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鎖軀山(さくやま)怪異奇譚考  作者: 銀ノ杜 沙冬
6/9

奇譚ノ陸 憑依と入れ替わりのものがたり

 平安の陰陽道の流れを汲み、民間の拝み屋を経て現在

イキ・スピリチュアル・グローバル・ソサエティ にまで発展した巨大機関

この国では  異忌 国際心霊協会(いき こくさいしんれいきょうかい)という 巨大な

機関にまで発展した 異現象感応者れいのうしゃと異現象にまつわる

あらゆる事象を物理的且つ霊的に・心理学的に”解決”する機関であり

表向きは宗教法人である。


 宗教法人であるが実際は 当代当主を頂点するビジネスライクな階層組織

で一般の宗教団体のような、教祖や信徒という関係ではないのもこの組織の大きな特長である。


 異忌いきの祭祀神は、綾乃院緒都葉ノ姫命あやのいんおとはのひめのみこと

分霊わけみたまの神鏡であり死と再生・生と死の象徴を司っていて

神鏡の裏には蜷局とぐろを巻いた国宝級の彫り物が施してある。


 いつの時代の物かは定かではないが、製作当時のまま

錆ひとつない玉鋼製の鉄鏡てっきょう

同じ玉鋼製の”把洞院破邪ノ形無わどういんはじゃのかたな”こと

”破邪ノはじゃのかたな 真盛さねもり

という神刀と対になっていた神鏡という謂れがあるが定かではない。


 この日本刀の正確な名は”把洞院破邪ノ形無わどういんはじゃのかたな”と言い。

五条院  真盛が 日本刀の姿に後に、打ち直し鍛えたとされる

六尺の大刀である。

元の形は隕鉄いんてつの塊とも言われているが、今以て解明されていない

故に ”形無かたな” と言われていた

 鏡は現世うつしよ幽世かくりよを繋ぎ  

”把洞院破邪ノ形無わどういんはじゃのかたな”はその繋ぎを断つらしいが

現在 異忌 巌の時代には”把洞院破邪ノ形無わどういんはじゃのかたな”の

方は(裏で血眼で探しているが)行方知れずであった。


 多くの宗教団体の御多分に洩れず、異忌 国際心霊協会も

金運、長寿のお守りの授与・頒布をしている ”普通のご祈祷” などなど

一般庶民はこちらが馴染みがあるだろう。

 

 しかし 彼らの本当の姿は全く違う様相を呈していて

本来の姿はこうであった。


 所属する人材の中には異現象感応者と呼ばれる

”本物”が多数所属し異現象にまつわる

あらゆる事象を物理的霊的に解決し遭遇者に心理学的処理を施す。

有り体に言えばカウンセリングの名を借りた記憶の”置換え”をする

記憶に”空白地帯”が生まれないようするための心理学的措置であり

差障りのない安全な記憶に

置換えをし、異現象遭遇者は非日常的恐慌体験から、恐怖心が異界の新たな呼び口に

ならぬよう、安全な日常きおくへと置き換えられる。


 その ”事後” 処理も彼らの重要な業務であり

霊的な大災害は世間には大規模な災害や不幸な人災として

発表される。


 このような形で発表されるのは、警察機構や司法ではどうすることもできない

看過できない ”重大事件” の存在を衆目に晒し、且つ完全に放逐出来ないとなれば

世間に大混乱を招くからであり、彼の警察機構や司法機関ともに

事実は完全に伏せられたまま異忌 国際心霊協会 とは、互いに協力関係を締結している。


 そんな 異忌 国際心霊協会には、異界の異形や化生バケモノも存在していた

尤もかれら異界の異形や化生バケモノ達は

”相応”の対価と代償で異現象感応者れいのうしゃしきとう

立ち位置で協力関係にあった。


 異忌いき家:当代当主 異忌 巌 (いき いわお) 御年70歳は

異忌 国際心霊協会のトップであり ”会長” である。


 機関員からは〇〇おうと呼ばれ企業のCEO/COOのような絶大な権限がある

”裏”の依頼は全て御幣ごへい型の白金塊プラチナインゴット

独自の白金貨でやり取りされ、現金では取引しない形態を取っている

 殆どが組織間での依頼であり

相手も法人が大半を占めているためこのような”独自”の”寄進”体系を

確立している。


 取引相手の殆どは警察か司法機関であるが 

異界探偵事務所 ”冥府ネキュイアの番人” のような

個人用窓口も勿論あるが、こちらは通常通貨での取引だった。


 そんな折も折り

能のおもて皺尉しわじょうを付けた異忌翁の元へ

修験者風の独特の衣装に能のおもて痩男やせおとこ

を付けた男衆3人 かわずおもてを付けた男一人

痩女やせおんなの面を付けた女一人が

傅いていた。


「して 鎖軀山の件は本当か? 」

おもてでくぐもっていても、声はバリトンでとてもよわい70歳とは思えない

声が発せられる。

「畏れながら  異忌翁 我々が飼育しているバケモノ共が言うには

近年 御柱みはしら様の祭祀が執り行なわれてないとの事で

......ーー。 」

かわず男が声を震わせつつ報告していた。

語尾は危機取れないほど尻窄んで遂に沈黙してしまう。


「楽にせんか 其方そなたを責めているのではない 

今は、昔(平安・鎌倉・室町・江戸・明治の世)ではない有り体に申せ

なぁに ”昔” のような ”処断” は下さんて」

と声が緩む。


「でっでは改めまして、我々が定期的に 鎖軀山総合病院に ”黒い救急車” にて

飼育しているバケモノ共を通院させ体調を診て貰っているのは

翁もご承知の通り」

「うむそうだな 今更それがどうかしたか? 」

異忌いき家もまた異界の異形の化生バケモノを飼い慣らして

眷族にしていた。


「それらが言うには、御柱みはしら様の加護が薄れ地下の異界との境界が

曖昧になってきている様子」

かわず男のおもてからは汗が垂れる。


「戦中・戦後の混乱期とは言え祭祀を中断するのは好ましくないと

あれほど警告しておいたのにな、何と言う体たらくか! 」

ギリリ と異忌翁 の右手に握られた扇子が軋る。

「それで ヤツは失脚か 女如きに(経営を)握られおって」

とやや語気が強い。


 異忌 巌 (いき いわお)は典型的なな封建的な考えの持ち主で

男女間格差や男女平等等とは縁遠い思想の持ち主である。

ややもすればSNSソーシャル・ネットワーキング・サービスで大炎上間違い無しの

発言だった。


 実際は美梨の前任者は政治闘争で失脚したのだったが

佐奇森 美梨が経営者に選出されたことが余程癪だったらしい

ついこう言い放った。


「翁、 今はどんな輩が聞き耳(ICレコーダー)が在るやも知れませぬ

御言葉には、ご注意を」

と進言する痩女やせおんなの面を付けた女。


「うむ そうだったな まったく窮屈な世じゃて」

おもてを少しあげ茶を啜った 

京都の宇治から取り寄せた 茶匙、一匙5万は下らない玉露である。

「その式共がいうには、なにやら幽世かくりよあなが開いて

我らとも聖霊魔術院協会クラウ・ソラスが管理把握している

のと違う全く未知の幽世かくりよらしいとの事で

式共も、怯えて”調子”を崩していると世話の者から

一先ずおうにご連絡をとの事でありました

わたくしめも先方の万媚まんびから調整費を

たんまり取られまして 面目次第めんぼくしだい無しでこざいます」

かわず男のおもてからは強い汗臭が漂い

これが如何に緊迫した事態かを示していた。

 

「うーむ 万媚まんびめ ふっかけおってからに

いや此ればかりは仕様があるまいな

我々が、直接出向くには大義がいるでの ......何としたことか」

暫く、顎を上げ黙考していた異忌翁おうはやおらパチリと扇子を叩き

「 ......宗広むなひろを鎖軀山にやるか ......ヤツの予定は? 」

おうかわず男に問う。


小飛出ことびてなら 今空いておりますが? 」

小飛出ことびてとは 異忌 宗広 (いき むなひろ)の組織内でのよびなであり

敏捷な動きの狐や野干などの地上を駆け廻る神のおもてのことであり

むなひろにそれを準えていた。

 刑事でせわしなく事件を飛び回る彼に、相応しいおもてと言えよう。


「そうか、なら彼の地へ潜伏させよ 何かあって身分の問い合わせがあったら

儂が直接電話に出るでの 最優先で儂に回せ」

「はっ おうの仰せのままに」

 と異忌 宗広 (いき むなひろ)が愚痴を垂れながらも

鎖軀山の地へ向かったのは程なくであった。


この一連の会話は紗理が夏休みに入る直前の学期にすでに交わされていた。


 鎖軀山総合病院の会議室で異変が起きたそのおりおり

一人の少女が都心の異忌 国際心霊協会の総本部

御神楽みかぐらタワーを来訪していた。


 御神楽みかぐらタワーは

地上50階地下20階の正倉院造りを模した近代建築であり国際心霊協会の総本部でもある

受付嬢はこの少女を見るなり


「ようこそ おいでくださいました 御姫様おひい様 巌様がお待ちかねです

これが直行エレベーターの番号でこざいます」

と渡された紙には十数桁の番号が記してある。

「ふん よかろ」

と言うと後方にかまえていた大男二人に手渡した

外国映画のSPセキュリティーポリスのような服装いでたちのような黒服に

サングラス髪は整髪料で丁寧に撫で付け

一言も喋らない。

体躯はスーツもはちきれんばかりの偉丈夫だった。


 少女はというと、腰まであるロングストレートの黒髪 前髪とうしろ髪の毛先は

綺麗に切り揃え和人形を髣髴とさせ、

瞳はやや紅く少し切れ長で顔付きも大人びている。


 服装いでたちは黒の今の時勢にしては珍しい漆黒のセーラー服に

グレーのスカーフ

三つ折りのソックス、黒のストラップパンプスだった。

三人がエレベーターに乗り込むと受付嬢は素早く 内線番号をプッシュし

おう 今、御姫様おひい様がお見えになりそちらに向かわれました

やや難しいお顔でいらっしゃいましたが」

と言う。

「そうか 悪い話しかもしれん ご苦労だった

お帰りの際にも粗相の無いようにな

儂と違って 彼奴きゃつは寛大ではないからな ハハハ」

と茶化す。


 黒服がゲストカードをエレベーターの操作盤に通すと

無味乾燥な機械音声で

[ ようこそ 御神楽みかぐらタワーへ 特別認識体マレビトの皆様

当代当主への直通番号を入力願います ]

と言われ

「ふふ あやつにかかればわらわも 稀人まれびと扱いとな

余程 妾の扱いに気を遣っていると見える 善きかな 善きかな 

元は化生バケモノなのだがな いつの間にやら妾達も出世したものよぅ 

人共がまだ火を覚えたてのころは恐怖の象徴だったのになぁ ふふ

変われば変わる 愉快な現世うつしよよ」

とニコニコ微笑む少女。


「ですが御姫様おひい様 連中の中には、御姫様おひい様を

崇めるやからも居たのでは? 」

「あやつらは妾のいいとこ取りしようと擦り寄って来るだけの輩よ

妾の本質すら分かっておらなんだ 

金運をくれだの繁栄だの長生きだのと欲張りおってよ」 

と可愛い少女声で姿に似つかわしくない古風な物言いをして

黒髪の少女:緒都葉おとは は自分への信仰心を痛烈に皮肉った。

この黒髪の少女:緒都葉おとはもまた異界の住人だった 


 稀人まれびととは他界観念上の民俗学用語であり

他界から来訪する霊的もしくは神の本質的存在である

異界の住人の最上の敬意を払った呼び名であった


 本来異界の住人は異形や化生バケモノ等と

呼ばれるが、この少女は存在自体が特別なのである 

タッチパネル式の操作盤のボタンの並びが

変化し番号を入力する並びにキー配置が変わる

御姫様おひい様 ご入力を」

と促されて先程のワンタイムパスコードを白い細い指でタップする

ピリリ と小さな電撃が走るが少女は意に介さず指を滑らしたが

電撃が走る度頬がややぴくと反応するのは否めない。


 これは指紋認証も兼たランダムテンキーの画面である

「イカズチは苦手じゃの せきゅりてー とか

面倒な世になったものじゃの あやつ改善カイゼンを 要求よーきゅーせねばな」

御姫様おひい様 それは無理からぬ事かと”我らが”今の世に合わせねばならない事かと」

というと

「ええい 五月蝿い 少し口が過ぎるぞ」

と小さなパンプスで黒服の大きな靴を踏むがビクともしない

「鉄靴など履きおって 生意気なヤツ」

と何回か少女は踏みつけたが結果は同じだった ......が

良く見ると僅かながらその鉄靴の爪先は”凹んで”いたのである。


 エレベータは途中何度かの”横移動”を挟み

やがて 異忌 巌 (いき いわお)の居室の前に辿り着く

「其方らは此処で待っておれ それと

敵が来たら 直ちに ”潰せ” いいかの、それと此処の人間共に

かすり傷一つ負わせるでないぞ」

と目を細め声に怒気が一瞬こもった。

「御意に!! 」

音もなくひとりでに障子が両開きに開き

彼女が入るとまたひとりでに閉じた。


「おぉ いわお 息災であったか 相変わらずけったいなおもてをつけよって」

と言うと

異忌翁おうこといわお氏は、

「あぁ このおもては儂らが”裏”の仕事をするときは

別の役割ロールを演じなければならんでの

このようなおもてを付けるのじゃよ」

異忌 巌 (いき いわお)氏の素顔はホームページ上で公開されている。

柔和で人懐っこい老人の顔だが

”裏”の仕事はときに非道な事もつつがなく執り行わければならず

古来面おもてを付け我が身に異なる役割ロールを降ろして

神にその役割ロールを奉納する能になぞらえて皆、裏の仕事時はおもてを付ける。


 そしておもて役割ロールと階位がひと目で判るようにした

それと素顔を晒さない匿名性もある。 逆恨みの防止の意味合いもあるが

後者はセキュリティが発展した現代ではすでに形骸化している。


 それでも平安の世からの様式美であり 異忌 国際心霊協会 を印象付ける

アイデンティティーでもあったのである。


「まぁ 妾の前ではおもてを取らぬか 今宵は

この綾乃院あやのいん 緒都葉おとは ・ 異忌 巌 (いき いわお)

一組の男女として会話をしたいのでな 仮初かりそめの姿なぞ不要であろ? 」

「うむそうか それならば 人払いの結界をせねばな」

「ふふ この場は妾に任せよ」

とセーラー服の少女はそう名乗り

呪言を唱える。


 部屋の東西南北の四隅に濃い紫の電撃イカズチが走り

陣が形成、壁に張り付いた。

「相変わらずだの 緒都葉おとは いい腕じゃな」

「ふん あたりまえじゃろ 妾はこの異忌 国際心霊協会の祭祀神

綾乃院緒都葉ノ姫命あやのいんおとはのひめのみことじゃからな

そこの分霊とは一味も二味もちごうからな」

と居室の中央の御簾で覆われた一角を指す。

「では 儂も 巌に戻るかの」

おもてを取った巌氏はホームページ上で公開されているのと同様 

柔和で人懐っこい老人の顔がそこにあった。


「好い男ではないか おもてで隠すのはもったいないのう 早う妾を抱いてくれぬか

ここなら”本来”の姿に戻れるでのう


 まったく最近は妾への”信仰”が薄くなりおって 本来の姿に戻るのですらしんどいの

土着古来の ”神” にとって世知辛い世になったものよ

仏だの基督だのが蔓延りよって

伴天連なんばんの神共め いい気になりおって

だから”阿・あうん”共を妾専属の眷属セキュリティーポリスにしてやったわ」

とブツブツ愚痴をこぼす。


 彼女から言わせれば ほとけ基督キリスト

外来の神は全て伴天連なんばん扱いだった。


 緒都葉おとは自身は、アミニズムに由来するこの国独自の万物信仰こそ

本来の姿と思っているが、自由信仰の世の風潮には逆らう事が出来ず、

信仰者も激減した 故に普段は、緒都葉おとは童女わらべの姿に

甘んじざるを得なかったのである


 そして、セーラー服を脱いで歩み寄る一糸纏わぬ少女が

老配の男に艶めかしく歩みよっていく。


「それとも、巌 妾のかような童女わらべ姿が好みかえ? 

どちらでも構わんがな フフ」

「いや 儂には児童性愛の趣向はない 

それに嫌なことを思い出すからな その姿はよせ」

「あぁ ”御柱みはしら様” の事か、近代にしては

思いきりの良い事をしたもんだと呆れ半分、驚き半分だわ

よかろ 今宵は妾の分霊わけみたまも傍にある故なぁ

......存分に愉しもうぞ ......な い・わ・お♡ 」

と艶然な笑みを浮かべてゆっくり歩み寄る

少女の姿をしていても纏う雰囲気は妖艶な女のそれだった。


緒都葉おとはがいう近代は一般の感覚とはかなりかけ離れていて

神話時代以降なら何でも”近代”である。


 その少女が老体の男に歩み寄るごとに段々妙齢の美女に姿が変じていく

顔付きも躰つきも全て大人のそれに変化していった。


 男もやおら衣装をぐと老齢とは思えない筋肉がそこにあり

やや白い肌には無数の傷跡があった。


 そしてどこからとも無く現れた四体のバケモノ

小型の餓鬼のような風体に赤黒い肌、背中には蝙蝠の様な羽

鷲鼻、さながら西洋のグレムリンに似ていたそれらは

蚊帳をそれぞれ四隅を持ち吊る。


彼らはしとねの間終始、空中でホバリングして蚊帳を支えていた


艶めかしい褥のうたげ会話と嬌声が入り乱れる。


「鎖軀山の地で御柱みはしら様の加護が薄れておるのは

知っておろ? 」

 


んんっ あぁん なんて逞しい

...... ......

 

緒都葉おとは こそ入れ食いではないか んむっ

わらわをあなど ......んんっ ......るではないそ

今宵はとことんまで吸い付く ...んっ ...してやるわ


艶めかしい褥のうたげ最中さなかで嬌声と会話が入り乱れる。


「鎖軀山の件はクラウ・ソラス 聖霊魔術院協会でも

静観する構えだ」

「そうか ”洋”のクラウ・ソラス 聖霊魔術院協会がそうでたか

では ”和”の異忌 国際心霊協会 もそれに倣わねばな

かなり大事おおごとと見たが? 」


んむっ んんっ

 

「どうも 別の異界が絡んでいる んぁ

 ......異界でも縄張りがあってな 今回の鎖軀山の異界は

妾の所属する異界とも聖霊魔術院協会の子飼いの所属の異界とも違う

獣の異界じゃて まだ我らと聖霊魔術院協会とどちらが担当するか

決まってもおらなんだ であるから静観して自滅を待つ算段よ

万が一 自滅せなんだったら」


「自滅せなんだったら? 」

と巌は鸚鵡返しに問う


 既に褥は収束して

二人共寝着に着替えていた

 

グビリ


 と備えてあったお神酒おみきを乱暴に呷る緒都葉おとは

五合のお神酒おみきが一気に緒都葉おとはの腹へ消えた。

「我らが先に獣と交渉権を獲得する 何せこの妾、奥羽の生れじゃからな

この国の発生した異界じゃから交渉権は妾達が先よ、

聖霊魔術院協会なんばん共の好きにはさせん


 先にシャワーとやらを借りるぞ れでぃふぁーすと だ いいな」

とたまに現代知識が交じる

褥のあとも彼女は少女には戻らない

今日は随分と満足したようだ。


 巌も後に続きその後、冷茶の席となった

「むふふ 冷茶にはこれよ 亜津森あつもり黒羊羹くろようかんッ!! 

これに限るのう」

と厚く切った手で摘まみ羊羹を頬張る。


 巌氏 自ら切り分けた ”亜津森あつもり黒羊羹くろようかん” は

御神楽タワーの敷地内に存在する高級和菓子店の名物で

此処の主人もまた異界の住人であり

この国に羊羹が伝来以後ずっと営業している”初代”の老舗である。


 余程機嫌がいいのか 彼女:緒都葉おとは終始白檀びゃくだん伽羅きゃら

沈香じんこう等の香木の香りが漂っていた

これが 蛇神:綾乃院緒都葉ノ姫命あやのいんおとはのひめのみことが所属する

異界の臭いである。


亜津森あつもり黒羊羹くろようかん”は外で待機していた

阿吽金剛力士像あうんこんごうりきしぞう風の本来の姿に戻った

二人の男にも振る舞われ喜んでいた。


「よいな、巌 今回は上手く立ち回るのじゃぞ

それと まだ人をやめる気はないかの? 我ら異界の同胞はらからになれ

たった一言の言の葉で足りるのに、さすれば...... 」

既にセーラー服を着て少女の姿に

戻った緒都葉おとはの言葉を老配の男は遮る。


「あぁ すまん もう少し時間をくれぬかまだ人の身には未練がある

儂が人をやめたら人としての 人としての判断さえも失いそうでな

それが、怖いんだよ儂は」

異忌 巌 (いき いわお)は異忌 巌 (いき いわお)をやめた時

心を喪い 心まで化生バケモノになり果てるのでは無いかと

心底恐れていた。


「おくびょうッたかりめ では一つ忠告じゃ

魂が”完全”に躰から離れる前に妾に決意を述べるのじゃぞ

完全に躰から離れてしもうたら 妾でもどうにもならんぞ よいな」

と。


 皺尉しわじょうおもてつけ 

また老いた植物の精、老体の神の役割ロール異忌翁おうになる


「今宵は、妾も愉しませてもうろうた 亜津森あつもり黒羊羹くろようかん

礼じゃ 後で、白檀びゃくだん伽羅きゃら沈香じんこうの香木の原木

それぞれ15貫(約 56Kg) 貴方おんしらに”寄進”しておくでの

受け取るがよかろ こんな ”木端こっぱ” より黒羊羹くろようかん一本の方が

妾は嬉しいんじゃがな ほれこれが目録じゃよ」


 と

贅沢にも白檀びゃくだんの香木の木簡に墨ではなく

小刀で文字が刻まれてたのを乱暴に異忌翁おうに放った  

落とさぬように慌てて高級和紙に包み、分霊の神鏡へ供える。

それを見て嬉しそうな表情をする緒都葉おとはだった。


「よぉ 御嬢 済んだか? 」

臥亥がいか 渡来の鬼がどうした? 」

 髪は白髪でざんばら髪で瞳は赤。

豪胆で大雑把な性格

つねにTシャツにチノパンの体育会系で肌も浅黒い

六つに盛り上がった腹筋がシャツ越しにも分かる程の漢の中の漢

真名まな:若長臥亥猛キノ神ノわかおさがい たけきのかみのみこと

こと若長わかおさ 臥亥がい 190センチの偉丈夫である。

大陸より古代日本に渡来して猛る神として祀り上げれし そして帰化した白髪鬼であり

緒都葉おとは同様、稀人まれびとである。


「殺るか 鬼ッ! 」

「殺るか 蛇ッ! 」


 此処が御神楽タワー 正面エントランス前

だという事も忘れ双方凄まじい気当たり(オーラ) 

いきなり、睨み合いとなった。

 

「わはっはっ 元気そうで何よりだの

琉美るみは息災かの てっきり一緒だと思ったが? 」

「ハハっ 御嬢こそ いい気当たり(オーラ)じゃねぇか

さては頂辺のわっぱと褥を一緒にしたな」

異忌翁いき おうの居るこの御神楽タワーの遥か上のペントハウスを

指差した。

「ふん、お主には関係無き事よ」

と何処吹く風。


 よわい数千年の 臥亥がいにしてみれば 70歳 の巌氏は

わっぱ同然である。


「あぁ 琉美るみは クラウ・ソラス 聖霊魔術院協会に出向いてる

俺様は ”バツイチ”だがらな 今こうして、独り身で御嬢の所に様子見でただ来ただけよ

他意は無いぜ。 」


 臥亥がいの言う ”琉美るみ”は 

真名まな:九ノ院琉美ノ姫命(くのいん りゅうび のひめのみこと)

こと 九ノくのいん 琉美るみの事で

 若長 臥亥と夫婦だった九尾の狐。

妖艶で出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる

お色気たっぷりな女性である


 細かく神経質な性格でガサツな臥亥とは性格も逆

臥亥同様大陸から渡来、人心を惑わすものとして祀り上げれたタタリ神で

こちらも稀人まれびとの女性である。

二人は直ぐ、気当たり(オーラ)を鎮め

元の穏やかな空気が流れる。

「おう ””に ”うん”よ 御嬢の嬌声はどうだった

そそられたか ハハハァ 」


御姫様おひい様は、可もなく不可もなく通常通りの御声おこえでございました」

と真面目な面持ちで馬鹿正直に口を揃えて言う

途端にまた黒いパンプスで鉄靴を踏まれる。


「ちょっくら 亜津森あつもりに行くぜ 

此処で話す話しじゃねぇし」

先の通り此処は御神楽タワー 正面エントランス前で夜も更けているが衆目は

まだ多い。


「よかろ 場を移すぞ」

と黒服の大男二人に顎をしゃくる緒都葉おとは

現代は、平安や室町と違い 人は完全な”闇”から決別しつつある

が目に視えない”闇”からは逃れられない。

なぜなら臥亥がい緒都葉おとは・””・”うん” という

まれびと”が 衆目に紛れて現世うつしよに居るのだから。


「は、御姫様おひい様の御言葉のままに」

”と”うん”は厳かに答える。


「甘味もいいがオレはこの国の酒だ 吟醸酒・純米酒・本醸造酒 なんでもござれ

だが 今回は、御嬢に合わせて 奥羽の吟醸酒としゃれ込むか

コンビニとやらで買っていくか? 」

臥亥がいはコンビニを指し示した。


「安心せい 亜津森あつもりには奥羽の吟醸酒もある 

安物とは違ういにしえの手法そのまんまな”ホンモノ”だぞ

それにな

このわっぱの姿でも 酒を出してくれる

この国の”お定め”でな この姿じゃ表じゃ堂々と飲めん まったく めんどい事よ」

と嘆く

「オレもそれには同感だせぜ くにの”法律おさだめ”がなあるからな」

でも老舗和菓子店 亜津森あつもりの親父なら 御嬢がよわい ”ン”千歳なのは

承知だろ? 」

「あぁ 妾が”ンッ”千歳なのは知っておるし 主人も”まれびと”じゃよ」

緒都葉おとはが ”ンッ”千歳 と言う時やや剣呑なまなこをしたのを

臥亥がいは見逃さなかった。


舗和菓子店 亜津森あつもりは、閉店後は、二人の貸し切りと会談の場になった。


 舗和菓子店主:亜津森あつもり 篤胤あつたね

同名の江戸の国学者のような好好爺で厳つい職人ながらも、

客人の対応時になると柔和な顔になる。


 稀人まれびとのみならず、”普通の”人にも大人気の店主で

ファンクラブまで存在していた。



「ようこそ いらっしゃいました 緒都葉おとは様、臥亥がい

先付さきつけに当店の 亜津森あつもりのあんみつをどうぞ」

差し出されたのは、宇治の抹茶アイスクリームをベースに上品に添えられた

蜜豆とこしあんそれに黒蜜をかけて、食する”あんみつ”であった。


 抹茶アイスクリームも甘さを極端に控え、本来の渋みを全面に出し他の甘味と合わせ

なんとも言えない風味を醸し出していて

一つ千円前後もする高価だが今の夏の季節限定品であり人気商品で

それが酒の先付さきつけに出される。


 テイクアウトは出来ず此処でしか食べる事が出来無い

「おぉ これが 例のあいくりん とやらかの どれどれ むふっ 

美味びみかな、美味びみかな」

緒都葉おとはは食べる機会が少ない ”あいくりん” に舌鼓をうつ

極端な洋菓子嫌いな緒都葉おとはは他の ”あいくりん” は食べない上

季節限定それに

冷菓子はじぶんの躰を冷やし術の行使も儘ならなくなる”天敵”だったからだ。


「ほぅ こいつは ウメェな琉美るみのヤツが喜びそうだぜ」

彼奴るみはどうした 一度は夫婦めおとの儀を交わしたであろ」

「アハッハぁー それオレに言っちゃう?  

琉美るみは舶来物の酒につられてなぁ

聖霊魔術院協会クラウ ソラスの連中についていったさ

内容も聞かずに二つ返事でよ


 ここ”新京”ニューシティ に御嬢を追って来た俺様とは別行動だぜ

オレはこの国のニホンシュが大好物 琉美るみ舶来酒ヨウシュが大好物

これでも同じ”酒”好きということもあって

一度は夫婦めおとの儀を交わしたんだが 酒の好みと肴の好みでお互い譲らなくてな

ちと、喧嘩が過ぎてなー 今は、双方バツイチになっちまった 互いに傷ものという訳」

と彼独特の口汚いとも取れる発言をした。

 

 異忌 国際心霊協会の総本部 ”御神楽タワー”

は霊的に祝福された地 ”新京ニューシティ” に

拠点を置いていて 霊的なかなめと異界のくさび的な役割も同時に果たしていた。

その地で二人の大物の稀人まれびとが甘味と突きながら会談? をしていた。

臥亥がいは甘味を綺麗に食べ終えて奥羽の酒を飲み始めていた

「んでよ こっからが本題だ ”鎖軀山”の件 オレは出張らないかんな

オレは陰気なけものは苦手でなぁ


 こう ガツン と拳で殺れる相手じゃないとな

”牛鬼” とかさ ”わいら” とかさ ”大入道おおにゅうどう” とか

野槌のずちとかよ タメ張れるヤツじゃなきゃ オレの知ったこっちゃねぇよ」

と半袖シャツから浅黒い肌を覗かせ赤いまなこをギラつかせた。


「ふん 言うと思うたわ この脳筋のうきんめが

ではこの地来たのはどうしてじゃ? 」

「どうしてじゃ? ってそりゃ高見の見物よ そういう御嬢だって

最後に”いいとこ”取りするつもりだろ自滅すればそれで良し、自滅しなくても

手を組んで更に已の存在を磐石にできるってか。


そだろ? 

奥羽の山々に根ざす

巨大な蛇神:綾乃院緒都葉ノ姫命あやのいんおとはのひめのみことッ!! 」

とびしりと指を指す。


「ふふ そうさな 妾も連なる奥羽の山々を巨大な蛇に見立てた嘗ての

人共の様に恐れ畏れる存在に再び戻る”願望がんぼう”があるでの

”多少”の犠牲はやむを得ずかの だから お主と同じよ

その分、後処理は”あやつ”には負担を強いてしまうがな」

「そうか それでその対価に”やつ”と褥を共にしたんか 

その割には随分顔が赤いがな ハハハハっ」

と大笑い。


 既に双方それぞれ一升瓶5本程空けていたが、双方とも酔った気配はない

「五月蝿い 稀人まれびとが、人間のそれも老配の男に懸想してもよかろうが

ヤツ”には、早く人をやめよとは言っておるが」

「ついに本音を漏らしたか オレ様も異忌いきには世話になっているかんな

異忌いき家に被害が及ばないようにそれだけは”全力”で守らせてもらう

つもりだぜ いいな 御嬢」

「それは 例え”あやつ”に懸想して居なかったとしても妾とて同じ事よ」

「おっ おう」

あからさまな懸想の表情を崩さない緒都葉おとはに嘗ての、

琉美るみに対する臥亥じぶんを重ね、照れ隠しにさらに一本瓶を呷った。

こうして 鬼と蛇の酒の宴は続いていき 夜は更にけていく。


 

 あんなに快晴だった鎖軀市は、山天候がぐずりだしてきていた

「わぁ 雨っ 雷っ」

と脊髄通りでも一斉に人影がショッピングモールや付近の

店に入っていった。


「雨か ......」

 会議を終え最上階の執務室へ戻る美梨。

地階の惨劇と四階の惨劇が徐々に感染しているとも知らず

一人つぶやいた。


「姉貴よぅ 紗理ちゃんには高山を付けたんで それで良いだろ? 」

「えぇ 高山 零士君なら 適任かな」

高山 零士 (たかやま れいじ) 25歳 若きインターンで

ポスト義邦医師と目される有望な人物である。

「暫く、非番だからな ヤツからも届け出てるし

全くこの忙しいってのに」

「それは言わない 彼は一般職員よ 役付けとは違うわ」


「ち そうだったな 愚痴は忘れてくれ

それとさ 紗理ちゃんに何時ホントの言うのさ

この病院って異形や化生バケモノ共も通院してるってさ

オレはそんなの信じないが義兄あいつだっけそんな事言ってたの

知ってるぜ」

「あのひとは結婚当初からそれ

”この世界には現世うつしよ幽世かくりよがあるだの

異界があるだのと世迷い言ばっかり

現実リアル”から目をそらしばかりで

まともに”現実リアル”を見ることが出来無いロマンチストなの

それに徹底した自己偏愛者で

わたしを妻として見る以上の目を向ける時があって

それが怖かった」


義兄にいさんってひとはやたらと女性に偏執的で

姉貴を変な目で見てたのを知ってる

だから、オレは結婚には反対だったんだよ」

と義邦は怒りを露わにする。


「えぇ わたしも莫迦だった あのさきとはね 紗理と尊を産んだら

さっさと一人で東欧にフィールドワークに行くと息巻いたと思ったら

女装して帰ってきて ”おれは魔女に成りたかったんだ” と

言ったときは流石に呆れたわ

そこであの人の本心を初めて知ったわ

”あぁ このひとは彼の女性願望の為だけに結婚したんだなって”

わたしはそんな夫を見ていたくないし紗理や尊にまで

”へんな”影響与えるから女装それはやめてと何度もお願いして

やっとやめさせて工学博士の免状取って、暫くまともだと思って油断したら

急に二人の子供ほっぽいて居なくなって、


どっかいって、また帰たと思ってたらすでにおかしくなっていたのね

ゴスロリ女装して変な儀式始めるし、実験動物持ち出すし

意味不明な事をいいだして とうとう子供にまで ......それで

正当防衛で ......あぁでもそこの記憶はないの

でも気付いたら、着ていたワンピースドレスをそのままに彼は居なくなってた

あれほど気に入ってたらしいのに いまも行方知れず

失踪宣告いでとうとう戸籍からも消えたわ」

美梨はつい昨日のことのように回想していた。


 当時はまだ男女の異性装は偏見が強く、今の様に認知されていない

古い時代だった。

「姉貴 思い出すのはよせ オレもさ義兄にいさんことは忘れたいんでな

でもホントかよ義兄にいさんの言ったこと なぁ? 」

と陰鬱な表情の二人。

「さぁね あの人夢想家だったからね どうだか」

{連れないこと言うね 美梨ィ? 

いつからそんな薄情な女になったのかな}

と突然男女混声が部屋に響く

「だっ 誰? 出てきなさい」

と大声の美梨。


{お前の足元に居るのが 分からんか? この”オレ”が 

あぁ 最高だぜ美梨 この脚 さすがおれの”器”に相応しい}

といつの間にやら 猫が美梨の脚に甘えるように纏わり付いていた

「あぁ 脚に感じていたのは 貴方? 」

{そうさ 美梨ぃ おれがこのクソ猫の躰になって以来

随分苦労してるぜ なにしろ人の様に自由に動かせねぇし

物一つ掴むのにも苦労させられてなぁ? }

「お前ッ!! 咲人ぉ? 」

{おっ 隠秘オカルトを信じないお前の莫迦頭でよく

そういう結論が出たな 褒めてやるぜ よし君}

「くそっ その呼び名で呼ぶな クソ義兄あにき

義邦は突然現れた猫にたじろくも

頭ではちゃんとこの”猫”が”咲人あにだと理解していた。


「咲人っ 目的は何? 紗理? 尊? 」

美梨は護身の構えを取った


{あぁ 何寝言ってんだぁ オレの目的はあの時から

一変たりとも変わっちゃいねぇよ 

”お前”のその肉体うつわだよ ”オレ”が”お前”になるためのな

それに 現実リアルを見ろよ 義邦ぃ 莫迦面ばかづらしてないでさぁ

いい加減価値観をひっくり返せよ ハハハァー}

と高笑いする”猫” この時はすでに

声は失踪宣告された元・夫咲人の声その物だった。


「こんのぅ クソ猫がっ」

と大きな体躯を器用に動かして殴り掛かるも所詮は人の身と敏捷な猫の身である

どちらに分があるかは明白だった。


{おっと そんなんで捕まえられるかよ おい”璃梨乃” 異界を開け

この女はオレの魔術工房アトリエにつれていく}

猫が言うと 何もない空間が縦に裂け一人の少女が現れる。

途端に強い鉄気臭が辺りを漂う。



「うふ 貴女が美梨? ねぇ咲人ぉ こんな女に成りたいの?

嫌な顔 ぷーっ」

と露骨に嫌味を言い放って抵抗むなしく空間へ強引に引きずり込まれた

「このっ ............っ」

と追いかけるも閉じかけた空間に左手首を喰われる義邦

「 ............つぁーーッ!!! 」

焼けるような痛み灼け火箸を神経束に直接あてられる痛み

産まれて初めて経験する痛みをどうにか怒りで抑え

携帯止血ゴムを巻きリドカイン注射液を射ち

緊急通報のボタンを押した後は、さしもの義邦もそこで意識を手放してしまった。


「紗理ちゃん 何処いこっか 義邦さんに禁止されて居無いところであれば

どこでもいいよ」

手元の院内端末の非常アラートを恣意的に無視して

紗理に囁く零士。

非常アラートはパニックを防ぐため音は天災を除き響かない


「わぁ ありがとう高山さん 売店でお菓子ほしいな

それとあまりウロウロするとママに怒られるから

店舗棟に行きたいの」

 鎖軀山総合病院は、患者が外に出なくて買い物が出来るよう

多くの雑貨店や生花店・菓子店が集まった、モール風の店舗棟がありこれも渡り廊下で

結ばれていた。


「いいね ボクは暫く非番だから そこ行こっか

美梨さんからお小遣い預かってるしね 端末出してよ」

そう言われた紗理は彼の端末から 電子マネーを受け取った。


 夕方近くの店舗棟は人も疎らである

外来患者は診療時間も過ぎ、居るのは殆どが入院患者と非番の医師・看護師ぐらいだった。


 零士は先を歩く紗理の美しい髪に仄暗い視線を向けていた

美梨と同様な淡い茶色、光線の加減で銀光沢を放つ紗理のそれは

零士に仄暗い邪心を起こすには十分だった。


 

「うあぁ 姉貴ーーっ!! 」

「おや 目さまされましたか 義邦さん ダメですよ

”悪戯”でアラート押しちゃ 美梨さんに怒られますって」

「おっ オレの手首は? 」

「えっ 付いているじゃないですかぁ それに

止血ゴムで緊く縛っちゃどうなるかは分かっていたでしょうに

まだ鬱血痕うっけつこん残っていますよ」

「えーっ どうなってんの オレの手首? 」

義邦は鬱血痕がいまだ残る薄紫色の”左手首”をグーパーグーパーする。

「おまけに局所麻酔打っちゃって これ始末書モノですからね」

と 竹杜たけもり 未樹みきは言う

「そっ それより姉貴 いや院長は? 」

義邦は今だ抜けぬ激痛の感覚を無理やり思考に隅に追いやる。


「あぁ 美梨さんなら”会合”に出かけるって院内メールがあって

鎖軀山総合病院ここ空けますって ほら」

と彼女の端末と同時刻の一斉メールを自分の端末で確認した


院内職員各位


 私、佐奇森 美梨は 次期医療特区の総会の為

72時間不在に致します

会合は極めて機密性が高い為に

一切の緊急災害以外の私、佐奇森 美梨へのメールを禁止ます

 

 

鎖軀山総合病院 院長 佐奇森 美梨 


と本人証明書付きのメールが配信されていた。


「ちょっと ごめん」

「あっ 義邦さん まだ激しく動かしちゃダメですから

後で組織検査しますからねーっ」

未樹みきの声を背に先程の執務室へ戻って

”痕跡”を探したが あの鉄気臭も血痕すら見つけることは出来なかった

組織検査も特別な所見が無かったのは言うまでもない。


{どうだ  未樹緒みきおぉ 女になって幸せかぁ? }

先程の猫が ピンクの生地にピンクの小花柄のタイトのチューリップスカート

豪奢なフリルとレース、フリルロングスリーブのチューリップスカート同柄のブラウス

黒のストッキングにピンクのリボンパンプスの

竹杜たけもり 未樹みきにこう話しかけた。


「あぁ オレはようやく念願叶って性適合術受けて”女”に慣れたんだ

何も言うことはねぇよ」

と普段の可愛らしい口調から一変男口調に変わる未樹。


 竹杜たけもり 未樹みきはかつての名を未樹緒みきおといい

咲人の”魔女”修行時代の友人であり

同じ、女性への歪んだ思いを同じにする”同類”だった

「おぃ その ”気持ち悪い”名 で呼ぶなよ

今は”未樹”だぜ 一度異界に完全に喰われて”完全”な女になったんだ

昔の名でよぶのは無しにしようぜ」

可愛い女性の声で抗議する未樹。


{ふん、股間まで女になったくせに”また”しるしだけを取り戻しやがってよ

未練がましい”野郎”だぜ}

「るっせーよ いいだろ オレは女の躰だと劣情の捌け口が

ないだろ なんせ産まれたときはオレは”男”だったからよ」

と未樹医師は白衣を脱ぎ可愛らしいスーツ姿になって

ゆっくり脚を組み椅子に座りスカートを少したくし上げて

ショーツから飛び出したしるしを見せつけた

未樹かれはガーターバンドとガータベルトで小粋に決めていて

女の妖艶さを際だてせていた。

{ほう これはいい眺めだ オレも最終段階はしるしを体内に隠せるように

してみるか}

とニタリ嗤うさきと

「あの”みり”の躰じゃまだ満足出来ないってか? 」

女性声の男性口調の未樹は既に欺瞞結界を解いたらしく


 髪の色は青みがった銀髪眼も、淡いアイスブルーと既に人外の

様相を呈していた。

{そうだとも、その先があるんだよ ”みり”の躰で磐石な

地位と金稼いだら オメェ同様異界に全てを”喰わして”

躰を再構築するさ 俺理想の少女をな 勿論、しるしは体内に隠せるように

してさ あどけない”少女”になりっきってよ

さり息子たけるいや今は尊も”璃依奈りいな”になってるか

ガキ共と、仲良し姉妹ごっこを愉しみたいのさ

あいつらには今まで寂しい思いをさせた分、うんと甘えさせてつもりだぜ}

と咲人はこう言い放った。


「うへぇ さすが、頭が明後日の方いってらぁ」

{おうよ それはオレに対する誉め言葉と受け取っておくぜ

お前も死なねぇ綺麗な女の躰になったんだ

好きな 生きモンの研究ずっと出来るぜ}

彼:竹杜たけもり 未樹みきは生物学の権威であり

此処、鎖軀山総合病院の実験棟の総合総合責任者でもあり

若きインターンの”女”医であった。


{先ず しるし隠せよ 誰かに見られたらどうするよ? }

「あぁ そうだな 院内でも 一・二位を争う美人医師に”ついてる”なんて分かった日には

若い男共め 一生のトラウマもんだろうからな よいっせと」

と未樹は立上りスカートを降ろし整える。

 

{所で、義邦のヤツの左手はちゃんと 手に擬態した異形に挿げ替えたんだろうな? }

さきと念を押すように言う。

「オレを誰だと思っている 表は生物学者裏は異形・化生バケモノ専門の

医者兼、魔改造のエキスパート様だぜ。


 この竹杜 未樹は実験棟で新薬の臨床試験を行う傍ら

裏では、 異形や化生バケモノを調教し飼い慣らして

”式”に仕立て上げされにそれを異忌家に高額で供給していたのである

未樹が異界の住人で”男性”であることは

異忌家の

そして 午前二時の”黒い救急車”で時折訪れる式の体調管理まで

全て請け負っていた。


 異忌家では 未樹のことは おもては付けないが万媚まんびとよばれていた

鬼女の化けた女用に用いられたといわれてるおもての名を

”女”に化けた”男”に付けたのは異忌家の皮肉のこもった洒落というしか無い


「まったく オレを何だと思ってやがる ダサいおもての名なぞつけてよぉ」

と未樹は顰め面をしていた。

{言い得て妙じゃないか 異忌の様式美とやらにはうんざりするが

まぁ付き合ってやれよ 色々世話になっているし、東洋隠秘オカルト学の頂点だし、

オレや御前さんのような異界の住人で現世うつしよで大手振って歩けるのも

皆、異忌の御蔭だから無碍にも出来ん相手だぜ 

そこんとこあまり 履き違えないようにしろよ}

と何時になくやや怒気がこもっているさきとの声。


「分かったよ 親友 義邦のヤツは自分の手だと思って居るだろうが

異形に徐々に精神を喰われていく 

あいつのような異界も異現象も、

からっきし信じない脳筋野郎にはじわり攻めるのが地味に効くぜ

まぁ 奴にとっては”普通”の左手だろうから てめぇのしるしの慰撫行為だって

普段と変わりないだろうさ うふふふっ♡ 」

とチューリップスカート股間を女性らしく押さえる。


 この”未樹おとこは”徹底したバイセクシャルで気に入れば

男女関係なく劣情を露わにする下品な男だった。


{まずは一手か オレは地下工房に戻る 美梨のヤツ分捕まえて

礎の上でおねんねさ 高山は今頃、娘と二人きりで、いきり立っている頃だ

オメェの”色気”でよ ちょちょっとさ刺激してやんなよ

仮にも年下の娘だからな手を出したくてさウズウズしてる頃だ

そこをお前が刺激してやるんだよぉ? }

さきとは執拗に未樹の脚をくぐり抜け纏りついた。 }

「そうね。 あいつにこれぽっちも欲情しないんだがな

それよりまずは小便させてくれ さっき出しっ放しで冷えちまったよ」

{すきにしな オレは下行くぜ}

と言って掻き消えた。

「ふぅー やっぱ”ついてる”と楽だな ”男”冥利につきらぁ」

と女子用御手洗に入った未樹は、男がするように

便座を上げて高い位置から派手に放尿した。


 程なく髪を整え軽く、何十万と繰り返したであろう化粧をして

ピンクのルージュを引き、香水を振った。

 

 カツカツと音を立てて向かった先は、高山と紗理が向かった

店舗棟だった。


「あらー 零士君に紗理ちゃん お散歩かな? 」

「あぁ 未樹さんでしたか? 可愛いワンピースドレスですね

それ」

「えぇ 今日は非番でねー ちょっとお洒落したかなー

でも普段からこんなのよわたし。 」

と”普通”に声をかける。

勤務している時も 普段着っぽいスーツだったがロッカーで着替えたのは

可愛らしい彼好みの豪華なフリルやレースの豪奢なワンピースドレスで

脚はリボンパンプスとファンタジーに出てくる少女そのものだった。


 私室にもこのようなワンピースが数百着あり全てブランド品で彼の自慢だった

「へぇ それにしては気合入って居るじゃないですか 

これからデートかな」

「だと いんだけどね あっごめんね紗理ちゃん お話に夢中で

あれからどうかしらね」

と未樹はさり気なく紗理の首筋に手を当て脈を診る。


 可愛い少女の呼吸いき使い、少女特有の汗の匂い、柔らかい髪

ワンピースドレスの中で、しるしを昂らせながらも

「相変わらずいいバイタルねぇ 問題ありませんっ」

と幼稚園の先生のよう喋り方をして

更に首筋に手を回し、ニヤリと口角を歪ませた。


「ひゃぁん 冷たい」

「あっ ごめんね センセねぇ手が冷たいってよく言われるのよ

されにさっきアルコール消毒液に触って来たから、ごめんなさいね」

と謝ると

「いっ いえ ちよっと吃驚しただけ 未樹センセもご一緒しませんか

夜になっちゃったけど退屈で」

と言った外は、すっかりとばりが降り紅い月が天頂近くに妖しいあか

既にたたえていた。


「今日は三人で夜更かししちゃいましょうか? ねっ

院長みり先生にも”許可”とってるしね ねっ♡ 」

とおねだりする未樹。


可愛い仕草に紗理への邪な思いはそのまま未樹へ向ける零士

「あー そうだ三人で映画身に行かない? 深夜映画でねアニメ二本仕立て

やってるんだって」


 零士の頭の中はすでに、紗理はどうでもよくて今いる未樹に劣情の矛先が向けられていた

院内でも一・二位を争う美女と二人きりになれるチャンスなんてめったに無い

彼は忍ばせた、錯乱患者制圧用の麻痺パライズ剤のアンプルを握った。


 この麻痺剤は、一瞬で大の大人一人を確実に

昏倒させることが出来る強力なモノで予めガーゼに染み込ませた

主剤にアンプルの反応剤を混ぜると

化学反応で、義邦ぐらいの大男でも一瞬で昏倒する位の効力がある

本来は錯乱状態の患者のための薬品だった。


「いいわねー 見に行きましょうかぁ」

と美梨は紗理の首筋にさり気なく、仕込んだ黒い陣を見つめニヤリとする

未樹に”だけ”は見えていた紗理の首回りにびっしり張り付いた肉色のヤモリのような異形

切っ掛けさえあれば、紗理の様に、視えない人も異現象感応者の様に

視る事が出来るようになる。

(うふふ 後は切っ掛けだけだぜ くそっ それ考えるだけでオレは

はぁん たまんねぇ 大金持ちの無垢なメスガキの鳴き声さぁ

頼むからぁ 言い声で哭いてくれ オレを滾らせてくれよ メスガキーィッ!! )

とニヤニヤが隠せない。


「おや、未樹さん 何か嬉しい事でも? 」

零士の目はまるで自分が傍に居るのが嬉しいかのように曲解した

卑しいオスの目をしていた。


「えぇ 零士さんと同じ非番で良かったと思って♡ 」

「ふふ そうでしょうとも、今日はとことんまでお付き合いしますから

安心してボクに任せて下さい」

と典型的な軟派男の様式美を見せつけられて

未樹は今まで躰を”同じ”男に赦し、

褥を共にして実験動物として異形の式に変えてきた、どの男よりも分かり易くて

下品だと半ば呆れていた。


 後は精神が壊れるのを眺めるだけ良いし、このれいじが、

今ポケットに錯乱患者制圧用の麻痺パライズ剤のアンプルを握っているのは

分り切っていたし、その劣情が同じ”男”である未樹に向けられていたのも

当然承知の上であり、これから起こる惨劇と

多少は”女心”をくすぐられる零士のコロンの匂いに、

思わずスカートの中のしるしがまたたぎった。


 そして、程なく一本120分の長編アニメの二本立てが開幕して

2つの惨劇が幕を開けた。


鎖軀山さくやま怪異奇譚考_竹杜 未樹

挿絵(By みてみん)


次回、

奇譚ノ漆  終わりと終わりのものがたり

お楽しみに 

竹杜たけもり 未樹みきの挿絵は後日

挿入致します。


作中の”能面”と”まれびと”については活動報告の

記載のURLを参考にしました


2019/08/13 竹杜たけもり 未樹みきの挿し絵を追加しました

2019/08/14

本編に登場の人物は

拙著活動報告 2018年 03月25日(日) 12時40分

”新規のストーリ構想です 改訂1版” の設定を一部流用しており

一部世界観が重なっていますので

詳しい人物プロフィールはこちらをご覧ください

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