第15章「嘆きと大地の歌」 2-24 一般の人間代表
「トライレントロールは、細かい攻撃に慣れていない。手数で攻めて、圧倒するんだ。超短期決戦だ。休ませるな。大公の戦いを見てただろう?」
「ハイ、見ておりました」
「長引くと、おまえの身体が悲鳴をあげるぞ。それほどの魔法効果だ。一般の人間が耐えられる、限界ギリギリだ」
つまり、ホーランコルは「一般の人間」代表でここにいる。こんな経験ができるとは望外の喜びであり、かつこんな栄誉は無い。
「分かりました!」
ホーランコルが、表情を引き締めた。
「ホーランコルよお」
ぬっ、とピオラが影を作ってホーランコルの後ろに立ち、ポンと肩にその大きな手を置いた。
「ハッ」
かるくふり返ってピオラを見あげたが、その白く巨大な胸が視界いっぱいに迫って、顔を観られなかった。内心苦笑し、おもわず身体を傾けてピオラの泉色に澄んだ目を見た。
「相手はエランサの兄いだあ。あたしよりつええ。でもよお、番人の云うとおり、あたしらは懐に入って細かく攻められたら、返す手があんまりねえ。だから、懐に入られる前に必ず相手を潰すんだあ。逆に、そこさえくぐり抜けりゃあ、いくらでもやりよおはあるう」
「ハイ!」
「いいか、どんな手を食らってもビビんなあ! タイコーの魔法を信じて、つっこめえ! それが、勇者だあ!!」
「やってみせます!!」
人懐っこい笑顔のピオラに向かってそう答えたホーランコルが両頬を手で叩き、気合を入れる。少し高い石舞台に手をかけると、一気に跳びあがった。大歓声が起き、ホーランコルを迎えた。三日月状の丸く細い刃が交差し、中国拳法の鴛鴦鉞に柄がついたような独特の重量武器を両手に構えたエランサが、既に立っている。その表情に、ホーランコルを侮る色は全く無い。対等の相手として、認めている。
「どっちも頑張れええ!」
「人間だからって、ばかにしてたら負けるぞお!」
「人間も頑張れえ!! エランサに勝って見せろおおお!!」
ギャラリーも、そういう空気になっている。
「ホーーーーーランコルさあああああ!! がんばってくださあああああしああああああ!!!! 魔王の聖騎士ですうううううう!! あの人は、魔王様の聖騎士ですよおおおおおおおお!!!! 聖騎士いいいいいいいいいいいぶeあsydfげbぁおえ!!!!」
狂ったようにペートリューが叫び、水筒を振り回して周囲のトロールにそう訴えた。
キレットとネルベェーンも、固唾をのんで凝視する。
「これで決まるぞお! 始めだあ!」
ラディラがそう叫び、太鼓が鳴ったとたん、なんとエランサから動いた。
「うおおおおおるぅああああああ!!」
たちまちホーランコルに迫るや、両手の100キロはある特殊な鉞を凄まじい速度と威力で連続して叩きつける。
しかしホーランコル、逃げも避けもせず、真正面から突っこんだ。ルートヴァンの防御魔術に、全幅の信頼を置いている。
常識では考えられない分厚さの魔力バリアが浮遊シールドめいて出現し、鋼鉄が軋んだような音をたててエランサの全力攻撃をことごとく防いだ。しかしその衝撃が魔力圧となってホーランコルに返ったので、押されてホーランコルが下がった。
それでも、片手に剣をひっさげたホーランコルは必死の形相で踏ん張って前に出た。逆に、エランサが押されて下がる。
(い、いくらあのすげえ魔法使いの魔法があるからって……この人間んんん……!!)
エランサが歯を食いしばる。相手にとって不足なし!
「すっげええぞおお、魔王の仲間は、みんなすっげええええ!!」
エランサが嬉しくなって、そう叫びつつ、さらに強力に攻撃を続けた。
その攻撃の合間に、ホーランコル、なんと自身に圧しかかる魔力圧を利用し、魔力圧越しに身体を押しひねってシールドを内側から操作。エランサの右手の攻撃を、明後日の方向に弾き返した。
「さすがだ!」
ルートヴァンがほくそ笑み、そう叫んだ。オネランノタルも、
「すごい!」
と四ツ目を見開いて感嘆する。
予期せぬ方向に鉞を飛ばされたエランサ、右手が伸びて、大きく体が開いた。
そこにホーランコルが飛びこみ、見事にエランサの懐に入った。ホーランコルの間合いだ。剣が届く。
「うおおおおお!!」
ホーランコルが雄叫びを上げ、片手剣を振りかざして連打した。攻撃力が段違いに上がっており、まともに食らうとさしものトライレン・トロールの装甲皮膚も大ダメージは必須だった。エランサはそれを分かっており、なんとか器用に鉞を当てながら防御し続けた。




