気を失ったようです
一足先に騎士団に戻り、団長とジャンに討伐終了の報告をする。
ジャンにはアンジェロはどうだったか聞かれたが、行動を共にしてないからわからないと答えた。
実は横目で盗み見ていたのだが、そうしていたことがジャンにバレると何を言われるかわからないので黙っておく。大抵は、初めての討伐、しかもビッグベアなんて怖気づくようなものなのに、全くそんな素振りはなかった。何よりもあのスピード感は称賛に値する。まるで舞でも舞っているかのような、軽やかな剣術に心臓が騒がしくなったことは誰にも言えない。
報告も終わり、普段なら自分の執務室に戻るのだがどういう訳か気になって、途中まで奴らを迎えに出向く。そして、すぐに見つけた。
金に輝く髪をなびかせた彼を。しかし、すぐに顔色が良くない事に気が付いた。思わず彼の所まで駆けて行く。
すると、目の前で彼が倒れるのがスローモーションのように映った。
慌てて支える。意識はないようだが、特にケガをしている様子はない。
俺は、騎士団棟にある医務室へ行こうとそのまま彼を抱き上げた。あまりの軽さに驚く。彼はちゃんと食事を摂っているのだろうか?これは軽すぎるだろう。そう思いながら医務室へ向かう。
すると、慌てた様子でライが追いかけてきた。
「すみません、代わります」
「いや、もうすぐそこだからこのまま運ぶ」
そう言う俺に、ライが茫然とした表情をしたことに気付いたが無視して進む。
医務室に到着し、そっとベッドに寝かせる。
抱いていた時はわからなかったが、寝顔の美しさに再び驚く。本当に男なのかと疑いたくなるほどの美しさだ。思わず見入っていると、荒々しく扉が開き、ジャンが入ってきた。
「アンジーが倒れたですって!?」
「ああ、初めての討伐で緊張の糸が切れたようだ」
「なんだ、別にケガとかではないのね」
「まだ医師に診てもらってはいないが、ケガはしていないようだ」
「そう、よかった」
ライが申し訳なさそうに言う。
「本当にお世話になりました。あとは俺がいますので副団長方は戻ってください」
「だがしかし」
「いや、本当に大丈夫です。もし目が覚めて副団長方が揃っていたら恐縮してしまうでしょうし」
「……そうか。ならば任せるぞ」
そう言って出て行こうとするがふと足を止める
「ライ、アンジェロは随分軽いようだから、ちゃんと食べるように言ってやってくれ」
「……はい、わかりました。ありがとうございます」
そう言われ、今度こそこの場を後にする。
執務室へと向かいながら自分の手のひらを見る。
本当に軽かった。そして柔らかかった。ベッドにそっと置いた時、すぐ近くに顔が接近した瞬間、良い匂いがした気がする。
寝顔も美しかった。起きている時よりも寝ている時の方が、女性っぽく見えたな。
そう考えた途端、否定するように首を大きく振る。いやいや、何を考えているんだ。男相手に柔らかかったとか、良い匂いがしたとかそんな感想ないだろう。考えることを止めようと、急ぎ足で仕事に戻ったのだった。
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「アンジーは大丈夫なの?」
心配そうにアンジーの傍にあるイスに腰掛けながらジャン副団長が言う。
エミリアーノが言うには、ケガもしていないし無理なこともしていない。ほんの少し前までは普通に元気だったそうだ。ただ、気付いた時は浅い呼吸で苦しそうに見えたらしい。
「……多分さらしのせいだと思います」
「さらし?」
「はい、胸潰してるんで」
「なるほどね。いつもは学園帰りだったから、こんな長時間の締め付けは初めてだったのね」
「そうです。今、ディア姉付きの侍女にこちらにきてもらっています」
「じゃあ、アタシは皆に報告しておくわ。緊張の糸が切れて軽い貧血になったとでも言っておこうかしらね」
「すいません。お願いします」
すると、コンコンと扉がノックされる。
「どうやら来たようね。じゃあアタシは報告に言ってくるわね」
そう言って扉を開け、侍女を中へ迎え入れてからジャン副団長は出て行った。
「すまないな、こんなむさくるしい所まで来てもらって」
「いいえ、こんな事がないとこちらに来ることなどありませんから、新鮮で楽しいですわ。アンジー様のご様子はどうです?」
「寝てるよ。多分、長時間のさらしで苦しくなったんだと思う」
「そうですわね。じゃあ見てみます」
「わかった。俺は外で待ってるから終わったら呼んでくれ」
「はい、かしこまりました」
少しして
「もう大丈夫ですよ」
扉を開けて中に入るように促された。
「どうだった?」
「ふふ、多分朝からの訓練なので絶対に外れてはいけないと、相当きつく巻いたのでしょう。結び目もキツかったので、切るしかありませんでした」
「全く、心配させやがって。済まなかったな。城までまた送らせるよ」
「はい、ありがとうございます。今日はもうさらしは巻かない方がいいと思います」
「そうだな、わかった。皆にバレないように帰らせるよ」
「よろしくお願いいたします。ディアナ様には私の方から報告させて頂いても?」
「ああ、そうしてくれ。俺が行くとぶっ飛ばされそうだ」
「ふふ、わかりました。お任せくださいませ。では、失礼いたします」
そう言って侍女は帰って行った。
どうやって帰らせようかと考えていると、再び扉がノックされる。
侍女が何か言い忘れた事でもあったのかと深く考えずに
「どうぞ」
と返事をすると、入ってきたのはルドルフォ副団長だった。