青天の霹靂
「いやぁ、ありがとねぇ。まさかサプライズを用意してくれてたなんてね」
今日の主役の一人である優奈さんが、全員に感謝の礼をし回ったあと、俺の方に向かってきた。
「いやぁ、なんかすみませんね。変に騒いじゃって」
つい10分ほど前に起きた出来事を苦々しくも思い出す。
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ドンと開け放たれたドアの音に全員がこちらを凝視していた。健斗さんも驚いて話を中断した。
あぁ、まずい、ルリ先輩が期待の眼差しでこっちを見ている。
っていうか、優奈先輩と健斗先輩以外はサプライズを行うことを知っているんだから、今俺たちが出てきたことなどわかっていて、どうやって笑かしてくれるんだろうかと待ち構えているはずだ。
俺は基本いじられてからアクションを起こすことで笑わせる受動的な人間だと思っている。こうして能動的に発言を求められることは苦手なんだ。いや、受動的だったら絶対面白いことなんてないんだけどね。
「・・・」
嫌な汗が肌から出てきているのを感じる。時間が経過していくごとに相手の表情がだんだんと失望していくのが目に見えてわかる。もうこの際、大声でも出したらなんか面白くなんじゃないか?いや、普通におかしいだろ、いや、だからと言ってなにをすれば・・・
一人脳内会議を超高速で行なっていたら、連司が俺の手を握ってきた。
「え・・・」
女子からのきゃーと言う歓声。歓声?連司、どうするつもりだと睨んだら、連司は繋いだ手を前後にぶん回し始めた。
「ハッピバースデートゥーユー!ハッピバースデートゥーユー!」
歌い始めたと思ったらまさかのバースデーソング。
「は、ハッピバースデーディア、ええと、健斗先輩、優奈センパーイ」
つられてつい歌い出す。
みんなの反応は・・・あ、めっちゃ笑ってる。
「「ハッピバースデートゥーユー!!」」
もう片方の手を天井に向けて、壮大感を醸す。連司はビブラートもつけてやけに上手くて少しムカついた。
盛大な拍手が大広間にこだまする。今度はみんな健斗先輩と優奈先輩を見て拍手をする。
当の二人は状況を察したのか、照れながらも嬉しそうだ。
「ヒューヒュー!二人とも、交際2年目おめでとー!ハッピーバースデー!」
「いや、別に誕生したわけじゃねぇから!」
ケーキを抱えて参上した先輩に、健斗先輩が突っ込む。ドッとまた笑いに包まれる。なんとかサプライズは成功したようだった。
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「ふふ、なんで交際記念日に誕生日ソングを歌うかな」
コロコロと笑う優奈先輩はとっても幸せそうで、なんだかこちらも幸せな気分になれた。
なんでも優奈先輩が着けているピンクのシュシュは健斗先輩に2年前にもらって以来、ずっと着けているそうで、ラブラブぶりがうかがえた。
「いや、それにしても、明先輩、めっちゃ歌うの下手くそっすね!」
突然横から後輩の女の子、ちひろが入ってくる。ギャルと言う言葉を貼り付けたような容姿に快活な子で、いつも俺をいじってくる。
「うるさい、俺の美声をせっかく披露してやったのに」
「美声?ああ、確かに微声でしたね」
「お前今絶対漢字違かっただろ。微妙の微だったろ」
「なんか最後にはノリノリで手を広げてましたけど、下手くそがなんか気持ちよっさげに歌って、正直・・・」
「あああもう悪かった!いいですよ、どうせ下手くそですよぉだ!」
俺とちひろの掛け合いに優奈さんも周りにいた後輩も笑っている。
ちひろはこうして毎回何かと絡んでくるが、うっとおしいと思ったり不快に思ったことはない。むしろ結構ちひろがいじってくれるおかげで後輩とのコミュニケーションが円滑に進むことが結構ある。それに、俺が本当に不快だと思う領域には踏み込まない。それが狙ってのことなのか、まだ遠慮のないところなのか、よくわからない。
その後も、俺はちひろと後輩たちを中心に仲良くだべっていた。後輩たちがたとえ俺が先輩だろうと結構フランクに話しかけてくれるのは嬉しい。
他愛も無い、穏やかな時間が過ぎていった。
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「連司、さっきはありがとな」
ミーティングもといサプライズパーティーが終わった帰り道、俺は同期達と一緒に帰路についていた。男女混ざって、だだっ広い校舎を歩いて東門を目指す。
「はは、なんのその。明ってああ言う場面では弱いんだな」
特段きにすることなく連司は笑うが、意外と人のことを見ているんだなと感心した。
今日は本当に連司に助けられた。あの時、もし俺一人だけで盛りあげろと言われていたらと思うと、途轍もない寒気に襲われる。
今日を総合してみると、結構良い日ではなかったのではないか。
朝の寝坊に始まり、練習も昨日のことを引きずって精を出すことはできなかったが、終わり良ければすべて良しと言うことわざはこのためあると言うか、最後にみんな笑っていたから、今日は良い日だ。
うん、やっぱりダンス部は楽しいな。これからもみんなとうまくやっていけそうだ。
「ああ、あの時の明の顔、気持ち悪かったなぁ!」
ズキン
数時間高かったテンションが急降下するのを感じる。昨日のことがはっきりと思い出さされる。楽しかった時間が突如最悪の時間になるのを感じていく。
「そうそう!なんかノリノリでハッピバースデーっとか歌ってな!なんだこいつキモいなぁって」
「連司が歌ってなかったらダダ滑りだったじゃん!こいつ!自分からはなんも面白いこと言えねぇのかよ!」
ギャハハと笑う同級生達。つられて他の奴らも笑っている。
・・・確かに行っていることは本当だ。間違いは言っていないかもしれない。わかっている。だけど、言わなくてもいいじゃないか。
「健斗さん明達みてウワって顔してよね。そう言えば、健斗さん2学年は元気だけど結構うるさい奴がいて流石に下品って前言ってたな」
女子の一人が言って、今度はそちらで盛り上がる。
「ええ、もうそれ絶対明じゃん!いっつも同じようなこと大声で突っ込んでるからさ。今度謝りなよ」
「もしかしたら、そのまんま許されずに退部になったりして!そしたらダンス部もひんこうほうせいな部活になるぜ!」
「キャハハ、ひんこうほうせいって!じゃあもう、明バイバイだね」
俺の話をしているのに俺は蚊帳の外にいる感覚。ちょっと、もうそろそろ・・・
「今日最後1年生ずっと明に捕まってたよなあ。かわいそうに」
え?
「ちひろちゃんを狙ってる子がいっぱいいるのに、明がずっとちひろちゃんと話しちゃうからさあ。ずっとあそこにいるしかないって感じ?明空気よめなさすぎ!」
「ちひろんにいじられなかったら何にも面白くないのにね!」
近くで聞こえる笑い声は、テレビ越しに聞こえる音のように、遠くで話しているみたいだ。みんな俺が突っ込むのを待っている。ほら、こんなにお膳立てしてやったぞ、お前が輝ける瞬間だぞと言いたげに。
「・・・?明、大丈夫か?」
一人、心配そうにこちらをみる人物。響だ。
連司はさっきから何も言わず不思議そうにこちらを見ている。
勘付かれる。俺の何かが限界だってことに。
「・・・っと、悪い、電話だ。悪い、先に帰っててくれ!じゃあな!」
スマホの画面を耳に当てながら、そそくさとみんなから離れる。電話などかかっていないことをわかった奴はいたかもしれないが、今は一刻も早く一人になりたかった。
「おいおい、まさか彼女かあ!?」
「なわけないっしょ!明と付き合う子なんて可哀想だって!」
わざと俺に聞こえるように大声で会話している。
いつもならせめて、うっせえ!とか言って追いかけ回したりしていたのかもしれないが、もう今はそんな気分になれない。
一人、スマホの画面を耳に当てたまま立ち尽くしていた。