明日から6歳
朝日が窓から差し込んでくる。
眩しさに目を覚ます。
『うわっ!仕事!……は無いんだよな。ふぅ…焦った。』
一瞬ヒヤッとしたが転移したことをすぐに思い出す。
僕はベッドでグーっと伸びをした。
何だろう。不思議な感覚だな。見慣れた風景だけど見慣れてない。
何を言ってるか分からねえとは思うが、両方の記憶があるのだ。しかも29年の記憶の方が長いからな。ほぼ日本で過ごした時の記憶の方が脳内の大半を占めている。軽い混乱があるのはしょうがないだろう。
僕は今5歳。明日で6歳を迎えるみたいだ。
とりあえず驚いたのは、この身体は疲れが残っていない。すこぶる身体が軽いのだ。やっぱり若い身体は違うってことか?
そんなことを考えつつ寝巻きから着替えていく。元々のアルの記憶があるのでタンスの場所、服の場所は全て把握出来ているので、スムーズに着替えを済ませた。
身体小さいな…昔はこんな感じだったな〜と懐かしいような何とも言えない気持ちになる。
顔は整った顔をしているようだ。鏡に映る自分を見ながら、これは成長したらイケメンになりそうだな、と他人事のように思ってしまった。
日本人の時の顔の記憶がどうしても残っている為、他人を見ているような気持ちになってしまったのだろう。
前の顔は中庸な日本人顔だった。特に不細工という訳でも無かったし、イケメンとも言えないような顔だったからな。
今はまだ幼いので可愛いらしい子供の顔だ。まぁ顔が良くて困りはしないだろう。
一階に降りると女性が声をかけてきた。
「あら、おはようアル。早いのね。」
『おはよう母さん。何か目が覚めちゃって。』
この人が僕の母のアーサ=ライトブリングだ。母さんは可愛い系美人だ。僕は母さんに似たんだな。
母さんは朝ご飯の準備をしてくれてたようだ。
ちなみに朝早く起きるのは、社畜だった僕からすると毎朝仕事のプレッシャーで目が覚めてたから余裕です。
冷静に考えたらこの習慣って恐ろしいよな。会社に完全に飼い慣らされてたんだな、と思う。思わぬ形で脱サラした解放感は最高だ。
「ん?アル…何か雰囲気が違う…?」
さすが母親鋭い。内心ドキッとしながらも適当な言葉を返す。
『明日から6歳だし、判定の儀もあるから僕は大人になるって決めたんだ。』
まぁ中身オッサンだし。でも精神は元のアルの影響も受けているので10代後半くらいって所だろうか。
「そうね。大人になるのはまだまだだけど、お兄ちゃんになるものね。きっとアルには凄い才能があるはずだから楽しみだわー。」
この世界には判定の儀というものがあり、6歳になる年の子供は一斉に教会にて才能を判定することとなる。
どうやら才能史上主義で、ほぼ皆が己の才能のある職へと就くようだ。才能が無い物を努力しても能力は活かせないことが過去の例から分かっているからだ。
特に優れた才能を持つ者は将来有望とされ、王立学校へ無償で進むことが出来る。
この街ールンブルクという名前らしいーにも王立の学校はある。というよりも、小さな村ではない限り王立学校は存在するようだ。優秀な人材を王国が使いたいからだろうな、と思う。
しかし、母さんがそんなこと言うのも、今でこそ引退しているが、世界でも指折りの魔法使いだったみたいだ。それに父さんも名を知らない人は居ないぐらい、優れた剣術の使い手だった。
『僕も父さんみたいに超強い剣士になる。それで魔法も使ってバシバシ魔物を倒していくんだから!』なんてことを、小さい頃からアルは口癖のように言っていた。
そんなことを記憶から呼び起こすと、ヤバいくらいテンションが上がってきた。剣と魔法が使える世界だなんてマジで超嬉しいんですけど!己の身体を鍛え上げ、強敵に打ち勝つ。これだけでワクワクしてるのは僕だけ?
でも神様は僕にチート能力を与えてくれなかったし、大丈夫なのだろうか。才能無かったら活躍するのは難しいらしいし…急に不安になってきたな。
そんな時、玄関の扉が開いた。
「おや、アル起きてたか。汗を流したらメシ一緒に食べるか。」
このいかにも屈強そうな快男子。日課の自己鍛錬を済ませて帰ってきたようだ。父親のダンテ=ライトブリングである。今は王国騎士団の戦闘術指南役をしているが、今日と明日は仕事は休みだ。
風呂から上がってきた父さんとテーブルに付く。ちなみにこの世界では、魔物の核となる魔石を魔道具にセットすることで便利な生活をしているようである。例えば
シャワーも魔石をセットすれば自動的にお湯が出て来るシステムだ。日本より便利じゃね?ただ魔石は使えば小さくなっていき、最後には消滅する。
そして母さんの朝食の準備も終わって、食卓に父さんの分と、僕の分が並べられる。
母さんは妹のニーナと後で食べるのだろう。
「いただきます!………くぅ〜やっぱりジル婆さんの焼くパンと母さんの野菜スープは最高に美味いなぁ〜。」
父さんはお腹が減ってるんだろう。ドンドンと口に入れていく。
「アル、ほまへ、はんじょうびはあにぁほひぃ。」
「あなた、食べながら喋らないで。何言ってるか分からないわよ。」
『父さん。僕は子供用の剣と鞘が欲しい!』
「ハハハッ!アルは分かってるみたいだぞ。…しかし剣か…6歳の子が剣を持つのはどう思う、アーサ。」
「うん。アルは賢い子だし…危険な事に使わないとは思うわ。それにあなたとの訓練でその辺りはしっかりと教えてるんでしょ。」
「そうだな…前から欲しいと言ってたもんなぁ。アル!…剣を使って危険な事はしないと約束できるか?剣は危険から身を守る為に振るう物だ!無闇に振り回す物ではない!」
途中から父さんは圧倒的な威圧感を出していた。これは今までも何百回と聞いた言葉だった。正直この威圧に後ろに飛ばされるような錯覚さえ感じる。しかしここで怯むわけにはいかない。
『はい!分かっています!』
「よし、それなら良い!男の約束だ。」
そう言って、親指を立てたまま拳を差し出してくる。これは誓いの際に行う儀式的なものだ。父さんの指と拳に自分の指と拳を合わせる。
『男の約束!』
「それならすぐにドグさんのとこに頼みに行くか。」
そう言って父さんはご飯を食べた後、すぐに武器屋でもあり、鍛治師のドグさんの店に行ってくれた。
僕は自分用の剣がもらえることにワクワクして、いてもたってもいられなくなってきた。子供の頃、新しいおもちゃを買ってもらう時ってこんなんだったな。