危なかったです
テスタ侯爵の横にいる女性が言った。蛇のような目つきで蔑むような目で見てくる。
「あなた、ルディの昔の婚約者ね」
「あらあ、よくわかったじゃない」
「ルディから聞いていましたから」
「ドルフ?ドルフったらやっぱり私が忘れられなかったのね」
「ええ、蛇のような目つきで好きになれなかったって」
パシッ!!
「はあ!?ふざけんじゃないわよ!大体なんなのよ?ルディなんて呼んで」
頬を思いっきり叩かれる。
「やめないか、リンダ」
「は?うるっさいわね。この女、殴らないと気が済まないわ」
「私のお気に入りにこれ以上何かするなら容赦はしないが?」
「!?……わかったわよ。ふん、あんたがこの人になすがままになっている姿をここでじっくり見ていてあげるわ。それをドルフに教えたら……ふふふ」
彼女はそう言うと、扉の近くにあるイスに座った。
「フフ、観客がいるなんてちょっとドキドキしてしまうね。さあ、まずは君の美しい身体を目で堪能しようかな」
そう言って服を脱がそうとする。抵抗しようにも上手く力が入らない。
「イヤッ!!」
それでも動ける所を全て動かして抵抗すると
「動いてはダメだ。じっとしていなさい」
そう言われた途端、抵抗出来なくなってしまった。
「そう、いい子だね。そのままじっとしているんだよ。私が全部脱がせてあげるからね。やはり初めては大人の私が全てリードしてあげなければね」
下卑た笑みを浮かべながら胸のボタンを一つずつ外す。キャミソールが見え胸の谷間が露わになると、ボタンを外すのを止めじっと見る。
「ああ、素晴らしい。全て脱がせてからと思っていたが、我慢できそうにないな」
そう言って息を荒くさせた。
全身に鳥肌が立つ。気持ち悪くてすぐにも逃げ出したいのに、身体を動かすことが出来ない。悔しくて私の頬に涙が伝ったその時、部屋の入口の扉が吹き飛んだ。
「何事だ!?」
テスタ侯爵が声を荒げる。
「アンジェリーナ!!」
私を呼ぶ声と共に入ってきたのは
「ルディ!」
愛しい愛しいルドルフォその人だった。
「お前、何しようとしてる?」
低く猛獣の唸り声のように響いたその声に、呆気に取られていたテスタ侯爵が私から少し後ずさる。
「アンジェリーナ、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。ルディが来てくれたからもう大丈夫……」
最後まで言葉が紡げず、涙があふれた。
そっとルディが私を抱きしめた。
「間に合って良かった。本当に良かった」
震える声で言うルディ。
すると、プンとハッカの匂いが広がった。
「ルディ、ここにいてはダメです!薬を焚かれているわ!」
「ははは、もう遅いよ。少しでも吸い込んでいれば上手く動くことは出来なくなくなるのだから」
いつの間にか数人の男たちを従えて、テスタ侯爵が扉を塞ぐように立っていた。
「さあ、その男には制裁を加えてやらないと。君が私に女にされるのを見ていてもらおうか。お前たち、やれ。命は奪うな。意識は保てるようにいたぶるんだ」
言われた男たちはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。
「ルディ、逃げて」
私を抱きしめた状態のルディの胸を押す。少しでも動けるなら逃げて欲しい。
けれど予想を裏切る返事が返ってきた。
「アンジー、俺がこんなガタイだけの男たちに負けると思っているのか?」
「だってルディ、薬を吸い込んでしまったのよ。動けなくなってしまう」
「俺を心配してくれるその表情も可愛いな。心配するな。一瞬で片付けてやる」
そう言うと、薬など最初から感じていないような動きでスッと立つ。
向かってきた男たちは、予想外の動きにニヤけるのをやめ、真剣な顔で向かって行った。
一斉攻撃にルディは少し身を低くする。私はこの動きを以前見たことがあった。ビッグベアを倒した時だ。低い体制のまま剣を一閃する。そのたった一太刀で5人の男たちが倒れた。その後ろにいた2人の男たちも、驚いた表情のまま切られる。
ほんの一瞬で、7人の男たちを沈めた。しかも絶妙に深すぎず、浅すぎずの傷だ。
その様子を見ていたテスタ侯爵は
「なんでだ……薬を吸い込んでいたはずなのに」
そう呟き、力尽きたように座り込んでしまった。腰が抜けてしまったようだ。
ルディがテスタ侯爵を見下ろすように立つ。
「解毒薬飲んでるに決まってるだろう。バカばっかり相手にしていたから貴様もバカになったんじゃないのか。本当ならここでお前を切り刻んでやりたい所だが、そうなると公の場で断罪出来なくなるからな。だからこの一発で我慢してやる」
そう言うと、物凄い勢いで顔面を殴った。どこの歯なのか、数本飛ばしながらテスタ侯爵は失神してしまった。
テスタ侯爵が倒れ込んだ所に呆然とした表情の彼女がいた。髪が乱れている。どうやらルディが扉ごと吹っ飛ばしたようだ。
「テスタ夫人。こんな所で何をしていたんです?」
「あ、あ、ドルフ。私は何も……」
「言い逃れは結構。またもや俺にあの薬をのませようとしたな。今回は領地に引っ込むだけでは済まないからな」
「ドルフ、私はあなたを愛しているのよ!だから……」
「だから自分の思い通りにしようって考えたか?浅慮だな」
どうにも言い逃れ出来ないと悟ったのか、とうとう彼女は泣き出してしまった。
そんな彼女を無視して私の元へ来るルディ。
「解毒薬があったのですね」
「ああ、前に流行った時に作られていたんだよ。アンジーも飲め」
ピンクの液体が入った小さなビンを渡されたのでそれを飲む。
「よし、これで大丈夫だ」
そうこうしているうちに、階下が騒がしくなった。
「アンジー!」
「ジャンヌ副団長」
ジャンヌ副団長を筆頭に騎士団の人たちが入ってきた。
ベッドに座っている私に、凄い勢いで抱き着いてきたジャンヌ副団長。勢いが強すぎて二人でベッドに転がってしまう。
「アンジー、心配したのよお。大丈夫だった?何もされなかった?」
「はい、ルディに助けてもらいました」
起こしてもらいながら言う。
「本当に良かったわ、変態男の餌食にならなくて。で、肝心の変態男は?」
「そこに転がってるだろう」
ルディが顎で指す。
「……顔、潰れちゃってるわよ」
「一発しか殴ってないぞ」
「最高の一発くれてやったのね。さあ、全員捕縛してとっとと帰りましょう」
気絶した男たちを捕縛して、馬車へ詰め込んで王城へと向かう。
「アンジー、今日はもう帰りなさい。詳しい話は明日聞くことにするから。今日は帰ってゆっくりしなさいね」
そう言って、ジャンヌ副団長は去って行った。
「よし、帰ろう。送る」
ルディが私を馬に乗せ、自分も飛び乗ってから屋敷へと向かう。
「屋敷の皆は大丈夫かしら?」
「暗部の一人に解毒薬を渡しておいたから大丈夫だ」
「そうなのですね。ありがとうございます」
「疲れているだろう。俺にもたれかかっておけ」
「でも……」
ルディはもっと疲れているはずなのに、そんな甘えてしまうのはどうかと思った。
「いいんだ。俺が安心するから」
「では、お言葉に甘えて」
ルディに寄り掛かる。決して小さくない私をすっぽり包めてしまう大きさに安心する。
安心したせいで、いつの間にか眠りについてしまっていた。