番外編:ルドルフォと宰相
あの事件から数日経った。
これからもライ兄様の、正確にはエミリアーノ副隊長のお手伝いとして騎士団に通うので、正式にルディの婚約者として騎士団員に紹介される事になった。
「これから、ライモンド隊長の執務室で仕事をしてもらう事になる。ディアナ妃の妹御であり、ライモンド隊長の妹でもある。そしてルドルフォ副団長の婚約者だ。従ってやましい気持ちで近づくと死ぬぞ」
「アンジェリーナ・ガルヴァーニと申します。皆様の邪魔にはならないよう努めますので、よろしくお願い致します」
カーテシーで挨拶をする。皆、固まったまま動かない。不思議に思って思わず首を傾げてしまうと
「うをおおおおお」
団員たちから物凄い雄叫びが上がった。
「癒しだ。潤いだ。目の保養だ」
様々な言葉が叫び声と共に聞こえてくる。そして
「よろしくお願いします」
皆で綺麗な挨拶を返してくれたのだった。
「お荷物お持ちしますよ」
「ありがとうございます」
「良かったらこのお菓子どうです?上手いと評判の店から取り寄せた物です」
「わあ、ありがとうございます」
「ライモンド隊長の執務室へ行かれるのですか?お送りします」
「そんな、大丈夫ですよ」
「いえ、送らせてください。ライモンド隊長の大事な妹さんなんですから」
こんなやり取りが何度も起こる。
「はは、本当に男って単純だなあと見ていて実感しますね」
エミリアーノ副隊長が乾いた笑いをする。
「あんな恐ろしい肩書を言っても誰も気にしてないみたいだな」
ライ兄様も呆れ顔だ。
「気にしてない訳ではないでしょうが、それよりもアンジーに自分を覚えてもらおうと皆、必死なんです。その証拠にグイドなんて、アンジーに名前を呼ばれた事で皆から袋叩きですよ」
「その割に、ニヤけたアホ面してたけどな」
そうなのだ。ついアンジェロだった時の感覚で、グイドを呼んでしまい大変なことになったのだった。
「しかし、グイドくらいは気付くかと思ったんだが、全く誰も気づかないな」
「そうですねえ。私が特別だったんでしょうかねえ」
「だなあ、ジャンヌ副団長とお前だけだもんな。気付いたの」
「他の奴らはねえ、たった一箇所の違いで盲目になっているのよ」
「ジャンヌ姉様」
「アンジー、今日も可愛いわね」
毎日恒例のハグをする。
「一箇所の違いって?」
「それはね、ここ」
ジャンヌ姉様が胸を指す。
「ああ」
「なるほど」
「男なんて単純よね。胸がある無いで簡単に騙されちゃうんだから」
「って事は、皆、アンジーの胸ばっか見てるのか?」
「まあ、胸と顔がメインでしょうね」
「それ、ルドルフォ副団長に聞かれたらまずいのでは?」
「そうだな。死人が出るだろ」
「ああ、ではもうダメですね」
エミリアーノ副隊長の言葉に扉を見ると、黒いオーラを出しているルディが立っていた。
「ほお、どいつもこいつも俺のアンジーの胸ばかり見ていると?」
「そうよ。胸と顔ばっかり」
「ああ、ジャンヌ副団長。煽っちゃダメですって」
「私は何も聞いてません」
エミリアーノ副隊長が耳を塞いだ。
「ふ、この後の訓練が楽しみだ」
そう言って、私のおでこにキスを落とし、ジャンヌ副団長から書類を受け取ると、黒い笑みで去って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
訓練場には死屍累々。
その中で一人平然と腕で汗をぬぐう男。
「来るのが遅かったか」
「予想以上に早かったわね」
団長と共に様子を見に来たら、もう訓練という名の地獄は終焉を迎えていた。
「いやあ、おっそろしかった。魔物の方が可愛く見えたぞ」
「本当に。あんなの誰も止められんよ」
「父上が暴れた時といい勝負だった」
「宰相殿も凄いらしいですもんね」
第五、第四の隊長と、ライとエミリアーノが客席で語っていた。
そこへ
「はあ、はあ。ああ、もう終わってる」
アンジーがやって来た。
「あら、アンジー来たの?」
「はい、仕事が片付いたので一目見ようかと思ったのですが終わってしまったようですね」
「アンジェリーナ嬢だな?」
「はい、アンジェリーナ・ガルヴァーニです」
「ふむ、いい目だな」
「誰かを彷彿とさせますね」
「お?」
団長が興味津々になる。
「お嬢さんはアンジェロだろ?」
「はい!おわかりになりますか?」
「うんうん。同じ目をしてる。強い、いい目だ」
「流石!やっぱ年の功か。誰も気付かなかったのに」
「誰も?」
「そうですよ。ジャンヌ副団長とエミリアーノ以外誰も」
「これは鍛え直さねばだな」
「いや、もうされてますから」
ライ兄様の言葉に二人の隊長が笑った。
「そうか。なんで突然ドルフが鍛え直すと息巻いていたのか分かったよ。大方、皆が彼女に鼻の下でも伸ばしていたんだろう」
「はは、正解。ドルフはアンジーに対してだけ狭量になるんだ」
団長の言葉に
「惚れてるが故だろ」
第五の隊長が言って笑った。
笑い声が聞こえたのかドルフがこちらを振り返る。
途端に優しい目になったドルフが、アンジーの元へとやって来た。
「どうした?アンジー、見に来たのか?」
「はい。でも終わっていました」
「そうか。見たかったならまた近いうちにやるか」
「いやいや。死んじゃうから、それ」
団長が呆れた声で言った。
「もう死んでるがな」
第四の隊長が言って、皆で笑ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アンジェリーナ嬢、今日も麗しいですね」
「?ありがとうございます?」
「あの、これ以前にあなたが美味しかったと言ってくれた店の新商品なんです。よかったらまた召し上がってください」
「よろしいのですか?ありがとうございます」
「減らないわね」
「ですね」
ライ兄様の執務室の前まで色々とお声掛けが続く。
「ほお、これは確かに鍛え直さねばならないようだな」
本来なら聞こえるはずのない声が聞こえた。ライ兄様が声の主へ目を向ける。
「なんで?」
「お父様?」
何故か、お父様がいた。
「俺がお呼びしたんだ」
その後ろにはルディ。
「俺一人では手に余るからな。加減を間違えてしまいそうだし」
黒い笑顔のルディと、無表情のお父様。
「これは本当に死人が出るのでは?」
「ああ、でも俺には止められないぞ」
「アタシも無理」
そう言って三人が私を見る。
「お父様、ルディ」
二人の前に立ちはだかるように立つ。二人が優しい目で私を見る。
「お手柔らかにね」
私はそんな二人に微笑んでこう言った。
横では三人が頭を抱えていたのだった。