3.黒崎士狼とストーカー
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「あと少しで家に着くな」
自宅まであと数メートル。
タクシーに乗っていつものように自宅近くの住所を指定し、30分後には運賃を支払って降りた。
前までは両親とともに高級住宅街の一軒家に住んでいたが、ストーカーに家がばれたので警察と両親に相談し半年前から郊外のマンションで1人暮らしを始めた。
メディアを通して現在も両親と住んでいると嘘の情報を流し、新しい住処に関しては事務所にも協力してもらい他とは少しランクが上の警備を施されているマンションを契約してもらえた。
自分の収入から差し引くようにお願いしているため、手取りは思ったよりも少ないがそれでも生活していくには十分ある額なので今は満足している。
積立貯金もデビューした時に申請したし、これからの将来も考えて大学に行こうと3ヶ月前から通信制の塾の動画を使って勉強も始めた。
両親には申し訳ないが、人気の舞台俳優になった今でもやっぱり普通の生活が欲しかった。
とはいえ将来のためにはどうしても貯蓄は必要だし、まだ稼ぐためにも芸能界には残れるようにしないといけない・。
後、それなりに人気のある舞台俳優として活動しているのでストーカーにも用心しないといけない。
ちらりと周りを見るとまだ昼時だったのか人の気配はまったくなく、その事にホッとする。
これでもし人目についてしまえば一瞬にしてSNSを通して居場所が特定され、ファンやら野次馬らやらがわらわら集まってくるだろう。
そんな面倒事はもう勘弁だ。
気を引き締め、少し早足で安息の地でもある自宅マンションへと急ぐ。
まだまだ普通の生活とは程遠いが、努力していけば成人になった頃には貯蓄も今後の進路に対する備えもできる予定だ。
きちんと努力していけば普通の生活を送るという夢も叶えられるだろうと思うと、心がとっても軽くなった。
その時、ポケットから携帯の着信音が響く。
マンションにはすでに到着していた俺だが住所がバレてしまうリスクを避けるため、わざと通り過ぎつつ携帯を取り出す。
電話の相手は、もしかしてストーカーだろうか…?
電話番号もメールアドレスも変えたが、やはり拭えない恐怖はまだ残っていた。
若干の不安を感じながら見てみると、そこには『マネージャー・佐藤』の文字が表示されており、自分の予想が外れた事に安堵しつつ通話ボタンを押す。
「もしもし?佐藤さん?」
『よかった!つながった!』
通話越しの佐藤さんの声は、どこか焦りを含む声色をしている。
もしかして、追加で仕事が増えてしまったのだろうか?
とりあえず、返事を考えながら携帯を持っていない方の手で自分用のスケジュール帳をカバンから取り出す。
だが、俺の返事よりも先に佐藤さんはそのまま会話を続けた。
『さっき警察から電話がきて、士狼くんのマンション付近で前にストーカーをしていた女の子に似…』
ズブリ。
実際音はなかったが、もし効果音を付けるとしたらこんな感じだと思う。
背中に何かが貫かれる感覚が伝わり、心臓の音が不快になるくらいはっきりと聞こえる。
気が付けば持っていた携帯もスケジュール帳も、地面に落としていた。
でも、そんな事今はどうでもよかった。
振り返ってはいけないと頭の中で自分の本能が叫んでいたが、それを遮るかたちで俺は後ろを振り向いた。
落とした携帯越しに何か聞こえている気がしたが、だんだんとその音さえも自分の心臓の音にかき消される。
視線の先には、自分の両手を見る赤いフードの小柄な人。
フードの下のスカートを見て、とりあえずこの人間が女性である事は瞬時に理解できた。
そして、女性の両手は俺の背中にむかって伸びており。
その先へ目線を移すと、包丁のような刃物が、まるで木材に打ち込まれた釘のように、俺の身体の中に食い込まれていた。
そこからは、スローモーション映像を見ている感覚だった。
同じくらい、心臓の音もゆっくり、ドクン、と鳴り響く。
フードの女性がゆっくりと顔を上げて。
そして、目がきちんと合った時。
今まで思い出す事も少なくなっていたぼんやりとしたかつての顔が、霞が取れたようにはっきりとしていく。
「〇〇くん、会いたかったよ」
背中に激しい痛みが走っていたのに、悲痛を訴える声の1つも出せなかった。
「これで、貴方は私のもの」
狂気的な2つの黒い瞳と甘ったるい高めの声を最後に、俺の記憶は暗闇の世界へ誘われた。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!
次回から、転生世界になります(・▽・)