男装、引退します
「はあい、そこまでにしようね」
フィエロ殿下の声に我に返る。周りを見渡せば、皆に見られていたことに気が付いた。
皆、ニヤニヤと笑っている。若干一名、青筋を立てて臨戦態勢の人がいるけれど。
「うん、たらしって言われるのも仕方なし、だね。このまま声を掛けずにいたら、一体どこまでしてしまうんだろうと思ってしまったよ」
ニヤニヤ顔の殿下に言われてもルドルフォ副団長はどこ吹く風だ。
「邪魔しないで頂きたかったですね。やっと捕まえたんです。逃げられないようにしなければと思うのは当然でしょ?」
「おまえ、好きな相手には必死になるんだなあ」
ルイージ団長がしみじみ言えば
「本当にね、騎士団に入って結構経つけど、ドルフの新たな一面を見たわ」
ジャンヌ副団長も感慨深げに言う。
「いやあ、これで落ち着いて仕事ができるようになるな」
ライ兄様が言えば
「俺の可愛い妹に早々に手を出そうなどと……許せん」
ジル兄様が殺気を放つ。
「もうジル落ち着いて。これであんぽんたんの婚約者にはならずに済むのよ。アンジーが幸せになれるのだから、ね」
ディアナ姉様がジル兄様を宥める横で
「いやあ、世の女性たちの嘆く姿が想像できてしまうね」
フィエロ殿下がケラケラ笑っている。
皆、それぞれ反応は違うけれど、一様に祝ってくれているのがわかってとっても嬉しくなった。
「さ、せっかくのお茶会なんだ。お茶を飲みながら続きを話そう」
フィエロ殿下の言葉に皆が賛同し席に着く。
「正式な受理は父上だけれど、私がここで承認すればもう大丈夫だからね。あんぽんたんにも言っておくよ」
「ありがとうございます、お義兄様」
「うん、本当に良かったよ。アンジーがこのままあんぽんたんと婚約が決まったなんて事になったらディアに殺されてしまうからね」
「笑いながら恐ろしい事言ってる」
ライ兄様がディアナ姉様を見て言うと
「イヤねえ、半殺しで留めるわよ。王太子がいなくなったら困るでしょ」
「最高の笑顔で言ってるよ」
「怒らせると一番怖いのはディア姉だからな」
ジル兄様も言う。
「アンジー、もう騎士団には来ないの?」
「私は行けるなら行きたいのですけれど」
ジャンヌ副団長と一緒にルドルフォ副団長を見る。
「ダメだ。またさらしに苦しめられるなんて見ていられない」
「でも、ジャンヌ副団長とお話したいです」
「ジャンに会いたいからなのか?俺じゃなく?」
「うわあ、また新たな一面。嫉妬深い小さい男」
「うるさい!ジャンは男なんだぞ」
「まだ言うか。アタシは女よ」
「さらしがダメならもう男装はやめて、令嬢のまま来ればいいだろう」
ルイージ団長がこともなげに言う。
「はあ?そんな事したら団員たちが目の色変えちゃいますって」
ライ兄様が言うと
「だってもうドルフの婚約者なんだから、堂々と来ればいいんじゃないのか?ドルフに対抗しようなんて誰も思わないだろう」
「あ、なーる」
「いいじゃない、それ」
「……仕方ない。でも条件がある」
「それは何です?」
「まず一つ。必ず俺の執務室に寄ってから行く事」
「はい」
「あと一つ。俺の事を副団長と言わず名前で呼ぶ事」
「え?」
「ドルフは皆が呼ぶ呼び方だから……そうだな、ルディって呼んでくれないか?」
「ルディ副団長?」
「ルディだ」
「ルディ」
「そうだ」
恋だと気付いたのはつい先ほどなのにいきなりハードルが高い。
「とにかく、その条件を守れるならいい」
「はい、ありがとうございます、ルディ」
「ああ」
まだ呼び慣れない呼び方に少しくすぐったくなる。同時に温かい気持ちが心の中に湧きだしてくる。
「はああ」
幸せを感じて溜息が出てしまった。
「ふふ、幸せを噛みしめてるって感じね、アンジー」
ジャンヌ副団長に言われる。
「本当ね、アンジー。まあ、精霊の貴公子に会えなくなるのはちょっと残念ではあるけれどね」
「確かに。二重の意味で泣く女性がたくさんいるでしょうね」
「そこは、うちの太陽と氷に頑張ってもらいましょ」
「おい、ライ」
「ジル兄もか?なんか今、悪寒が走ったよな」
「やっぱりお前もか。身の危険を感じる程の寒気を感じた」
「ディア姉が何か企んだんじゃないか?」
「ああ、俺たち二人を人身御供させようとしてる気がする」
それからすぐ、ルディが我が家に挨拶にやって来た。お父様はルディと手合わせをしたあと、この男なら任せられると言いお母様は手放しで喜んでいた。
婚約を正式に認められ噂が流れると、泣き崩れる女性たちが街に溢れた。
そして、ジル兄様とライ兄様は残った二人の貴公子として、恐ろしいほどの女性たちからのアプローチに、真剣に身の危険を感じたそうだ。その話を聞いたフィエロ殿下は死ぬほど笑い転げ、ディアナ姉様にめちゃくちゃ怒られていたと、ニコロがこっそり教えてくれたのだった。