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普通戦隊 イッパンジャー

普通戦隊 イッパンジャー ピンク編

作者: うわの空

この作品は、2011年に公開された短編小説「普通戦隊 イッパンジャー」シリーズの最新話です。

当時『イエロー編』までお読みくださった方はこのままお進みください。大変お待たせいたしました!


未読の方は「普通戦隊イッパンジャー(完全版)」(https://ncode.syosetu.com/n5946hb/)にて、一話目から順番にお楽しみいただけますと幸いです。


お手数をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。

「じゃーん!」


 誇らしげにそう言うと、大学の先輩は薄っぺらい機械を俺に見せつけてきた。俺はつい、必要以上に大きな反応をしてしまう。


「うおおっ、スマホじゃないですか!」

「おう。ガラケー壊れたしさ、思い切って買い替えたんだ。はっきり言ってめちゃくちゃ便利だぞ、これ」


 先輩は自慢げに、スマホを操作し始める。ガラケーを使っている俺からすれば、むき出しの大画面が今にも割れそうで不安なのだが、先輩いわくスマホ画面専用の強化フィルムがあったりして、簡単には割れないつくりになっているらしい。


「お前も買い替えた方が絶対いいって。言ってる間にガラケーの時代も終わるぞ」

「そっすねー……」

「それと、2011年ももうすぐ終わるな」


 先輩はそう言うと、ラーメン屋に設置されている小さなテレビに視線をやった。

 テレビでは『2011年で一番頑張ったこと』と『2012年の抱負』を街頭インタビューしている様子が延々と流れている。

 恋人繋ぎをしている男女のカップル、そのうちの男性がアップで映し出され、『2011年で一番頑張ったことはー……』ともったいぶってからこう言った。


『隣にいる可愛い女に、告白したことですかね!』

「この映像、1年後には黒歴史になってるんじゃねーか」


 先輩が、嫌悪と嫉妬と羨望を混ぜた顔をして言った。鼻で笑っていたが、その目は笑っていない。こわい。


「まあとにかく、スマホは便利だぞって話をしたかったわけ。……ラーメンも食ったし、そろそろ帰るか。お前この後バイトあんだろ?」

「はい」


 先輩が立ち上がり、俺は開いていたガラケーをぱたりと閉じてポケットにしまう。それから、『2011年で一番頑張ったこと』についてふと考えた。


 ――まあ。あれだよな。

 今年俺が頑張ったことといえば、イッパンジャーになってしまったことだよな。

『頑張ったこと』なのに、『なってしまったこと』なんだよなー。


「おーい、何してんだ。置いてくぞー」

「あっ、はい! すぐに行くので10秒ほど待ってください!」

「は? なんだそりゃ」

「あっ、……なんでもないです!」


 日常生活でも誤ってイッパンジャー用語を口走ってしまうようになった自分が悔しくて、ラーメン屋から出た俺は決意を固めた。


 ――いい加減捨てよう。あのチェンジケータイを。


 イッパンジャーに変身するための道具、チェンジケータイを俺に渡してきた――諸悪の根源である虎猫が最後に姿を見せたのは7月。新メンバーであるイエローを連れてきた時だった。

 レッド、ブルー、グリーン、イエローときたので、最後にピンクを連れてくる。気長に待っていてくれ。

 そう言い残して虎猫は消えていった。

 ――あれから4か月。

 虎猫が現れる気配はないし、ここらへんで怪獣(ブルーに言わせるならメンストゥアー)が暴れているという情報もない。すなわちイッパンジャーの出番はなくて、本来なら今すぐにでも解散できる戦隊だった。ていうか解散したかった、少なくとも俺は。


 問題は、ブルーだった。


 ルックスはいいし頭脳も明晰、しかし頭のネジが数本抜けているレンジャーオタク。そんな彼は、イッパンジャーの解散をものすごく嫌がった。それどころか半月に一度俺たちを呼び出しては、変身ポーズの練習や、決め台詞のための発声練習、金属バットの振り方や突き方なんかを伝授してきた。

 最後だけ聞くと犯罪集団かヤンキーの抗争みたいな話だが、これはあくまでイッパンジャー……正義の戦隊ヒーローの話である。



「ていうかみんな、意外とノリノリでやってんだよなぁ……」


 夜の八時。バイト先――客の入ってこないコンビニで、俺は独りごちた。

 そう、存在感が薄いからという理由で選ばれてしまったグリーンも、今を生きる忍だと嘘をつかれて加入したイエローでさえも、イッパンジャーの活動についてはやたらと積極的なのだ。ブルーに呼び出されれば絶対に来るし、どんな練習も手を抜かない。やる気がないのは俺くらいだ。

 ――あんなにダサい戦隊なのに、どうして皆、やる気に満ち溢れてるんだよ。


「おーい、レジ点検終わったら品出し手伝ってくれー」


 店長の声で我に返る。気づけば完全に手が止まっていた。

 雑念を追い払い、急いでレジの金を数え始める。そうしてくしゃくしゃの千円札を手で伸ばしていた時、


 ピンポピンポーン


 店のチャイムが鳴った。俺と店長は客の姿をろくに確認もせずに、「っしゃいませー」と低いテンションで挨拶をする。

 しかし、新商品の菓子を並べていた店長がすぐさまその異変に気付いた。


「げっ、猫!」

「えっ!?」


 その声に、俺は違う意味で反応した。カウンターから上半身を大きく乗り出し確認してしまう。


 ――いや、まさか。

 そんなはずない。


 虎猫のはずがない。


 きっと黒い猫だ。白い猫だ。あるいは灰色の猫だ。

 頼むからそうであってくれ。頼むから、見たこともない猫であってくれ。


 そんな願いもむなしく、果たしてそこにいたのは見覚えのある虎猫だった。


「おまっ……、うそっ……!」

「にゃあ~ん?」


 虎猫が首を傾げてわざとらしく鳴く。

 ――てめえ、本当はコテコテの関西弁で話せるくせに、かわい子ぶってんじゃねえぞ。


「やばいって! 俺、猫アレルギーあるんだよ!」


 店長が菓子の箱を持ったまま後退する。女子が虫を見たときの反応そっくりだと思った。

 虎猫からできうる限り距離をとった店長が言う。


「俺は事務所に入ってるからその猫さっさと外に出してくれ! あと、床も軽く拭いといてくれよ! じゃあな!」


 店長の逃げ足は速かった。カウンターのスイングドアを開き、持ちっぱなしだった菓子をレジ横に置いて、事務所に入る。その時間、わずか1秒! そんな感じだった。

 二人きりになった途端、猫はにんまりと邪悪な笑顔を見せる。


「ほんならなあ……、あったかチキンの『ピリ辛! 山椒のきいた焦がし醤油味』もらおか」

「馬鹿な事言うんじゃねえ」

「そやな、猫は猫用のごはんを食べやな身体に悪いもんな。よう知っとるなあレッド!」

「馬鹿な事言うんじゃねえ」


 俺はカウンターから出ると、虎猫を両手で持ち上げた。虎猫が「いやぁん! やめて、えっちぃ!」と気持ち悪い声を出し、身体をくねらせる。


「ちょっ、変な声出すな! 店長に聞こえたらどうすんだよ!」

「お前、わいを追い出すつもりか! なんてひどい人間なんや!」

「ひどいのはそっちだろ! 食品を取り扱ってる場所に来るんじゃねえ!」


 俺のその言葉に、虎猫はただでさえ丸い目を更に丸くさせた。


「そんじゃやっぱり、レッドのおうちに直接行った方がよかったんか? なんかいつも嫌がってそうやったから、今回はおうちやなくてバイト先に来てみたんやけど……」


 嫌がっているのは確かだが、気を遣うべきところが違う。

 俺は大きなため息をつくと、ドアに向かって歩きだした。虎猫は意外にもおとなしく、だらりと身体を伸ばしたままだ。


「ていうか。どうして今頃になって俺のとこに――」


 そうして自動ドアが開いた時、俺ははたと気が付いた。


 薄暗い駐車場に女性がひとり、ぽつねんと立っていた。


 年齢は二十代半ばくらいか。ミディアムヘアはきれいにセットされていて、やけによく似合っている。

 服装はボーダーのシャツにライトブルーのジーンズ、最近流行っているブランドのスニーカー。それに、何の変哲もない生成りのトートバッグ。

 電車に乗ったら一車両に一人はいそうな、特徴を掴みづらい人。

 見た目からはそんな印象を抱いた。


「いやー、ほんまにお待たせしたで、レッド!」


 俺の腕からするりと抜けて、虎猫は女性の方へと歩いていく。女性が無言で頷く。

 まさか、と俺は思った。

 そんなまさか。なんで今更。チェンジケータイだってもう捨てるつもりだったんだ、それがまさかこんなタイミングで――


「この通り、ピンク連れてきたで! レッド!」


 虎猫の言葉に、俺は膝から崩れ落ちた。



     *



「これでようやく5人揃ったか……。よろしく頼む、ピンクレンジャー」


 翌日。当たり前のようにそう言ったのはブルーだった。

 割られた窓ガラスをようやく修繕したワンルームマンション。すなわち俺の部屋に、イッパンジャー全員プラス虎猫が集結していた……つーか、なんでいつも俺の部屋なんだよ。

 6畳の部屋に5人も集まるのは結構つらい。そのせいか、ブルーだけ立ったまま壁に背を預けている。腕を組んで、すまし顔。それが妙に芝居がかっているというか、「冷静沈着なキャラクター・ブルー」を演じているように見えてしまう。


「Oh! オンナのコ、増えました! クノイチ! クノイチですネ!」


 イエローが興奮しているが、彼女はいまだにイッパンジャーを忍者の類と勘違いしている。彼女があまりにもレンジャーに対して無知なので、海外には戦隊ものが存在していないのではないかと思ったが、ブルーいわく「パワーレンジャーがある」らしい。詳しくは聞かなかったが。


「あ……えっと……ぼ、ぼく……あの……すみませーん……」


 気の弱いグリーンが、完璧なまでに自己紹介のタイミングを逃している。このままではまた「影が薄いキャラ・グリーン」の印象を強くしてしまいそうだ。

 助け舟を出そうかと俺が口を開いた時、ブルーがとんでもなく真面目な顔をしてこう言った。


「5人揃ったことだし、そろそろイッパンジャーのテーマソングを作ろう」


 嘘だろこいつ……。綺麗な顔してえげつねぇこと言いやがる……。

 俺が目を白黒させていると、それまでずっと無言だったピンクが口を開いた。


「その前に質問があるんだけど、いいかしら?」


 それは、声優なんじゃないかと思うくらいに透き通った声だった。

 皆が一斉にピンクの方を向く。俺は内心で、ブルーの提案がこのまま潰れてしまうことを祈った。

 ピンクは全員の視線にも動じず、堂々と発言する。


「皆、結構うちとけている感じがするけれど、いつから知り合いなの?」

「えーと、今年の初夏とか。遅くても夏かな?」


 俺の答えを聞いて、ピンクは眉根を寄せた。


「つまり私だけ期間があいているのね。どうして?」

「へ?」

「レンジャーものって普通、初期メンバーが全員揃っているか、全員同時に招集されるところから物語がスタートするはずなのだけれど。少なくとも、5人戦士のうちピンクだけが出遅れるなんて聞いたことがない」

「…………」

「初期メンバーが3人の場合ならわかるの。その場合、色の構成だって赤、青、黄がほとんどだしね。けれどイッパンジャーは5人戦士なんでしょう? なら、私は初期メンバーという立ち位置のはず。なのに出遅れた。これはなぜ?」


 嘘だろこの人……。綺麗な声でマニアみたいなこと言いやがる……。

 ていうかそんなに熱く語ってしまうくらい、イッパンジャーに入りたかったのか……?

 壁にもたれていたブルーが一言「素晴らしい」と呟いた。ダメだ、これはもうテーマソングまで作られる流れだ。

 ブルーは姿勢を正すと、ピンクに向かって言った。


「初期メンバーが4人、という戦隊も存在はする。イッパンジャーもそうだったのかもしれない」

「私が知る限り、初期メンバーが4人だった戦隊はふたつだけよ。イッパンジャーがそんな稀有けうなレンジャーだと思う?」

「ううむ……」


 ブルーが唸る。いや、そんな真剣に考える内容じゃないだろそこ。


「単純にさ、虎猫がさぼってたんじゃね?」


 俺が言うと、全員の視線が虎猫に集まった。グルーミングをしていた虎猫の背中、その毛が一斉にぶわりと逆立つ。


「ちゃ、ちゃうねん。ちゃうねんて」

「だってそれしか考えられないだろ。チェンジケータイを渡す相手を選ぶためやーとか言ってさ、どっかそこら辺でかわいいお姉さんに甘えてゴロゴロしてたんじゃね? で、時間がかかった」

「……どうなんだ、虎猫」


 ブルーが虎猫に冷たい目を向ける。グリーンは自分のことのようにオロオロし、イエローは話についていけないといった様子で首を傾げている。

 虎猫は「んぐぐ……」と唸った後、観念したように息を吐いた。


「正直に言うで。怒らんといてな」

「言ってみろ」


 ブルーが促すと、虎猫は猫背を更に丸くした。


「ピンクのキャラクターをな、どういう方向性にしようか、ずーっと考えててん。でも全然思いつかんくて……」

「…………」

「『ぶりっこやけど怒らせたら怖い奴』にしようって最初は思ってたんやけど、お前らとは波長が合わんのちゃうかなーとか。あるいはおっちょこちょいのドジっ子で、でも一生懸命な妹キャラとか。逆に、しっかり者のお姉さんキャラとか」

「…………」

「どれもレンジャーのピンクにありがちやろ? でもな、イッパンジャーにふさわしいのがどういう子かわからんくて……。それでいろんな女の子を観察しててん。そしたらこんなに遅れてしもて」

「つまり、女性とたわむれていたというレッドの発言は正しいということだな?」


 虎猫の言い訳をブルーが一言でまとめてしまった。

 グリーンがあちこちに視線をさまよわせる。

 ピンクが死んだ魚みたいな目をしている。

「エッチなネコチャン!」というイエローの発言が空気を更に冷たくした。


「で、でも! わいは真剣に、ピンクを選んだつもりやで!」

「それはつまり?」


 尋ねたのはピンク本人だった。どうやら彼女は、自分がイッパンジャーに選ばれた理由をまだ聞かされていないらしい。

 虎猫はピンクに向き合うと、力強く言った。


「お前はな、ピンク。イッパンジャーの最終兵器なんや」

「…………?」

「イッパンジャーのピンクは、ただのピンクやない。『初期メンバー』と『追加戦士』の間みたいなポジションにおるんや。せやからお前に渡した武器も、他の4人のとは違う。なぜならお前は特別な存在やからや」


 ヴェルタ〇スオリジナルのCMみたいだなと思ったが、話が長引きそうなので言わなかった。


「追加戦士……!」


 その言葉に目を輝かせたのはブルーとグリーンだ。どうやら二人とも、追加戦士に憧れていたタイプらしい。俺は昔から主役(レッド)派だったが。

 ――しかし変だ。

 戦隊ものの追加戦士と言えば、黒とか白あたりが多いイメージがある。少なくとも、ピンクというのはあまり思い浮かばない。

 ――色で決めつけるなんてひどい、そんなのは固定概念だ、ステレオタイプだ偏見だ。

 そんなことを言われそうだが、実際問題「レンジャーの主役は何色?」と訊かれれば、日本人の9割は「赤」と答えてしまうだろう。それくらい、戦隊ヒーローのイメージは固定されているものがある。

 だからやはり、ピンクといえば初期メンバーのイメージが強いし、それよりなにより、


「なんですかその、初期メンバーと追加戦士の間って……」


 グリーンがいいタイミングでそんな質問をした。少し声を出しただけなのに、顔がもう真っ赤になっている。発言するのがよほど苦手なのだろう。

 質問を受けた虎猫は、ふふんと自慢げに鼻を鳴らした。


「ええか、よう聞け。わいの選んだピンクは、初期メンバーでありながら5人の中で一番強いんや」

「はあ!?」

「最初から初期メンバー同等、もしくはそれ以上の能力を持ってるってのは追加戦士あるあるやろ? 今みたいに、初期メンバーとなんとなくギスギスするのも追加戦士あるあるやな」

「…………」


 いつの間にか、そして無意識のうちに、俺たちは戦隊ヒーローあるあるをやってしまっていたらしい。

 ブルーとグリーンが困惑の表情を浮かべる中、俺はピンクをじっと見つめた。

 ……いや、聞いたことねえぞ。

 レンジャーで一番強いのがピンクなんて、そんなの聞いたことな――


「ところでレッド。さっきはえらいデカい声で『はあ!?』って叫んどったが、あれか? 自分がレッドやからって、メンバーで一番強い能力を持っとるのは自分やとでも思ってたんか?」

「なっ……! そ、そんなこと」

「慢心いうんやで~、そういうのは」


 虎猫は憎たらしい顔でそういうと、イエローの膝の上にひょいと乗った。「ネコチャン、ムズカシイ言葉使うってばよ!」なんて言いながら、イエローが虎猫の顎を撫でる。

 く、くそっ。悔しくなんかない。図星だから悔しいだなんてそんなことないんだ……!


「それで」


 どこか落ち着きのないブルーが、変な鼻息を漏らしたまま虎猫に問いかける。


「僕の『リア充爆発しろ』よりも強い能力とは一体なんなんだ」


 マジかよこいつ……。レッドの俺を差し置いて、自分の(あのクソダサい技名の)能力が最強だと思ってやがる……。


「気になる? 気になる?」


 虎猫はわざとらしくイエローの太ももに額を擦り付けながら、ブルーを煽った。

 ブルーが「まあ多少は」と強がると、


「ほなら実践で、あの能力の強さを味わってもらおか」


 虎猫の言葉に、五人全員が目を丸くした。


「実践って……」

「外見てみぃ。グッドタイミングで敵が現れよった」

「え!?」


 全員が叫び、窓際に立っていたブルーが勢いよくカーテンをあけた。


「あ、あれは……」


 俺の家の前で、全身を黒タイツで覆った人間たちが暴れていた。花壇の花を踏みまくり、駐輪されている自転車たちをドミノ倒しにし、どこの洗濯物を盗んできたのか、頭からパンツをかぶっているやつまでいる。


「…………」


 黒いスーツの胸部分には、肋骨を思わせるマークが描かれている。

 そして全員が全員、「いー! いー!」と叫んでいる。


「……あれって、レンジャーというよりライダーの敵じゃね?」


 俺の疑問よりも数倍大きな声で、


「南南東、イ、サンマルサンに敵集団を確認! イッパンジャー、出動せよ!! はあっ!!」


 そう叫んだのは当然ブルーだった。

 今の声は、両隣はもちろん、上下階にまで聞こえているだろう。

 ――今すぐ引っ越したい。

 19年という人生の中でここまで切実にそう考えたのは初めてだった。



     *



 黒タイツ集団が暴れながら移動していたせいで、奴らに追いつくまでずいぶん走ることになった。しかしそのおかげで戦闘場所が俺の家の前ではなく、近くの河川敷になったのは好都合だ。イッパンジャーをやっているところを同じマンションの住人に見られたら、明日には引っ越さなければならないところだった。


「そこまでだ、メンストゥ……」


 いつも通りモンスターのことを『メンストゥアー』と発音しかけたブルーは、はっとした顔でイエローの方をチラ見した。

 そういやこいつ、前回その発音をイエローに指摘されてたな。

 ブルーはすうっと大きく息を吸うと、


「そこまでだ! むおぉん、すたああぁー!」


 歌舞伎役者みたいな奇妙な言い回しで、セリフを言い直した。

 グリーンが噴き出しかけたのを、俺は見逃さなかった。

 しかしブルーはそれに気づいていないらしく、これまでの練習通り叫び続ける。


「お前たちの好きにはさせない! 我ら、正義と愛と勇気と強さと優しさとまごころの象徴!!」


 ……このタイミングで左手は腰にあてて、右手を挙げて。


「普通戦隊、イッパンジャー!!」


 で。忘れずすかさず、これも言う。


「今から変身するので、10秒ほど待ってください!!」


 練習の甲斐あって、ポージングもタイミングも、すべてがビビるくらい完璧に決まった。

 けれどなんだろう。……強制的に何度も練習したから慣れてるんだけどやる気は出ない、文化祭のダンスみたいなこの気持ちは。

 今回が初陣のピンクは、見よう見まねで変身ポーズを決めている。

 いや、いいんだよ? いいんだけどなんというかさ、適応能力が高すぎやしないか。普通もっとあるだろ、こう、変なポーズに対する恥じらいとか。

 ……いや、今更何を考えたって無駄だ。ここはさっさと戦って、さっさと終わらせよう。


「武器をください!」


 変身を終えた俺は金属バットを構え、敵に向かって突撃しようとした。しかし、


「阿呆、レッド! 相手をよぅ見てみぃ!」


 虎猫に怒鳴られ、急ブレーキをかけた。先方にいる黒タイツ集団を確認する。


「いー! いー!」


 敵の数は、少なく見ても50人ほどいた。

 マンション前で見つけたときよりも、明らかに人数が増えている。そうか、河川敷ここに向かってただ走っていたのではなく、仲間を集めてやがったのか……!

 なお、今回の敵を人としてカウントしていいのかは分からないが、人っぽいシルエットなので「ひとりふたり」と数えることにする。


「か、数が多すぎます!」


 グリーンが叫んだ。確かに、金属バットで戦っている俺たちが相手にできる数ではない。あっという間に囲まれて逆リンチされることだろう。

 手に負える相手じゃない……!

 そう言いかけたとき、


「ここは私に任せて」


 澄んだ声が聞こえた。

 ピンクレンジャーだ。


 ――そういえばこの人、イッパンジャーの中で誰よりも強い力をもらってるって話だったな。もしや、複数人をまとめて相手できるようなすごい武器を渡されているのか? それこそショットガンとかロケットランチャーなんかを持ってるんじゃ……。


 俺は期待のまなざしをピンクに向けた。そして絶句した。




 あずき色のレンジャーが、俺の横に立っていた。




「私の能力ならば、あいつら全員に効果があるはずよ」


 冷静だがやる気に満ち溢れた声で、あずき色のレンジャーが言った。凛とした声と、スーツの色が明らかにマッチしていない。俺はまじまじと、右隣にいる新メンバーを観察した。

 ――どこからどう見ても、あずき色だ。

 うちの婆ちゃんが冬になったら毎年着ている、毛玉だらけのセーターと同じ色をしている。

 誰が見ても、これはあずき色だ。

 ヘルメットの形のせいで、余計にあずきに見えてくるし……だめだ、これ以上観察したら笑いそうだ。つーかもう無理、笑うの我慢しすぎて腹が痛


「ピンク……君はどうしてそんなにあずき色なんだ?」


 ブルーの一言が俺の腹筋にとどめをさした。


「せやから、うちのピンクは初期メンバーと追加戦士の間やって言うたやろ」


 俺たちの足元にいた虎猫が、やたらとビブラートのかかった声で言った。明らかに笑いをこらえたその声に、俺の腹筋はまたもや崩壊した。


「初期メンバーのピンク、追加戦士のブラック。その間として誕生させたら、こんな色にな、なって……」


 虎猫がぶるぶると震えながらもなんとか言葉を紡ぐ。それを聞いたイエローがポジティブに「ワインレッドですネ!」と発言したが、俺の頭には「どうしてそんなにあずき色なんだ」という言葉しか残らなかった。


「で、でも! ピンクの能力はほんまに強いからな! 見てみ!」


 虎猫に言われるがまま、ピンクの手元に視線をやる。

 彼女は金属バットではなく、辞書みたいに分厚い本を手にしていた。黒い表紙のそれは、妙に禍々しく見える。


「これが、俺たちの誰よりも強い武器……?」

「そういうこっちゃ、レッド。お前のサンダーなんたらなんぞ、足元にも及ばん」


 虎猫がドヤ顔で言った。あずきの話が流れていったことに、ほっとしているようでもある。


「金属バットより強いって……その本に、いったいどんな効果があるんだよ?」

「ワタシ知ってるネ! あれ、クロマジュツの本! あるいは『フザケルナ!』叫んだらコウゲキできる本!」


 イエローが興奮した様子で言った。どうもまた、どこかで見たアニメか何かを思い出しているらしい。

 虎猫が「おっ」と嬉しそうにひげを動かした。


「イエロー惜しいで!」

「Oh! 『フザケルナの本』!?」

「ちゃうちゃう、黒魔術のほうが惜しいんや!」


 虎猫はそう言うと、あずき――もとい、ピンクの方へと顔を向けた。


「百聞は一見にかず。ピンク、やってみせい!」

「……いいのね?」

「かまわん! 味方が多少、犠牲になってもしゃあない!」


 それは、イッパンジャーとは思えないくらいに熱い言葉だったが、不吉でしかなかった。

 味方が犠牲になるってそれ、前回の、イエローフラッシュ事件みたいな――。

 俺はぞっとして、ピンクを止めようとした。が、ピンクは分厚い本を開くと、


「我、ここに闇の歴史を解禁さらす! 黒歴史ポエム、『漆黒のアリス』!」


 美しい声で、なにかの詠唱を始めてしまった。

 ――え、ちょ、なに、くろれき、……え?

 困惑する俺をよそに、ピンクの呪文詠唱らしきものは続いた。




 ワタシは血濡れ 漆黒のアリス。。。

 誰からも愛されない穢れた闇人形

 二度と貰えぬ温もりを

 此処で永遠に待ち続けるの

 彷徨う魂 闇夜の十字架

 腕に刻まれた罪業と

 胸に刻まれたわずかな希望で

 今日もようやく息をするの

 ワタシは血濡れ 漆黒のアリス。。。




 ――敵のうち数名が奇声をあげた。

 「ぎいぎい」と叫びながら走り去っていく奴がいれば、顔を両手で覆いその場にくずおれる奴もいる。

 なんだ、何が起こって……


「く、黒歴史ポエム朗読による精神的攻撃!」


 今のやり取りで何かを悟ったらしいブルーが、震える声で言った。ここまで焦っているブルーを見たのは初めてかもしれない。


「え、なに。そんな効果ある攻撃なのかこれ」

「効果があるなんてそんな可愛いものじゃない!」


 ブルーは一歩後じさった。


「今のポエムは、たまたま僕たちが『書いたことのない部類ジャンル』だっただけだ! も、もしも自分の青春時代に該当する黒歴史が出てきたら――」

「黒歴史ポエム、『君と遠くへ ~Sky・High~』!」


 鈴の転がるようなその声が、ブルーの説明を見事に遮った。




 荒廃した街 独り静かに死を待つ僕

 そこに現れた美しい女神きみ

 僕に寄り添いそっと微笑した

 その笑顔があまりにも眩しくて

 僕の眼から涙が溢れたんだ

(I think you're an angel)


 あの日誓った 君を守ると(I will fight)


 僕は走る 君の腕をひいて

 そう 君はこんな地獄ばしょにいるべきではない Maria

 僕が連れていくよ 君を空まで

 あの空の向こう ~Sky・High~




「ひゃあああああああああああああああああああああああ!!!」


 俺の目の前でブルーが悲鳴をあげた。

 人生で一度たりとも聞いたことがない、とにかく情けない悲鳴だった。


 ――こいつ、こんな感じのポエム書いたことあるのか……。


 頭を抱えて悶え苦しむブルーを見下ろし、俺は思った。なんというかこう、習いたての英語を使ってみちゃった! って感じのポエムだった。おそらく中学一、二年の時に書いていたのだろう。

 先ほどと同じく、敵のうち数名が走り去っていったが、そいつらよりもブルーの方がひどくダメージを食らったようだった。多分しばらく立ち直れないんじゃないか。


「……この中に、昔ポエムを書いていたやつはまだいるか?」


 俺は、ブルーとピンク以外の全員に尋ねた。グリーンがぶんぶんと首を振る。


「ぼ、僕は書いたことないです。文才とかないし」

「だよな。俺もない。じゃあ俺たちにはこの攻撃は効かないはずで……」


 そこまで言って気付いた。

 イエローと虎猫の様子が、明らかにおかしいことに。


「え、お前らなんか――」


 俺が突っ込みかけたとき、本のページをぺらりとめくる音がした。


「黒歴史ポエム、『失恋スマイル』!」




 こんなに好きなのに、ずっと好きなのに、

 君は今日、あの子の彼氏になりました。

 ――馬鹿だなあ、私って。

 今になってこの気持ちに気付くなんて。

 ――馬鹿だなあ、私って。

 今になって泣いたって、もう遅いのに。


 つらくても、今は笑おう。スマイル×スマイル。

 あの人は笑ってる女の子が好きなんだから。

 もしもまた、隣に立てるようになった時、

 ナチュラルな笑顔を見せられるように。


 泣いてたって何も始まらないよ。

 今は青空に向かって、スマイル×スマイル。




「うぎゃああああああああああああああああああああ!!」

「NOォォオォォオオオオオオオオオオォォオォォォオ!!」


 虎猫とイエローの悲鳴が見事なハーモニーを奏でた。

 ――え、虎猫……お前こういう感じのポエマーだったの……?

 ていうか、皆そんなにポエム書いてたの? 実はポエマーって多いの?

 これまで一度も抱いたことのなかった疑惑が、俺の頭を支配した。



「――ポエム攻撃が効かない敵もいるようね」


 先ほどまで黒歴史を披露していた人間とは思えない、落ち着き払った声でピンクが言う。

 残党をざっと確認する。50人近くいた敵は、いつの間にか半分以上がどこかに消えていた。


「ポエムがダメなら……」


 ピンクが何やらぶつぶつ言い、禍々しい本のページをぺらぺらと勢いよくめくる。

 嘘だろお前。まだやるつもりか。


「あのー……」


 俺はやる気満々のピンクに声をかけた。


「残りは俺のサンダーアタックと、グリーンのスケスケバットでどうにかなると思うから、ピンクはもう下がっててくれ。すげー活躍してくれたし、あの、もう疲れただろ? だからここからは普通に物理攻撃で」

「――あった、これだわ」


 頼むから人の話を聞いてくれ、あずきレンジャー。

 あずき色のピンクレンジャーは、開いたページにそっと手を乗せた。途端、本が異様なオーラにぶわりと覆われる。ダメだ、もういやな予感しかしない。


「グ、グリーン! ちょっとお前、耳をふさいで――」

「黒歴史、感情喪失!」


 なんだそりゃ?

 訝しがる俺の前で、ピンクは呪文詠唱(みたいなの)を始める。

 それはポエムではなく、中二病にかかった者の心境のようだった。




 ――誰が生きていたって、誰が死んでいたって、世界は変わらない。

 笑っていようが泣いていようが、現実は変わらない。

 つらいと思うくらいなら、いっそのこと感情を消してしまおう。

 

 今日からすべての感情を捨てよう。

 

 ゾンビのように生きていこう。

 感情に振り回される愚者よりは、よほど正しい生き方だ。

 喜怒哀楽。どれもこれも自分には不要。

 嗚呼、うんざりな苦しみから、これでようやく解放される。

 感情などいらない。

 これが最善の生き方なのだ――。




「ぎぇあああああああああああああああああああああああああ!!」


 グリーンの身体から魂が抜けていくのが見えた、気がした。

 天を仰ぎ、その場に倒れゆくグリーン。その様子がスローモーションで見えた。彼の全身はぶるぶると震えている。恥ずかしい時も人間の身体は震えるらしい。


「どうしたのグリーン? 恥ずかしいの? 感情なくしたんじゃなかったの?」


 ここでそんなことを突っ込んだら死体蹴りになってしまうに違いない。絶対に言わないでおこう。


 ――それにしても、と俺はピンクの方をちらりと見た。


 確かに今の話は、俺でも少し思い当たる節があった。

 中学生のころに流行った漫画、それに感化された友人が、似たようなことを言っていたのだ。彼は「俺はもう、そういうの(感情)忘れちゃったからさ」とかなんとか言って、いつも小難しい本を読んでいた。来る日も来る日も同じページを読んでいたので、多分読んでるふりをしていただけだとは思うが。


 ――ポエムを書いていなくとも、今突っ込まれたら恥ずかしい過去ってのはあるものなのか。


 俺の視線に気付いたのか、ピンクがこちらを見た。残る敵は5人。金属バットで相手をすることもできそうだが、


「……いいわね?」


 ピンクが言った。俺に対してだった。

 この意味はおそらく「私が全部倒しちゃうけどいいわね?」ではない。


 ――次に発表する黒歴史がレッドに該当している可能性もあるけど、覚悟はできてるわね?


 そういうことだろう。


 俺は足元を見た。魂の抜けた味方たちがそこに転がっていた。


 眉目秀麗だが変人のブルー。

 影が薄いものの誰よりも優しいだろうグリーン。

 忍者に憧れ続ける太陽のような存在イエロー。

 そしてすべての始まりである、虎猫。


 ……レッドまで倒れるわけにはいかない。


 いくらイッパンジャーが地味で恥ずかしいレンジャーであろうとも、ここで全滅するわけにはいかないんだ!


 何故か強くそう思った。

 こぶしを握り締め、ピンクに言う。


「構わない、やってくれ。俺は――」


 ……おかしいな。さっきまで嫌々やってたはずなのに。

 俺はいつの間に、


「どんな攻撃が来たって、俺は絶対、耐えきってみせるぜ!」


 いつの間に、イッパンジャーに対してこんな気持ちを抱くようになってたんだ。



 ピンクはこくりと頷くと、黒歴史本のページをぺらりとめくった。禍々しい負のオーラが更に濃くなる。今更だが、ピンクだって正義のレンジャーのはずなのに、武器がやたらとおどろおどろしいのは何故なんだ。


「黒歴史……アウトロー人生!」


 これが、ピンクの最後の攻撃だ。

 ――絶対に、絶対に倒れたりなどしない!

 俺は全身に力をこめる。

 ピンクは大きく息を吸い込むと、天に向かって叫んだ。


「ブラックガムを噛み、ブラックコーヒーを飲むのがかっこいいと思い、わざわざ人前で見せつけるように飲食していた! そんな中二病時代の大エピソード!」



 ――……あっ。


 ちょっと待って。



「学校では常に斜に構え、体育祭や文化祭の練習も「ハッ」と小馬鹿にした態度をとった!」



 あ。あれ、なにこの感覚。



「ハッカーに憧れ、できもしないくせにタイピングがとても速いふりをした!」



 え。あ。



「自分はこの世界の『裏』を、『真理』を知っている……。そんな気分で、どこか他者のことを見下していた!」


「ああびゃあああああああああああああああああああああああああ!!」



 気づけば叫んでいた。叫んだせいか、心のうちにしまっていた過去たちがずるずると表に這い出てきた。


 ――中学二年生のころ、俺は毎日毎日板チョコを食べていた。

 それはとある漫画キャラに憧れてのことだった。物事を常に冷静に分析し、板チョコを主食としている一匹狼キャラ。

 俺はそれにひどく憧れた。そして模倣した。

 板チョコは手で割らずに、歯で「ぱきり」と音をたてて食べる。それがそのキャラの特徴だった。当然のように俺もそうした。

 はっきり言うが、俺はチョコレートがそんなに好きじゃなかった。それでも毎日食べた。


 買ってもらったばかりのパソコンで、オンラインチェスをやるのも日課だった。大してルールも知らないくせに、覚えようともしなかった。

 レートの低い者同士の、レベルの低い戦い。それでもなぜか自分は「地球の未来を背負いし男」なのだという気分でやっていた。相手は宇宙からの刺客という設定にした。

 戦況もわからぬまま、動かせる駒をコツコツと動かしていく。

 そうしていつも適当なタイミングで、


「へえ、そうくるか。……今度の刺客はなかなかやるねぇ」


 俺はそう呟いて不敵に笑うと、ぱきんと板チョコを割り、それから、それから、それから――――。




「――……レッド。おい、目ぇ覚ませ馬鹿たれが!」


 よく通る虎猫の声に、意識がふわりと浮上する。

 俺はいつの間にか、草むらの中に倒れこんでいた。俺の周りで、ブルーたちがなんともいえない空気を漂わせている。


「え……あれ……」

「お前だけやぞ、失神までしとったの」


 あきれ顔で虎猫に言われ、ようやくすべてを思い出した。

 そうだ俺、ピンクの攻撃を耐えようとして――!

 がばりと上半身を起こすと軽くめまいがした。敵の姿はすっかりと消えている。

 あずき――ピンクレンジャーはぱたりと音をたてて本を閉じると、呟いた。


殺戮ジェノサイド完了コンプリート……」


 こうしてまた、この世に新しい中二病言葉が生まれてしまった。



     *



「皆に言っておくけれど」


 あずき色のスーツ姿がこちらに近づいてくるのを見て、虎猫を含む全員が警戒した。ブルーに至ってはファイティングポーズまでとっている。

 しかしピンクはそれを気にせず、姿勢を正して堂々こう言った。


「今披露した黒歴史はすべて、私自身が過去にやらかしたものよ」


 空気がぴしりと固まった。全員、あんぐりと口を開けている。


 ――嘘だろお前。いくらなんでもこじらせすぎだろ……。


 誰もそんなこと言わなかったが、誰もがそんなことを考えている雰囲気だった。

 ピンクが、黒歴史本の表紙を愛おしそうになでる。


「私は『黒歴史』を通して敵を攻撃するけれど……中二病にかかること、そして黒歴史を作ることは、決して悪いことではないと思っているの。それだけはどうしても言いたくて」

「な、なんだそりゃ……」

「だって、この黒歴史があるからこそ今の私が……イッパンジャーとして活躍できる私がいるのだもの」

「…………」

「人はみな、黒歴史を作りながら強くなるのよ」


 後光がさした。

 いや、ぶっちゃけるとただの夕日だったが、あずき色のスーツを妙に神々しいものに見せた。


「だから私も、黒歴史も、あなたたちの敵ではない。……私は、イッパンジャーの一員。それだけは決して忘れないで」


 俺は力なく笑った。本当は突っ込みたいことが色々あった。


 ピンクだけ明らかに戦闘能力が高すぎないかとか、レンジャーっぽい戦い方じゃないとか、この戦隊はどこに向かってるんだとか、その他もろもろ。

 突っ込みたいことはたくさんあった。だけど俺の口から出た言葉は、


「――これからよろしく、ピンクレンジャー」


 戦隊ものにありきたりな、そんなセリフだった。

 右手を差し出すと、ピンクが嬉しそうに握り返してくる――その前に、ブルーの両手が俺の手をそっと包み込んだ。

 ――は? なにしてんのお前……。


「これでようやく、5人揃ったな……!」


 ブルーの声は震えていた。

 ――ちょっ、泣いてる! こいつ泣いてるぞ!


「みんなっ……」


 グリーン、イエロー、ピンク、虎猫、そしてレッド

 皆に視線をめぐらすと、ブルーは涙声でこう言った。


「イッパンジャーのテーマソング、作ろうなっ……!」


 ――結局、そこに戻ってくるのかあ……。

 俺は再びばたりと倒れた。

 虎猫が「ホンマに情けないレッドやなあ」と言っているのがかすかに聞こえた。



     *



 ある街に、ある戦隊ヒーローがいる。

 変身しているのは、何の変哲もない一般人たち。武術の経験がないその者たちが扱う武器は金属バット。もしくは禁断の黒歴史本。

 彼らの活躍は誰にも目撃されず、ゆえにその戦隊の存在を知る者もごくわずかだ。

 その戦隊の名前は……


「普通戦隊、イッパンジャー!」

「今から変身するので、10秒ほど待ってください!」


 ――普通戦隊イッパンジャー。

 彼らは今日も、どこかで何かと戦っている。


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