2.黒崎士狼ができるまで
読んでくださって、本当ありがとうございます!
父親は世界を相手に活躍する舞台俳優、母親は元体操のオリンピック選手で現在は一流ブランドの専属ファッションモデル。
親譲りの容姿と華やかな親の経歴に恵まれ、気が付けばデビュー1年目の舞台俳優として活躍していた。
だが、俺としては1年たった今でも芸能界を引退し一般人に戻りたいと日々願っている。
理由は単純に、芸能界という華やかなだが耳を塞ぎたくなるほどドロドロした世界は俺の性に合ってなかったからだ。
小さい頃からこの世界の表も裏も知っていたのに事情があるとはいえ、どうして片足を突っ込んでしまったのかと悩んだのは今日に限った事ではない。
今すぐにでも電撃引退をしたい。
引退会見を開きたい。
しかし俺を心配する両親の事を考えると、軽率に引退する事なんてできなかった。
小さい頃から習い事や芸能人のパーティーに連れまわされ、友達と遊んだりする時間はほとんどなかった。
その経験が反面教師となったのか次第に俺は普通の生活に憧れ、両親の願いでもある芸能界入りをずっと拒否していた。
初等科から大学まで一貫の私立に通っていたが、高校進学を機に自分で道を選びたいと無理を言って公立の高校へ。
やっと普通の人になれると期待して入学したものの、入学時に素性がばれ周りは俺を特別扱い。
それでも何とか2年生までは普通の男子高校生として生活していたが、1年前に同じ学校の女子生徒からストーカー被害に遭って大騒動に。
警察沙汰にはならなかったものの、それをきっかけに両親は俺の身の安全からなぜか芸能人御用達の私立高校への編入と芸能界入りを懇願。
我儘を言って高校入学時から今まで公立に通わせてもらっていた俺は、ストーカー被害の件で苦労をかけた両親への罪悪感から拒否する事もできず。
結果として、父と同じ道を歩む事を選択。
両親を芸能人に持つ舞台俳優・黒崎士狼が誕生したのである。
だが、芸能界はそんなに甘い世界ではない。
必死に努力し場合によっては周りを蹴落として栄光を掴んだとしても、スキャンダルや不適切な態度や発言だけで干されるのはザラだ。
いくら親の七光りを受けてデビューした俺でも、実力が伴わなければ続けていく事はできない。
両親のイメージに傷を付けたくなかったので軽率な発言や行為をしないように慎重に行動していたが、元々やる気はなかったので特に芸能活動はしなかった。
編入先の高校でも穏やかに過ごせないとわかった俺は必要な出席日数を確保した後は登校せず事務所か自宅でダラダラと過ごしていた。
このまま存在を忘れられて自然消滅するように芸能界を引退…と期待していた俺だったが、思い通りには行かなかった。
所属する事務所に顔を出した時、偶然ある舞台の主演を決めるオーディションの依頼しようとやってきた監督と出くわしてしまい。
しかも最悪な事に、その役のイメージが俺にピッタリだと監督が惚れこんでしまったらしく、オーディションも無しに新人が舞台の主演を務めさせようとする面倒な事態になってしまった。
『俺には荷が重すぎます、無理です』とひたすら断り、オーディションで選ぶようになってホッとしたのも束の間。
なぜか俺もオーディションに強制参加させられ、そのオーディションでも見事に主演の座を勝ち取る羽目となり完全に袋のネズミ。
そして初舞台でその演技が見事だと評価され、黒崎士狼の名は1日にして『若手有望の舞台俳優』というオマケ付き世間に流れ、一躍人気者に成り果てる結果となった。
俺が主演を演じる事になった舞台はゲームが原作の恋愛モノだった。
タイトルは原作のゲームと同じで『ノッテ・ステラ―タ -星降る夜に、君と―』。
内容はぶっちゃけると王子様と伯爵令嬢のシンデレラストーリーだった。
主演が決まり役作りのイメージを膨らませるためにまずは攻略本付きでゲームを一通りプレイしろとマネージャーに指示され、そのためかある程度のシナリオと攻略の仕方は覚えていた。
俺の演じる役はゲームのパッケージでも堂々と真ん中を陣取っている、攻略対象の王子・シリウスだった。
見た目は長身に白い肌、腰まで長い黒髪をポニーテールでくくり、琥珀色の目を持つ女顔の王子。
ゲーム設定ではシンデレラの王子様みたいに優しい性格と振る舞い女に熱い視線を送られる人気者。
いつもニコニコ笑っている、女性の理想像。
王様になる将来を約束されているが王妃は自分の力で見つけたいと切望していたため、親同士が決めた婚約者はいるが、その目的で貴族が通う王立学園に特例で入学する。
そして入学した学園で主人公と出会い、やがて恋に落ちていく……というのが大まかなあらすじだ。
仕事のためにゲームをプレイしていたがこのゲームは乙女ゲームであったため、男の俺はゲームを淡々と進めていったが、1つだけ引っかかる事があった。
それは、シリウスの婚約者であり主人公のライバルでもあるクラウディアの断罪シーンである。
ゲームでは主人公を身分が低いからと罵り、果ては主人公とシリウスの仲を裂くために未遂の殺人事件を犯した事がきっかけで卒業式の舞踏会という場面で断罪し、晴れて主人公を婚約者に迎えて結ばれる。
でも、俺自身はこのシナリオに疑問を持っていた。
そもそもこの王子が自分で王妃を見つけたいと先に謝罪をして婚約破棄すれば、こんな大騒動にならなかったのでは?
というよりこのシリウスって王子、婚約者いる身で浮気したのに『自分は正しい人間だ』みたいな面で断罪して主人公と結ばれるってありえないだろ。
虫が良すぎるし、シリウスに惚れるこの主人公もどうかしているとさえ思ったほどだ。
ゲーム画面越しのシリウスは、毎回女顔の顔に誇らしげな笑顔で断罪を宣言している。
現実の世界でやったら真っ先に女性陣から八つ裂きにされるな、とコントローラーを握りながら俺は鼻で笑っていた。
演じる自分が言うのもなんだが、こんなクズな王子を正直好きにはなれなかった。
他にもあと3人攻略できる男性キャラはいたしそちらの方がまだマシな気がするが、ゲーム会社主催の人気投票ではぶっちぎりの首位だったようで。
この事実を聞いた時、俺は女性の理想に対して思わず引いてしまった。
つい母親に『世の中の女ってこんな奴が良いの?』パッケージのシリウスを指差して訊ねたくらいには引いていた。
パッケージを見た母親曰く、『それは空想の世界だからいいのよ!王子様とか現実にいないってわかるから憧れるものなのよ~』との事らしい。
母親がリビングを去った後も、俺は『マジかよ…』とパッケージのシリウスを見ながら茫然と呟いていた。
結局、女性の理想とやらが全く分からないまま稽古の段階に移った。
思ったよりもハードだったが、一度は引き受けた仕事だったので手を抜きたくはなかった。
それに、幸いな事に俺のマネージャーとなった年上のイケメン男性・佐藤さんは仕事ができる人で俺との相性もよかった。
佐藤さんのサポートのおかげもあり、本番に向けて集中して取り組む事ができたので、だんだんとシリウスについて深く考える事は少なくなった。
それから半年後にはお披露目をし、気が付けばチケットの売り上げは過去最高の売り上げ。事務所的にも仕事が増えて万々歳。
いつの間にか俺のがら空きだったスケジュールは仕事で埋め尽くされ、やがて舞台の仕事だけでなくイベント出演や雑誌インタビューの依頼も舞い込んでくるようになった。
でも舞台でシリウスを何度演じても、結局シリウスの良さはわからなかった。
佐藤さんは俺のシリウスに対する印象に『気持ちはわからんでもないが、そこまで言っちゃうかぁ~』と苦笑していた。
イベント出演や雑誌インタビューでは、マネージャーの佐藤さんが用意したイメージ回答を覚えて答えていくだけだったので苦ではなかった。
むしろ、『俺がシリウスの立場だったら相手の女の子にそんな可哀そうな事絶対しないのになぁ』と日々思いながら俺はシリウスを演じ、シリウスについて語り続けた。