奇譚ノ伍 贄と人柱のものがたり
”旧帝国院 指定鎖軀山医院”
は設立当初からこの名称ではなかった。
明治初期 設立された鎖軀山医院は当初
鎖軀山、山腹のサナトリウム施設を兼たモダンな
西洋建築の赤煉瓦造りの病院であった。
その創設者は当時齢90の怪老 久我山 作久治氏であり
現:久我山整形クリニックの院長久我山 剛三氏の
曾祖父に当たる人物なのは皮肉であろう。
当時は総合病院などという呼び方はなく単に、鎖軀山医院とだけ呼ばれていた
仰々しい名称に変わったのは戦時中である。
創立者:作久治氏は、風水にも長けている人物でこの鎖軀山が風水的に
優れていると、 異忌家の
助言を得てこの異形の溜まり場に鎖軀山医院を定めた。
異現象が強い土地は障りも大きいが、きちんと地鎮すれば
医学では治らない病も”災い転じて福と変ず”の諺通り
その転じた”福”の御力を病の治癒に利用出来る そう考えた。
建物の意匠、もとより調度品に至るまで全て
風水に基づき異忌家が主体で進めていた。
こうして、当初は 災い転じて福と変ず の諺通り霊験あらたかな病院として発展していく
サナトリウムの心理学的効果にも、この霊験のあらたかさは大いに寄与した。
この鎖軀山が躰の鎖の山と書いて、鎖軀山呼ばれたのは穢れた謂れがあった。
戦国の乱世に鎖で躰を縛り、篝火の周りの地面に固定し鎖が熱で灼けていき肉を徐々に焦がしていく
時にはより苦痛を長引かせる為、時折冷水を掛けて冷却した。
当然熱せられた蒸気が顔をも壊す、この上ない残酷な拷問と処刑が堂々行われていた。
鎖軀山はそんな拷問と処刑の地であった。
故意に人命を奪う為の地で、死に近づきつつある人命を助ける
これはあまりに皮肉が過ぎて、因果という目に
視えぬ理が働いているとしか思えなかった。
そんな穢れた地が異形や化生の巣窟になるのは
想像に難しく無い。
そんな呪われ穢れた山が鎖軀山である。
時代は進んでも一旦自然発生的に産まれた
異形や化生は更に多くの悲鳴と怨嗟を求めていた。
これを福に変ずるのだから、当時の異忌家の無茶は容易に想像出来る。
その無茶とは、禁忌の地鎮を行う事で、多くの悲鳴と怨嗟の代わりを
一人の少女に無理やりにその全てを背負わせる事。
即ち人身御供、有り体に言えば人柱である。
異忌家は 異形や化生を鎮めるため
残虐非道で独自な非人間的な手法を用いた。
先ず、一切男女の交わりなく人工授精をする
借り腹の女に受胎させ、一人の赤子を女子が誕生するまで
それを繰り返す。
これは病院なら可能であり創業者:久我山 作久治と
異忌家は一切他言無用という密約を締結した。
一切の男性を見せず女性のみで赤子を育て 名すら与えられていない
教育も一切施さない そんな残虐な方法で初潮前まで育てる
御柱様には現世の名など必要なく
役割(御柱という役割)が名を呈すのである。
次に礎の場に人一人くらいがやっと入れる竪穴を掘り、霊場の清水
で満たすこれは羊水を模したものだ。
次に黒檀の棒に後ろ手に少女ごと縛り、”逆さ”に一気に沈め
礎で塞ぐ
これは胎内回帰を表し、竪穴は子宮兼産道に見立てていて
塞ぐ礎は処女膜を示していた。
後は、この黒耀石の礎を定期的に祀るだけである
供え物は少女が生前得ることが出来無かった
玩具・教科書・絵本・洋服であった。
「いいですかな これは非合法であることは勿論
本来、人として行なってはいけない邪法ですぞ
これ以降は金輪際
御勘弁いただきたいですな。 こんな極上の御柱様は
きちんとお祀りさえすれば永劫に匹敵するくらいは安寧と安泰と発展が
見込まれる術式であります故」
(こんな 非道な方法も用いずとも、いくらでも有ったろうに このゲスめ! )
当代異忌家当主 異忌 巌一郎は
鎮痛な面持ちで答える。
内心では相手を罵倒しながらも、異忌の名も守り継がねばならないこともまた然りで
非道な祀り事とは完全に手を切れないのも(異忌の)名に重くのしかかった
平安の世から、決して逃れる事の出来ぬ ”宿命” であった。
巌一郎の表情が表に出たのか
「おや、貴方も ヒトの心がまだ有りましたか? 儂は、そんな”良心”なぞ
遠の昔に化生共にくれてやりましたわ ガハッハハハァ」
と臆面無く言い放ち、性根は明治の世でも、
今代も一変たりとも変わっては居ない、相変わらずの久我山であった。
異忌 巌氏の曾祖父に当たる、
稀代の祭祀師:異忌 巌一郎は、
この様な非道な邪法は易々と次から次へと用意出来ないことは
異忌家も、当の久我山 作久治自身
でさえもこの場にいる全員が十分理解していた。
言葉は無く頷きと、目配せだけで淡々と儀式は履行されいく
ただ聞こえるのは 自身の命の危機を本能的に悟った少女が
意味持たぬ言葉を発する声のみ。
「ぁあぁー ぉあ? あー」
目に大粒の涙を浮かべ猿轡は
自身の強い力で舌を噛み切り、出血しているのであろう 血に染まっている。
異忌の祭祀神:綾乃院緒都葉ノ姫命
の分霊の神鏡は、そんな名無しの少女の心の叫びは届かない。
なぜなら異忌のこの祭祀神も、平安の時代、異忌家創立の際数十名の
人命を犠牲に祀り上げた蛇神であり、これも邪神転じて祭祀神に
変じさせていたのである。
現世と幽世が曖昧だった平安の時代で
為し得た邪法で、そうした時代背景だったからこその、祭祀神だったのである
そして何の因果かこの場に 佐奇森 重三郎氏の顔も有った
言うまでもなく、この老獪な人物は 佐奇森 咲人の
数代前の血脈である。
若き室橋 喜重郎氏もその幼い目に焼き付けていたのは
視えぬ理が働いているのはもう確証という他はないであろう。
「祭祀は欠かしてはなりませぬ いいですな
気の毒ですが借り腹の女性と子種の提供者には
口を閉ざして貰いました。
我々、異忌家の役目は此処まですぞ
繰り返しますが 祀り事は欠かしてはなりませぬ
今の状態ででようやく、危うい均衡が保って居ることをお忘れ無きよう」
「心配は御無用 後の祀り事は、儂:久我山 作久治が自ら
執り行います故に ......ですなぁ ハハハ」
と東洋隠秘学に造詣のある 怪老は禿頭を片手で
ピタピタ 叩きその脂で
垂れ下がった眉を整え長い髭を捻った。
このような非道な人身御供してでも異界の能力を
抑えて、加護の能力に転じるのがやっとというのは想像に難しくない
既に辺りには早くも小さな異形が湧いて礎の周りを漂っていて
この土地が如何に穢れた土地かを如実に物語っていた。
老翁風の男:異忌 巌一郎は久我山にそう告げ
対価である白金塊、数十本車に積みこの鎖軀山の地を後にした。
あとは、言わずもがな戦前最大級の医院として
病男病女が訪れ小都市になるまで発展した ......が
戦争中に病院ごと徴収、
”旧帝国院 指定鎖軀山医院”
と名を変え 最後の空襲とその後の幾度かあった土石流で
地下の人柱もろとも ”旧帝国院 指定鎖軀山医院” は土中にたいした損壊も無く
埋もれてしまう
それが今の鎖軀山総合病院の土台になっていたのである。
このような病院史が、美梨の書斎と郷土図書館に存在していたが
古文書であり虫食いだらけで誰も判読出来るものは居なかった
いや一人居るとすればそれは、美梨の夫の咲人だけだろう。
思えば空襲で大した損害が無かったのもあの人柱の少女の加護だったのか
戦乱の戦国の世からの棲み家を奪われまいとする
異形や化生共が守ったのかは
今以て、はっきり断言できなかった。
それ以来、佐奇森(旧 室橋家)が鎖軀山総合病院の総会で経営者に
選出されるまでと、選出されてからも 地鎮の祭祀は一切行われておらず
心霊学的、東洋隠秘学的に、ゆゆしきことになっていたのである
ちなみに美梨の前任者:久我山 剛三が再度
経営者に選出されなかったのは、単なる政治的な競争に負けたからである。
「ふふふ 事は順調そうね ”咲人”ぉ? 」
{何時まで そんなダサい女の皮被っている 早く 本当の姿を 璃依奈に
見せてやれ}
と 咲人と呼ばれた猫。
「うん今ならいいわ ”リリノーシア” の姿を見せてやるわ 璃依奈ぁん 」
と甘ったるい声 とても中年には出せない声色である。
「えぇっ 石山さん? 」
璃依奈が驚いたのも無理はなく今まで全く気配が感じられ無かったのである。
んんっーーーんぁぁん
と甘い嬌声を漏らし石山 志津恵 (いしやま しずえ)は自ら正中に喉元から
局部まで医療用のメスで切り割りったのである
そして開いた傷口を自らの両手で肋骨諸共更に広げた
そして
んしょんしょ
と可愛いかけ声をかけると中から可愛い少女がウエットスーツを脱ぐように
全裸の姿で現れどこからともな服を纏い璃依奈と同様な黒を基調とした
ワンピースドレスの少女がそこに立っていた。
髪はアッシュグレイだが璃依奈より遥かに色素が薄い
髪は可愛くリボンで、所々結わえられていて
長いウェーブロングの髪はウネウネ蠢いていた。
目は目尻がさがり やや童顔の優しくおっとりしたお姉さん風である
瞳も淡いピンクでこの国の人間とは遠くかけ離れていた
「この姿では始めましてだよね璃依奈 いえ ”尊”」
「てめぇ 誰だ 璃依奈をその名で呼ぶのは」
途端に敵意を剥き出しにする璃依奈 ペットを嗾けるも
少女が睨んだけで動きが留まる
「元気がいいこと はやく説明しなさい 咲人
この”リリノーシア”が 本気出さない内にね」
”リリノーシア”と名乗った少女は璃依奈の敵意を全く意に介さず
彼女の視線は猫に向く。
{あぁ 今説明するよ
オレの可愛い”息子”には手を出さんでくれ ......って既にその気は無いようだが? }
と猫が言うと
「えぇ 手出すつもりは毛頭無いけどぉ ”リリノ”ってすんごい気紛れだしぃ
早く説明してあげないと ”殺っちゃう” よ? 」
と ”殺っちゃう” の言葉の時に彼女の声色は下卑た卑しい男性の声色に変わる
{おっかねぇな いくら”男”の声 出せるって分かっていても ビビるから よせよ}
と猫は”リリノ”の肩に乗り長い尻尾を彼女の首に巻きつけた。
「オレは元来”性別”などねぇんだ だから男口調だろうが
”女の子口調でもぉ 自在なの”」
とニコニコ顔
”女の子口調でもぉ 自在なの” の時は見た目通りの可愛い声だった
{でもよ その可愛い格好に 男”の声はなるべくよせ}
「うんっ ごめんね 咲人の前だとつい ......ね
で 早いとこ説明してやって この娘 ぽかんとしているわ」
と猫の尻尾を撫でながら顎をしゃくる ”リリノーシア”
{璃依奈 ソイツはこのオレ 佐奇森 咲人 (さきもり さきと)を
このクソ猫の肉の牢獄に閉じ込めた張本人”リリノーシア”って 少女 さ
御蔭で散々苦労してる}
と猫が言うには昔ある目的で、幽世を呼び出す儀式実験をしていた時
猫の姿のコイツ(リリノーシア )が現れ 現世で自分の姿を少女で固定する対価として
咲人を猫の肉体に魂を閉じ込めたのだそうだ。
御蔭で警察の手からは逃れられたが、猫の姿では何も出来無い
その代償代りに猫の永遠の愛人としてまた 自分の幽世の能力全て
佐奇森 咲人 (さきもり さきと)に惜しみ無く提供することにしたという
”リリノーシア”も元は異界の集合意識の中で人格を持たされ
自我ある存在として生れた。
現世は異界( かくりよ )より愉しい刺激にあふれていて
遇々咲人が他の目的で開けた穴を利用して出てきて
遇々それの一部始終を目撃した石山 志津恵 (いしやま しずえ)の中にもぐり込んだという。
「あははっ ”咲人”ったら”好奇心は猫を殺す”って現世の諺通り
願望が過ぎてねぇー 自分が”猫(死体)”になっちゃたんだから 救えないよねー
アハハハ」 と小馬鹿にして高笑う
{うるせー ”獣”が }
と肩に乗ったまま猫が言う
「ふーん そんな事言っていいの? 貴方の恥ずかしい”願望”バラしちゃおっかぁ? 」
{五月蝿い 幽世に還すぞ}
と爪を出して彼女の首に突き立て つーっと 軽く引くと
赤い筋が出来る。
赤い液体が流れるが直ぐ真っ黒に色が変わり
霧の様に霧散する、その霧散した霧から新たに異形の小型の化生が生れた。
小型の化生は、無数の鰭がある全身肉色の魚のようである
歯は人の歯の様に平っべたい
逆だった鱗のスキマから細い無数の触手が チュルチュル と音を立てていて
目は出目金の様だが爬虫類の様に縦長であった ソイツが5匹程
”リリノーシア” に暫く纏りついた後、遥か地上へ”泳いで”いった
以後彼女は、自傷行為で”血”を黒い霧に変え更に小型の化生に変えて
人に取り憑かせ欲望や渇望や怨嗟を煽りそれを糧にする様になった
彼女にとっての武器であり、また”食料”確保の手段ともなっていく。
その餌と成った人は、例外なく心が壊れるか廃人の凄惨な末路が待っていた。
「”リリノ” 痛ぁーーぃ♡ でもね出来ないことは、言わないの♡ いいこと? 」
と可愛くしなを作る
彼女の首筋は既に白い肌のみで赤い筋は無かった。
「冗談はこれくらいにして 事を起こすのは今が絶好の機会よね
人柱は長いこと祭祀が行われていないし
かなり 加護も弱っている いまこの時よねー」
{オメーだって それで中年女 の中から出てきたくせによ}
「あらら 分かっちゃったぁ? でもね、今はね人の欲望が昔と比べてね
ドス黒く質が高いのー ”リリノーシア(バケモノ)” 達って本来ただそこに在るだけなのー
”リリノーシア(バケモノ)” 達ってね人のドス黒い欲望に焚き付けられて
障る(こうなる)のよお互いに貶めるのが好きだんもんね だから好きよ 人って」
{あぁ それは否定はしない 現にオレがそうだからな
でもよ そのドス黒い欲望とやらで 御前達が現世で
”存在”を確しかなモノに出来るだろ
恐怖や猜疑心が”リリノ(おまえ)”達を”育てる”んだからな
オレは生身で異界に入った数少ない人間だぞ。
”深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている”
の通りだった オレもまた、異界を覗いた時、既に”人”をやめてしまっていたのさ}
と自嘲気味に言う”猫”
「さっすがー 咲人ね 全てはお見通しってわけか」
とうれしそうな ”リリノ”。
{いや 有名なドイツの哲学者の言葉を借りただけだが、オレに相応しいと思ってね}
「ねぇ ソイツの異界の住人かしら? 」
{さぁてね今のおれには関係ないことさ}
と”猫”は遠い目をした。
「それとさ この国の神話に”尊”って子が女装する話しあったよね
璃依奈も”尊”っていうのね 今は”男の娘”って言うんだっけ そういうの
ねぇ咲人 もしかしてそれ狙ってた? 」
という。
{いや 偶然さ 遇々神話を見ていてな カッコイイと思っただけさ
でもお前の言うとおりだな こりゃケッサクだぜ}
「うわぁ 自分の息子の名そんなんで決めたの?
ただ カッコイイって
もう 人の親やめたら ってもうやめてたかぁ アハハッ」
と高笑いをする
茶化すような、小馬鹿にしたような物言いにも”猫”は
{さぁ 話しは終わりだ璃依奈のヤツ つまらなさそうにしている
”子供”は退屈させちゃダメだからな
玩具を与えて楽しませるのは親であるオレの役目だ}
と言うと”リリノーシア”は璃依奈
「醜い家鴨の子はこうして美しい白鳥になりました」
と茶化すように改めて戯けてみせた。
ワンピースドレスや黒いルージュが璃依奈と似通っていたのは
石山 志津恵 (いしやま しずえ)から割って出て来て
服を形成した時、可愛いと思ったからだと後で言っていた。
尊が幼い頃から容姿が変わらない”石山さん”にはこんな秘密があったのである。
「わぁーん ”リリノおねーさま” ごめんなさぁい 璃依奈が莫迦だからぁ」
と大粒の涙を浮かべた璃依奈は同じくらいの背の”リリノーシア”に抱きつき
訴える様な璃依奈の目をみて”リリノーシア”はやさしく唇を奪った。
璃依奈同様黒いルージュの ”リリノーシア” は
「ふふ甘えんぼさんね これからは 璃璃乃 と呼びなさい
貴女の第二のおねーちゃんになってあげるわ」
と更に唇奥深くまで舌を這わせ 初めて味わう大人のキスに酔う璃依奈であった。
{璃璃乃ってのは いいな この国は何かにつけて苗字や名が必要だしな
石山 志津恵 (いしやま しずえ)はどうする 璃璃乃}
と猫が言うと
「璃璃乃が出てきた瞬間にね
関係のある人間の記憶から消え偽の記憶すりかわるの
異界の能力を侮っちゃだめよ 咲人ぉ」
とカーテシーをする。
{便利なヤツめ あとは俺様の願いだけだな}
「えぇ そぉよぉーさきとぉー あとは邪魔はしない この璃璃乃と璃依奈ちゃんで
あの娘を追い込むだけ そうすれば美梨は晴れて”全て”貴方のモノよ」
一連の会話の流れで 今までの猫は佐奇森 咲人 (さきもり さきと)が
儀式実験の最中の事故? で猫に変じた姿であり
数十年前の狂信者の仕業と思われていた未解決の犯行は
咲人 (さきもり さきと)の犯行であることがここで図らずも明らかになった。
尤も今は時効が成立し司法の届かない所にあり、その元の肉体もすでに無く猫の躰で
物理的にも拘束は出来無い
警察が”猫”を拘束したとなれば国内外の笑い者になるのは目に見えているからだ。
今は、まだ異界は人の目に触れず科学法則と物理法則の埒外に存在している
ごく、一部の異現象感応者しか触れることの出来ない
科学法則と物理法則の世界から分離された領域だった。
”リリノーシア”が現出したとき辺り一面独特の鉄気さが漂っていたが
猫と言い合った時少し機嫌が悪くなったらしい
それが生臭くカビ臭い加えて強い鉄錆臭に変化する
それらが、彼女が所属している幽世の臭いであった。
”リリノーシア”にとって幽世という呼び名も
異界という呼び名も、どうでも良かった
だだ現世が欲望や渇望や怨嗟に満ち
彼女の好奇心を刺激してくれる
永遠の恋人:咲人と可愛い璃依奈さえ居れば
どうでも良かった。
「ねぇー さきとぉー ”リリノ” も早くお外へ出たいこんなトコ飽きたぁー」
と駄々をこねる。
{まぁ 待てよ オレが美梨の躰手に入れたら
美梨の権限でどうとにもなるさ
それまで我慢しな 戸籍云々についてもカネ次第で細工してくれる
異忌家もいるからな それまで温和しくしてるんだぞ}
と言うと
「わぁー やっぱり咲人ってだーぃ好きっ」
と”リリノーシア”は猫に抱きついていた。
紗理は、首の辺りにややむず痒さを感じたが
発疹や目に見えての変化はない。
途中ぶつかった刑事に怪訝な目で見られただ
紗理には意図が分かるはずもなく
そのまま院内をぶらついていた
会議室の”有機エレクトロルミネッセンス照明”照明が消え
東雲 汐織に惨事が降り掛かったのは
異忌刑事が
最寄りの駅から電車で都心へ向かって動き出した時と ”リリノーシア”が
石山 志津恵 (いしやま しずえ)を裂いて現出した、丁度その時だった。
その時、 異忌 宗広 (いき むなひろ)は 快晴の中
車窓から見たのは
巨大な黒紫の霧状の多数蠢く”異形の獣”が鎖軀山に覆いかぶさっていく光景だった。
(うわっ なんだあれ ”神代級”じゃねーか すぐ応援を ......って
......畜生っ 皆出払った後だった クソッ ......間の悪い時にーーッ
オレ一人じゃ手に負えねぇじゃねぇーかよ)と
思わず立ち上がり車窓を拳で殴りそうになった。
でもそう視えるのは彼だけで、車内では”快晴”の中、旅行客がのんびり景色を見ているのみで
急に立ち上がった彼を、怪訝そうに見つめるだけだった。
この後、鎖軀山で多くの犠牲者を出してしまった事については
後に、優秀な彼の只一つの汚点となりトラウマとなるが
それは全く別の物語である。
{所でさ ”璃璃乃” その二人の ”小娘” 共はなんだ}
猫は璃璃乃の後方に気配無く立つ
二人の ”璃璃乃” に似た雰囲気を持つ”少女”が控えていた。
一人は淡いアッシュグレーの銀光沢のウェーブロング、にグレーの散らしている
小さいリボン、おっとりした童顔に淡いピンクの瞳
頭には対のバラのブーケとリボンでツーサイドアップで結わえていた
前に 濃いアッシュグレーの銀光沢の髪を一房まとめて垂らしていた
髪全体が僅かながら蠢いていて さながら得物を穫るイソギンチャクのようである
ワンピースドレスも璃依奈の様なモノトーンで纏めていた
唯一色彩があるのはワンピースドレスのブーケと左手で抱えた
大きな西洋風人形だった。
脚は60デニールの黒のタイツに濃いグレーのリボンパンプスで
きちんとすまして立っていた
「この娘は ”瑠璃乃” よ
お人形が大好きで、せっかく”男”としての性質を与えてやったのに
断固として受け付けなかったの だから ”璃依奈”と同類よ、この娘
ねぇ瑠璃ちゃん? 」
「むぅー それ言わないで璃璃乃のいじわるぅ 瑠璃はちゃんと徴を体内に
隠せるもん ”男”じゃないもん ......オトコだけどぉ
でもね ”このお人形には誰一人指一本触れさせネェからよぉ
もし触れたらこうなるぜ 見てな” 」
と途中までは見た目通りの可愛い声だったが
語尾は男性そのもの声、そして想像付かないゲス顔で黒い舌を出して舌舐めずった
そして右手から、鈎付き鎖を出現させ人形を抱えている
左手から黒耀石のナイフを取り出す
それを姫袖に潜らせ、淡い嬌声と共に自傷した。
赤黒い血は鎖を伝わり青白い”炎”に変わり血の一部は
小型の異形に変わった。
そして
「今ニンゲンがいないから こうするね」
と近くの岩に巻き付けると ジュウジュウ 音を立てて融解し蒸発してしまった。
「瑠璃はね こうして熱鎖でいじめるの大好き
だって むかしこうやって苛められたから そのお返しッ♡ 」
”彼”は鎖軀山の拷問処刑で使われた熱した鎖の集合意識体が
融合し”オトコ”しての性質を与えられた
見た目はお人形のような”オトコ”だった。
{で なにが望みだ? ”瑠璃乃” 現世での望みはよ
女か? 地位か 金か? }
と猫は単刀直入だった。
「”瑠璃乃”がオトコって驚かないのね」
瑠璃乃はもじもじしながら猫に言う
{そんなんで驚くかよ 女に成りたいオトコなんてのは
現世にもゴマンと居るさ さぁはよ言えよ}
と急かす。
「うん、”瑠璃ね” 綺麗な女の子の屍体がほしいの
でないと瑠璃ね、女の子の屍体じゃないと おっき しないの
女の子の屍体じゃないとオトコノコが満たされないのっ」
と顔を真っ赤にして独白した。
{なんだ 屍体性愛者か いいぜ
ん? まだ 有りそうだな 言ってみろよ}
とまだ言いたげな ”瑠璃乃”。
「それと 瑠璃がね お痛をしたら うんと苛めてほしいの
それも大好き♡ 」
{ほう今度は マゾヒズム(被虐性愛)か それも満たしてやれる
現世は異界とは違って退屈せんよ
その変わり 璃璃乃に従えよ 璃璃乃に従うってことは分かるな? }
「”瑠璃乃” は 佐奇森 咲人の永劫の眷族になるもん」
{よし いいだろう そのおまえもか ......えーと? }
「 ......璃梨奈...... 」
ぼそりと口数少なく答えた少女
アッシュグレーの銀光沢のウェーブロング、右側を軽く束ね
”瑠璃乃”同様
前に 濃いアッシュグレーの銀光沢の髪を一房まとめて垂らしていた
ワンピースドレスも色彩があるのは
リボン、黒いミニハット、髪飾りの大きな蝶と濃いローズグレーのパンプスぐらいあり
”瑠璃乃”同様モノトーンで纏められていた。
瞳はピンクだが唇は”瑠璃乃”同様灰色だった。
”瑠璃乃”と違ってきつい顔付きで猫を彷彿とさせた。
「ごめんね璃梨奈、口数が少なくて 彼女は
”黒死蝶” で恐怖を感染させるのが大好きなの あれ見せてやってよ
”瑠璃乃”も見せたことだしね 璃梨ちゃん? 」
「ん ”瑠璃乃”が見せたなら 璃梨奈のも見せてあげる」
そして”瑠璃乃”同様右手から、黒耀石のナイフを取り出し
それを姫袖に潜らせ、淡い嬌声と共に自傷した。
赤黒い血は、忽ち濃いローズグレーの蝶に変わる
多数の蝶は彼女の周りを舞い、黒い鱗粉が散る。
「この娘の蝶って鎖軀山の拷問処刑者の”魂”よ」
古来 ”蝶” は人の魂の象徴とされているのは
貴方でも知っているでしょ」
{あぁ 俺の専門の隠秘学とは切っても切れねぇ
からな}
「その魂達よ この ”黒死蝶” ちなみにこの娘はちゃんと”少女”としての
性質を与えられているわ ”瑠璃乃”と違ってね」
「 ......瑠璃乃は変...... 」
とボソリと一言。
「むぅう 璃梨奈って大嫌いっ!! 」
と可愛くむくれて璃璃乃の後方に隠れてしまった。
こうして見ると 本当に”男”? と疑う位の所作であった。
「ふふ 瑠璃乃ちゃんてほんと”オンナノコ”ね」
「 ......瑠璃乃ってオンナノコ みたい...... 」
「そーだもんっ んべーっ」
と璃梨奈に向かって黒い舌を出した
「さて、この娘の蝶の鱗粉ってね実は卵なの
”肉喰い蛭”のね それに”黒死蝶”自体も吸血蝶よ
ねぇ? 璃梨奈ぁ? 」
「ん そう ......璃梨奈はもっと蝶を増やしたいの
それに徹底的にニンゲン共を苛めたいの された拷問はきっちり返す
それが わたし 璃梨奈......の願望 」
「貴女も 猫に願望は言った? 」
「今、 ......言った ......それが すべて ......だから 美梨に成りたいという猫の言うことは
全て聞く だげど一旦異界へ還る ......此処は辛気臭くてイヤなの」
彼女 璃梨奈はこれが素らしい あまり抑揚のない声で言うと
と手で空間を”切る”ように裂き中へ入っていった。
裂け目から垣間視た異界は歪んだ無数の人の貌、目、鼻、口、手、足、そして内臓が
綯い交ぜになった世界だった。
それらを終始無言で見ていた 璃依奈はショーツからはみ出た徴から
小便を派手に漏らした。
「ねーっ 璃依奈ぁ 怖がるこたぁないぜ
俺達さぁ 同類だろ 仲良く”オンナノコ”を楽しもうぜ せっかく”オレ”も”お前も”
可愛いんだからさぁ
なっ なぁ? 莫迦なメスガキ共をさ、誑かしてさぁ 愉しもようよ」
と瑠璃乃は可愛い顔でゲスな男声で璃梨奈と優しくキスをする
「んッ 瑠璃ねーさま 璃依奈を抱っこして」
「うふふ ”おねだり” 上手さんね瑠璃乃妬けちゃうわぁ」
とこのときは外観相応な可愛い少女声だった。
同じ背の二人は立ったまま優しく抱き合いそして
蠢く二人の髪が共に絡まり合う
んんっ んぁあん
絡まる唾液、黒い二つのルージュの唇
甘い嬌声。
傍から見れば微笑ましい”少女”同士のキスシーンではあるが
二人のスカートの股間は不自然な程膨らんでいた。
{あまり うちの息子を脅かすなよ
漏らしたじゃねーか それに俺の願望バラしちまいやがって}
「咲人もオンナノコになりたかったのだから別に気にすることじゃないよねー? それ」
と瑠璃乃は猫の喉を優しくなで上げ
そして思わず喉を鳴らしてしまう(さきと)だった。
「璃梨奈が還ったから 瑠璃も一旦還るね」
と璃梨奈がそうしたように異界へ還っていった。
{五月蝿いな 俺は隠しておきたかったのに簡単にバラしちまってよぉ}
と不貞腐れていたが、口は牙を剥き出しにしてニヤついていた。
「ねー パパは美梨”に成りたかったの? 」
{あぁ そうだよ 全ては美梨をひと目見て決めたことだ
俺はこの女に成りたかったんだってな
それに ”魔女”になるには女の躰がどうしても必要でな
”男”の躰だと能力を存分に発揮できんからな
お誂えむきだったぜ}
佐奇森 咲人の歪んだ思いは
室橋 美梨と結婚する事では無かった
美梨そのものに成りたかったのだ。
咲人の目的はあくまで成人した美梨の躰そのものであり
二人の子供は結婚という事実に因果した結果に過ぎない。
{なぁ あの二人 異界に一旦還ったって ウソだろ? }
「何の事かしらね わたしは知らないわ こうして異界と現世
の境界を曖昧にするのと欺瞞結界を維持するので
精一杯だから”身内”のことなんては知ったこっちゃないわね」
と璃璃乃はしれっと言い放った。
{しょうがないな あの裂け目さ”何処にでも勝手”に内側からも
開けるだろ}
「さぁ 知らないわ」
と嘯く璃璃乃
{まるでマンガかよ とことん埒外な連中だせ
俺達は俺達でやる事があるからな
あいつらだって 固有の欺瞞結界ぐらいは持っているだろ? }
此処でいう ”欺瞞結界”とはどんな惨状や惨事も無関係な人物からは
”普通”の出来事に視えるというもので璃璃乃は鎖軀山市全体にこれを
常時薄く行なっている。
「 今のは褒め言葉として受け止めておくわ
そうね あの娘たちは ”虚実世界” という結界を持っているわ」
{うむ 言葉の意味合いからしてさ 異界に遭遇した時、当事者だけ
周りから隔絶されたような感じになるヤツ? 辺りの建物はそのままで
自分達だけが凄ましい惨状を経験したが 辺りではなんとも無かったとかいうの}
「そう、そんな感じね 特に 璃梨奈はその能力に長けていて
面倒な娘よ」
{興味本位だが お前から見てさ あの二人どちらが、ヤバいヤツ? }
猫はまるで値踏みするかのような問い掛けをした。
「性格的に危険なのは、璃梨奈、能力的に危険なのは
瑠璃乃かな、瑠璃乃ってあの通り”男”だからね
自分を男だと言われたり”お人形”を触ったりしたら
すぐあの”鎖”出すからね
それにあの”鎖”って”虚実世界”ですらあの炎が破る時があって現実に影響あるときも
偶にあるのよ。
それと璃梨奈って人を人として見てないのがね
好き勝手に ”虚実世界” に引き込むからさらに始末に悪いの。
能力は陰湿でねちっこくて地味だけどわたしですら怖いときがあるの
それに加えて二人共、嫉妬深くて執念深いから困ったものよ」
と愚痴ていた。
「だからはやく”美梨”になってよ 贅沢させていれば取り敢えず、温和しくしてるから」
{そういう所まで ”人” に似なくてもいいのによぉ}
と猫も愚痴る。
「璃璃乃も含めてそういう ”存在” を造ったのは
貴方方人よ それは忘れないで」
と牽制は忘れない。
{そうだったな ......あぁ辛気臭い話しはもうヤメヤメ
用があるのは今居る此処から更に下 オレの魔術工房だよ
そこには人柱の礎もある 瓦礫で狭いが付いてこいよ}
と猫は尻尾を手招きのようにくいくい動かした。
二人の少女(一人は見た目だけ)は
異界へ”還って”など居なかった。
彼女等は可愛い小鼻を動かし鎖軀山総合病院つまり、遥か地上へ出口を開いていた。
「 ......いやなニンゲンの匂い でも二人の匂いだけは好き サキトの仲間がいる...... 」
一面独特の鉄気臭さを漂わせて無表情のまま
独り言ボソリと呟きパンプスのまま歩いていた。
璃梨奈が開いたのは中階部に当たる四階に相当する階である
看護師達の利便性と、病院の験をかつぎこの階には
入院患者は居ない。
最初の犠牲者は若い男性看護師、
奥村である 彼女の欺瞞結界により”普通”の入院患者か見舞い客にしか
見えない。
「おや お嬢ちゃん この階は立入り禁止階なんだけどな
エレベーターもカードが無ければ止まらないはずなんだがな」
この階へは緊急時を除き保安上の理由で職員カードが無ければ
降りられないことになっていた。
「ん? 開いたら此処だった 意味はない どいて、ニンゲン! 」
ときつい目でいきなり年下の少女に言われて
奥村は徹夜明けということもあり、声を荒げてしまった
「此処は た・ち・い・り 禁止! 分かった? 小娘がっ
はよ 出・て・い・け・よ」
と少女相手に啖呵を切ってしまった。
「るさい 邪魔って言ってる」
不機嫌そうで小生意気な口を利く璃梨奈
売り言葉に買い言葉だった 奥村看護師はさらに少女相手に
凄んでしまった。
「何だとっ このガキっ! 警備を ......っはぁ? 」
既に、璃梨奈は自傷し多量の黒死蝶が舞い
奥村は”肉喰い蛭”の卵でもある”鱗粉”を大量に浴びていた
体温で即座に孵る”肉喰い蛭” チーチー と鳴きながら
一斉に皮膚に潜っていく。
「わぁー たっ たすけ ......ひっ蛭が こんなに」
奥村看護師の顔・足・手の肌という肌に細い線虫の様な蛭が食い付く
そして強引に皮下を這いずり回っていく
壮絶で凄惨な痛痒さが全身を襲う。
皮膚が破れるくらい掻き毟ると傷口から更に子蛭が湧き更に
奥深く潜って行く
体の穴という穴から子蛭がぶら下がる。
おぞましい感触に襲われながらも看護師室に飛び込むと更に
”それ”が感染し広まって行った。
お互い掻き毟り合う男女 引っ張ってもチュルチュル ズルズルと
次から次へ涌く肉喰い蛭
悲鳴・哄笑・嗚咽が入り乱れる看護師室。
精神が壊れたのか、突然若い女性看護師がメスで自身を”引っ掻き”幾条も血痕が
白い壁に赤い線を描いた。
更に、お互いに躰に幾条も赤い傷を付けながらも尚、暴れる職員達に
群がる 璃梨奈の黒死蝶達 本来蜜を吸うための口吻を
直接傷口に差し込まれ、口吻は赤く染まっていき、蝶の黒が増していく。
「あぁ アハハ なんて甘美な痛みなの そうだこれ、他のみんなにも
教えなきゃ なんでいままで ......キャハハハ ......たのしぃわぁ これ
あひっ あひっ あひひひっーッ 」
完全に壊れ、全身蛭と黒死蝶だらけの若い女性看護師が”小踊り”しながら
”嬉しそう”に同階の看護師室に飛び込んでいった。
「あぁ 素敵 現世って なんでこんなに愉しいの 璃梨奈は
とっても幸せ さきとが美梨になったらこんな愉しい事がもっと あぁ そして
もっとお痛をしてサキトに苛められたいの」
と黒いルージュから赤い可愛い舌を出し口角をニヤリと上げる璃梨奈であった
彼女は大の男嫌いの女好きで
自分より下の者には加虐性愛的だが自分より上の者には被虐性愛的な
倒錯した偏執愛の持ち主だった。
彼女が恐ろしいのはこれだけでなない
自傷行為で生み出した血の一部は不定形の異形に変わって
手術室の医療病理廃棄物の処理装置へ入っていく。
医療病理廃棄物は患者から切除した病巣や腫瘍・既に侵襲が進んでしまった
四肢の一部が入っていて、強酸で処理待ちになっていた。
それらに異形が取り憑いて 元の”持ち主”を求めて
這い出してきたのである
{ わたしの パパは何処 マンマァー ドコー? }
と泣き叫ぶ包んだガーゼから抜け出す病巣達
ズルリズルリと這い出すモノ、ピョンピョンと跳ねるモノ
それぞれの 元の”持ち主”を求め散っていった。
「お加減どうですか? 術後の経過も良好ですし 明日退院ですね」
「はい ありがとう御座います ようやく繋がった命、大切にします」
腹の腫瘍を摘出して、十数日の老人が看護師と和やかに談笑していた。
「そうですね まだまだ長生き出来ますって それじゃお大事に」
その晩その老人は、取ったはずの腫瘍に瘡蓋で塞がった
腹の傷に潜り込まれて、翌朝あっさり死亡したという。
検死した、レントゲン技師は首を捻る
取ったはずの腫瘍がまた元にもどり更に躰全体にまで侵襲が広がっていたのである。
切除された腫瘍が、切除された腹癒せに元の持ち主に”復讐”したのも知らずに。
四階で璃梨奈が異界から出てきたその翌日であった。
四階で璃梨奈が異界から出てきた同刻、
”瑠璃乃”は地階の遺体安置室にいた。
大切な”お人形”を傍に置き
検死待ちの一糸纏わぬ綺麗な少女の遺体を
自身はワンピースドレスのまま椅子に座って膝に乗せ抱っこしていた
んーっ あぁん 素敵ね 貴女 冷たくて
瑠璃乃の黒いルージュと屍蝋化した綺麗な少女の白い唇を重ねる
既に少女の目は白く濁り生命の灯は消えていたが
そんなことは瑠璃乃にとってはどうでもよかった
”綺麗に”死んでいることが重要だから
「ねっねっ 瑠璃乃が欲しいのね 今瑠璃乃をあげるね
受け取ってくれるかしら」
と支えていた頭を手放した
支えを喪った頭は重力に逆らえずかくりと頭を垂れた。
「きゃん うれしぃ いまあげるね瑠璃乃の徴♡ 」
彼はワンピースドレス着て座った姿勢のままゆっくりスカートたくし上げ
やがて下から粘っこい湿った音が聞こえた。
んんっ つめたーぃ きもちーぃぃんわぁ
「ねっ 驚いたでしょ? 瑠璃乃ね オトコノコなの
貴女のような死んだ娘が、大好きなオトコノコ。
でも外観がオンナノコよ瑠璃乃って貴女より可愛いオ・ン・ナ・ノ・コ
現世ってこんな可愛い遺体ごろごろあるもんねー
丁寧に保存までして 嬉しいわぁ〜♡
異界じゃぜーんぶ綯い交ぜだしね つまんないもん
貴女可愛いから 瑠璃乃の”お人形”になるぅ? 」
と彼はまたもや遺体の首を動かし、当然首はその通りに動く。
「そーよね 成りたいんだ お人形さんに いいわぁ 素直な娘は
瑠璃乃♡ とーっても大好き」
と言って左手から出現させた鎖で少女全体を覆う
ギチリギチリと人形サイズに強引に縮めて締め上げていく
やがて、綺麗な裸体の一体のお人形が
鎖の中から現れた。
傍に置いいた人形に向かって
「テメーはもう用済みだぜ 此処でバラバラになりな 旧くせぇメスガキめが」
と激しく床に叩きつけた
ぐじゃり 陶器製の人形とは思えない音がして砕ける物言わぬ人形
罅が入り破壊を免れた箇所からは
赤い”血”のような物が流れ出ていた。
彼:瑠璃乃の隠された恐ろしい能力は
鎖で気に入った生きた又は死んだ少女を人形に変成出来ることにあった
彼:瑠璃乃の最も幸せな時間がはじまる
砕けたお人形から服を丁寧に剥ぎ取り着せ替えをする
更に出来上がったばかりのお人形にねちっこいキスをして彼は一気に昂た。
「あぁーん 素敵 素敵 現世っていろんな娘が居るのね
お人形遊びが捗るわぁん」
とバラバラになった数百年前の少女の遺体を無表情に
見下ろし、新しいお人形をいつも通りに抱え直す瑠璃乃。
「 ......あら瑠璃乃? ......お人形”また”新しくしたの?...... 」
四階の凶行を済ませ瑠璃乃の気配を辿り遺体安置室にやってきた璃梨奈。
「うん 璃梨奈 かわいい娘見つけたら”欲しく”なっちゃった♡
”前のメスガキに飽きてた頃だから丁度良かったぜ” 」
語尾は抑えきれない男声だった。
「 ふーん それより もう異界へ本当に戻ろっか瑠璃乃
種は蒔いた 後はサキトの仕事」
「そうね ねーっ異界行ったらさ お人形ごっこに付き合ってよ ねー? 」
「うん ......いいわ ......退屈だし ......サキトが美梨の躰、手に入れるまで
......付き合ってあげる。 」
「璃梨奈って やっぱり大ぁぃ好き」
瑠璃乃はスカートの股間を膨らませ
二人は立ったまま腕を回し抱き合い黒いルージュの唇を絡ませ合い
赤い舌と黒い舌が互いを貪り合っていた。
遺体安置室には璃梨奈が来る前 ”男”である瑠璃乃と
遺体との愉しみを見てしまい、
服をそのまま残した人型の灰となった女医がその哀れな
姿を晒していた。
二人の”少女”は熱いキスを交わしたまま
今度こそ本当に異界へ還っていく、
猫が美梨の肉体を手に入れるその時まで。
佐奇森 璃梨乃 鎖軀山の異界の住人(女)
佐奇森 瑠璃乃 鎖軀山の異界の住人(男)
佐奇森 璃梨奈 鎖軀山の異界の住人(女)
次回、
奇譚ノ陸 入れ替わりと憑依のものがたり
お楽しみに