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鎖軀山(さくやま)怪異奇譚考  作者: 銀ノ杜 沙冬
3/9

奇譚ノ惨(さん) 魔窟(まくつ)と巣窟(そうくつ)のものがたり


「あーぁ 明日からまた仕事かぁ」

「へへーん 社会人さんは忙しいねー 気の毒だねー」

と母娘とは思えない会話。


 医療観光都市 鎖軀山市さくやましの目抜き通り

通称:脊髄通り

何故こんな変な通り名かと言うと鎖軀山総合病院を頭に見立てて

緩やかな一本の大通りが丁度脊髄の如く隣接の都市に繋がっているからである


 鎖軀山総合病院の裏手は鎖軀山があり、リハビリ用のサイクリング道路

適度な運動負荷がかかるように設計されたゆるい坂道等が沢山あった

裏手の鎖軀山は度重なる災害でも一度たりとも崩れたことがない

奇跡の山としての別名もあった。


 そのふもとに抱かれるように鎖軀山総合病院があった

さらに長期入院の病男病女のためのレクリエーション施設・サナトリウム施設まで

完備されている


 そんな脊髄通りを美梨と紗理はショッピングを愉しんでいた

弟の尊は、

「女とは一緒に歩きたくねー」

等といち早くどこかへ出かけていて 今は女二人である


 最近、たけるは家を空ける事が多くなった半日以上家の中で

ゲームをしているよりは

健康的なのだがが何をしているのか、さっぱり分からない


 近所の同年の男子に聞いても、

「あぁ尊? 最近見ないな あいつ超大金持ちじゃん 

俺等もさ声掛けづらくってさ あんま一緒に居ないんだよ 

いっつも虫取り網もってから

旧総合病院棟ボロびょういんへ通っているのは知ってけどよ」

同年にしては躰が大きい いかにもガキ大将的少年:久我山くがやま まさる

は嫌味たっぷりの目をこさえて美梨に答えた。


 久我山くがやま まさるは久我山整形クリニックの院長久我山くがやま 剛三ごうぞう

の跡取り息子でもあり美梨の業敵ライバルの息子でもある

久我山クリニックはあと他に、剛三くがやま ごうぞうの妻と双子の娘がいて

何かと美梨にとって嫌味な一家であった。


「そう もう一つ聞いていいかな」

「じゃぁ 情報代だちんくれよ あんた紗理だろ アイツのねーちゃんの? 」

ガキ大将みたいな男子がすかさず美梨ではなく、紗理に手を出すと

他の皆もそれに倣う。


「それは良くないわね 小汚いオトナの真似するんじゃありません」

と美梨が割って入る

「うへっ 院長センセだー おれのとーちゃんとかーちゃん彼処で働いてるんだぜ

久我山クリニックって院内クリニックの重鎮だぜ なぁ 今は

美梨こいつの傘下だけどよぉ 何れオレのとーちゃんが

天下取るからよ お前らもたんまり怪我しろよなぁ おれのとーちゃんが

診てやるから 安心しな それと

なぁオレのおれのとーちゃんとかーちゃんにさぁ

もっと給料出してやってくれよ それで勘弁してやる」

などとオトナ顔負けの言い草なまさる 親も親なら子も子である

聞き捨てならぬ言葉も平気でのたまう

傲慢で鼻持ちならない性格はそっくり引き継がれていた。


 美梨の方針で巨大な総合病院内に、優秀なクリニックを

店子として入れて利用者の便宜を計っていていた、

その院内の久我山 整形クリニック 久我山くがやま 剛三ごうぞうは手汚い政治手腕で

美梨の斬新で画期的な医療計画を尽く邪魔してきた、

自分では対案も出せない いわゆる ”老害” であった。


「じゃぁ 情報代出したらさ 教えてくれるの? 」

と美梨も負けじと言葉の応酬である。


「おうとも ブシに二言はねぇ」

などと二の句を継ぐ暇なく言葉の応戦をしてくる。

「じゃぁ まさる くんの親御さん 路灯に迷わせちゃおっかなー

私の一言でさ」

とまるで子供の口喧嘩の返しのように言う美梨

「あー 権力横暴オーボー 権力横暴オーボー 

司法長官しほーチョーカン

言ってやるー 言ってやるー」

と訴える先を間違っているのも知らずに囃し立てる。

美梨は”厚生庁”の管轄で任命承認されており

仮に、美梨の”横暴”を訴えるとしても全く見当外れであった。


 何時になく厳しい目で睨む美梨 先程の言葉は医者としては

やはり看過出来無かった 無言の圧力をくれてやる。


 怜悧な目付きが更に、鋭くなりまさるもさすがに気勢が弱くなった 

「しょうがない オヤを盾に取られちゃいうしかあんめぇ」

とテレビっ子が真似しやすいセリフで茶化すまさる

旧総合病院棟ボロびょういんでさ 珍しい昆虫が捕れるってホントかな? 」

改めて問う美梨。


「あぁ 珍しいというか ツノが二本あるカブト虫や

オスメス合体した 交尾じゃなくてよー 頭がオス、ケツがメスのカブト見たって子ならいるぜ

オヤに見せたら それ奇形きけーっていうんだ って言ってた

気味悪くて直ぐ捨てちゃったけど」

本当に気味悪そうな顔のまさるだった。


「彼処には わんかさいるんだって」

と一緒にいた女子 沙也加さやかも明らかに嫌そうな顔をする。


 医者の関係者が例え子供でも、奇形を薄気味がるのは 

将来の差別意識に発展するのでどうかも思ったが

そのモラルを今、子供に求めても無理であろう。


 妖怪や異形の化生バケモノと医学的な”奇形”を同一視してはならないのは

医者として当然の考えだった。


 奇形なら廃棄薬物の影響かも知れない

自然で発生する奇形生物の割合はそんなには多くない

それが”わんさか”いるという。

 

 美梨は一度ちゃんと旧病院棟が生物学的調査の必要ありという主旨の稟議を

携帯端末で素早くまとめ総会のアドレスへ送信した。


「やはり一度調査は必要ね でも尊ったらどうしてあんなにこだわるのかしら」

と独りごちる。


 年頃の少年の心は同性ではない以上

心理傾向が掴みづらく美梨は母子家庭の限界を感じていた。


 結局、まさる達おねだりコールには勝てず

女子には大粒の生イチゴをメイプルシロップに浸けた物を

高級チョコでコーティングしたお菓子一粒を

男子にはトレーディングカードの十枚入りパックを

買い与えた。 

「うわー  院長センセが ワイロ配ったぞ 贈賄ぞーわいだー」

等と囃し立てまさる達は去っていく。


美梨は、業敵ライバルに負けたような媚を売ったような嫌な気分になり

思わず顔を顰めた 


 稟議を送信したものの、巨大組織のさがで、きちんと稟議それが総会で通り

承認されなければならない。

時間がかかる案件に、美梨はまた厄介事を抱える事と相成った。



「ぜーったい  璃依奈りいなのお城潰させないんから

今にみてらっしゃい それにあの小僧 よくも、おかあさまを困らせたわね」

と最近は昼も堂々と頭の上から足先まで完璧なゴスロリ姿で出歩くようになった 

璃依奈たけるは、

親指の爪を悔しそうに噛み路地の裏へ隠れ ”お城” へ戻ろうと

根城の旧総合病院棟へ向かう途中だった


{ちょっと待ちなさい璃依奈りいな

と呼び止めるモノがいる 男女混声で性別は分からない

「だれ? この 璃依奈りいなを呼び捨てる気? 」

と意気込んでも単なる女装した少年に特別な能力ちからがあるわけがない

生意気は言っても足は震えていた。

{ねぇ こっちきて}

と誘われるがまま璃依奈りいなは姿亡き存在についていく

そして、旧総合病院棟の裏手にある小さな祠がある場所に辿り着いた。


 隅から隅まで、場所を把握しているはずの

璃依奈たけるですらこんな場所は初めてだった

崩れかけたちいさなお堂 中には黒い光沢の黒曜石状の石が祀ってある

{ねぇ あの小汚い紙はがしてよ そうしたらさぁ もっと 可愛くなれるのになぁ}

と怪しく誘う声。


 彼の家庭は祖父母達が居ない核家族で育ち

凡そ”罰当たり”や”祟り”などとは無縁の環境で育った現代っ子である

故に、オフダが宗教的な意味合いを持つモノとしての知識はあるものの

”可愛くなれる”の誘惑には勝てない。


 璃依奈りいなは”尊”を完全に喰ったが知識の根底は

あくまで尊ベースである したがって物事の価値観も尊ベースだった


 今の璃依奈りいなは生まれたてのようなもので

尊プラスオンナノコ要素くらいしかないので

このような浅慮な行動に出たのである。 


「それ ホント? 璃依奈りいな可愛くなれる? 」

とお洒落に餓えていた璃依奈りいなは迷わず紙を剥がす

その瞬間から璃依奈りいなには本物の能力ちから

備わり、ますます少女性が強くなってくる。


 ニヤリと嗤う黒いルージュから淡い紫の霧が洩れる

「ふふ あとは時が来るのを待つだけ ねぇ? 紗理おねーさま

あぁん おねーさまも早く異界こちらへいらして 璃依奈りいな璃依奈りいなって

呼んでほしいわぁ もうぜったい”たける”なんて男の名では呼ばせませんわぁ」

と鳶色の瞳に怪しい紫の燐光を灯らせ旧総合病院棟の

根城に入って行く璃依奈りいなだった。


 それをみた”猫”は、

{やっと一人仕上がったか あと佐奇森の女二匹かさてどちらのにくたいにオレの魂を

移すか もーちっと見極めさせてもらうとするか そのために血筋と

繋がりを創ったのだからな

あぁ俺様もはやく女の肉体ってヤツ味わいたいぜ 今はまだ”猫”で我慢してやる

そのためにあの女にわざわざ殺されたのだからな おっ人が来やがって

此処は猫のふり 猫のふりっと}

と男の声で一匹ほくそ笑んだ


{にゃーおぉん  にゃーおーっ}



「あらかわいい猫ちゃんね どこの子かしら? 」

一人の肥えた女性が目を細める。


 その時の”猫”は佐奇森家で度々目撃され且つ、美梨の脚に纏りついた猫と

非常に”似通って”いたという。


 璃依奈りいな能力ちからを使いたくて隠れ家で一人悶々としていたが

璃依奈りいなでいられるのも後少しで”尊”になってまた半日以上過ごさねばならない

それを考えると憂鬱で、衣装部屋に沢山あったヌイグルミを

カッターナイフで切り裂いて鬱憤うっぷんを晴らす

更に少女性が増し、さらに狂った”少女りいな”がそこにいた。


 璃依奈りいなはアッシュグレーに変わったウェーブロングのウイッグを指先に絡め

少女しょうねんとは思えない妖艶な仕草で舐めながら

先程の”猫”との取引を思い浮かべる


璃依奈りいな もっと可愛く成りたければもっと異界に贄を捧げろ

まずは、美梨そして紗理だ そうすればお前の願望ねがいにきっと答えてくれる』

「どーして ママとおねーさまにこだわるの」

『わたしとあの女二匹とは浅からぬ因縁があるのだよ

そして 璃依奈りいなお前もな

だがすでにお前は異界の住人 あとはあの二人というわけさ』


”猫”はなにやら姉と母親に因縁が有るらしい。


『それにな、この鎖軀山の地は特殊な土地柄でな 昔から散々、贄を要求してきた


............ 。


だからこそ現在の発展があるのだ 何故あの場所に大病院が集まっているのか

よく考えてみるといいさ


............ 。


話しを戻そう ......それでもまだ足りず この地は常に”贄”を求めている

異形や化生バケモノ共が裏からそれを支え 

人間共は、結果もたらされた繁栄を享受するのみに成り下がった

嘗ては人間共も異形や化生バケモノ共に、手を汚して来たというのにな

それでは あまりに片利共生ではないか 

異形や化生バケモノどもはそれを良しとしない


 オレは猫の姿ではどうすることもできん

そこで、璃依奈りいなお前さ クク 全くこうも上手くお膳立てが

出来るとはな さしものオレも自分の才能に驚いたぜ』

長々と講釈を垂れる”猫” いや ”バケモノ” 

璃依奈りいなは会話の半分も理解出来無かったが。

 

 自分はその異界の案内人になるのだという点だけは辛うじて理解できた。

そして”もっと”可愛く”なれるのだとも。


 おりいなを尊の心から開放したのはこの俺様だということも忘れるなとも。

さらに小僧たけるの心は完全に食い潰しておけ とも。 

「随分、詳しいじゃない? あんた誰? 」

璃依奈りいなは気弱な尊とは対極の性格である 虚勢をはり気丈に振る舞う。


『すでに誰というのは問題ではない わたしが言いたいのは 常にこの地は”贄”を求めている

それだけだ それにそのネックレスはいつでも 璃依奈りいなになれる 大事にしろ』


 渡されたネックレスは紅い石がついているだけの質素なもので

璃依奈りいなは小さなワンピースドレスのポケットに押し込もうとするが

突怒声が割って入った。


 『...って言ってる傍から 乱暴に扱うんじゃねぇよ お前の胸に埋め込んでやるよ

そうすれば無くさんだろ』

こうして 璃依奈りいなはいつでも好きなときに”尊”になれるし”璃依奈りいな”にも

”戻れる”

”尊”のときは胸に埋め込まれ璃依奈りいなのときはネックレスになる

これで奇異の目で見られずに済む。

 

 ウィッグは既に地毛となった

”尊”になれば短髪の漆黒の髪で鳶色の瞳の少年

璃依奈りいなに戻れば美しい銀光沢のアッシュグレーの髪に紫の瞳の少女

祠のオフダを剥がした瞬間 人間だった”尊”は璃依奈りいなという化生バケモノ

に再誕したのである。

  

「大部分はちんぷんかんぷんだったけど これで璃依奈りいな璃依奈りいなになれる? 」

『あぁ そうとも、今日からわたしはお前のパパだ』

「パパ? 」

男親に餓えていた璃依奈たけるは、このセリフで初めて心から泣いた。


 この時、璃依奈りいなが市立図書館に行き郷土史を紐解けば

パパのセリフの大半が理解でき、かれがこの地でやらんとしていることを理解できただろう

しかし古文書である郷土史は旧仮名遣いや旧字の羅列である

幼い璃依奈りいなに理解は出来るはずがなかった。


 この鎖軀山市は人間だけが集い棲まう土地ではなかった

異形や化生バケモノがまた集い棲まう土地でもあったのである。


 璃依奈りいながオフダを剥がしたと同刻

ショッピングを愉しんでいた紗理は激しい貧血に見舞われ

救急車のサイレンと美梨が動揺する声を遠くに聞いたのを最後に

意識を完全に手放した。


「美梨さん 安心して下さい お嬢さんは医学的には問題有りませんから

今、室橋センセもこちらに向かわれてますからッ! 」

救急救命士が矢継早に、まくし立てる

「えぇ分ってる でもなんで? 重い貧血なんて ちっとも気付いてやれなかった」

と普段の気丈な表情からは程遠い美梨の顔がそこにあった。


「よぉ 姉貴 紗理ちゃん倒れったって? 」

一見アスリートな体型の大男 義邦 叔父さんこと 室橋 義邦 (むろはし よしくに)

その人であった

「遅いっ 莫迦義邦っ 娘に何かあったらどうすんのっ 」

「おいおい  遅いっ はないだろ これでも会議やらミーティングやら

全部 ほっぽり投げて来たんだぜ  今は姉貴じゃなく

先方に言い訳すんの 全部仕切っているオレなんだぜ」

「ごめん そうだったわ」

「まぁ いいさ今に始まったこっちゃねぇし カルテ 寄越しな」

「はい 室橋さん」

お互いのネームプレートを向かい合わせると

双方身分確認の電子音が鳴りメデカルデータが端末に転送される


 「ほう こんだけ派手にぶっ倒れて 医学的な異状はなし

バイタルも安定っと」

乱暴な言い方だがこれが彼のスタイルでありかなりの人格者であることは

ネームプレートの隅にある数々の医学賞のシンボルを見れば明らかだ。


 この医学賞のシンボルは医療観光で成り立つこの都市での

ステータスを如実にあらわしていた。


 既に紗理は女性看護師の手でゆったりとした病院着に着替えさせられている

大病院の経営者の娘でも着ている病院着は普通の患者と同等だが

病室は特別病棟だった。


「意識レベルだけが低下ね 脳波は? 」

と若い女性医師

「問題ないね それにてんかん特有の脳波所見もなし か」

「ちょっくらごめんよ 紗理ちゃん」

と室橋医師は病院着をはだけないようやや遠慮気味に紗理の胸に

聴診器を当てる。


「うむ 見事な心音と呼吸音だぜ 血液は? 」

と後方の若い男性看護師に声をかける室橋医師


「今検査の最中で 直ぐ出来るかと」 と若い男性看護師

やがて、タブレット型電子カルテに検査結果が送信されてくる

「いい血じゃないか これも問題ないか」

と次々と項目がクリアになっていきどれも

義邦の知見に引っかかるのは無かった。


「姉貴は? 」

「美梨さんなら いま鎮静剤の投与を受けてます」

「それがいいな なんせオレの義兄あにきのことがあったからな 

今は眠らせておいてやれ」

と此処までの流れが取れてから30分も経っていない

伊達に医学賞のアイコンをネームプレートに

並べているだけでは無かった。


「オレの甥っ子は? 」

「尊坊っちゃんなら 別行動ですって

女性二人のショッピングに居づらかったんでしょう

何せ年頃のオトコノコですから」

と若い女性医師が言う


「ぁあ なるほどな 分かるぜその気持ち メールは入れたんだろ」

「えぇ 直ぐ来ますって」

「アイツは律儀なヤツだからな 来たら直ぐ通してやれ

最近はセキュリティだの何だのって るせぇしな」

「はい」 と聴診器を指に掛けくるくる回す

若い女性医師:竹杜たけもり 未樹みき

「けーっきょく 全部仕切っちゃって出番なかったわ 

うふふでも 後で紗理ちゃんに義邦さんが胸触ったバラしちゃおかな」

未樹みきは、義邦よしくにに淡い恋心をいだきつつ

顔を赤らめて立ち去っていった。


 璃依奈りいなが妖艶な仕草で髪に指を絡めて舐めあげている時

端末にそのメールは届いた。

「あぁん璃依奈りいなの大好きな紗理おねーさま 今すぐ”尊”で駆けつけてあ・げ・る

とっておきのお見舞い持っていくわ 待ってらしてぇ♡ 」

と黒い口紅から可愛い舌をだして お城から出ていく。


 途中で同年の少女からうっかり立ち小便を見られてしまい

胸に手刀を食らわして、心臓を血管毎引き抜いた後、少女の口に姫袖のまま

腕を突っ込み内蔵を引き摺り出してそれをキャンディーボックスに詰め

ぽっかり空いた胸に押し込んだ 意味はなかった。


 初めて人の命を殺めたが良心の呵責も自責の念とやらも沸かなかった

「こんの メスガキッ このオレ、璃依奈りいなの秘密見やがって

ぜーったい赦さないもん」

と怒りを全身に滲ませるただそれだけだった。

やはり怒ると偶に男言葉が混じってしまうが気にしてはいられない

確実に始末しないとあっという間に噂や写真が拡散する

今の時代は、こんな時代だった。


 いくら外観や顔は完全な少女でも躰の一部は少年である

璃依奈りいなが男であることは疑いよう無い事実である。


 ぶら下げている紅い石のネックレスをはやくも膨らみを持った僅かな双丘の間に

押し込むとズブリともぐり込み璃依奈りいなは淡い嬌声を上げる

そして躰も顔も尊そのものになる

服もいつもの夏の定番に変わりゴスロリのゴの字も感じられなくなった。


 虫取り網を持ち近所の店に入り さっきと同型のキャンディーボックスの詰合せを購入

さりが緊急入院した新病院棟に駆け込んだ。


『最初にしちゃ上出来だな なぁ 璃依奈りいなぁ いや”尊”よぅ ハハハぁ』 

キャンディーボックスの臓物以外は ”猫” が全て綺麗に食べ尽くした

血は一滴も残ってはいなった。


「おねーちゃんにこれ」

尊は買ってきたキャンディーボックスの詰合せを看護師にわたす

「おっ 尊よ 元気してたか また旧病院棟へ行ったてな

いかんぞー 彼処なぁ危険なブツで一杯なんだ そのうち大怪我すっぞ」

「うん 気を付ける」

義邦は甥っ子の”黒い短髪”の頭を わしゃわしゃして微笑んだ


 母親のあの脊髄通りでの話しは、いつのまにやらもう叔父に伝わっていた

「おねーちゃんは? 」

「今んトコは 経過観察ってやつよ 姉貴の書斎で本見て知ってるだろ」

「うん 知ってる」

「ならそういうことだ しばらくは家には戻せん このオレが許可だすまではな

んっ? まだ言いたそうだな」

「叔父さん 旧病院棟ボクにくれない あそこ昆虫の宝庫でさー

道具や廃棄品は叔父さんの管理でいいからさー

自然保護ってヤツ ボクもやりたいんだよ」

「おぉー 立派立派 だがなこの国には法律つーもんがあってな 

15歳になるまでは会社を持てねぇ仕組みなんだよ後一年経って気ぃ変わらなかったら

オレが総会に稟議で提案してやるよ それまで姉貴には手だしはさせんつもりだ」

「まぁまぁ 尊坊っちゃん すごいですね 室橋センセも甥っ子には甘々ですね」

紗理の世話役の中年の女性看護師が茶化す


「ガンガン喰って栄養つけてオレのような躰になれ 尊よ」

自慢の太い腕を白衣のままブンブン回す。

「ぼくは 学者になりたいんだよ アスリートじゃない」

尊は アスリートのような叔父の躰をそう茶化した。


「躰は全ての資本だぞっと いけね 此処は病室だった

おしゃべりはここまでにすっか

これからどーするよ おねーちゃんが退院するまで此処に泊まるか? 」

「ボク一人で家事やれるしいいよ一人で」

「そっかー 偉いぞ でも時々使いはやるからな 火には気ぃ付けるんだぞ」

「うん! 」

(きゃ やったー 璃依奈りいなになれる 

これですきなだけ璃依奈りいなになれる はぁん素敵♡ )


 自宅には時々お使いさんが様子に見に来るということで美梨と話しがつき

たけるは早速自宅に戻って

璃依奈りいなに戻り 姉の服や下着を着けて オンナノコを愉しんでいた。


 部屋の自室で横たわる璃依奈りいなのまわりには

はやくもりいなの持つ妖しい雰囲気に魅了された異形や小型の化生バケモノ

取り囲む。


 璃依奈りいなの髪を丁寧に掬い匂いを嗅ぐモノ

ワンピースドレスを整えるモノ、黒のストッキング越しに匂いを嗅ぐモノ、

リボンを整えるモノなどが取り囲み 皆、璃依奈りいな能力ちから

恩恵に預かろうと必死だった


「ねぇ そんなに璃依奈りいなの事気に入った? 」

異形や小型の化生バケモノ達は一斉に頷く

「そう 璃依奈りいなもよ 眷族になりたい子は

璃依奈りいなの可愛いと思う所にキスして、そして証をこの石に残しなさい

そうすれば璃依奈りいなのペットにしてあげる」

と妖艶な声色で言うと一匹一匹横になっている璃依奈りいなの横に跪き

髪・首・脚・頬などにキスをして証をペンダントの石に残していく

中には、スカートの膨らんだ股間にキスをするモノまでいた。

こうして、合計数百匹の異形や小型の化生バケモノ皆が”男”の狂少女璃依奈りいな

忠実なペットになった。


 異界に棲まう小型の化生バケモノの異界の水先案内人の狂少女りいなの情報は早い

異界より現世うつしよで功績を上げ階位を上げんとしているのだ

こんな絶好のチャンスは、彼ら異形や小型の化生バケモノにとっても初めてだったのある。

  

「用事が済んだらさっさと引っ込んでなさい この家は紗理おねーさまと

美梨おかーさまの大事なお家なの

醜い姿を晒さないでくれるかしら 璃依奈りいなは好きだけどこの匂いもよ

ちゃんと消していってね」

と乱暴な物言いだったが異形達は一礼して消えていく

漂っていた強い鉄錆の匂い・鉄気臭・腐臭・生臭さも一斉に掻き消え

後は璃依奈りいなと彼の部屋のコロンの匂いだけとなった。


 更に璃依奈りいなの変化は続く

低かった背は殆ど紗理と同じになり淡い双丘も歳相応になる

  

 『ふふ 璃依奈りいなようやく異界そのものになれたね

もうお前は異界の水先案内人であると同時に異界そのものなのだよ』

「わぁ パパ」

猫を引き寄せて頭を撫でる 璃依奈りいな

 

「でも 早く小鳥遊 璃依奈りいなとして暴れたいの

でもでも 法律ほーりつってあるから表立って活動できない

どうしたらいいの 何時まで籠の鳥さんはイヤ」

とむずかった。


『もう少し我慢するんだ 璃依奈りいな 

我々異界の住人で現世に溶け込んでいるモノも ちゃんといる

お前が”男”だといっても気にしない部下もいる パパにまかせておくがいいさ』

璃依奈りいなぁ〜 男じゃないもん オンナノコだもん

いくらパパだって 赦さないもん」

『はは ごめんな ついこんなに可愛くなると思って無かったからね

つい”娘”と”息子”を思い出してね』

「パパにもいたの 子供? 」

『あっ うん 昔ね それより泣かないで 可愛いお顔が台無しだよ』

とざらついた舌で頬を舐める猫。


「うんっ 璃依奈りいな我慢するっ」

というと

猫はすーと掻き消えた。


 こうして 

佐奇森 尊は 小鳥遊 璃依奈りいなとなり 

そして 異界の住人:璃依奈りいなとなった。


 癖と言えば大好きなゲームをする時は思わず胡坐になってしまう

見た目とはいえ美少女がワンピースドレス姿で胡坐でゲームをするのは

滑稽だったが今は一人で誰憚だれはばかることなくゲームキャラを動かし

鬱憤を晴らしていた


 攻略で疲れで喉の乾きを覚えキッチンで水を飲む

居間で改めて姿見で 一度はじっくりやってみたかった

カーテシーをしてスカートを摘まみクルリとまわる

そこには、数百の異形や小型の化生バケモノを従えてるとは思えない

見た目少女の少年が同じ所作をしていた 


「美梨おかーさまや紗理おねーさま こんな璃依奈りいなを今度こそ

愛して抱きしめてくれるかしら

そして ”璃依奈りいなちゃん”とよんでくれるかしら? 」

とひとりごちたが 愛情に餓えていた事を思わず吐露してしまう

顔が火照たが、鏡の中の少女も同じく赤面していた。



 紗理が意識を取り戻したのは救急搬入3日後だった。

「あ・れ みんなどうしたの? 」

「紗理っ どうしたの? じゃありませんママ心配で心配で」

と美梨に抱きつかれ紗理は却って息苦しくなって咽せてしまう

「おっ紗理ちゃん 目ぇ覚ましたか 直ぐ返す訳にはいかんぞ

更に一週間は此処にお泊りかな」

「叔父さん」

追い討ちをかけるように帰宅の駄目出しをしたのは

アスリートの様な体格の義邦だった。


「外出許可は出してやるが必ず門限は守る事 いいね 19時厳守な」

「んもぅー」

とふくれ顔。


「牛みたいに、むくれるなよせっかくの可愛い顔が台無しだぞ」

叔父は軽口を叩くが今は尊の事が気になっていた

「尊は? 」

「アイツは悠々自適のひとり暮しさ ちゃんとお使いさんは行っているがね

石山さんだよ 知ってるだろ? 」

石山さんというのは お手伝いさんのような人で

母が居ない時や海外出張のとき面倒をみてくれている中年女性で

いつも若々しくて本当に歳を取っているか謎の人だった。


「怒られるのいつもわたしばかり 尊って

要領いいからお小遣い貰っていいなー」

と愚痴る。

 

 紗理自身も資産家であるが

自由には使えない、電子マネーの所有者が叔父になっていて

叔父の許可が無ければ紗理個人に所有権が移らない

お小遣いは親権者が、電子マネーの所有者つまり

自由裁量権を子供に与える形で移すのである。


 そうしなければ何を買ったか、または売ったかが電子マネーの所有権に皆

通知されてしまう

飴玉一個ですらすべて把握される

今のこに国の未成年はこうした制限が多かった


 この前の望遠鏡も購入者は叔父になっていて

クラウドデータに叔父の購入記録の一つとして積み重なっていくはずである

だからこの前は尊が羨ましかった

相当な額の自由裁量権が尊個人になるからだ

つまり、年頃の男子が隠れてほしがる本も

親には通知がいかない。


 あくまで尊個人の購入データになるし

例え家族間でも購入データは閲覧できない

閲覧するには裁判所で開示請求しなければならないし

合法である以上、年頃の男子が隠れてほしがる本も御法度にはならない

だから そういう意味で自由裁量権があるお小遣いはとても貴重だった。


 「まぁリハビリも兼ねてさ 院内を散歩してきたら?

売店もあることだし」

叔父は紗理の愚痴には耳を貸さず散歩を提案してきた

いかにもアスリート気質の叔父らしい


 何かにつけて大きくなれよとか躰を動かせとか男女問わず言ってくるのだ

でも今の紗理にとって必要なのは

叔父の言う通り躰を動かす事だった

「うんそうする」

と私服に着替えて病室を出ようとすると

「ちょっと待った 一つ約束してくれないかな」

で始まった説明は


 「旧病院棟方面に繋る渡り廊下があるだろあの渡り廊下がある棟

彼処の地下には行かないこと

紗理ちゃんには話して無かったけど

この鎖軀山総合病院って明治や大正初期の古いレンガ造りの

いまの前身となる病院を土台にして建ってるから 

地下は迷路そのその物で大変危険な場所で

迷うと出て来られなくなるくらい広大だから間違っても入らないでくれ」

との事。


 何故そのような構造がそのままになっているかとうと

解体すると莫大な費用がかかるのと

建物の構造的にそれ自体が頑丈な土台になっていて

その上に建築した方が手っ取り早かったということらしい。


 それがない旧病院棟は実際建物が傾いたり床が浮いて

数年しか持たなかったということだった

人が常に立ち入らない事を条件に、資材置場として活用しているとも付け加えられた。


「姉貴の病院史を読めば詳しく載ってるけど紗理ちゃん そんなの興味ないだろ

尊君は知ってるかもね 勝手に書斎に入り込んで姉貴によく小言いわれたって

いってたしね」

「尊ったら だから旧病院棟の事知ってたのね」

「はは 姉貴は民俗学も好きでよく郷土史なんか読み込んでるみたいだが

民俗あれは死んだ義兄あにきの影響かな

どこが面白いんだかな オレにはさっぱりだ」

「お父さんって工学専門じゃないの」

紗理が知る父:佐奇森 咲人 (さきもり さきと)は工学の博士号を修めた人しか

思い浮かばない。


「これ姉貴にはオフレコな 死んだ義兄あにきって大学時代は

民俗学が主でね 郷土史なんかを研究していたんだと 

あとさ古い建物や会社なんかよく建物史や社史があるだろ

それを紐解くのが好きだったんだけど民俗それだけじゃ食っていけないからってんで

てっとり早くカネになる工学の途へ転向したんだと


 でも興味は捨てきれずって訳 男ってロマンチックな生き物とは

良く言うけどさ 義兄あにきの事を言うんじゃないかなそれ

念を押すけどこれ姉貴、いや紗理ちゃんのお母さんにはナイショ

オレ マジでこの病院から追い(おん)だされるから」

と何時になく真剣な目差だった。


「うん 約束は絶対守るから 尊君にもな」

「えへへ 叔父さんと秘密の共有って何か嬉しいな」

というと、


「そういうのだとオレも笑ってられてたんだがなぁ 

あっ最後のは無し無し なっ これ秘密の共有代」

と自由裁量の紗理の名の一万円の電子マネーが端末に入り

思わぬ収入は嬉しかったが最後の叔父のセリフは

何時迄も脳裏に残っていた。





  

次回、

奇譚ノ() 迷宮と迷路のものがたり

お楽しみに 

大字 のさんは”参”ですが ここでは敢えて”さん”の字を当てています

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