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鎖軀山(さくやま)怪異奇譚考  作者: 銀ノ杜 沙冬
4/9

奇譚ノ肆(し) 迷宮と迷路のものがたり

本奇譚エピソード以降 最終話まで(エピローグも含む)

やや強めの残酷な描写が含まれます

 ざりざりと、小石の多い田舎道を歩く一人の青年。


背は低く中性的な面立ち強いてあげれば、女性的である


彼の名は、 佐奇森 咲人 (さきもり さきと) 18歳


 彼は郷土史が好きで高等部最後の、夏休みを利用し

今歩いているのは役場を巡り、郷土資料整理のバイトの一環であった


ある田舎の、役場に訪問し

「あのう」

「はい? なにか御用ですか ”お嬢さん” 」

「いえ オレ、 ......いや ボク男性です ......こんなんですけど」


 当時の彼は五人姉弟の末っ子で唯一人の男性である

父は海外でフィールドワーク中の事故で死亡し既に鬼籍に入り

母と姉長女・次女・三女の稼ぎで人並よりは多少高収入の暮らしをしていた


 母は姉たちの援助を悦びながらも行き遅れないように

早くいい男を捕まえるようにと小言をいう、


 女系家族ならごくありがちな会話の家庭である

実際長女・次女・三女は三つ子で歳は同じで誰が一番に

いい男を捕まえるか賭けをするくらいだった。


「いいかげん 男の子がほしいわぁ」

と嘆いていた母が産んだ待望の男の子が彼 佐奇森 咲人 (さきもり さきと)だった

男子は二次性徴を過ぎると急に男子の特徴がでるが、彼はそれが非常に緩やかだった

背が低く男子の性徴が薄いしかも末っ子の男の子となると

女系姉弟のお決まりのようなもので 生きた着せ替え人形の対象にされてしまう

実際彼は学院の制服と下着以外は姉達のお下がりで普段を過ごし

母も多忙でこれを良しとしていた節があった。


 悪戯でOGでもある一コ上の姉の制服を着て行ったが

転校生の”女生徒”と思われて、とうとう元の男子制服に着替えるまで

誰も気付かないどころか、謎の女子転校生の噂で話題騒然となる程だった。


  男の子がほしいといつつ

母は実際、男性器さえついていれば後はどうでも良かったのかも知れない


 髪も今でこそ短めにしているが

天然の癖ッ毛で猫っ毛な髪は腰近くまで当たり前のように”伸ばされて”いた。

 世間でも大分LGBT(性的少数者)が浸透していたこともあり

彼を奇異の目でみる人は少数派だった。


 役場を訪れたときも彼自身、郷土史巡りするに当たって長い髪は邪魔になるといって

姉達を説き伏セミロング位の短さにしていたがそれでも女性にはよく間違われていた。


「あぁ ごめんなさいね 気にしなくていいから」

と受付の小母さんは言いてくれていたが

彼女は明らかに”奇異の目でみる人の少数派”だった。


 しかし、役場という公の場である以上個人の価値観がどうであれ

世間の決まり毎には逆らう事は出来無い。

当然履歴書は受理され、今こうして役場の臨時職員扱いの

郷土史の調査員として、大旧家の室橋家に赴いたのである。


 このようなバイトは公募は無くて役所の伝手が殆どだったが

彼の歪んだ女性への欲望を叶えるためには

民俗史を追求する必要があり、いかにもな役場に頼み込んで

こうやってバイトの口を開拓するしかない

即ち、室橋家のような大旧家がひしめきあっているいそうな土地柄が旧い役場に


 今、訪れようとしている室橋家は医学界の重鎮を多く排出してきた

群雄割拠の大旧家の集落でもとりわけ影響が大きい旧家であった。


 旧家の御多分に洩れず純和風の立派な

門のインターホンで お決まりの挨拶をする

「あのう、役場の依頼で来ました 郷土史の調査員の佐奇森 咲人 (さきもり さきと)です

電話でアポイントメントは取ってあると思いますが? 」

男性にしてはやや甲高い声をインターホンにぶつける。


「えぇ 伺っております 本日は旦那様は会合でいらっしゃいません奥様と

美梨お嬢様と義邦御坊ちゃまと私、左久山だけです

 恐れ入りますが身分証をカメラの前に」

と老齢の男性の声

「はい どうぞ」

とバーコードとQRコード併記のネームプレートをインターホンのカメラ部分に差し出して

数分、

「不躾な真似でごめんさいね 今照会が終わりましたどうぞ」

門の通用口ではく門扉が開かれた

純和風建築でもハイテクを駆使した自動開閉門扉である 

手入れが行き届いているのか軋りおん一つしない。

先程カメラでバーコードとQRコードを読み取り瞬時に役場へ

身分照会した事を鑑みるとこの旧家の規模は容易に想宗出来た。


 このようなシステムは彼:咲人も数有るバイトで数件しか経験したことがない

なにはともあれ ざりざり と先程の砂利道とは違う、防犯兼用の玉砂利の音をたてて

本邸へ向かう

今日の咲人は 地味な色の半袖ワイシャツ、生地が厚めワーキングスボンといった

いかにも学術調査員の風体であり腰までの髪は男性形式のポニーテールにしてある

「ようこそ 室橋の家へ 私が左久山です 以後お見知り置きを」

と丁寧な人柄溢れる挨拶。

初老のナイスミドルな男性が出迎えた。

「どうも 左久山さん 返す挨拶がこんなもんで」

と遠慮がちにいうと

「いえいえ 若者が慇懃無礼だと却って警戒するものです

歳相応が一番でございますよ」


 と大人の対応

「ささ 立ち話ではなんですから 本邸へ」

と促され 敷居を踏まぬように気を付けながら

今時は珍しい大きな土間のある玄関へ通された

外は夏特有で蒸し暑さだったが広いどま開放気味の居間 これまた珍しい現代風にアレンジされた

囲炉裏まであり今は勿論火は入っていない

 先程からチラチラと子供の視線を感じるが

姿は見えない

「ささ 奥の座敷へどうぞ 今麦茶をお持ちします」

「どうも お気遣いなく」

とはいったものの役場から室橋家まではかなり遠く

道端の道祖神の宗も興味の対象だった咲人は自転車を敢えて断わり

歩いて 室橋家まで徒歩で来たので実は麦茶の申し出は有り難かった。


 それを見透かされたのか、麦茶はでっかいビッチャーにたんまり入れられ

目の前のコップにいくらでも注げるようになって持ち込まれた。

うっかり ガッつくように呷ると

「まだ有りますから 御安心を ハハハ」

と上品に嗤う。


「すんません こんな髪と顔で」

咲人は、予防線を張るようにいうと

「わたくしどもは医者の家系でございますいろんな患者様がいらっしぃますから 

どんな風体でも御身分がはっきりしている以上、分け隔てなく接するように教育されております

ですが、あまりあからさまですと 丁寧にお引き取り願うことに成りますが」

と左久山氏の目は一瞬鋭くなった。


 喉を湿らせ出された桃のゼリー菓子を腹に入れひと身ごちつくと、

「ねー さくやまーっ おきゃくさんって 男の子 美梨みりにも合わせてー ねーっ」

と闊達な少女の声。

 

パタパタ

 

 障子の透かし彫りの腰板こしいた部分から白いワンピースのスカートのすそから

可愛い足に履いたフリルのソックスが見えかくれして 駆けて来るのが見える。


「これッ 美梨みりっ 大声出さない・走らないっ 女の子がはしたないですよ

それにまたワンピースですか 和服を着なさいっていつも

いつも言ってるでしょうに 大股で歩く癖がついてしまいますよ 全くだらしのないこと」

とややきつめの女性の声がそれを追いかけていた

 和服特有の衣擦れの音のせわしなさが、それを証明する。

 

「いーだ おかーさま いつも五月蝿い それにわふくはイヤー 

はしり辛いだもん」

からりと無遠慮に開け放たれた目の前に

咲人が衝撃を覚える程の美少女が建っていた。


 歳は咲人より一・三歳下くらいだろうか、やや怜悧だが大きくあどけなさを併せもつ

雰囲気を纏い 

髪はハーフだろうか、薄茶の猫っ毛で

大きな丸襟、白を基調とした青いのカスミソウの小花柄のワンピースドレス

サクランボのポンポンが付いたフリルのソックス

猫を思わせる雰囲気を纏っている そんな少女が

立って、咲人を淡い水色の瞳の目できょとんと見つめていたのである。


「あーっ女の子みたいな男の子ぉ よしくんとは違うー きれー」

とやや不躾な事を言い放った。


「美梨お嬢様っ!! 」

左久山氏が咎め、遅れてやってきた教育ママ風の室橋夫人に口をすぐ塞がれて


むーっ むーっ

 

 と

美梨と呼ばれた少女は涙目だった。

「こっちへ来なさい 今日はうんとお父様に叱って貰いますからね 覚悟なさい」

とこれが決め打ちだったらしい 急にしおらしくなった。

「ごめんなさいね わたくし 室橋 小夜 (むろはし さよ)と申します

こんな所をお見せしてしまって 近所は子供が少なくて

いつも遊び相手は弟の義邦しかいないもんだから

こんなお転婆で、見苦しいったらありゃしない。


 あいにく、夫の国広くにひろは 会合で不在でして 

先生の御目に駆けることを出来無い無礼をお赦し下さいな」

と娘とは違う漆黒の髪と瞳の室橋夫人は丁寧に詫びる。 


「ふふっ それに脅いたでしょう このね 夫方の隔世遺伝で

なんでも北欧のアイルランドの血脈だそうで、こんな髪と目で

だから少し西洋かぶれな地が出てきているのかも」

とやや侮蔑ともとれる発言をする。


「おかーさまは いつもそれいうーっ いつも みりをそーいうの おとーさまは

ぜったいに いわないもん それ”さべつ”って テレビで言って(ゆってた)よ 」

と上目で夫人に抗議する。


「咲人さん これには他意は有りませんのよ 

夫の出自を知った上で一緒に成ったんですもの 

だた由緒ある室橋の人間として

品格と知性を備えてこそ、医学界を引っ張っていけると思って

こうやって娘に敢えて 言って聞かせているのですが

真意を分かって貰えなくて」

と優しく娘の頭を撫でる。


 人柄は悪くなさそうではあるが些か時代錯誤的な物言いではあった

「あらためて こちらは 室橋 美梨 十五よ」

と小夜夫人が少女の頭を軽く下げさせると

「みり じゅうごっ 」

と慌てて挨拶を続けた。

「もうひとり このの下に弟の義邦よしくにがいますけど

今は先生の道場ところで柔道のお稽古かしら ねぇ左久山? 」

夫人は左久山氏に問う


「はい義邦よしくに御坊ちゃまは夕方まで、お稽古で御座います」

「そう 昼には忘れずお弁当を届けてあげてね」

「はい 奥様の手作りですから きっと悦びますよ

奥様はこう見えても栄養士の免状があるのですよ」

「でも おかーさまって わしょくばっか 偶にはハンバークやカレー食べたい」

「そんなことありませんよ へらず口を閉じて、夏休みの宿題片付けなさい」

「ぶーっ」

としかめ顔をするとまたパタパタと もと来た廊下へ引き返す

引き返す間際に

「バイバイ 咲人君 あとでアイス奢ってよ 役場のバイトって給料いっぱいもらえるでしょ」

とまた小夜夫人と、一悶着有りそうなセルフを吐き捨てていた。


「わたくしも、あのの宿題の面倒と夫の会合の稟議を

まとめる準備がありますので

後は左久山、佐奇森センセの不自由無いよう計らって頂戴」

いうと

「後は、この左久山めにすべてお任せを」

と 座ったまま目配せをする。


 此処にメ娘を追いかけて来た時とは打って変わって

室橋夫人は、衣擦れ音一つさせること無く奥へ引っ込んでいった。


「それじゃ ボクはそろそろ 蔵と後はえーと」

「あぁ奥座敷ですね 誰も使って居ない部屋が有ります

そこに病院史やら土地史やらがありますので

どうぞ御自由に検分なさってくださいませ 傷さえ付けなければ

お写真も御自由になさって撮ってくださって結構です。


 麦茶はビッチャーに入れて置きますので、お好きなだけどうぞ

日を跨ぐようでしたら、わたくしめに申し出てください

役場には連絡入れておきますから」

と至れり尽くせりだった。


 それから蔵の調査が済む頃に差し掛かると 

やはり、日を跨ぐことになりそうな感じである

咲人が申し出ると快く奥座敷を提供してくれた。

  

 咲人は 小机で成果を整理をしながら 視えない”何か”と話していた。

「五月蝿いな 分かってるって だから言っただろう 異界を開くには

まだオレの今の能力ちからじゃ無理だって」

と視線は小机に向けたまま一人ごちる

 咲人には誰にもまだ言えない、歪んだ女性への憧れと

もう一つ言えない秘密があった。


 その一つは、この現世うつしよと重なる幽世かくりよ

幽世かくりよに棲まう異形や化生バケモノが視えるのである

先程も夫人の首には、醜い蜥蜴の化生バケモノが巻き付いていたし

娘の美梨のスカートを掴んでいる床から生えた、屍蝋のようなぬらぬらした手が幾本も視えた

他にも天井から、


ぼたり ぼたり と落ちてくる 巨大なヤマビルに似た異形共が沢山いたが 

不思議なことに左久山氏には絶対近寄ろうともしない

こんな人間を見るのは咲人でもそうそう、ある機会ではなかった。

大抵は どんな聖職に携わる者にも一・二匹はくっついていて

中には山の様に取り憑かれている寺の僧職や、教会の関係者がいるのが

当たり前なのに。


 このように咲人には幽世いかいの住人が陽炎か

蜃気楼のように視えていた 先程から話しかけていた”猫”もそうした幽世いかいの住人である 

毛足が長く目は真っ赤ということし分からない 

それ以外は黒いモヤに包まれてたから。


 そんなこんなで計、都合三日の咲人が全ての調査を終え役場に戻るころ

咲人と美梨の間には淡い恋心が芽生えていた 尤も咲人は

歪んだ女性への憧れがその恋心の大半を占めていたが。


(あのみりが成人してからでないとな 

オレの願望の成就には、あの子供がきの躰じゃだめだ

熟したての頃がいい

あぁ早く時が過ぎろッ そうすれば美梨は”完全”にオレのものだぜ)

と心の中でつぶやくと


{そうだともなぁ だからオレ様が後押ししてやるよ

しかし男ってのはなぜこんなけったいな願望を持つんだ?

不老不死という”ありきたり”と思ったらさらに斜め上かよ  ......}

(五月蝿い だまれ)

{おっとぉ これはテメェラの言葉でデリケートな話題って言うんだっけ

おーぉ 欲望ぐらいはっきり口に出して言えよ 

ほんとはそれが、テメェのメインデッシュだろうが ハハハハァー}


(...... 。)


{ふん まぁいい これはメインデッシュの願いのおまけだ 

しっかり不老不死も叶えてやる

だが これだけは忘れるなよ 異界の穴でかくして俺等を現世うつしよにもっと

気楽に来られるようにするって約束!! }

(あぁ 分かってる それまで待て)

{そうしてやるよ せいぜいテメェがくたばらないようにしろよ 

現世うつしよのイキモンって脆いもんなぁ なぁ咲っちゃんよぉ

出てくるときは かわいい少女の姿でてきてやるよ なぁ 

そんときは ねぇ可愛がってね 咲っちゃん♡ }

と男女混声で猫は高嗤いを残し咲人を煽りに煽って掻き消えた

あとは人語さえも言えぬ、雑魚の化生バケモノがいつまでも咲人の周りに纏りついていた。


 そうした歪んだ欲望を拗らせていたのが 

若かりし頃の 佐奇森 咲人 (さきもり さきと) という

人間だった。



鎖軀山総合病院の地下、此処は地上と違い古いレンガの壁で建造されていた。


 鎖軀山総合病院の前身、明治後期から大正初期に建築された

旧帝国院きゅうていこくいん 指定鎖軀山医院していさくやまいいん

である 

諸般の事情により建物が地中に埋まり、鎖軀山総合病院を建築するに当たり

そのまま基底土台にされた過去の遺構いぶつ


 赤煉瓦が所々朽ち土壁が見えていても崩落する気配は無く

それどころか幾度の震災でもびくともしなかった

だからこそ、建物としての役割が済んでも巨大な病院を支える病院としての

役割を担わされている。


昼夜区別なく真っ暗だが、鎖軀山総合病院から”おこぼれ”で電気系統は僅かながら

生きていて 白熱球がポツリポツリ灯っていてあまり不便はない。


{なぁ  璃依奈りいな 良く聞けよ 最近なぁ”御柱みはしら”がヘタってなぁ

どうも 現世うつしよ幽世かくりよの均衡が崩れてきてる

俺様が面倒見てなかったってものあるがこれについては否定はしねぇ}

と例の”猫”


 その後方うしろをあるくのは 璃依奈りいなと”お城”の近くで璃依奈りいな

しるしを目撃し哀れな犠牲者となった幼女

幼女は既に事切れていて 璃依奈りいなに長い髪を捕まれ引きずられるままだった

既に足首は無くその切断面は鋭利な

刃物で切断されたのではなくレンガ床や荒れた床に引きずられて

”擦り切れた”状態だった。


 しかし血の跡は一切無い 璃依奈りいなのペット達が我先にと舐め回して綺麗にしていた

彼らは璃依奈りいなが敢えて命令しなくとも、ちゃんとすべき事が分かっていて

結果、痕跡が残らなかったのである。

  

「ねーっ どこいくの ”パパ” 璃依奈りいなが”お城”で遊んでいたら

急にこっち来いっていうんだもん お洋服が一杯あると思ったら 何も無いじゃない

もうこんな黴臭いのやーっ 」

と駄々をこねて、纏りついた異形や化生バケモノがざわつく

彼女? の機嫌を損ねるとこうして現世うつしよにすら現出することも

美味しい”おやつ”に預かることも出来ないのだから及び腰になっているのだ。


 既に璃依奈りいなの壊れた玩具は異形や化生バケモノが取り付き

小さな噛み跡が付くと肉が持っていかれ空中で消える。


 異形や化生バケモノが腹に入れると肉片がそのまま異界へ消えていくので

視えない者から見ればそのように認知されるのだ

さながら見えないピラニアのパニック映画のワンシーンであった。

やがて侵食は進んでいき 内蔵、骨にまで彼らの食事は進め

やがて長い髪の毛すらも異界かれらの腹へ消えた。


「なんだぁ もう食べちゃった? クソ卑しんぼめが」

と最後に男の声色とそれとはっきり分かる男言葉が混ざる

”尊”を装っているときと璃依奈りいなの時は声色は完全に

異なっていたが璃依奈りいなは昂るとこのように乱暴な男言葉が混じっていた。

{なんだって そんな”モノ”持ち込んだんだ せっかく整えた”霊脈”が乱れるだらうが}


「うるせぇ このオレのしるし見やがってよ 璃依奈オレが男だってバレたら

バラすしかねーだろがよーっ このクソ猫め!! 」

と余程激昂したのだろう乱暴な男言葉が可愛い少女の口から飛び出す

{おぉその通りだな璃依奈りいな やはりオレの見立てた通りの事をしてくれるな

ハハハァー}

と大声で嗤う猫


 動じない猫にビクリを我れにかえる璃依奈りいな

「だって璃依奈りいなしるし見られたんだもん 殺るしかないもーんっ

えへへ」

と急にしおらしくまるで”少女”の様に指を突き合わせモジモジする

既に璃依奈りいなの精神は14歳とは思え無い程、

狡猾で年齢のわりにずっと大人びていた。  


 乱暴な男言葉はまだ”尊”のとき”女の子”に成りたいという

欲求を隠すためワザと使っていた名残だったが璃依奈りいな自身それには、

気付いてはいなかった。


 璃依奈りいなは旧病院棟から”直に”遺構いぶつに来ていた

旧病院棟と遺構いぶつが完全に独立していると思われていたのは

完成図書(工事完成時の検査に際して提出するもの)上での話しで


 実際は、

放棄された旧病院棟の地下は工事中”偶然”この遺構いぶつ

大穴を開けてしまい通じてしまっていたが

それを隠蔽しようとした業者がワザと完成図書に記さなかったからなのである。


 そのままにしたことで

”土台”が弱くなったかは定かではないが、旧病院棟の寿命はほんの少しばかりの現役を終え

程なく、人が常時利用する建物としての役割を完全に閉じたのである。

  

「ねーっ ”御柱みはしら”ってなーに 璃依奈りいなに教えて 教えてー」

と先程の激昂ぶりは、あっという間に消え失せ猫にねだる 


{それは出来んな 璃依奈おまえが紗理を壊してからだな}

「大好きなおねーちゃんを殺るのぜーったい イヤーっ」

大粒の涙で必死に訴える璃依奈りいなだった猫は

{そう早合点するなよ}

「んで ろーすうの(どうするの)」

と顔を涙で濡らして問いかける。


{なーに簡単なことさ お前のペットを使って心を壊してやるのさ

簡単だろ なっ? }

とストンと璃依奈りいなの肩に飛び乗るとある策を囁く

「うん りいなかんばって おねーちゃんの心壊すね それでいいでしょ

そうしたら りいなにも教えて ”御柱みはしら” のこと」

{あぁ約束は守る}

璃依奈りいなはまるで幼子の様に猫と指切りげんまんをした。


 璃依奈りいな達の遥か頭の上 鎖軀山総合病院の特別病棟では

こんな会話がなされていた。


「後は、おれは忙しんでな 悪いがインターンの高山君が

紗理ちゃんの面倒をみることに成ったんで

まぁお手柔らかに頼むよ」


「高山 零士 (たかやま れいじ)っていいます

よろしくね 紗理ちゃん いや 紗理お嬢様かな」

とやや堅物風で髪を七三風に分けてる見た目35歳ぐらいの

男性医師を紹介され 

よくよくネームプレートをみると〇〇医大インターン

〇〇年卒見込みとあった

それを見ると彼の歳は25歳だと判明した

(うわ 老け顔だぁ)

というインスピレーションがまっさきに脳裏に浮かんだ紗理であった。


「そんじゃ 若い者同士よろしく 俺は緊急会議で 姉貴 ......いや、美梨院長の

トコにいて夜まで缶詰でな うわやべっ 姉貴に殺されるっ」

と最後は地が出ていたが彼は気づかずに病室を出ていった。


「これは、ちょっと拙いわね うちのかんかつで猟奇殺人が起きるなんてね」

とスライドに写し出されたのは


先般、璃依奈りいなの”立ち小便”を見てしまいキャンディーボックスの

詰め物と化した少女のなれの果てだった。


「中身は心臓と内蔵の”一部”後の遺体は現在捜索中

残りは警察に任せるとして

私達は、凶器や殺害方法の特定ね いいこのことは他言無用よ

何時になるかわからないけど 此処って将来、医療特区の候補地に上がっているから

スキャンダルは避けたかったけど、 

起きてしまった以上、全力で真相を解明するしか無いわね

義邦 貴男がこの件担当なさい 循環器の権威としての手腕期待してるわよ」

と言うと隙かさず

「おう、姉貴よ 任せとけ」 とバリトンの声


 辺りから思わず失笑が漏れ

「この 深刻な場だってのに 全くなんですか貴方達 真面目にやりなさい」

と美梨に叱責を受ける職員たち。


「だって 姉貴だって ねぇ 義邦センセ クマみたいに躰でっかいのに

まるで子供っぽくて そのギャップが ねぇ」

と特に若い女性職員は失笑した事を詫びる様子もない。

「全く もう」

と美梨も嘆く


 なぜなら此処の会議室は検収室も兼ねていて

皆の目の前の大テーブルは天面が硝子で

中にその被検収ブツが入る仕様になっていていた

地下の解剖室から、地上十階の美梨達がいる会議室までは

直通のリフトアップエレベーターがあり、地下から丁度舞台の迫り(せり)のように

なっていてリフトアップされてくる

狭い解剖室まで多勢で出向かなくてもいいようにと配慮と

完全に密閉されているので”におい”も漏れない。


 この病院独自の設備であり、これは美梨が若いインターンの医師達の為に

考案したものだった


そんな場なので、少なくとも”笑い”が起きる場ではない。


 しかし、此処は病院で警察物件の検収ブツも数多く運び込まれる

このくらいの”惨状”程度では医学大上がりだと誰もびくともせず

及び腰になろうはずがない。


 そのつわものの中で酷く怯えていたのが名指しこそ無かったが

先程おもわぬ失笑で

叱責を受けたインターンの若手女医の卵

東雲 汐織 (しののめ しおり)その人だった。


 彼女は、代々医者家系であるが本人の志望は別だったが

感じる家の重みは昔も今も同じであるしかも、彼女は特に

無医村出身で人一倍期待を背負わらされていたのである

だから、今一つ真剣に慣れず緊張感をほぐす意味でつい周りに釣られたのだが

その加減を忘れて大声を出してしまったのである。


 彼女が笑いで誤魔化すほど怯えていたのは

目の前の硝子テーブルに収まっているブツが

出身の村で見たある狂信者の犯罪事件に酷似していて、 


 当時、現役だった汐織の父親に連れられ無理やりブツを見せられた時から

軽いPTSD(心的外傷後ストレス障害)に罹患し医者の卵が

逆に心理科に通う羽目になり、更に世間体か、

それとも旧態依然とした封建的な父の性格からか、激しく折檻されたこともある。 

 

 しかもいまだ犯人が捕まって居ないということで

実の所、内心ビクビクしていた

さらに間の悪い事に此処での担当科は循環器科だったのである。


 当時背の低いまるで”少女”のような男という目撃談しか得られず

捜査は難航し検挙率八割を誇るこの国で、その未解決の残り二割に入ってしまったのは

警察でも忸怩じくじたる思いがあっただろう


「美梨さん、分かっているでしょう 我々しても看過出来んのですよ

一度 ホシを逃しちましているからー 今度こそ頼んますよ

時効制限無効制度前ですし 法律不遡及の原則が有りますからね

もし万が一同じ(ホシ)だったらですね

何と言うかですね (ここオフレコでね と前置きして) 前の分も含めてねケリ付けさせて

しっかりとね貰いますんで ホトケさんの死亡報告書きっちり頼んます

なぁに この世のモノである限り逃しはしませんて そんじゃよろしく」


 こんなやり取りを つい 東雲 汐織 (しののめ しおり) が

廊下で聞きかじってしまった後だったのである。


 と天然の癖ッ毛で長身痩躯の男性刑事 異忌 宗広 (いき むなひろ)氏が渡した

名刺には ○○警視直轄 特別分室 異現象対応室 所属 とある

「あぁ これですか 気にせんで下さい 我々は 人でないモノも扱ってるんでね

でも専門家の先生の出番の無いようにしてらいたいもんだ

ちゃんと首に縄付けてしょっ引げたら 私ら人相手の面目も保てるってモンですがね ハハハ」

と意味深な話しをする。

彼は終始、目を走らせていたが 空間には”何も”視ることは出来なかった。


 異忌刑事はそのまま 此処、特別区劃から一般区劃へと消えていく。


「おっと ごめんよ お嬢ちゃん 君 美梨さんの娘さん? 」

辺りをきょろきょろしていた  異忌刑事がぶつかったのは、退屈凌ぎで散歩していた

紗理だった。

「あっ 刑事さん お仕事ですか? 」

と猫っ毛の淡い茶色の髪が泳ぐ。

「そうだねぇ 僕等が病院に来る仕事ってね 大抵ホトケさん目当てでね

あっ ......っとこの場じゃ失言だったね 美梨ママさんにはナイショにしてくれないかな

此処は一生懸命生きたいと願う人達の場所だからね

職業柄ついね 出ちゃってね 赦してね」

と丁寧に自分の失言に対して詫び余所見でぶつかったことにも非を認める

出来る男だった

それじゃこれ奢りねと院内の自販機から

オレンジジュースを買って貰う。

「美梨さんに宜しく あぁ それからあと 紗理ちゃんの周りで変わった事無かったかな? 」

「いえ 何も。 」

「ならいいんだ じゃね」

と彼は何が気になるのか、せわしなく辺りを気にしていたがそのまま階下に降りていった。

でも彼は去り際に 「変な事があったら”逡巡わずに” この番号にかけて

これ ボクの直通ね

と○○警視庁の代表番号にアスタリスク三つのあと5桁の番号が有り井桁シャープのあと

さらに五桁の番号が記されていた。


システム構築した経験のある紗理には、これが機密通話番号であることを即座に理解した。


 ゆっくり下るエレベーターの中で

(此処の異形は濃いなぁ 病院なら大抵はいるもんだけど

此処のは更に”異状”だ あぁ このボクでさえこんなに瘴気に障って

辛かったのに あの紗理よく平気でいたなぁ 首の周りに

びっしりと ヤモリ型の異形が張り付いていた それと髪にも黒いジャコウアゲハのような

異形が留まっていたし つい手を出したく成っちゃったけど

また”冥府ネキュイアの番人”の連中に怒られるしなー 

あんなまで侵食されているんなんて、事が起きてからでないと行動出来ないなんてねー

全く こうした自分の立場を呪うしかないね)

と愚痴る。


 彼、異忌 宗広 (いき むなひろ)は足元に這ってきた 

肉色で体中吹き出物だらけで膿を時折吹き出たせながら

頭は奇形児ような蜥蜴を数匹 足でぎちゅりと踏み潰す。

黄色い膿と赤い体液と生臭く黄色いあぶらがはでに飛び散り

慣れている宗広でさえ吐き気と生理的嫌悪感は禁じ得なかった。 


 彼の目には床は蜥蜴が体液を撒き散らしているように視えていたが、勿論実際の床は

綺麗で普通と変わりなくウィングチップの爪先がカツンと当たっただけのように見える。


もし、同乗者がいたなら不思議な所作と、とられたに違いない


途中、同乗した上品そうな老夫婦の腕にも人間や爬虫類の目玉が出鱈目に生えていて

ギョロギョロ動かして  その中には宗広と目が合った時ウィンクまでするモノもあった。


 夫人の頭には醜い餓鬼のような小鬼がたかって 盛んにナイフやフォークの様な

食器を突き立てるもの、スプーンで脳を穿ほじくり出そうと躍起になるモノなどがいた


 旦那らしき耳には一糸纏わぬ女型の異形が盛んに耳を舐めている

「アナタ 最近頭痛が酷いのよ 脳血管外科のセンセや脳内科のセンセも

匙なげそうなんだけどセカンドオピニオンに行かないでくれって

どうしても 鎖軀山総合病院うちで診させて下さいって

少しでも実績積みたいんでしょうけど病院も大変ねぇ 

御蔭で検査入院費いらないって 全部こっちで費用持ちますっていってくれたわ

ふふ 年金が浮いて助かるわぁ 」

と老婦人は頭を撫で擦る

「あぁボクもだよ 両耳を診てもらったんだけどなんでも滲出性中耳炎とかでね

 水を抜いても抜いても溜まるんだよ それで君とついでに検査入院って

三食昼寝付きと思えばいい機会だよ 

よいこらせっと」


と腰を叩いていたが彼の腰にも蛇の異形と魚の異形が纏りついていた。


 宗広に言わせれば九割九分九厘は医学的な病気だが残りの一厘は

この老夫婦の様に”異形ばけもの”が障るのが故障(医学的な病気)の切っ掛けなのだ

そういうものなのだと幼い頃から確信していてそれが確証に変わる。


 宗広のまなこにこんなに、 ”はっきり”と異形や化生バケモノが視えたのは

此処、鎖軀山総合病院が初めてであった。


 宗広はこうしたのが幼い頃から”当たり前”に視えそれに干渉出来た

その能力ちからを買われ代々、異現象感応者れいのうしゃ輩出し

 

 その一方で、

引き取った、多数の幼い生娘を人柱や人身御供ひとみごくうに提供してきた

とそんな黒い噂が断えない異忌家いきけに婿養子として

なかば強引に引き取られている過去がある。


 異現象感応者れいのうしゃとしての能力ちからを、否応なしに磨かされて

今以もって、旧姓を名乗る事を禁忌とされて現在に至り

ここにこうして大病院のエレベーターに乗って

いたのである。


(そう言えば廊下にも、異界の侵食の先触と言われる

ユリの様な花の中心の雌蕊めしべに当たる部分が指の 通称:手招き草が

群生して盛んに クニクニ 手招くジェスチャーをしていたっけ

冥府ネキュイアの番人” 共が出張るのも時間の問題かなー)

等と他人事の様に考えていた。


 癖のある髪を同乗者が居るにも拘わらずワシャワシャかき回す。

それにあの紗理さりってすごく危うく繊細な神経の持ち主だなと

長年の異形相手の荒事を経験してきたむなひろはそう直感した。  


 美梨は  特別分室 異現象対応室 とやらが気に成って 

当該 ○○警視に問い合わせたが


「あぁ 異忌 宗広 (いき むなひろ)ならちゃんと 我が国の警察に属しているがね

真面目でいいやつでしかも優秀だ、実績もある。

身分は保証するよ


 でもまぁ ......その ......なんだ ......そういうことだ 

これ以上は更に大人の事情ってヤツよ

察してくれると 後々の鎖軀山の医療特区の件 口添えもやぶさかじゃないんだけどなー」

と老配らしい男性の声が 代わりに電話口で応答した。

暗にこれ以上、詮索するなということらしい 美梨は美味しい”くちぞえ”を

目の前に散らつかされて 温和しく

「えぇ 分りましたわ 当方としても役目と義務を果たすだけですから」

と 美梨にしては珍しく顔を蹙めて 通話を終え

「まさか あの男が出張ってきたんじゃないじゃ無いでしょね

しばらく 忘れていたのに 全くもぅ」

と愚痴をこぼしていた。


 実は、美梨は 彼の”特別分室 異現象対応室 所属”の名を見た時

ある事がまっさきに脳裏に浮かんだのだが、にわかには

信じられなかったのである。


 むなひろが肉蜥蜴を踏み潰したちょうどその時、遥か遥か地下で 

「くそぉぅ おれの可愛い肉蜥蜴にくとかげぇ よくも殺しやがったな 

ゼッテー この璃依奈りいな様がゆるさねーからよ 覚えとけよ 子僧」

と臆面なく”男”を全面に出した璃依奈りいなが カジカジ と

激しく爪を噛んでいたが仕草は完全に見た目通りの可愛い少女だった。


璃依奈りいなッ}

と猫に咎めれて慌てて顔を真っ赤に染めて、慌てて両手で可愛く口を塞ぐ璃依奈りいな

璃依奈りいなったら つい乱暴な言葉使っちゃったえへっ♡ 

でも 今、璃依奈りいなはすんごく機嫌が悪いのよ ペットぉ 殺されたら

誰だって怒るでしょ? だからね

あの怯えているおねーちゃんから殺っちゃっていい ねーっパパぁ? 」

{あぁ いいとも まずは周りから外堀を埋めるんだ

恐怖は恐怖を呼ぶ、原初の感情は異界との境界も曖昧にさせるからな}

と指南し何処と無く、衒学的な猫は相変らずにんまりと微笑むだけだった。


 丁度その時、全面”有機エレクトロルミネッセンス”パネルの天井が

まるで壊れた蛍光灯のように激しく明滅を繰り返した。


 旧来ののLED照明にかわり今は、照明ムラのない

”有機エレクトロルミネッセンス照明”採用

の会議室で墨流しのように照明ムラが起きたのである。


 この会議室は検体の検収にも使われる場であり高明度の

医療用”有機エレクトロルミネッセンス照明”を採用していたが

この会議室のみならず鎖軀山総合病院では正確な診断が下せるよう

100%の採用率だった。


 その医療用の高明度・高輝度の”有機エレクトロルミネッセンス照明”が

急に照明ムラを起こすなんてありえない”昔”と違い今は、10年以上は

ムラが起きないのが普通でありしかも去年交換したばかりだった。


 遂に全てが消え窓が無い会議室が一斉にまっくらになる。

点いて、るのは僅かな非常灯のみ


 一斉に電子ロックが、アクセス不可になり

室温が急激に降下 真夏だというのに息が白くなる 

カチカチ と歯の根が合わない 

誰かの悲鳴を切っ掛けに嵐のような風が吹き荒れた ーー。


いやーーッ!!


 普段は冷静で理知的な医師達も自分達の頭で理解できる範囲外となると

そうはいかない。


悲鳴・怒号・嗚咽が入り乱れる


 パパッと 時折フラッシュする照明の中汐織しおり

垣間みたのは 凄惨な光景だった。


 汐織しおりはこの時はっきりと”視た”のである

硝子のテーブル内の検収物である”心臓と内臓”が

キャンディーボックスから”這い出て”来るのを。


血管や内蔵をまるで手足の様に動かし 千切れた血管を張り巡らせて行く


.................. っはっ!


そしてそ”それ”が汐織しおり を”見つける”と

千切れた血管が触手の様に蠢く

分厚い5センチメートルもあるアクリル強化硝子の継目のパテを

無理やり押し退けて ...... ...... そして 汐織しおりの顔に取り付き

口から無理やり体内に 潜り込んでいく


げぇ ......かはっ ごぼごぼっ 


 激しく嗚咽してもお構いなく体内に侵襲しんしゅうする異形

それは、正常な細胞を食い尽くすガン細胞のようでもある。


遂に、意識が途切れ汐織しおりは暗闇へと

墜ちていった。


「 ......おり ねぇ ...おり 汐織しおりっ」

遠くで誰かの呼ぶ声で 汐織しおりの意識また 現実リアル


「もーっ どうしたの ”停電”であんなに取り乱して気ぃ失うなんて らしくないよ」

と同僚にで同期の 晴海はるみが声を掛けた。

「て・いで ...ん」

うつつに戻った汐織しおりは出す第一声のセリフはこれが精一杯だった。

 

「そっ 何かね配電盤がねどうたらでね、電気が落ちたらしいわ

直ぐ、自家発に切り替わったけど? 」

「けっ 検体は! 」

「あぁ あれ 検体は現在いま美梨さん達でデスカッション中   

首脳陣も結論が出なくて紛糾中ね」

「今更だけど ここ何処? 」

「病院宿舎よって言いたけどね 一階の仮眠室かな」

病院宿舎は本院の直ぐ横に、併設され渡り廊下で接続されているが

一旦、IDカードを通すと早退扱いになり

給与が減るうえ以後72時間は出勤出来無い。


 これはこの鎖軀山総合病院の労働規定で、過酷な勤務が続きがちな

医師達を健康被害から守る為無理やり休暇扱いにするためであり

当然、シフト勤務も急遽AIで自動で組み直されシフト仲間に通達もされるが

シフト予定をかっきり組んでいたのが、狂うのだから心象も悪くなるというものだ。

あまり、早退が重なると今度は給与査定にまで響いてくる。


同僚の晴海はるみはこの事を考慮したのであろう。

「だいじょうぶ 勤務扱いだから 心配しないで ねっ? 」

と優しく声を掛けてくれたが この時、汐織しおりの心は既に壊れていた。


「ねぇー ”摩耶まや”の躰はどこぉ? 気がついたら しんぞうとないぞうしか 無いの

ねぇってば」

と聞き覚えの無い少女の名を叫び血相を変えて 晴海はるみを組み伏せる

汐織しおりの筋力はとても女の筋力とは思えない

慌てて 錯乱した患者から身を守るため 医師必修の護身術で対抗するも

相手がそれを勝った。


「やー めー てぇ 汐織しおりちゃん どうしたのーっ? 」

と言うも完全無視。

「ねー お腹みせて もし心臓と内臓が無かったら これ ”摩耶まや” のだもん」

とまるで幼女のような喋りでおねだりする汐織しおりは、瞳に理性の光はすでになく

カエルを遊び心で解剖する無邪気な幼女そのものだった。

 

 とどこからくすねて来てたのか

替え刃メスを 頸動脈に一閃 大きな扇状の血飛沫が白い壁に弧を描く。


ーーーーーっ かはっ 

と声にならない声


「し・お ちゃ...... ......ど ......して 」

ごぼごぼ 自分の血に溺れながらもかろうじて声が出て

これが最後だった


 なおも、汐織しおりの狂態は続く

「んー? ”摩耶まや”は”摩耶まや”だもん 汐織しおりという お名前じゃないもん」

と可愛くぶすくれる。

 

 既に白衣の下のブラウスは剥かれてブラは毟られ双丘があらわになっている

馬乗りになった汐織しおり 

薄茶の腰くらいまであるウェーブヘアー

を振り乱し理性を喪った童顔が嗤う。


「あはーっ 晴海はるみちゃん ”摩耶まや”よりおおきなお胸

くやしーっ えい取っちゃえ」

と 今度は両の双丘のアンダーバスト部を半月状に一閃     

お碗状の肉塊が剥がれる。


 そして 正中を一閃晴海はるみは縦に裂かれ”内臓”が溢れる

上部には肋骨の下には同然だが心臓もみえるが微かに

蠢動しゅんどうをしている

器用に手で肋骨を外す汐織まや

「うわ〜ん これ 摩耶まや じゃない 摩耶まやじゃないーっ

ねぇ これってかくれんぼなの そうだよね

だったら 見つけてあげないと 摩耶わたしの躰ぁ〜♡ えへへ」


 とシャワーで動揺もせず、返り血を洗う すでに替えの白衣の下は

可愛い子供服のようなデザインのバラ柄ワンピースドレスにペチコートを着て

大きなフリルのソックスに赤いリボンツーストラップパンプスだった

これは全て誰もが知る汐織しおりの私服だが今では、却って不気味さを彩っていた

遺骸は丁寧にベッドにのせ

布団を掛ける。

「ごめんね 晴海はるみちゃん 中まで見たけどやっぱり貴女じゃなかったのね

ゆっくりお休み(おやしゅみ)になって」

とぽかんと開いた色あせた唇に濃厚なキスをする


んんっーっ んんっ

 

晴海はるみちゃんとってもだいすきよ バイバイ♡ 」

 

 だらしなく開いた色あせた唇、命を喪った瞳は大粒の涙を浮かべたまま

ぽかんと天井を見つめていた。


心を喪った汐織しおり は”躰”を求めて 院内を彷徨う。


「それにしても、”停電”なんて珍しいわね まぁ若い新人には経験無いかもね

もう少しね 度胸を付けて貰わないとね

今 どこかしら? 」

「今、晴海はるみちゃんが汐織しおりちゃん連れて仮眠室です

暫く一緒に居たいと」

「そう あんなに”大声挙げて泡吹いて昏倒

晴海はるみちゃんも昏倒したど

すぐ目、覚ましたけどまぁ大事を取らないと

今回は特例でいいでしょう

勤務扱いにしますから事務よろしくね あと二人のシフトは? 」

と院内電話でやり取りする美梨。


「えーっと 二人とも、幸い明日から72時間、”休暇”ですね

今夜の分はどうにか成りますよ シフト仲間からは

ぶーたれられるでしょうが」

「まぁそれはしょうがないわね わたしも経験あるもの」

「へぇ美梨さんも」

「そりゃそうよ わたしだって人間だものね」

「あー それと例のブツの遺伝子バンクからの照会とれました

異忌いき刑事が裁判所に口添えしてくれたみたいで

今回は早かったですね 後でメールで美梨さんの端末に

情報送ります。 」

そこで電話は切れた。


 美梨達の時代では国民全員が遺伝子登録が義務付けられていて

こういった事件のときのみ裁判所の承認で情報の”照会”が可能になる

時間がかかるのが難点ではあったが。


端末の匿秘情報に寄ると、心臓の内臓の持ち主は

如月 摩耶 (女) (きさらぎ まや) 10歳 とある

身元は分かったが病院は警察

ではない

身元ではなく ”死因”を探るのが病院ここ

役割である。


 その時、美梨に緊急内線がかかって来た

心を喪った汐織しおりが5人目の”躰”を探した後である。


「非道い なぜ晴海はるみちゃんがこんな目に」

現場に駆けつけた美梨。


惨状を目にして上手く言葉を紡げない。


 死因ははっきり分かる。

その上で手を下したのは誰か頭では理解していたが

認めたくはなかった。


 直ぐ異忌刑事に連絡を入れる美梨

「あぁ 分かった 直ぐ次の駅で折り返す、証拠保全の手順は知ってるな

ホシに心当たりがあっても下手に動くなよ」

「えぇ ホントにごめんなさい」

「なぁに 気にするなって」

と此処で通話を終えた。


 一方、電車の中で異忌刑事も美梨に連絡を入れていた


「美梨さんか 何か変わった事無いか」

「何かって? 」

「あっ いや こうなんて言ったらいいのかな

天気が悪くなったとか 嫌な気配が漂っているとか? 」

「いえ 何もそれより今会議中で貴方の”案件”の検収中よ

いくら刑事だからって 弁えて貰えないかしら」

ときつい返事。

「済まなかった 何事も無ければそれでいいんだ

後は、大人しくするよ」

「そうして頂戴。 ではね」

とやや乱暴に切られてしまった。

「まずったなぁ 俺嫌われたかもしんねぇ くそっ 今日は自棄酒やけざけだせ

と洋酒のポケットボトルを一息で呷った。


「ねぇーっ どうだった どうだった? 異忌刑事のモノマネ

と美梨ののモノマネ

完璧だったでしょ? ねー? 」

と猫に向かって

とはしゃぐ 石山 志津恵 (いしやま しずえ)

佐奇森のお使いさんである。


 中年の肥えた女性で近所の小母おばさんっぽい雰囲気を纏ってはいたが

声は若い少女そのものだった。


璃依奈りいな と 猫しか居ない 地下で 甘えるもう一人の

”少女” その声は中年の 佐奇森のお使いさん 石山 志津恵 (いしやま しずえ)から

発せられていた


{どこにもぐり込んでいたかと思ったらそこかよ 早くそのダサい皮ぬげよ}

と猫。


「今はイヤ だってまだ時期じゃない 

それにもうすぐ此処に お仲間が来るんですもの

ねぇ 汐織しおりぃ? 」


「んーっ 汐織しおりじゃないもん 今は”摩耶”だもん 汐織しおり

中で おねんねしてるもん」

と胸を指す。


「ねーここどこ? 躰探してたらここにキチャッタの」

と白衣を返り血で真っ赤に染めた汐織しおりがあどけない表情で立っていた 

私服には一切血に染った箇所はない


「ねっ ”摩耶まや”ぁ 汐織しおりを起こしてくれるよね」

志津恵しずえが言うと

「うん ”おねーちゃん” の言う事なら聞くー」

行ってうなだれると直ぐ首を直立させ

こう言い放った。


「お初です ”リリノーシア”様 私、インターンの東雲 汐織 (しののめ しおり)と申します

如月 摩耶 (きさらぎ まや)をこの身に宿した瞬間

全ての真実が視えました 

今こうして此処きたのも何かのえにしでございます

今一つ貴女様のお力添えに成れることをお赦し下さるなら

この身全てを貴女と貴女様の盟約者に捧げます。

どうか貴女様の祝福を」


 東雲 汐織 (しののめ しおり)には中年女の皮を被った

美しい ”少女:リリノーシア ” が重なるように視えていた。

「いい答えね 此処にいる猫ちゃんと今はお城で遊んでいる”璃依奈りいな”に

仕えなさい そうしたら貴女に関する記憶はすべて関係者から消え

貴女は化生バケモノになるの それでも良くて? 」

「望むなら ここにキスしなさいな」

「はい ”リリノーシア” 様の仰せのままに」


 とダサい肥えた中年女石山 志津恵 (いしやま しずえ)は

野暮ったいワンピースをたくしあげ 忠誠を促す

傍の古い椅子に腰かける

汐織はそのショーツも履いていない


くちゅくちゅり んーっ あぁん 

あぁ 貴女様の証をこの口に ......んっんぁーっん


 化生バケモノ:汐織は

股間に傅き顔を埋め、微かな水音共に長い長いキスをした。


 この瞬間 東雲 汐織 (しののめ しおり)は記憶はすべて関係者から消え

異界の化生バケモノとなった。


 一つは可愛い少女趣味なインターンの女医東雲 汐織 (しののめ しおり)、

循環器の知識も医師としても比較的優秀で眠っていた加虐嗜性愛を目覚めさせた

女医。


 もう一つは常に”心臓と内臓が無い”喪った躰を常に探している

平気で凶行を働く幼女 如月 摩耶 (きさらぎ まや)

特に 如月 摩耶 (きさらぎ まや)は心臓と内臓に異常な執着を示す

とても危険な”人格しょうじょ”だった

 

そして、その二つの人格を併せ持つ忠実なメイドが今ここに再誕した。  


 再誕後、東雲 汐織 (しののめ しおり)の記憶はすべて関係者から消え

事件は、集団自殺による轢死れきしという扱いになる。


「美梨さん 今回はお気の毒でしたな

まぁ 我々地元警察としても動機の解明は急ぎますがね

内心ってのはですね 中々出来んのですよ 明け透けにするってのがね」


 と現場の”裏手”の杜の一角、 角礫岩かくれきがん黒耀石こくようせきの破片が散乱している

”血痕”も無い”現場”を検証していた刑事がこう

美梨に告げる


「えぇ ご家族の希望ですので

三人は仏式で残る二人はキリスト教式と神式でお願いします

その後、御遺族には火葬して 御遺骨を引き渡しますので


 それと、費用は当院で全て持ちますので」

「えぇ お気遣いどうも でもね、なんかね俺達”狐狸こり”の類に化かされて

いるんじゃないかもと思うんですよ。


 こうね なんかふわふわーっとした感覚が付き纏うんですよ

まぁ 今時”狐狸こり”の類に化かされるなんてことが

あるとは思いませんが ハハハハッ」

と鋭い目つきの老刑事はそう言って頭を掻いていた。


 美梨もこの老刑事のような、ふわふわーっとした感覚が付き纏っていたが

何も確証出来るものも無く、無理やり頭の隅に追いやってしまった。

こうして、鎖軀山の地は異界の欺瞞の霧に覆い隠され

侵食されていく。


次回、

奇譚ノ伍 贄と人柱のものがたり

お楽しみに 

後で、語句のニュアンスの変更はあるかも知れません


2019/08/06 東雲 汐織 (しののめ しおり)の挿し絵を追加しました 

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