第3章「うらぎり」 3-5 マンシューアル軍本陣
「たいしたヤツだぜ……」
「おい、あんた、本陣に戻ったら、ドルシタールってヤツがいるから、飲み勝負しなよ」
「そうだそうだ、あの鼻っ柱を叩き折ってやれや」
何人かの兵士がペートリューを囲って親し気にそう云うが、マンシューアル語なので何を云っているのか分からず、ペートリューはただ照れ愛想笑いを浮かべながらどぎまぎするだけだった。
「くっせえな、近づくなよペートリュー」
山を下り、マンシューアル藩王国国境付近の草地をマンシューアル藩王国スラブライエン攻略軍本陣まで行軍する中、フューヴァはペートリューを近づけさせなかった。大事そうに抱えている壺が臭いし、中の焼酎も臭いし、それをチビチビ飲むペートリューの息も臭いし、段々ペートリューの体臭もその臭いになってきた。野外でそれなのだから、
「おまえさあ、もう同じ部屋で寝れねえからな!」
「そ、そうですか? 慣れれば、けっこうイイにおいですよ……」
「ふざけんな、おまえの鼻がおかしいんだ。見ろや、プランタンタンをよ!」
プランタンタンは強いアルコール臭も苦手なうえ、薬膳の臭いに完全にやられ、口と鼻を手拭いでマスクみたいに覆っているし、すごく離れて歩いていた。加えて、けっして風下に立たぬ。
「アタシらの仲も、これで終わりだな! おまえだけマンシューアルでうまくやれや」
「そんなあ……」
ペートリューがチラリとストラの後姿を見やったが、相変わらず無言で、どこを見ているとも分からぬ様子で歩いている。
「ストラさんに捨てられたらそうします」
「フッ」
フューヴァが思わず笑う。なんだかんだと、ペートリューも根性がある。
山を下りてから二日後、簡易式ながら建物が並び、食料や日用品を売りに来る一般人もいて、既にちょっとした街みたいになっている本陣に到着した。
(兵員規模4,572人。軍属、周辺住民を合わせると現在5,284人……)
たちまち、ストラが再度詳細に三次元探査を行った。
(黒色火薬を確認。ただし、銃器は無し。超原始的な爆薬と類推。手投げ爆弾と思しき火器を確認。露出状態のシンバルベリル反応無し)
帰陣したのは夕刻近くだったが、まだ明るかったので、そのままラグンメータはルシマーを連れ、カッセルデント将軍へ復命した。
部隊は陣内の所定の場所で鎧を脱ぎ、落ち着いた。そこで分かったが、ラグンメータの率いる軍は全部で八百ほどで、中でも精鋭を二百ほど集めて奇襲をかけたらしい。
ストラたち四人は、ラグンメータが個人的に雇った私兵及び客兵扱いだったので、ラグンメータの仮兵舎のすぐ側に、専用のテントを与えられた。陣内は兵士が大半だったが、周辺住民も出入りしており、女性も歩いていた。中には、女性の兵士もいる。
「はあ……」
まだ手拭いを口に巻いているプランタンタンが、猫背でテントの前に立ったまま、陣容を見渡した。
「大隊長ってのが、五人くらいいるんでやんすね」
ちょうどテントから出てきて、隣に立ったフューヴァ、
「えっ、どうしてわかるんだ?」
「なんとなく、陣容が大きく五つに分かれているでやんす」
「すげえな、おまえ……」
フューヴァが感心し、同じように陣容を眺めたが、さっぱり分からなかった。
小首をかしげるフューヴァを横目に、プランタンタンが、
「フューヴァさん、子爵として復活して、軍を率いるってんなら、それくらい分からねえと務まらねえんじゃ?」
「うっせえな……!」
舌を打ちつつ、まったくその通りだと内心、イヤになる。自分は意気ごみと口だけで、そういった勉強をしようという気にもなっていなかった。
「それはそうと、ペートリューさんはどこに行ったんで?」
「え? さ、さあな……」
「まさか、あの酒に味をしめて、調達しにいったんじゃないでやんしょうね」
「む……!」
嫌な予感に、フューヴァも眉を寄せた。
「でもよ、食いもんがちがうからかなあ……。ここ、全体があのクセエ酒と似たような臭いで充満しているぜ」
フューヴァが鼻をこすりながら、そう云った。
「やっぱり?」
プランタンタンはこの世の果てに来たような顔で、フューヴァを見た。
「そう思ってたでやんす……」
具合が悪そうに身をかがめ、プランタンタンはテントへ入ると毛布のようなものを頭からひっかぶって、絨毯へ横になってしまった。
「だいじょうぶかよ、アイツ……」




