糸の気持ち
みさはめだまくりくり
ちっちゃなかわいらしい小学生の女の子。
だけど今はちょっと苦手なお裁縫にイライラモード。
針に糸が通らない。
だれかたすけてえ。
みさはイライラしていました。だって、「明日までにぞうきんを一枚ぬってきなさい。」と先生が宿題を出したのです。それなのに、針にちっとも糸が通らないのです。
針の穴は小さくて、通そうとしても、手に力が入って、なかなか糸がいうことを聞いてくれません。糸の先が針の穴をはずれて針にぶつかり、糸の先はバラバラに広がってしまいます。ちっともうまくいきません。
「こんなことやってたら、朝になっちゃうよ」なみだがこぼれそう。そこにとなりの部屋
から優しい声で
「なにやっているんだい」
とおばあちゃんが顔を出しました。
「おばあちゃん。糸が針にちっとも通らないんだよ。もう、いやだよ。」
「そうかい。そうかい。そんな時はね。みさ。糸の気持ちになることだよ。ふふふ」
と言って、ばあちゃんはおとなりに消えました。
「糸の気持ち?」
みさは糸をぺろりともう一度なめ、糸の先をとんがらせました。糸をじっとみつめて、糸の気持ちがわかるように。と言って糸をよーく見ていると。
なんだか、みさは自分が糸になったような気持ちになってきました。糸の気持ちは、まっすぐ。まっすぐ。なるたけまっすぐに伸ばして、先はピッととがらせてちょうだい。ピンとね。そして、とがらせた先をしっかり持ったまままっすぐ。まっすぐ。落ち着いて。針の穴めがけて。突き進むのよ。
糸をずっと見つめていたら、みさはいつのまにか頭をとがらせて、糸になっていました。ピンととがらせた頭を針の穴につきさして、くいっと針の穴に入りました。
「通った。通った。」
針に糸がスーっと通りました。わあ、するする。みさの糸の体もぐにゃぐにゃ針を通ります。なんていい気持。糸のみさは針に通れたのですっかりいい気分です。
今度、みさは針になります。針は糸をお腹に持って、雑巾のタオルをザックザックと突き差していきます。針のみさはザックザック。タオルを上からさして、下まで突き抜けます。タオルも、針に縫われていきます。雑巾になれる自分がうれしくてたまらないようです。針のみさはなんて気持ちいいんでしょうと言いました。
次の日、おばあちゃんが、庭で垣根の方を向いて、変な音を立てています。
「ふぴぴー」
おばあちゃんは背中をむけてなんの音させているんだろ?何やらあやしい音はばあちゃんの口のあたりからします。
みさはかきねをまわって、おばあちゃんの前に出ました。おばあちゃんは口に何か入れて、もぞもぞ動かして
「ぷぴぴ。ふぴふぴー」と口から音を出していました。
「何の音?」
みさが聞くと、おばあちゃんは手に持っていた赤いぴかぴかする丸いものをみさに渡しました。
「これはおずきの実だよ。ほおずきをやわらかくしてもんで、種を出して、笛にして遊んでいたのさ。」
「へえおもしろそう。ほおずき笛ってどう作るの?」
「ほおずきをこうやって、親指と人差し指でゆっくりつぶしてね。ほおずきのおへそから種を全部出してごらん。」
「うん、やってみる。」
みさはほおずきの実を指で挟んで、つぶしだしました。でも、ほおずきはぬるぬるして、力を入れすぎると、皮がつぶれて種がうまく取り出せません。まゆをよせだしたみさにおばあちゃんは笑いました。
「ゆっくりゆっくり、二つの指で回しながら。種の気持ちになってつぶしてごらんふふふ。」
「種の気持ち?」
みさはゆっくりゆっくり二つの指でほおずきを回してつぶしていきました。種はぬるぬる。ほおずきはぐにゅぐにゅとそっとつぶして「種の気持ち。種の気持ち。」とつぶやいていくと、いつのまにかみさはほおずきの種になっていました。
わあ、ほおずきの中は、ぐにゅぐにゅする。種がいっぱいはりついていて、きゅうくつだわあ。おまけに狭い。おしくらまんじゅうだ。みさ種たちはひっつき、はりつき、お祭りさわぎ。そのうち、大きな二本の指がほおずきを包んでゆっくりゆっくり押していきます。みさ種たちも押されて細長い顔になったり、でぶっちょの顔になったりまるで、百面相。
長い指はまわりの皮と種をごちょごちょゆさぶりました。わあ、くすぐったい。押される。ぐにゅぐにゅ。ぶすぶしゅ。そっと押してちょうだい。指さん。でないと、皮がつぶれるわ。
みさ種は今度は上から指に押されました。
わたしたちみさたち種はだんだん離れていくよ。そうそう、ここからが大事。やさしくやさしく押してね。指さん。ぐにゅぐにゅ。押されてお腹がこそばゆい。兄弟たちとも離れていく。ほおずきの中を上に下に種のみさはクルクル回る。ほおずきのおへそからみさ種ももうすぐ飛び出すよ。おへそのところはやわらかい。おへその穴がやぶけないように一個ずつそっと押してね。兄弟種がいいました。
「ぼくたちだんだん離れていくね。新しい世界に飛び出していくよ。みんなと離れるのはさびいしいけれど。さようなら。にいさん。」
「さようなら。いもうと。おとうと。みさちゃん。さようなら。」
ほおずきのお腹から、みさ種たちは広い世界に飛び出していきました。みんなと離れてちょぴり心が痛くなりました。みんなと離れて少し大人になったような気がしました。 みさは種の気持ちになりながら、ほおずきを優しくもみ、笛をうまく作りました。そして、おばあちゃんとほおずき笛を鳴らして並びました。
またその次の日、みさは近所の友達と公園でかくれんぼをして遊んでいると、弟のまさしが「まぜて」とやってきました。みさは少しゆううつな気持ちになりました。弟のまさしは幼稚園の年長組。五才。みさは二年生。弟はいつだってわがままで、いばりんぼであまえんぼ。いつもとちゅうで、泣き出したり、おこり出したりする子です。
みさの思った通り、まさしはかくれんぼのとちゅうで泣き出しました。「どうして泣くの?」聞いても、口を真一文字に結んでだまっています。この前、みさの友達のかおるちゃんのお家に遊びに行った時も、まさしは途中で泣き出してしまいました。その前の、さとし君の家に行った時はあばれだして、だから、この前、弟をつれてこないでって、みさはかおるちゃんに言われてしまいました。それなのにまた、まさしたらついてきて。もういやだ。こんな弟はいらない、と心の中でみさはそう思いました。まさしが泣き出したので、あそびは中断。もうみんな遊んでくれなくなるかも。そう思うと、みさは悲しくなり、気持ちはあせります。まさしはまだ泣いています。「こんなきかんぼうはおいて帰っちゃたら」かおるちゃんが言いました。
私もたまにはそうしたいとみさは思ったけれど、ずっと泣いているまさしを見ていたら、弟の涙がわたしの心に飛んできたような気がしました。
みさは弟の気持ち、弟の気持ちと考えて弟のまさしになりました。かくれんぼしていて、そろそろ夕方になって暗くなってきたし、おねえちゃんが違う所にかくれて見えなくなってさみしかった。この前はおこりだしたのはおなかがすいたから。その前に泣き出したのは、みんなと同じに折り紙ができなかった。
みさは、まさしの目をじっと見て、やさしく言いました。
「まさし、泣かないで、おねえちゃんはここにいるよ。さびしかったんだね。泣かないんだよ。」
とみさは言ってみました。すると、まさしはにこりと笑って泣きやみました。
何だ、よくみてたら、弟の気持ちもわかるんだ。私は大きく息をすって、まさしの手をにぎりました。
「お家にかえろう」と歩き出します。かおるちゃんが走ってきました。
「ごめんね。さっき、おいて帰っちゃえばなんて言って。ほんとはね、私一人っ子だから、兄弟がいるみさちゃんうらやましかったの。」
「へえ、そうなんだ。」
「うん。バイバイ。まさしくん、またね。」
「バイバイ」
「さよなら。かおるちゃん。またあした」
しばらくいくとまさしがみさを見あげて言いました。
「おねえちゃん。あのね。あのね、ぼく。おにになりたかったんだ。」
みさの目は真ん丸になりました。
弟の気持ちは、なかなかむずかしい。
変身する世界は楽しいな。
今度はどんな世界に行ける?
早く変身したーい。