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騎士と彼女の嵐の前

どうも。緋絽と申します。

楽しいことの後は、嵐がありますよね。



「すぐに来てくれ、清月」

泣きそうな声で絵莉花から電話を受けた清月は、着るものも取りあえずで呼び出された場所に駆けつけていた。

指定され駆けつけた先は、高級住宅がひしめくお洒落な街の、中でも大きな豪邸の前である。そこには、何の憂いもなさそうに笑う絵莉花と、同じようにニコニコ笑う運転手の近藤が待っていた。

切らした息をどう整えたものか、まず何故自分がこんなに息を切らしているのか、今一度清月は考えた。

それはここまで電車に乗っている間以外はほとんど駆け足だったためであるが、そもそも駆け足だったのは絵莉花が泣くほどの一大事に陥っているはずだったからである。

それがどうして、こんなに楽しげに笑っている彼女と合間見えているのだろう。

「来たな、清月」

ニコニコ笑う絵莉花には、喜びの感情は伺えても悲しみの感情は欠片も見当たらない。

「いや......来たなじゃないんだけど。こっちは、あんたに何かあったんじゃないかと、必死で駆けつけたはずなんだけど......、特に何もなさそうだな」

ふーと息を吐くと、絵莉花はやっと狼狽えた顔をした。すっかり自分がどんな風で呼び出したかを忘れてしまっていたらしい。

「あっ、すまん、その......、行きたい、場所があったから、どうせならお前と、清月と行きたいと、思って......。ごめん、お前の事情をすっかり忘れていた。何か用があったなら、このまま帰ってくれて構わない。いや、それだと申し訳がたたないな、送らせてくれ。さぁ乗れ」

矢継ぎ早に言葉を放つ絵莉花の腕をつかむ。

自分の言い方にも問題はあったが、それにしても先を急ぐ台詞だ。

「あんたには一息ついて相手の返事を聞くって言う余裕がないわけ? .........誰も迷惑だなんて言ってないだろ」

まあ、迷惑だと思わなくはなかったが。それでも、自分と行きたいと考えてくれたという気持ちが嬉しくないと言うほど冷血なつもりはない。

選んでくれたなら付き合うくらいの仲ではあると認めよう。

「でも」

「で? 俺をそんな風に熱烈に誘ってまで行きたい場所ってどこなんだよ」

清月としてはジョークで流してもらえると期待して言った言葉に、絵莉花は露骨に顔を赤らめた。

どうやら、熱烈にという部分に照れているようだ。

「ねっ……いや、その、そういうつもりじゃ……ただ、近くに美味しいパティスリーが開店して、よくクッキーとか食べてるだろう、お前が甘いもの好きじゃないかと思っただけで、他意はない」

焦っている姿を見ると、むくむくと遊びたい気持ちが膨らんでくる。

「へえ、そう。残念だな」

耐えかねるように顔を背けた絵莉花に、つい清月は笑った。

この程度、そう女の子に選ばれない清月でも冗談として言えるのに。どれだけ大事に守られてきたかが透けて見えるようだ。

それでようやく遊ばれたと気づいた絵莉花が睨み上げた。清月の笑った顔を見て動揺したように見えた。

「清月! 滅多に笑わないくせに、どうせ笑うならもっと別のところで笑え!」

「ごめん。想像以上の反応で面白くなっちゃって。そんなんじゃこの先が危ぶまれるんじゃねえのお嬢様」

財閥のお嬢様なら婚約者くらいいそうなものだが。何してるんだか、婚約者様は。

「うるさい、行くぞ! 乗れ!」

「はいはい」

怒ったように乗り込んだ絵莉花の後を追って乗り込む。

「お前が言うから驚いたんだ」

絵莉花の小さな呟きは、清月には聞こえなかった。


入った店は、想像より庶民的だった。

お嬢様の選んだ店だからと半ば覚悟していた清月は拍子抜けした。

近ごろ開店したばかりのケーキ屋だった。

イートインの席に座ってキョロキョロと清月は店を見渡した。

「ここ? あんたが行きたかったのって」

「そうだ。なんでもベリーとチョコレートのムースケーキが絶品なんだとか。美味しそうだろう!」

うずうずしている絵莉花を見て清月は頷いた。

「そうかもね。じゃ、俺キャトルキャールで」

「きゃとる……なんだ?」

「カステラみたいなやつ」

「へえ……」

「…………一口あげるから、あんたのもちょーだい」

途端に華やいだ絵莉花の顔を見て、清月はまた笑った。

どうやら学校にさえいなければ、そこそこ清月は笑ってくれるらしい。

運ばれてきたケーキを一口含み、絵莉花はまた満面の笑みを浮かべる。

清月の食べたケーキも中はしっとり甘く、外側のオレンジ風味のアイシングが爽やかさを出している。

「美味しいな! 清月、どんどん食べるんだぞ」

「食べ放題じゃないんだから、そんな食えるわけないだろ……」

「心配するな、ここは私が持つ。好きなだけ頬張るといい」

嬉しそうな絵莉花の顔に、清月はまあいいかと肩を竦める。追加注文するつもりはないが、むきになって否定するようなことでもない。

絵莉花の気の済むまで付き合うことに何の異存もなかった。

「しかし、君の婚約者様にはちゃんと伝えてきてあるんだよな? 俺、巻き込まれるの嫌なんだけど」

「今はまだ、婚約者はいない。まあ生徒会役員の誰かになるんだろうが。うちはある程度自由だからな。必要に迫られない限りは無理矢理結婚させられることもあるまい」

「へー? イマドキはそんなもんか。まあいつの時代だって感じだしな」

じゃあもしかすると、フツーに恋愛できたりするわけか。

九条絵莉花が誰かと笑いあっているシーンを想像してみる。その顔は嬉しそうな薔薇色に染まり、元々見映えのする絵莉花をさらに愛らしく見せる。はずだ。

可笑しなことに、ちっとも思い付かない。正確には、想像した端から気に入らなくて却下している。

そんな自分に、清月は気付かれないよう溜め息を落とした。

どの立ち位置にいるつもりなんだよ。

「今のうちに恋人作ろうとか、考えないわけ? うら若き乙女でしょ、いくら合金製のあんたでも」

「こ、恋人か。うーん、憧れはするが、如何せん今がそれどころじゃないからな……」

その返事に心なしか満足する。そうだ。今はそれどころじゃない。だから、想像が現実になることは、しばらくはない。

「ふーん」

「清月、ガトーショコラとかどうだ? チョコレート好きだろう」

「好きだけど。なんだってそんな食わそうとしてくるかね」

頬杖をついて呆れてやると、ボソリと声がした。

「だってケーキ一つじゃお礼にならない……」

ふと清月は、絵莉花の顔を見た。

まさか聞こえていたとは思わなかったらしい絵莉花が、取り繕ったように微笑む。

「………………何のお礼?」

「……き、気のせいだろう」

「そういうのいらない。めんどくさい。…………俺が、あんたに恩返ししてるんだよ九条絵莉花。お礼とか、いらないよ」

「だ、だって。嬉しかったから、そうしたら礼をしたくなるのは当然だろう?」

なんとまあ、律儀なことか。

清月だって人のことは言えないが、ほとんどなにもしてない清月に、嬉しかっただけで礼をするのか、この人は。

そんなんだから、簡単に傷付いちゃうんだよ。

清月はそれでも、そういう絵莉花であることが、嬉しかった。

落ち込んだ様子の絵莉花の髪をほんの少し引っ張る。顔をあげた絵莉花を、清月は覗き込んだ。

「いらないは、ごめん。ありがとう。でも、次からいらない。俺があんたに返しきれなくなるから」

そういうと、絵莉花はホッとしたように笑みをこぼした。


他愛もない話をしているうちにあっという間に時は過ぎ、二人は店を出た。

「本当に、追加しなくてよかったのか? あんなに美味しかったのに」

「あんたが食べたかったんじゃないのそれ。俺、甘いもの好きだけど、量は程々がいいよ」

不満げな絵莉花の鼻を摘まむ。驚いたようにした絵莉花に、仕方ないなと清月は肩をすくめた。

「その代わり、また行けばいいよ。……君がよければだけど」

まるで友達のような気軽な誘いに、生粋のお嬢様が応えてくれるかわからなくて、清月は一つ壁を作る。

絵莉花が何の問題もなさそうに話すから、忘れそうになる。

清月と絵莉花がまるで、友達かのように、錯覚する。そんなことはないのに。

「いっ行きたい! 次はいつにする!? 来週か!?」

けれど絵莉花は、それを易々と突破した。

だからまた、清月は笑ってしまうのだ。

「そんなに頻繁に行く気? 付き合うけどさ」

清月が笑う度、絵莉花がむず痒いような顔をする。それが妙に見たくて、清月はいつもより笑ってしまうのだった。

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