番外編 ただのマリカ
番外編、少し続きます
早足でも、音は立てず前を見て今日も淡々と業務をこなす。
「マリカ、そろそろルルーシュア様がお茶をご所望のお時間だわ。持って行ってくれるかしら?」
「はい、畏まりました。」
侍女の業務にも段々と慣れて来た。
ここの職場はとても温かい。
女の世界なのでもっと厳しいかと思っていたし、私の噂は良いものでは無かったので当たりがキツい事も想定していた。
なのに、皆揃って「噂等当てにならない」、「ルルーシュア様が選んだ子だから」と言って迎えてくれた。
後から聞くと、皆事情が有りルルーシュア様から救われた者ばかりだという。
皆、丁寧に教えてくれた。何度も、何度もその温かさに救われている。
辛くて泣いた事しか無かったのに、涙さえ温かい。
私の人間関係は今まで散々だったんだな、と再認識した。
小さい頃、活発だった私は二人で暮らしている母にお花を詰んで行ってあげようと綺麗な花の咲く野原に一人で出掛けた。
少し大きめのバスケットをいっぱいにしようと花を詰んでいると、ふんわりとした黒い物体を見付けた。
良く見るとそれは黒い兎で、浅い息をしていて幼いながらにも危ない状況なのだと分かった。
大変だ、と思いその子を抱き抱えるとポゥ…と温かい光がその子を包んだ。
不思議で目を丸くしていたら、その子は目をゆっくりと開き何度か瞬きをした。
『貴女は……、だぁれ?』
「私はマリカだよ。兎さんお話し出来るの?」
話せる事に驚きはしたが、まだ幼かった私は余り疑問に思う事は無くその不思議な兎とお話をした。
兎のお話は楽しかった。知らない世界の話を沢山してくれた。
でも、段々と話す内に何故私の腕の中から動かないのだろうと心配になった。
「ねぇ、兎さん。もしかして、動けないの?」
そう尋ねると、兎は頷いて今自分は瀕死の状態で私の魔力を先程少し分けて貰ったから話す事が出来ているんだ。と説明してくれた。
『最後に貴女と出会えて良かったわ。私、もうすぐ消えて無くなるの。』
そう言って兎はにっこりと笑った。
本当に消えて無くなってしまうのだと悟った私は、どうにかして助けられ無いかと涙を流し問い掛けた。
『あら…、貴女私の為に泣いてくれるの?うん……、そうね。私はこの身体を保っている事も、もう不安定なの。貴女の中に入れて貰って魔力を少しづつだけ分けて貰えれば生き長らえるかもしれない。』
「本当!?なら、入って良いよ?」
『…ふふ、そんなつもり無いけれど乗っ取られるなんて思わないわよね。でも、それだと貴女に何も利点が無いわ。何か願いはない?』
「願い?う~ん……、あ!!私、大きくなったら絵本で見た王子様みたいな人と結婚したいな!」
『あら、それならお易い御用よ。交渉成立ね。暫く力を溜めないといけないからお話は出来ないけれど、貴女の中に居るわ。私の名前は【ラビ】』
そう言うと兎の身体は粒子の様な光の粒となり、私の中へと溶け込んでいった。
不思議な体験だったな、と思ったが何日か経つ内にすっかり忘れて日々を過ごしていた。
ある日、同い歳位の少年と道端でぶつかってしまいお互い尻もちをついてしまう。
「ごめんなさい!急いでいたものだから!」
そう言って手を伸ばして見ると、少年はとても美しい顔をしていた。
ドクンーーーー
心臓の音が耳に響いた。
『あら、こんな所で見付けたわ。』
いきなり脳に届いた声にビックリして私はその手を引っ込めてしまった。
キョロキョロと辺りを見渡しても意味は無いが、それから声は聞こえなかったのでホッとする。
尻もちをついたままの少年はキョトンとした顔で此方を向いていた。
「あ、ご、ごめんなさい。怪我は無い?」
「大丈夫だ。君は大丈夫?」
再び出した手を彼は握り、立ち上がる。
すると、彼はガクンと再び倒れてしまった。
いつの間にか彼の周りに居た大人が彼を支えると、ギッと私を睨む。
「……ダメ。彼女は何もしてない。ちょっと疲れてるだけだよ、ごめんね。君、またね。」
彼はそう言って、抱き抱えられ去っていった。
何が起きたのか全然分からなかったが、私はとても嫌な予感がしたのだ。
その日から、少しずつ違和感が増えていった。
最初は野菜売りのおじさんだった。
「よう!ちっこい別嬪さん!オマケしとくぜぃ~。」と言っていつもより多く野菜を入れてくれた。
今までずっと同じ所で買っているのに、初めての経験だった。
それまで自分の顔がどの様な物か分かって無かったのだが、可愛いや別嬪等と言われて素直に嬉しかった。
その様な事が何度か続き、自分は容姿が良いんだと嬉しくてラッキーだと思っていた。
そして、平民の通う学園に行きだした時からそれは段々と顕著になってきた。
同級生の男の子が私を取り合う様になった。
最初は満更でも無かったのだが、取り合っていた子達が次の日には何故か私の事を何とも思っていなかったりしたのだ。
そして、また次の日には取り合いをする。
そのよく分からない現象に周りの女の子達は怪訝な顔をして私に近付いて来なくなった。
取り合うといっても「マリカは僕と遊ぶの~!」といった子どもらしい取り合いだったので、それ程実害は無かったが少し気味が悪かった。
もしかして、と私は自分の中にいる黒い兎のせいなのでは無いかと思うようになった。