8.オリビア・オットー
ハニーピンク色の髪は思ったよりふわふわしている。
顔立ちは『綺麗』というより『可愛い』と例える方がしっくりくる。
瞳の色は髪の色よりは深いピンク色をしており、その瞳によって骨抜きなった男は現実世界でも仮想世界でもきっと多く存在しただろう。
「お会いしたかったですわ…」
と、上目遣いでこちらの顔を見つつ、唇をプルプルと震わせる主人公・オリビア・オットー伯爵令嬢。
前のシリウスだったら、きっと大喜びで彼女の腰に手を回していただろう。
感動の再会ってこういう感じだろうな。
だが、今の俺として重要なのはそんな事ではなく。
不覚にも覗いてしまったものにギョッして叫んでしまった。
「た、頼むから抱き着かないでくれ!!め、目のやり場に困ってるんだ…!!」
俺はオリビアの両肩を掴んで無理やりはがし、あからさまに目を背けてしまった。
気持ち悪いくらい心臓がバクバクなっていて、正直心持ちが悪い。
顔も思ったより熱いし、目をそらした先にいたルシエも俺の発言から何か想像できたのだろう、とても動揺して真っ赤になっている。
そう、今になって知ってしまった事だが。
オリビアは意外と巨乳だった。
主人公あるあるか!?というくらい大きかった。
ぱっと見ただけだったが、かなり大きな谷間があった。小物をのせても支えられそうなほど。
多分、Eカップはあるんじゃないだろうか…。
自分の中の男の部分をとても恨めしく感じ、自分に対して小さく舌打ちをする。
クラウディアを好きでありながら、こんな事で動揺して真っ赤になるなんて…。
というか、ルシエと心理戦を繰り広げていた時間はまだ5分にも満たない。
10分前行動はいいと思うが、あんまりにもタイミングが悪すぎた。
「え…?す、すみません…」
オリビアは俺の言葉と行動を理解できていないようで、とりあえず曖昧に謝罪を述べた。
これで照れながら胸に手を当てて隠してくれたらまだ印象は回復したが、そうする事もなくジリジリとこちらとの距離を詰めようとしていたので呆れてしまう。
主人公に天然は付き物かもしれないが、現実世界からやってきた俺としては『この子大丈夫か?』という気持ちしか湧かなかった。
そもそも、現実世界でも女の子に対して良い印象を持った事はなかった。
俺を好きになってくれるのはとても嬉しいが、だからといってグイグイくるのはとても困る。
ストレートに俺に告白してくれる子なら、まだ友達としてこれからは仲良くしようと考えきれたが。
年齢を重ねるうちに、俺と付き合いたいために俺の友達を利用して近づく子もいたし、中には肉体関係を作ってしまおうと目論んで迫る子も出てきた。
それが年々悪化していくし、芸能界に入ると量も質もパワーアップしてやってくるから大変だった。
よく女性恐怖症にならずに生活できたもんだ。
メンタルの強さを褒めて欲しい。
オリビアには申し訳ないが、俺の中での印象はマイナスになったし、むしろルシエには勿体ないと惜しむようになっていた。
最初の印象として、オリビアは見た目だけなら最高かもしれない。
が、人間付き合っていく上では中身の方も重要視しないといけなくなる。
その無防備さは、流石に意識して直さないと誤解を生む。王族に嫁ごうとしたのなら尚更だ。
前のシリウスならクリアできたかもしれないが、失礼ながら今のシリウスである俺にとっては赤点だ。
ちょっと話が脱線してしまった。
とりあえず、俺の中での優先順位はクラウディアが最上位だ。
ジリジリと詰め寄る彼女にもわかるように、俺は大きく1歩退いた。
その行動に大きな違和感を感じたのだろう、ピタッと動きを止め『シリウス様?』と困惑を含んだ笑みを見せる。
もう限界かもしれない。
オリビアの表情を見て、俺はこれ以上黙っているのはいけないと思い始める。
本当はクラウディアに会った後に告げようと考えていたが、問題を先延ばしにするのは酷かもしれないと。
「オリビア…。いや、オットー伯爵令嬢。」
覚悟を決めて言い直した呼称に、彼女は俺が言いたい事の一部を悟ったようだ。
「え…」と小さな声を漏らしたオリビアは、先ほどのような甘い顔を続けるわけでもなく、悲しく顔を歪めるわけでもなく、ただただ驚いていた。
無に近いオリビアの表情が、俺の良心に突き刺さる。
でも、きちんと言わなくてはいけない。
俺の為にも、彼女の為にも。
「俺はもう君の知っている、君を愛したシリウスじゃないんだ」
「…」
「急にこんな事言い出して、悪いとは思っている。でも…」
「…だから、あの令嬢に、口づけをしたのですか?」
オリビアは少しずつだが怒りにも悲しみにも見える表情に変わり、プルプル震えていた唇は彼女の力によって噛み跡が残っていた。
彼女の返事に、俺は深いピンク色の瞳を真っすぐに捉えながら答える。
「そうだよ。別人になって、キスしたその瞬間に……クラウディアを好きだとわかったんだ」
「どうして…」
「だから、君をこれから愛する事は、もうできない。」
「…」
「許してくれとは言わないし、嫌ってくれてもいい。俺に非があるんだ。陛下に進言して、俺から王子の身分を剥奪するように願い出てもかまわない」
「え…な」
「殿下!?一体何を…!?」
最後の言葉に動揺を隠せなかったのだろう。
今までただ聞いていただけのルシエが、オリビアの次の言葉を遮って俺に詰め寄るように叫んだ。
この1週間、見た目は変わらないとはいえ全く別人となった俺にも世話を焼いてくれたルシエ。
きっと、シリウスがこんな発言をするなんて夢にも思わなかっただろうな。
オリビアの方もこの後きっと文句を言いたかったはずだが、俺の予想外の発言に動揺している。
「ルシエ」
今まで長い事付き人をやってくれていた親友の名を呼びながら、俺はオリビエの腕を掴んで彼に向って放り投げた。
突然腕を掴まれてルシエの元に放り投げられたオリビア。
しかし、ルシエの反射神経は素晴らしかったおかげで、彼女の身体はきちんとルシエの腕の中に着地した。
少し戸惑っているルシエだったが、しっかりと彼は想い続けてきた彼女を抱きしめて、支えていた。
「俺、今なら完全に悪役だな」
自然と、笑みが零れてた。
多分、2人が予想以上にお似合いだった事にツボが入ったのかもしれない。
それとも、自分の言ったセリフに自分でツボったのだろうか?
でも、久々に心から笑えた気がした。
「オリビア」
ルシエに抱かれて支えられる彼女に向かって、俺はルシエを指差しながら言い切った。
「攻略するなら俺じゃなくて、ルシエの方が絶対いいよ」
2人の反応を見てから部屋を出ようとも思ったが、それは悪役となった俺が見るのはタブーな気がする。
振り返る事なくそのまま自室から出ると、思ったよりも心は軽かった。
「さて、クラウディアに会いに行くか」
俺はクラウディアが監禁されているらしい、自らの学び舎でもある場所へと向かうため王宮を後にした。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
次からは、クラウディアの視点で物語が始まります!
そしてやっと、ちょっぴりスピンオフ作品らしくなります(汗)