サプライズ
都心部に位置し、広大な敷地を有するこの将円高校には3000人を超える生徒が日々勉学に励んでいる。学科も普通科だけでなく国際教養科やスポーツ科、後、芸能コースなんてものもあったりするが、それはまた別の話。
今話したいことは、生徒の数に伴って、部活動も同好会も大学のサークル並みにたくさんあるということだ。
個人によっては好きなことをしたくても、既存の部活動だと方針や目指す場所が違うことがある。そうなったら作ればいいと、毎年どんどん新しいコミュニティーができている。
俺が所属しているダンス部は、正確には部活動ではなく同好会の扱いだ。紛らわしいが、ダンス部と名乗る団体がこの高校にはあと2つある。我らがダンス部を合わせて3つのダンスを行うコミュニティーが存在していることになるが、各々方針が異なっている。
残りの二つは置いといて、俺たちのダンス部、まあ、同好会の方針としては、「楽しむ」に尽きる。
ダンスはやりたいけど厳しすぎるのは嫌だ、だからと言って緩すぎるのも嫌だ、といった曖昧な生徒がこぞって申請してくるため、一応将円高校内のダンス部では規模が一番大きい。
まあ、要するに、うちのダンス部は賑やかだってこと。
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「ほい、じゃあ今日はここまで!お疲れ様」
「「「お疲れっしたぁぁ」」」
部長の挨拶でみんな散りじりになっていく。
3年生は夏の大会に向けて、2年生は修学旅行先での発表に向けて、1年生は新入生大会にに向けて、各々やるべきことが異なっている。学年の中でも全員が全員同じ題目をやるわけではなく、少数のグループに分かれたりして、別々のパフォーマンスを形にしていく。
「明君、ちょっといいかな?」
俺もみんなと一緒に着替えに行こうと思った矢先、部長、ルリ先輩に呼び止められた。
すらりとした体に真っ白なTシャツとスウェットがよく似合い、ポニーテールにまとめた髪が夕暮れに生えてとても綺麗だ。女性に使って良い言葉なのかわからないが、爽やかな顔立ちをしている。
だけど、今は表情が少し暗めだった。
「・・・はい」
この後に何を言われるのかはわかっていた。今日の練習、何か力がはいらなかったのだ。テンポが遅れ、何度もみんなを止めてしまうことがあった。別に俺に限らずメンバーの大体はミスるとことがあったが、いつにも増して、今日の俺は集中力が足りなかった。3年生のルリ先輩にも見られていたのだろう。
「・・・別に注意するつもりはないんだよ!。そんな暗い顔をしないで」
先輩が困ったような笑みをこちらに向ける。先輩は練習中の時間を縫ってメンバーのことをよく観察している。時によってはアドバイスや冗談で励まし、このダンス部のコミュニティーをまとめてくれている。こんなにも頼りになる先輩をくだらないことで煩わせてしまうことが残念でならなかった。
「今日の明君、いつもよりテンションが低かったからさ。休憩中もいつもなら響君たちと喋っているのに、今日はそそくさとどっかに行っちゃうし。いつもならミスらないところでもミスしちゃってたし」
「・・・すみません」
「・・・本当にどうしたの?具合でも悪いんじゃないの?らしくないよ。ほら、いつもだったらここで私に小粋なジョークの一つ、ぶちかましてくれるのに」
先輩がはははと笑う。完全に気を使わせてしまっている。
「・・・そうっすね、なんか俺、らしくないっすよね。」
「そうだよぉ。だから練習のことはもう引きずらないで。この後のミーティング、優奈と健斗へのサプライズがあるんだから!辛気臭い顔してると祝えないでしょ!」
そうだ、優奈先輩と健斗先輩への交際2年記念のサプライズケーキをこの後ダンス部のメンバーで渡す予定なのだ。お金を他のメンバーから徴収して、結構なお値段のケーキを購入したらしい。俺も先日ある先輩からことの事情を聞かされて数百円渡したのだ。
「ほらほら!ちゃっちゃと着替えに行きましょ!」
ルリ先輩が母親のようにせっついてきて、俺は苦笑いしながらロッカールームへと向かった。
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「・・・そして、7月の予定なんだけど、17日の日曜日には・・・」
校内の部活や同好会用に設けられた大広間で健斗先輩が今後の日程について話してくれている。部員全員が集合していることもあって、少し緊張した面持ちで先輩は喋り続けている。
髪の毛を茶髪に染めた、一見チャラそうな先輩だが、人当たりがとても良く、優奈先輩一途であることから俺の中での評判はかなり高い。いや、もちろんみんなからの評判も軒並みよろしいんだけども。
3学年合わせて結構な人数がいるため、1年生を前の方に聞きやすいように押して、俺ら2年生は後ろの方で聞く。
健斗先輩の声はよく通るため、どこで聞こうが問題はないのだが、バラバラに聞いてたら緊張感はないだろう。
「ねね、明、連司、ちょっといい?」
後ろの出入り口のドアを音を立てずに半分開けて、先輩たちが呼びかける。隣にいる同級生、連司と目を合わせてから静かに外へと出る。
「先輩、何かありましたか?」
「ふふ、喜べお前たち。二人にはサプライズの合図を決行してもらう」
3年の先輩が嬉しそうに俺と連司2人を見やる。
「あぁぁっと!健斗さんと優奈さんの・・・」
「わぁ!馬鹿、連司!声が大きい!」
連司が合点がいったようにいうと、先輩は慌てて連司の口を抑える。お調子者の連司は、「ふがっふご」とまだ何かを訴えているが、そのまま先輩は続ける。
「いい?あと数分したら、このドアを勢いよく開けるから、二人は何か盛り上がるようなことを言って!その後に、私たちがこのケーキを持って突入するから」
もう一人の先輩が両手で慎重に持っているケーキを見ながら言う。
「え?何かって、何ですか?」
「何か面白いことをするの!あなた達、毎日そう言うことやってるでしょ!お茶の子さいさいでしょ!」
どうやら、サプライズケーキこそ用意したものの、サプライズの内容自体は完全におまかせらしい。
・・・え?何すればいいの?盛り上がること?盛り上がることって何?今あんなに大事な話しをしてる中、ふざけた俺たちが突入してなんかやれっての?
「よっしゃ!任してくださいよ先輩方!明と俺が、どっと歓声作ってきますから!で、明、なにをすればいいんだ?」
お前どうしてそう後を考えずに引き受けちまうんだ。
って、連司もなにすればいいのかわかってないのかよ。え、ちょっと待ってくれ。
「ちょ、ちょっと先輩・・・」
「よし!任せたわよ!まあ滑ったら滑ったでらしいっちゃらしいけどね」
『滑る』『らしいっちゃらしい』
昨日に似た感覚を覚える。
きゃははと先輩達は笑っている。
「・・・あ、あの、先輩達」
「さあ、そろそろね。ドアを開け放ったら、あとは任せたわよ」
か細く出た声に気づくことなく、先輩達はうきうきした様子でスタンバイをする。
連司もその瞬間を今か今かと待ち受けている。
俺の頭の中はもう真っ白だった。