第16章「るてん」 2-1 面倒くさい土地
みな、互いに見合ったのち、オネランノタル、
「……彗星が、どうして不吉なことの象徴になるんだい?」
「この国の迷信です。それが3本同時ということで、余計に話題になっているようです」
ストラは他人事のようにそう云うが、そもそもその「彗星」はストラの指示で落としたものだ。
「つまり、その不吉なことの現れとして、我々が嫌でも注目を集める可能性がありますね。理不尽な迫害を受けるかもしれません」
リースヴィルが大真面目に云ったが、オネランノタルは、
「迫害なんか、我らにとってどうでもいいことだ。人間どもを強制的に黙らせるのに、苦労は無い。けど、面倒なのはそうかもね。ま、しかし……この国への牽制が、結果として庶民にそう捉えられているというのであれば、意味はあったのかな」
そう云って真っ黒い魔力フードの下で四ツ目を細め、肩を揺らして笑い始めた。
2
ストラたちと別れたホーランコル一行、荒野を問題なく北上し、7日もすると実質的なホルストン王国の南端にさしかかろうというころで、東西に延びる北道街道に合流した。この街道を東に行けば帝都そしてホルストン、西に行けばバーレ北部にある小領主が群雄割拠するクァラ地方に到る。
なお、クァラ地方の手前で街道は南に分岐し、ストラたちが通ったイァン州のグァンガン関に到る。
北道街道は帝都とバーレを結ぶ大動脈なので、真冬だというのにすごい人出だった。ほとんどが東西を結ぶ商人で、たまに冒険者や、1人で街道を歩いているよく分からない人物がいた。
荒野から来た4人は、南部人やエルフが混じっていることもあって最初は人目を引いたが、すぐに人込みに紛れて誰にも注目されなくなった。
野営と宿場での宿泊を繰り返し、一行はまた7日ほどで南に分かれる分岐に到達。そこは宿場だったので休みつつ物資を補給した。金は、ストラやオネランノタルからたっぷり預かっている。重くて邪魔なほどだ。合計で2万トンプはあるだろう。
だからと云って、高級宿で豪遊するわけもなく、余計なトラブルを避けるためひたすら地味に過ごした。
しかし、東西商人のほとんどが南下してバーレのグァンガン関へ行ってしまい、街道は急に閑散とした。
そのため、クァラ地方に到ると完全に外国人・亜人種の4人は、非常に目立つことになった。
特に人々の眼を引いたのは、何と云ってもアルーバヴェーレシュだ。
南部人のキレットとネルベェーンも目立つのだが、アルーバヴェーレシュは同様(と、云ってもゲーデル山岳エルフの浅黒さは南方系の黒さと異なり、高山地帯の雪焼けに近い)の浅黒い肌に銀髪銀眼、耳も尖っている。
「おい……ありゃあ、もしかして、精霊気か?」
「精霊気だ」
「本当に精霊気なのか?」
「人間じゃないだろう」
「あれが、精霊気か……」
「エ、精霊気だと……!?」
などと、土地の者がこぞってヒソヒソヒソヒソ話すのを、耳の良いアルーバヴェーレシュは全て聴いており、不快をあらわにした。
「そんなに珍しいのか!?」
「珍しいんでしょうね」
本来であれば、東方ウルゲリア人のホーランコルや南部人の2人がそう云われてもおかしくないのに、ひたすらアルーバヴェーレシュが噂になるのを不思議に思いつつ、ホーランコルがつぶやいた。
「帝国に来たばかりのころは、私どももそう云われました。帝都では珍しくない南部人も、田舎では……」
キレットがそう云い、口数の少ないネルベェーンも、ギョロ眼を細めつつ、
「みな、フードをしたほうがいいかもな」
真っ先にローブのフードを被った。
「もう遅いだろう」
ホーランコルがそう云いつつ、かぶらないよりましかも、と思い、ネルベェーンに続いた。キレットとアルーバヴェーレシュも、フードをかぶった。4人は、184センチほどのホーランコルが最も背と体格が大きく、ネルベェーンがひょろっとしつつもほぼホーランコルと同じほどの背丈。少し小太りで160センチほどのキレットが続き、最も強力な戦闘力と魔力を有するアルーバヴェーレシュが155センチほどで、最も小柄だった。
とはいえ、西方人自体が、東方人に比べると平均で一回り小さく……大人の男性でもキレットやアルーバヴェーレシュほどで、女性はもっと小さかった。
クァラ地方は山間部を含む田園地帯で、36もの独立小領主がくっついたり離れたりを繰り返している典型的な帝国の田舎地方だ。大きく分けてバーレ派、イェブ=クィープ派、マートゥー侯派、独立派に別れ、互いに牽制し、裏切り、味方し、ここ300年ほどはひたすら小競り合いと合併離散を続けている。
ようするに、面倒くさい土地だった。




