第二王子とテスタ夫人
卒業式の五日前、生徒会で新旧集まってお茶会をすることになったので学園へ行く。
最後くらいはと、お荷物は呼ばずに本当に頑張った者たちだけで集まった。
私の婚約のお祝いも兼ねてとケーキまで用意してくれて、本当に楽しい時間を過ごす事が出来た。
お茶会が終了し屋敷へ帰ろうと、馬車を待っていると後ろに気配を感じた。
振り返ると怒った顔のカッシオ殿下がいた。
「おい!スカリオーネ家と婚約したってどういうことだ!?」
物凄い剣幕で言ってくる。
「その通りですが。ルドルフォ副団長と恋に落ちましたの」
「お前は俺の婚約者だろうが!」
「ですから何度もお伝えしておりました通り婚約はしておりません。ガルヴァーニ家では正式にお断りしておりました。ですから今回の婚約もちゃんと国王様からご承認頂いております」
「はっ、お前みたいな女、最初からタイプじゃなかったんだ。仕方なく婚約してやったというのに。これじゃあ暗部が手に入らないじゃないか!!」
はい、出ました。本音。
「ふふ、何を勘違いなさっているのか存じませんが、例え私と結婚したとしても暗部は手に入りません。そもそも暗部はガルヴァーニ家に忠誠を誓っている者たちです。確かに私は暗部によく出入りしておりましたし、可愛がっても頂きました。けれど、それとこれは別です。仮に暗部が手に入ったとしても、主以外の命令は一切聞きませんよ」
「それでは影たちが言っていたのと話が違うじゃないか!」
「それは私に言われても筋違いというものです。影の者たちに直接言ってください」
「クソっ」
そう言うと、私を殴ろうと拳を振るう……はずだったカッシオ殿下からスッと身を躱す。勢いだけがついていたカッシオ殿下はそのまま地面に突っ伏した。
そこへ、ちょうど馬車が来たので私は綺麗なカーテンシーをして、とっとと馬車に乗り込んだのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ほぼ同時刻。
訓練が終わり汗を流そうと、訓練場から騎士団棟へ戻る途中。女性がウロウロしているのを見つけてしまった。面倒なことこの上ないとは思ったが、迷っているのなら案内してやらなければいけない。
「どうした?道にでも迷ったか?」
そう声をかけてしまった事をすぐに後悔した。
「ドルフ、ドルフじゃない。会いたかったわ」
「テスタ侯爵夫人」
昔の婚約者だ。そういえば最近テスタ侯爵は亡くなったんだったな。
「夫人だなんて呼ばないで。もう夫は死んで独身に戻ったのだから」
身体を押し付けるように腕を組んでくる。昔から全く変わらないねっとりした視線の蛇のような女だ。
「この度はご愁傷様です。例えテスタ侯爵が亡くなられたとしても、あなたはテスタ夫人なのだから呼び方は変えませんよ」
まだ喪が明けたわけでもないのに、胸元が大きく開いた赤いドレスを着ている。
「もう、相変わらず固いんだから。リンダって昔のように呼んで欲しいわ」
「昔からあなたの事をあまり呼んだ記憶がないのでね。ところで夫人はこんな所で何を?」
「あなたを探していたのよ。独りになってしまって寂しくて……」
更に身体を擦り付けてくる。
「夫人がお独りになられたのはお気の毒ですが、私にはもう婚約者がいるのでね。あなたの期待には応えられないと思いますよ」
そう言って近くにいた部下に声を掛ける。
「すまないが、こちらのご婦人が道に迷われたようなので、門までお送りして差し上げてくれ」
「はい」
「私はあなたに送ってもらいたいわ」
「あいにく訓練の後でね。汗を流したいんだ。早く終わらせて婚約者に会いに行きたいのでね。では失礼」
そう言って振り返ることもなくこの場をあとにする。毒婦のようなあの女が、また俺の周りをウロチョロし出すかもしれない。漠然とした、でも確信めいた予感がした。
悪い予感というのは的中するもので、あれから毎日やって来る。見た目はきつめだが美しいので団員たちも悪い気はしないらしい。第二部隊のボンボンどもなんてすっかりやられたようだ。
「もういい加減にしてほしいんだけど、あの蛇女。邪魔過ぎて切っちゃいそうよ」
ジャンヌがブチ切れている。流石の団長も困り果てたようでフィエロ殿下に報告に行っている。
まあ、これで少しは落ち着くだろう。
ほどなくして団長が戻ってきた。
「あの女は?」
「まだその辺ウロウロしているわよ。第二のバカたちにチヤホヤされて舞い上がってるのをついさっき見たもの」
「わかった、ちょっと行ってくる」
「アタシも行くわ」
「じゃあ俺も」
「ドルフは来ちゃダメよ。そもそもの目的はアンタなんだから」
「……すまないな」
「いいのよ。アンジーに安心してここに来られる環境を作ってあげなくちゃだもの」
「そうだぞ。俺の可愛い秘蔵っ子が来れないのは辛い」
結局、フィエロ殿下が騎士団棟に彼女が近づくのを禁止する書類を作ってくれて、その書状をジャンヌが嫌味たっぷりに突き付けてやったらしく、なんとか無事に事態は終息した。