1話 「知らない世界」
眼が覚めると、俺は、真っ暗な空間を彷徨っていた。
「…どこだここ」
言葉を発すると、空間に響き、山彦のように俺の声が聞こえてくる。
終わりのないこの空間は、ひどく不気味だ。
そして、横を見ると…
「あ、朝野さん…!?」
朝野さんが浮いていた。 目を閉じたまま、この空間を彷徨っている。
朝野さんに手を伸ばすと、急に、朝野さんの身体が動き出した。
朝野さんが向かっている先には、白い光がある。 朝野さんは、あの白い光に向かっているらしい。
「待ってくれ! 朝野さん!!」
名前を呼ぶが、朝野さんは振り向くことはなく、その白い光に入っていった。
朝野さんが入ると白い光は消え、また真っ暗な空間に戻った。
「…嘘だろ…なんだよこれ…」
そして、今度は俺の身体が勝手に動き出した。 俺が向かっている先には、先程と同じ白い光がある。
「な、なんなんだよ一体!」
俺は、抗う事が出来ずに、白い光の中へと入っていった。
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白い光を抜け、目を開けると…
「…えっ」
俺の身体は、空中にあった。
そして、ただいま俺は、落下中である。
「嘘だろおおおおおぉぉぉっ!?」
下を見ると、村と、城のような建物がある。 城と言っても、江戸時代の城ではなく、中世の城のような物だ。
なぜ日本にこのような物があるのか知らないが、俺は今、城に向かって落下している。
「たっ…助けてえええぇ!!」
よく見ると、城の庭には大きなプールがあった。
…あそこに入れればもしかして…
俺は何とか空中で身体を操り、プールに落下する準備をする。
だんだん地面との距離が近くなってくると……プールで遊んでいる人がいる事に気がついた。
2人とも女子だ、白髪の女子と、金髪の女子。 ………やべぇ…
「おぉぉい!! プールで遊んでる2人ぃぃ!」
そう叫ぶと、白髪と金髪の女子はビクッとなる。 よし、聞こえてるみたいだな。
俺はもう一度息を吸い込み…
「…どいてくれえええぇぇぇっ!!」
すると、2人は慌ててプールから出てくれた。 そして、俺はプールに激突した。
大きな水しぶきが舞う。
「ぶはっ! 生きてる…よかったぁ…」
生を実感し、プールをプカプカと浮いていると、視線を感じた。
視線を感じた方を見ると、先程の2人がじっと俺を見ていた。
「あ、急にごめん! 驚いた…よな? 」
俺がそう言うと、金髪の少女が俺に右手を向ける。
というかこの2人、日本人って感じがしないな。 でも歳は近いっぽい、あとめちゃくちゃ可愛い。
そんな金髪の少女は、俺をまっすぐ見ると…
「トルネードッ!!」
そう叫んだ。 そして、プールの水が俺を中心に渦巻き…大きな水柱となって俺を持ち上げた。
「うわあああっ!?」
何だこれ!? 水が急に…!?
「フラン! やっちゃって!」
金髪の少女が言うと、白髪の少女はプールの水に触る。
そして…
「フリーズ」
そう言った瞬間。 プールの水が凍った。 さっきまで俺を持ち上げていた水が凍り…俺は氷の上に立たされる。
「寒っ! って何だこれ!?」
よく見ると、俺の両足も凍ってしまっており、動く事が出来ない。
そんな俺の目の前に、2人の少女が来た。
…って、あれ? プールサイドから今俺がいる氷柱の上って…結構な高さがあったと思うんだけど…
金髪の少女は、何もない場所から剣を出現させ、俺の首に当てる。
「あなた、どこの人間?」
「えっ?」
「答えなさい! スカーレ王国? グレイ王国? それともブルア帝国? どこの人間よ!」
「に…日本です…」
全然聞いた事がない国名が出て来たぞ…いったいどうなってんだ…?
「ニホン…? 聞いた事がないわ。 デタラメ言ってんじゃないわよ!」
そう言って、また剣を近づけてくる。
「本当だって! 生まれた時から日本人だ!」
「……嘘は言ってませんね…」
「フランそれ本当!? 日本なんて聞いた事ないわよ?」
「本当ですよアスラさん。 この人の目は泳いでません」
そう言って、フランという少女は微笑む。 やべぇ、可愛い…
対して、アスラと呼ばれた金髪の少女は俺を睨んだままだ。
「じゃあ、何で空から降ってきたの?」
「それは…黒い空間を通って、白い光に入ったら、何故か空にいた」
自分で言ってて訳がわからないな…だが、事実だから仕方がない。
「はぁ? デタラメ言ってんじゃ…」
「いや…目が泳いでないので、嘘は言ってないですね…」
「嘘でしょ!? だったら何者よこいつ!」
本当に、何者なんだろうか俺は。 実際に俺とこの子達の立場が逆だったら、絶対に信用しないだろう。
「…まさか…伝説の天空人かもしれません!」
突然、フランさんが目をキラキラさせて俺に詰め寄ってきた。 近い近い! あとめっちゃいい匂いする。
しかも、今気づいたがここはプール、そして目の前の2人は水着だ。
フランさんは真っ白の水着、アスラさんは真っ黒の水着だ。
歳の近い少女が水着でこんなに近く……
「はぁ…フラン。 天空人は絵本の話でしょ? 架空の人物なのよ」
「ですが、天空人は突然空から現れると書いてありました! 今の状況と全く同じです!」
「…あの…」
俺がゆっくり手を挙げると、フランさんがキラキラした目で振り向いた。
「…俺…日本人です…天空人じゃないです」
「えええぇぇっ!?」
フランさんが肩を落とす。 …なんか申し訳ないなぁ……
「あ、そろそろこの氷溶かしてくれません?」
「…えぇ、いいわよ。 フレイム!」
アスラさんの足元が燃え、氷を溶かしていく。 そしてアスラさんとフランさんは氷から飛び降りたが、俺にはそんな事出来ない。
俺は、溶けて水に戻ったプールに落ちた。
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「は、はっくしょん!! …うぅ…寒いぃ…」
「どうぞ。 ホットミルクです」
あれから、俺は城に入れてもらい、城のリビングにある暖炉の前で暖まっていた。
そこに、水着から着替えたフランさんがホットミルクを持ってきてくれた。
フランさんは薄い紫のミニスカートのドレスのような物を着ている。 フランさんの肩までの白髪に合っている。
「…どうかしました?」
「あ、いや! ありがとう」
フランさんからホットミルクをもらい、一口飲む。
……あれ、日本で飲むホットミルクとは味が違う。 こっちの方が何倍も美味い!
因みに、俺は今下着しか履いていない。 服は濡れてしまったからアスラさんが洗濯してくれいる。
流石に下着姿そのままにはいかないので、大きめのタオルを貸してもらい、身体を隠している。
「あ、申し遅れました。 私、フラン・アズリエルと申します」
突然、フランさんが自己紹介してくる。 やっぱり、外国人か。 そりゃそうだよな、日本を知らないんだから。
ていうか、ここは何という国なんだろうか。 俺はなぜ外国にいるんだろう。
「私はアスラ・アズリエルよ。 あんたの服は外に干してあるから」
次に、部屋に入って着たアスラさんが自己紹介してくれる。 ……ん? ってことはこの2人は姉妹か?
「あ、俺は夜川陽太」
「ヨガワ・ヨウタね。 ヨガワなんて、変わった名前ね」
あ、そういえば外国って名前を最初に言うんだっけ。
「あ、先に言っとくけど、名前が陽太で、苗字…家名? が夜川ね」
「え? じゃあ名前はヨウタってこと? 」
「そうそう」
2人とも口を開けている。 日本の事何も知らないんだなぁ…
……あれ…? なら、なんで2人は日本語を話せるんだ…?
聞いていて違和感がないし、外国人特有の訛りもない。
まるで、その言語しか知らないみたいだ。
「…2人とも、日本語が上手だね」
俺は、何となく言ってみた。
……もしかして…いや、そんな訳がない。
「え…? ニホンゴってなんですか?」
…やはり、日本語は知らないか。 なら、これが最後の質問だ。
これで全てが分かる。
「あのさ、聞きたいんだけど、ここってなんていう国なの?」
俺がそう言うと、2人は目を見開いた。
「え…知らないの…?」
「ここは、レイアル王国ですよ? まぁ、かなり小さいですが…そこそこ有名なんですよ?」
レイアル王国、スカーレ王国、グレイ王国、ブルア帝国。
1つも知らないし、聞いた事がない。 そして、フランさんとアスラさんは逆に日本を知らない。
…漫画や小説だけだと思っていたが、本当にあるんだなぁ……
…どうやらここは、異世界らしい。