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明後日の空模様 朝廷編  作者: こく
第十四話 天命に聴す
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 千伽はおもむろに口を開く。重苦しく、閉塞的な箱の中で呼吸をしているようだった。


「狡猾であるということは都で生きていくに必要な処世術だ。政敵を貶めるのも、武力で沈黙させるのも、間違ったことだはと思わない」


 尤も、何事にも限度はある。彼の言わんとすることは何となく分かるが、大人の汚さを処世術と割り切るのは憂鬱なことでもある。

 煙管がくるりと宙に輪を描いた。彼の目がいつになく剥き出しの感情らしきものを露わにし、俺は初めて千伽の心の底を垣間見た気分になった。


「私が許せないのは、私の幼馴染がその標的になったことだ。私の幼馴染。あの白狐から右目を奪ったこと、地の底で後悔させてくれる」


「……」


 気圧された。ぞわりと震えが背筋を走る。千伽の目は冗談ではなく本気だった。幼馴染、というどこにでもありそうな関係が、ネクロ・エグロの彼らにとっては唯一無二の存在になり得るのだ、と俺は実感した。


「……千伽様が帝位を譲ろうと思ったのは、白狐様のことが好きだからですか?」


 尻すぼみになった問いを、翔はすぐに後悔したようだった。無粋なことを訊いた、と思ったのかもしれない。好き、という言葉の意味が、この状況には相応しくないようにも思われた。


「同じことを言わせるな。白狐の方が相応しいと思ったからだ」


「自分が相応しくないと思ったんですか?」


 口が滑ったと思いつつ、出てしまったものは仕方がない。怒られるかと思ったが、意外にも千伽は軽く睨んだだけだった。「そうだ」と歪んだ言葉を吐き出すように小さく言ったのも、殊更意外だった。


「私は皇帝になるべきではない。なってはいけない存在だ。今でもそう思っている。なるべきではない」


 畏怖。千伽の言葉尻から滲んだのは、恐怖から生まれた義務感、だった。


「私には為政の才能はある。自信もある。誰かの上に立って意のままに操るのは容易いことだ。時に将棋のように、勝ったり、負けた振りをしたり、全体の均衡を保ちながら進めていく。政治における肝要とは、すなわち人の心を掌握すること。そういう意味で、私は白狐よりずっと皇帝に向いていたさ」


「では、何故?」


 千伽は笑った。


「私が皇帝になれば、この国は強くなろう。だが白狐が皇帝になれば、この国は平和になろう」


「……」


 この男は、と思う。この男は、俺が思うよりもずっと。

 千伽は緩やかに目を細め、自身の指を目線でなぞる。そこに何か形のない生き物がいるように。煙管から立ち昇る煙が、音もなく溶けていく。


「私は何でも出来る。文字通り、願えば叶う。何でも、だ」


 俺も翔も千伽の言葉の意味を上手く呑み込めなかった。比喩だと思った。何でも叶う?


「え?」


「私のスコノスは、想像を現実に変える」


 司旦だけは、その意味を熟知しているよう、神妙な面持ちをしている。


「朧家は」翔が喉に何が引っ掛かったように言う。「幻術を操るスコノスを持つんですよね?」


「左様」


 その瞬間、千伽は煙管をこちらに向けて投げ捨てた。それがあまりに急で、勢い任せだったので、俺は仰け反るのも忘れる。は、と吸ったのか吐いたのか、或いはその両方か、息の塊が喉に詰まった。

 俺の顔に投げつけられた煙管は、ぶつかる寸前に形を変え、一匹の蜥蜴に変わっていた。びたん、と。冷たいゴム状のもので叩かれたような軽い衝撃がある。

 髪の毛に貼りついた蜥蜴を咄嗟に引き剥がそうとして、指の腹を思い切り牙で噛まれた。鋭い痛みに慌てて手を振り、その小さな蜥蜴がもんどりうって床に落ちたのを見届ける。縞模様のある、美しい青色の蜥蜴だった。


「──幻術」


 自分に言い聞かせるように、呆然と呟くと千伽は呵々と笑う。俺の動転ぶりを嘲る悪趣味なものではなく、些細ないたずらが成功した子どものような笑い方だった。


「まやかしではない」


「え?」


「本物だ」


 ほれ、こちらに来い。千伽の呼び声に応え、蜥蜴がぬっと床を這う。数歩も前に進まない内に、蜥蜴の身体が膨張し、瞬きする間に見事な毛並みの白虎に姿を変えていた。


「……本物?」


「左様」


 千伽はもう一度言った。雪のように白く、獰猛な顔つきをした虎は、煩わしそうに首を振り、次の瞬間には一匹の猿となって千伽の腕に収まった。魔法のようだった。きらきらと眩いほどの黄金の体毛が、着物の中に丸く収まっている。

 次々と起こることを目で追うのが精一杯だった。俺は理解を置き去りにしたまま、ただじんじんと痛む手の噛み痕を親指でさすっていた。本物だ、と千伽の言葉が脳裏を巡る。本物。

 千伽の見せたスコノスの力は、突拍子もなかった。突飛、という表現がこれほど理不尽に思えたことはなかった。彼は指先ひとつで、くるりと現実の表と裏を引っ繰り返す。その無邪気なほどの軽さは、何だか命を弄ぶ子どもの残酷さを彷彿とさせた。


「つまり、どういうことなんですか」


「言葉で説明し、実物を見せても分からないというのは、思考を止めているだけだ」


 千伽は思いのほか、宥めるような言い方をする。


「千伽様のスコノスは、夢と現実に、現実を夢に変える」


「幻術ではなく」


「そう。朧家の血筋は代々幻術を使うスコノスを持つはずが、千伽様だけはそうじゃなかった」


「親父がそれを怖がったのさ」千伽は片手間に猿の毛並みを梳きながら、どこから取り出したのか、新しい煙管に口を近づけた。感情の窺いにくい声だった。


「だから、朧家は影家に帝冠を譲った」


 まあ、これを知る者は、朝廷でもそれほど多くないがね、と千伽は前置きをした。

 彼の腕の中では、幻覚ではない、生身の猿が人間のように寛ぎ、自身の腕をしきりに舐めている。


「前例のない才だし、広く知れ渡ればそれだけ面倒事も増そう。悪用しようと考える輩をいちいち振り払うのも手間だ」


「しかし、よくこれまでの間、隠し通しましたね」


「何でも出来る、と言っただろう」千伽の目が俺に向く。「人の心の在り方もその限りではない」


「……」


 俺は押し黙る。そんなことが現実であっていいのか、と彼の手の辺りを見つめる。黄金の毛並みの猿は、いつの間にか長毛の猫に変じて毛繕いを続けていた。


「私は今すぐにでも、お前にも気付かれないほどさり気なく、お前の心を変えることが出来る。お前が私のことを好くように仕向けることも出来る。私のスコノスは他人の心すらも変える。──これがどれほど恐ろしいものか、お前に理解できるか?」


 気圧されるまま頷く。認めるのは、敗北感があった。それは俺自身ではなく、俺が立っている世界の秩序の敗北だ。

 全知全能の神が地上にいるなら、この男がそうなのだろう、と思う。


「誰もが私のことを馬鹿げた幻術使いだと信じている。頭から信じる輩には、術を掛けやすい。都合の悪いことを忘却させるなど容易いことだ」


「千伽様が願えば、全て叶うと? 他人の記憶を消したり、捏造することも?」


「然り」


 翔は目を見開いている。思わず「それって本当にスコノスですか?」と言ったのも、至極真っ当な疑問だった。千伽のそれは、自然界の霊を操るスコノスの力の枠を大きく外れているように思える。


「さあ」肩を竦める司旦は素っ気ない。「俺もずっと前から疑問だけど、千伽様の両親は正真正銘ネクロ・エグロだからな。血筋としては、ネクロ・エグロで間違いない」


「突然変異というやつですね」


 口をついた単語を、千伽や司旦は何を小難しい言い方を、と馬鹿にしたような顔をしていた。

 彼らは遺伝子というもの自体知識がないだろうが、遺伝性物質の突然変異は俺の病気のように生存に不利な要因になることもあれば、種の進化のきっかけにもなり得ることを俺は知っている。

 俺には千伽の持つ並外れた力が、天に運命づけられたような、何か意味のあるものに思えて仕方がなかった。彼はまるでその他大勢の中からたった一人選ばれた、進化したネクロ・エグロなのではないか──。

 遺伝子の螺旋が生む気まぐれが、この超自然じみた世界では何かしらの意思の裏付けがあると信じてしまいそうになる。何かしらの──或いは、誰かしらの。たった一年前の俺だったら考えられないことだ。

 感慨をよそに、翔は千伽のスコノスの特異性そのものに興味を引かれているようだった。


「じゃあ、スコノスはどんな姿をしているんですか?」


「私のスコノスに形はない。私には存在を感じ取れるが、誰の目にも見えない」


「やっぱり、普通じゃないんですね」


 思えば翔が持つスコノスのような、もしくは俺自身のような、人のかたちをしたスコノスも進化した存在だと考えられる。スコノスとは、何か要因があって突然変質することがあるのだ。


「何でも叶うんなら、俺だったら色んなことやっちゃうけどなぁ」


 翔の口ぶりは無邪気だったが、人生を少しは生きやすく作り変えたいというのは切実な願望だった。千伽は呆れたように言う。


「そんな人生、生きていて楽しいか?」


「楽しいと思いますよ」


 即答だった。弁明するように、翔は付け足す。


「別に、今の人生にこれといった不満がある訳じゃないです。物凄く大それたことを望まなくても、こうだったらいいのになって日常的に思うことがひとつふたつはあるでしょ」


 確かに、他人の心を変えるような、大袈裟なものでなくても、些細な不満を容易く満たすことが出来るというのは魅力的なことに思えた。大人になっても、そういったままならない気怠さは付き纏うものだ。


「神になって、何が楽しいのやら」


 千伽の渇いた笑いは、喉に貼りついたようだった。


「つまらぬ浮世に愛想をつかし、今やこの世に神は亡く、まやかしで咲かせた花の艶も、いつか枯れる君に敵わない」


 何かの引用か。謳う声音に、俺はふと竹林の亭で見た詩句を思い出す。去りゆく季節の寂寥を謳った、あの七言の詩を。失われる時間、凋落する花──天子の血統を振り翳し、財にものを言わせ、権勢と美貌と恣にする彼が、その実、散ってそれと知るような浮世の命の儚さを愛している。なるほど、と俺は今度こそはっきりと腑に落ちた。

 千伽は、皇帝になりたくなかったのだ。皇帝などという、つまらないものに。彼の美学は、頂でなく足元に咲いている。彼はそれを愛でるだけで充分だったのだ。

 派手な見た目に似合わず、などと嘲る気にはなれなかった。彼の美学は、文字通り願うだけ何でも叶う彼のみが至った、ひとつの精神の境地であるように思われた。それは翔が長遐の自然を愛したのとよく似ていて、それよりも更に深遠で、仄かな憂いを帯びている。


「誰も彼もが、無い物ねだりをしているのさ。私ですらも」


 飽きたように、千伽は自分で生み出した猫の実体を消した。まやかしではない。その言葉を思い出し、生殺与奪の権を恣にしている千伽の力の膨大さを目の当たりにした心地になる。千伽の表情は、心からつまらなさそうだった。

 俺たちは何となく言葉を失い、黙った。千伽の力の痕跡がなくなった室は、ただ螺鈿の装飾が光を弾いては、神経を逆撫でするような七色に煌めいている。

 足を踏み入れたときは似合うと思ったのに、今は千伽には不釣り合いで、室の内装が気の毒なほど不格好に映る。確かに壁一面の黒漆螺鈿の鶴は華々しく素晴らしいが、それは千伽が心から求めたものではない。ただ先代から受け継いだ、蕩尽の末の我楽多だ。


「念のため言い添えておくと、私にも出来ないことはある。大勢の人間の因果が絡むものはどうも実現しにくい。知らないことを知ることも出来ない。それから、時間を戻すこと、死人を蘇らせること。これらは私がしてはならないと自分に課した制約だ」


 その口ぶりから、六十二年前の一件もまた、千伽の全能の力が及ばない規模での出来事だったというのは想像できた。千伽が自身の力をどことなく卑下しているのも、そうした苦い経験あってのことなのかもしれない。


「イダニ連合国側は、千伽様のスコノスのことを知っているんでしょうか?」


「知らないだろうな」


 俺の心の声と千伽の声が重なる。先程会ったコウキと綺羅の能天気な様子から察するに、彼らは朧家のことをさほど警戒していないように見えた。


「私の術は、連中にはあまり効かない」


「試したことがあるんですか?」


「何度か。全く効かないという訳でもなさそうだが、上手くやらなければ難しいだろうな」


 千伽は自身の形良い顎を撫でる。彼の目は、話の着地点が見定めているようだった。俺は問う。


「その力を使って、どうやって白狐様を助けるか、算段があるんですよね」


「まあな」


 図星か。持ち上がった瞼の奥、ゆらりと紫色に揺らいだ彼の目を見ないように、俺は心持ち顔を伏せる。




 ***




「上手くいくかは保証できないです」


 俺と翔は口を揃えた。予想以上に、自分たちに掛けられた責任が大きい。千伽が俺たちの力を必要としていることは勘付いていたが、ここまで大胆なことを望まれているとは思わなかった。


「それに、豊隆は俺の言うことを聞きませんよ。神は都合よく利用できるものではないです」


 分かっているとも。千伽は微笑すら浮かべて頷く。本当に分かっているのかいないのか定かでないが、彼の言い分はそれなりに理に適っていた。

 確かに、俺はここまで天の力によって導かれた。豊隆は“まだ間に合う”と告げ、玃如たちは俺たちを雰王山から連れ出し、綺羅の寝返りを誘った囁きには雷を鳴らして牽制した。俺たちが朧家の邸に辿り着いたのは恐らく天の定めで、そこで千伽の提案を受けるところまで運命に織り込み済みなのだろう。

 感情が追いつかないのは、既に一度計画に乗って痛い目を見せられた千伽相手のためか、豊隆を人間が御せると考えている不遜さのためか。

 翔も同様に、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。相棒をちらりと横目で見やり、俺は千伽に向き直る。


「話は分かりました。しかし、こちらにも利がなければ承諾できません」


 千伽は美しい眉を顰める。


「白狐を助ける。それで充分だろう」


「いえ、俺は──俺たちは、その気になれば白狐様たちを放っておいて行方を晦ますことも出来ます。国が傾き、白狐様が危険な目に遭うことは心が痛みますが、それによって直接不利益は被りませんから」


「この、生意気な」


 千伽の歪んだ顔に、初対面で俺を殴りつけてきた、あの残酷さが過る。しかしここで圧し負けては、またあのときの二の舞だ。千伽は俺や翔、または司旦などといった取るに足らない存在を容易に捨て駒に出来る。

 翔が白狐さんを見捨てるような真似など絶対にしないことを理解しながら、千伽に取引を持ち掛ける程度の狡猾さを俺も身に付けつつあった。狡い大人には、狡く立ち回るしかないのである。


「……ふん。まあいいさ」


 到底千伽と対等の盤上にいるとは思えないが、それでも俺の駆け引きには微弱の効果があったようだ。千伽はしなやかな指を宙に弄び、俺と翔を指した。


「白狐が影家の当主として復権した暁には、お前らの身の安全は約束しよう」


「確かに」


 必要最低限の言葉を引き出せたことに、俺は安堵する。翔は遅れて、表情を強張らせたまま、付け足すように小さく頷いた。

 神明裁判は明日。それまでに俺は、どうにかして豊隆とコンタクトを取らなければならない。嵐を呼ぶ神鳥はどこにいても俺のことを見ているのだろうが、俺の方から都合よく呼び出せるか自信がなかった。

 山火事に追い詰められ、崖際から飛び降りたあのときですら、俺は豊隆の呼び声に応えただけなのである。

 他にも懸念は色々あった。綺羅は白狐さんを殺すつもりはないと言ったが、ではどうするつもりなのかはっきりとしない。相手の出方が分からない舞台に飛び込んでいくのは、相応の度胸が必要だった。


「白狐を守ること、天石を守ること。この二つのうち、どちらが欠けてもならない」


 俺は息を吸う。「分かりました」


 脳内では、千伽の話した計画を何度も思い描く。俺と豊隆にかけられた責任の重さは勿論、千伽自身の力の大きさが如何ほどか、お手並み拝見と言ったところだろう。

 翔は始終黙っていた。口を挟み込むのは自分の役割でないと心得ているようだった。司旦が途中で席を外していたことに、気がつかなかった。


「人の心が揺らいだときこそ、人の心を変える好機。お前らには、その心を揺るがせる役を任せるとしよう」


 俺は想像してみる。千伽が大勢の人間の心を掌握する光景を。一人一人に宿る精神を、それと気づかぬうちに差し替える様を。本当に出来るのか、という疑念より、それが実際に起こってしまうという畏怖が俺の口を噤ませる。千伽はため息をついた。


「初めに皇帝が寄越した恩赦の文が手元にあれば、もっと良かったんだがな」


 俺は着物の懐に手を入れかけ、諦める。そこに目当てのものがないことなど初めから分かっていた。長旅の際に身に着けていた服を脱いだとき、俺はあの菊色の紙がなくなっていることに気付いた。きっとどこかで落としたのだろう。

 千伽に曰く、あの恩赦の文は朝廷の翰林院から出されたことを偽っていたという。翰林院とは、皇帝直属の部署ともいうべき組織のひとつ。皇帝の意思に沿い、勅書を起草するのも翰林院である。


「文が必要だったとはいえ、国璽を偽造したのは軽率だったな」


「何故そんなことを?」


七星(チーシィン)を欺くためだろう」


 生まれながらに白髪だった影家の狐。その霊性を信仰する者もまだ多い。六十二年前の一件も、皇帝の陰謀だったという噂がまことしやかに囁かれている。初めから白狐さんを処刑するというのは強引で、角が立つと考えたのかもしれない。

 尤も、あの七星(チーシィン)たちのそれぞれの様子を思い返すに、端から白狐さんに肩入れしていたのは司旦しかいなかった。彼らは──特にあの首は、白狐さんが死罪となることをむしろ望んでいるように見えた。

 それよりも、あれは神や霊の領域に入るには、招かれる必要があるという自然界の掟に則ったもののように思えた。例えば手紙を内部に持ち込めば、招かれた証となる。本来部外者が足を踏み入れられない苔森に、あの夜、七星(チーシィン)たちが平然と入り込んでいたのは、事前に俺と翔があの文を白狐さんに届けたためなのだろう。

 いずれにせよ、あの恩赦の勅書が偽りなら、それを信じた白狐さんが神明裁判で何を主張しようが信用はされない。そこまで計算込みならば、相当頭が回る。


「まあ、もし皇帝の側が意図的に国璽を偽造したことが露見すれば、逆に皇帝の立場が危うくなる」


千伽は相手の穴を冷静に見据える棋士の目をする。「賢いが、一種の賭けではある。失くしたのは相手にとって運が良かった」


「それに、多分この白狐様を貶めるための一連の茶番劇。考えたのは当今皇上じゃない」


 どこからか司旦の声がした。振り向けば、いつの間にか背後に立っている。どこに行っていたんだ、という声よりも先に、司旦は千伽の目を強く見据えた。


「千伽様。朧家の正邸の門前に、枢密院から寄越された禁軍が集まっています」




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