精霊の貴公子
生徒会の仕事を終わらせ騎士団へ行く。この姿だと一人で行けるので気楽で楽しい。まあ、暗部の誰かしらが付いてきているので一人とはいえないのだけれど。騎士団棟の門へ着くと女性たちが今日もたくさんいた。
ライ兄様やルドルフォ副団長を一目見ようと待っているらしい。そして最近は何やら私も呼び止められる。
「アンジェロ様、あの、これ、良かったら召し上がって」
「これは?」
「今、話題のスイーツです。たまたまそのお店に行く用があって、ついでに買ってきたので」
「僕が貰っていいの?」
「はい、勿論。アンジェロ様のために買ったのですもの」
「わあ、嬉しい。ありがとう」
今日もたくさんのお菓子をもらってしまった。
何かお礼をと言うと、笑顔が見れるだけでと言われてしまう。こんな私の笑顔で良ければいつでも見せるのに、と思いながらも貰ったお菓子にホクホクする。
「あ、また餌付けされてる」
グイドが近づいてきた。
「そんな風に言うならあげない」
「嘘、嘘です。今日もアンジーはかっこいいなあ、だから一つ恵んで」
「恵んでって、君も何人か貰ってたの見たけど?」
「あ、言っちゃいます?そういうエミリアーノ副隊長だって熱烈に言い寄られていたじゃないですか」
そうなのだ。第一部隊はライ兄様や、ルドルフォ副団長ほどではないが、結構なイケメン揃いなのだ。
そこへ、ルドルフォ副団長がやって来た。最近は私を避けないでいてくれるので嬉しい。
「あ、ルドルフォ副団長、このお菓子おいしいですよ。一つどうですか?」
「ん?ああ、じゃあもらおうか?」
「はい。ではどうぞ」
ついクセで家族にやるように口元に持っていってしまった。するとルドルフォ副団長は何の抵抗もなく、私の手からお菓子を食べた。
「うん、美味いな。ありがとう」
そう言って去って行くルドルフォ副団長を、周辺にいた皆がポケーっと見つめる。
「アンジーがルドルフォ副団長に餌付けしてるぞ」
グイドが言うと、皆が揃ってウンウンと首を縦に振るのだった。
「今日は、フィエロ殿下やディアナ王太子妃が視察にいらっしゃることになっている。皆、くれぐれも醜態を晒すことのないようにな。まあ、最近はメキメキと力をつけた奴もいるし普段通りでいいと思うぞ」
「一般にも開放する予定だから、浮ついた態度とらないようにね。特に第二。粋がってると痛い目みるわよ」
「アンジェロは初めてか。今日は練習風景を皆にお披露目する日なんだ。これを見て騎士になりたいって思う若者が結構いるからな。下手なところを見せるわけにはいかないぞ」
グイドが言う。
「なら、僕は大丈夫。実力以上の事をしようなんて思わないから」
「ハハ、実力が尋常じゃないんだもんな」
「グイドだってそうだろ」
そんな会話をしてる間に団長たちの話が終わった。
それからほどなくして、騎士団棟の入り口が開かれた。すると、私の予想を遥かに超える人数が集まってくる。
「この訓練を見て騎士になりたいって思う若者はどこ?」
「ええと……」
「なんかいつもにも増して女性の数が多いね」
エミリアーノ副隊長も会話に入ってくる。
「多分、新たな貴公子を見に来たのが大半じゃないかな?」
「なんです?新たな貴公子って」
「ああ、それ俺も聞いた。精霊の貴公子だろ」
「グイド、頭おかしくなっちゃったの?なにその精霊の貴公子って。そんな凄い人どこにいるの?」
「アンジェロ、お前こそバカなの?いるじゃん、ここに」
「どこに?」
「だから、ここに」
エミリアーノ副隊長とグイドが私を指した。
「は?僕?」
「そうだよ。女と見まごうほどの繊細な身体で、自分より大きな男どもをなぎ倒していく、正に精霊の如くって凄い評判になってるらしいよ」
「うわあ、怖い」
「怖いって……他の男からしたら羨ましい限りだと思うけど。特に第二の連中なんて喉から手が出る程欲しいと思っている貴公子呼びだぞ」
「グイドは欲しい?」
「いや、いらない。面倒くさそう」
「ほら、普通の人は欲しくない称号じゃないか」
「ハハ、まあまあ。それでも皆見に来てるから、いいとこ見せてあげなくちゃ、ね。精霊の貴公子」
「エミリアーノ副隊長までバカにしてますね」
「おや、わかっちゃった?」
そんなやり取りをしていると、ライ兄様が呼びに来た。
「おい、おまえら。早速始めるぞ」
「はい!」
そして、それぞれいつも同様に訓練を始める。どういう訳か、第二部隊の連中がやけに挑んでくる。私とじゃ訓練にもならないのに。何故って一撃で終わるから。
「キャー!!アンジェロ様ー、精霊の貴公子様ー」
一撃で終わるたびに黄色い声援が飛ぶ。
いい加減、嫌気が差したので場所を移す。ふと、上にある王族専用の席が見えた。
フィエロ殿下がめちゃくちゃ笑っている。この状況を大いに楽しんでいるようだ。その隣に座るディアナ姉様と目が合った。
「が・ん・ば・れ」
口の動きでそう言ってるのがわかって、少し気持ちが浮上した。
すると、ひと際大きな歓声が上がる。何事かとそちらを見れば、ライ兄様とルドルフォ副団長が手合わせを始めたところだった。
ガキンッという、地面に響くような剣のぶつかり合う音。ライ兄様の剣は重い。でもルドルフォ副団長も負けず重い音を発する。
やっぱり、あの二人には私は勝てないなあ。
あの重い剣を一度でもまともに受けたら、手がしびれて言う事を聞かなくなるだろう。ジャンヌ副団長の剣ですら何度も受けることは出来ないのだから。
昔であれば、それが悔しくて仕方がなかっただろう。けれど、今は純粋に惹かれる。ここが男と女の決定的な違いなのだと理解したからか、激しい打ち合いを見ると純粋に惹かれるのだ。騎士団に来たのは、自分の実力との折り合いをつけるのに良かった事だったようだ。
そんな事を考えながら、もう少し近くで二人を見ようと移動したその時。
近くにいた誰かが
「アンジェロ危ない!」
そう叫んだ。
声の方へ目を向けると、私の首元に向かって真っ直ぐに飛んでくる剣が見えた。