われた、西方の種だ。
倒された賊たちの血の臭いを嗅ぎつけて、7頭ほどが現れた。
まだ凍死しておらず、麻痺の残っていた賊が恐怖にうめいたが、なす術なく生きたまま食われ始めた。
クァラ地方は宿場が無く、たまに現れる街道筋の村々が宿場代わりだった。
だが、フードを取った瞬間、半農半宿を営む村人が悲鳴をあげて宿泊拒否。追い出されること三度に及んだ。
「保守的だなあ」
寒中野営で、ホーランコルが呆れてつぶやいた。野営自体は慣れきっているので平気だが、西方人の反応が気になった。
「帝国内とはいえ……異邦人を、見たことがないのでしょう」
これはキレットだ。
「しかし、ガフ=シュ=インでもこんな反応はありませんでしたよ」
ホーランコルは、雪を溶かしそれを沸かした湯を金属のカップで飲みつつ、眉をひそめてそう云った。
「ガフ=シュ=インはああ見えて、東西の商人が入り乱れる交易国ですので、私たち南部人なども珍しいとはいえ、そもそも異人種に寛容な土地柄です。私も帝国の西側は初めて来ましたが……西方自体が、そもそもあまり東方人や南部人に慣れていないのでしょうね」
「そしてエルフはもっと珍しい……と」
アルーバヴェーレシュの声に、3人が振り向いた。
「ただ珍しいというだけか?」
ネルベェーンがそう云い、アルーバヴェーレシュもうなずいた。
「帝国にエルフがどれほどいるか知らないが、確かに、西方の種族や部族は聞いたことが無いんだ。ほとんどいないんじゃないか? それに、ネルベェーンの云う通り、ただ珍しいというだけで法外な値段が付くとは思えない」
「……なにか、裏があるということ……か」
ホーランコルがそうつぶやき、
「とはいえ、そんな裏の事情など探っている暇ない。とにかく、先を急ごう。中には酔狂で泊めてくれる宿もあるかもしれないしな」
3人がうなずき、粛々と街道を進んだ。
そして……。
ホーランコルの云う通り、クァラ地方の幾つか目の村に入ったとき、村はずれの小さな宿の背の小さな猫背のオヤジは、4人を見ても眉ひとつ動かさず、
「ウチは少し高いが、それでもかまわんか?」
などと云ってのけた。




