6.シリウスと思い出してみようの会
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目が覚めた後は色々と大変だった。
最初に言っておくと、俺はどうやら2日間ずっと眠りっぱなしだったそうだ。
特にどこかが悪いという訳ではなく、ただ眠っているだけ。
しかし半日経っても1日経っても起きる気配はなく、どんな手を使っても俺は起きず。
そのため、飲食はまったくできない状態となり、衰弱死すら危ぶまれていたそうだ。
まあ、その後はきちんと起きたし結果オーライだと楽観的に考えていたが。
ルシエは原因不明のまま自分の主が眠ったのに、何もできなかった事が悔しかったらしい。
それもあってか、その後の4日間は絶対安静という名の軟禁を強いられ、ひたすらルシエに世話をされる事となった。
ちなみに、ルシエが呼んだ医者の診察により俺の病状は「謎の睡眠障害からの記憶喪失」らしい。
『なんじゃそら』と声を大にして叫びそうになったが、実際に現実世界で会っていた人や自分の呼称が思い出せないのは事実だったので、完全に否定する事はできなかった。
そしてあの日から1週間たった今日。
ようやく自室から出る許可をルシエにもらい、久々に外に出るため今は軽い身支度をしている。
目が覚めてからルシエが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのは助かったが、これが服を着せるまでのレベルになると流石にきつくなり、身支度くらいは自分でやらせてくれと懇願した。
寝間着を脱いで、肌触りの良い白シャツに袖を通す。
その際、背中に何か傷がないかと念押しで確認してみたが、背中には傷跡1つなかった。
黒いズボンを履き、とりあえず着替えを終える。
本当は現実世界のジャージみたいなラフな格好がよかったが、この世界ではこれが最もラフな格好だと言われてしまい、仕方なく着る事を決めた。
最終確認のために鏡を見て、改めて自分がシリウスになったのだと実感する。
今はパッケージとは違い髪留めもせずおろした状態だが、琥珀色の瞳と女顔は相変わらずだった。
「うわ…マジでシリウスになっちまったのか…」
自分が嫌いだったキャラだけに、いくら綺麗な顔だったとしても嫌悪感は半端なかった。
正直、どうして自分が演じていたシリウスになったのか、どうして現実世界の一部分が思い出せないのか、そもそもなんでこんな仮想世界に自分がいるのだろうか……と最初は混乱していた。
でも、いくら考えても答えが出る訳でもなく。
結局のところ、この世界に関しては俺の知らない事があまりにも多すぎるため、まずは手探りで情報を集めようと決めた。
軟禁されている4日間、俺は『記憶喪失になる前の事について1から知りたい』とルシエに半分嘘をつく形で歴史書などを持ってこさせた。
それを読み進めていけばいくほど、この世界は『ノッテ・ステラ―タ -星降る夜に、君と―』の世界観と酷似していた。
舞台は17世紀のヨーロッパ。
科学ではなく魔法が発達した世界観らしいが、このゲームの舞台でもあるリーテルシュタイン王国において魔法を使える人間は一部の人間だけ。
あくまでも普通の人間が生活している事が前提であり、もちろんシリウスを含めたキャラクター達は魔法なんて使えないただの人間だ。
そういえば、『ノッテ・ステラ―タ』を作ったゲーム会社は他にもいくつかのゲームを出しているが、『全てのゲームにおいて世界軸は一緒』をモットーとしていた。
実際、雑誌インタビューにおいても世界軸が同じであるという理由で、他のゲームのキャラを演じた人とコラボ対談をした事もあった気がする。
本当はもっと知った事実もあったが情報量があまりにも多すぎて、せっかく覚えたのに忘れてしまった事もあった。
でも、ゲームの攻略本を読んでプレイしていた事は、今の俺にとっては大きなメリットだった。
所々本の内容も忘れているが、それでも予備知識があったおかげで今以上に混乱せずに済んでいる。
これを渡してくれたマネージャーには本当に感謝だ。
まあ名前を忘れてしまっているし、きっと会えないだろうからお礼も言う事は出来ないが…。
とりあえず、これからは思い出した事をノートにまとめていこう。
少なくとも現実世界に戻る方法がない以上、この仮想世界で生きていく覚悟を決めなくてはいけない。
これで乞食だったら今頃死んでいたかもしれないが、幸いにも自分の身分が王子だったので生活には困っていない。
でも、やはり王子という身分は自分には不相応だと感じていた。
現実世界では窮屈な生活だったのだ。せめて、仮想世界くらいは自由に生きてみたい。
そして、できるのであれば…。
自分の唇にそっと触れ、1週間前に知ったあの感触を思い出す。
目覚めた時は状況を把握するのに忙しくて考える暇もなかったが、余裕を持てるようになった今では、彼女の事を思い出す事も徐々に増えていった。
彼女に婚約破棄を告げ、やり直したいと言ってはや1週間。
でっちあげのセリフだったが、それを本当の事にしたいほど俺は彼女を好きになっていた。
今の自分では生計を立てる術がないためすぐに行動に移せないが、できるならばあの少女…クラウディアと一緒になりたいとさえも思い始めていた。
すぐに結婚…は俺としても早すぎるし、流石に重すぎると思うのでまずは恋人、もしくは友人から関係をスタートしたい。
それに、いきなりキスした事も謝らなくてはいけない。
すごく今更だが、仮想世界とはいえ彼女役の女優ではなく彼女本人に許可を得ずキスをしてしまったのだ。
いくら仮想世界の人間相手とはいえ、女の子の大切なものを奪った事に変わりはない。
とはいえ、まずは彼女に会わないと何も始まらない。
クラウディアに会って、きちんとごめんと言って、それから自分の気持ちを伝えよう。
「殿下、ご準備できましたか?」
俺の身支度が心配になったのか、ルシエが衝立越しに呼びかける。
「ああ、準備できたよ」
長髪の黒髪を軽く結び衝立の左側から姿を現すと、ルシエは安堵した顔で『似合っております、殿下』と爽やかに褒めてくれた。
その褒め方が現実世界のマネージャーと重なり、少し寂しいような安心するような気持ちが押し寄せる。
でも、ルシエにこれを言ってしまうとまた軟禁されそうな気がして、俺は心の中にそっとその気持ちをしまった。
「そうだルシエ、頼みたい事があるんだが」
「はい、何なりとお申し付けください」
爽やかに微笑みながら俺の上着を準備しつつ、ルシエは上機嫌な返事を返す。
「今すぐクラウディアに会いに行きたいんだが、彼女は今どこにいるんだ?」
ルシエから上着を受け取ろうと手を伸ばしつつお願い事を言っただけだが、どうしてだろうか。
その瞬間にルシエがピクリと動きを止めると、爽やかだった笑顔は次第に怖いと思わせる質を持った笑顔に変わっていく。
ルシエの怖い笑顔に、思わずたじろいでしまい、上着を受け取ろうと伸ばした手も止まる。
「ロレーヌ嬢に会いたい、ですと?」
地を這うような冷たい声が、穏やかな雰囲気を一気に変容させていった。
さっきまでの爽やかイケメン、どこに行きました?と思うくらい別人になるルシエ。
逆らう事のできない空気に押しつぶされそうだ。
俺のお願いのどこが、ルシエの逆鱗に触れてしまったのだろうか?
「そんな事、僕が絶対させませんよ、殿下?」
ルシエさん、顔、とっても怖いですよ…?