理想主義の彼女のもの
どうも。緋絽と申します。
素直すぎるのも問題だと思うの。
年内最後の更新です。
それは偶然だった。
偶然通りかかった教室を、偶然覗きこんだだけだった。
花園桃花と清月が二人っきりで談笑していた。清月は絵莉花に背中を向けていて、絵莉花には気づいていない。
花園桃花が話しかけていて、清月は本を読みながら返事をしているようだった。
こんな状況を見ていても、何も変わらない。動こう。
歩き出そうとして、ふと花園桃花と目があった。ような気がした。
花園桃花が満面の笑みで清月に手を伸ばす。そして清月の頬に触れた。僅かに清月が身動いで、上を向く。影が、重なる、寸前。
それだけで、目の前が真っ赤になった。
「───清月から離れろ!」
「きゃっ」
気がつけば、花園桃花を突き飛ばしていた。
そんなに強く押してないはずなのに、よろめいて倒れかけた花園桃花を清月が支える。
「な、何するの、九条さん」
自分で自分が信じられなかった。
私は、いま、何を。
清月がじっとこちらを見つめているのがわかっていたたまれない。
私は、清月の前で、何をした?
「あ……その、」
何か、何か言わなくては。
でも、何を? 花園桃花が、清月に近づいたから、だから───。
青ざめた。
なんだこれは。こんなの知らない。
別にいいはずだ。清月が誰と近づこうと、ふれあおうと、私がどうこう言えるはずがない。だけど、でも。
黙りこんだ絵莉花に花園桃花が首をかしげる。
「九条さん? ね、私何かした?」
「……いや」
「じゃあ、九条さんは私が何もしてないのに突き飛ばしたの? ……ひどい!」
わっと顔を崩して花園桃花が清月にすがり付く。
絵莉花は心臓が引き絞られたように感じた。顔が強張る。
清月。そんな目で、見るな。
「っ、すまない」
絵莉花は教室を飛び出した。
清月が何も言わないのが余計に責められているようで、泣きそうだった。
生徒会室に駆け込んで扉を閉め、しゃがみこむ。
自己嫌悪だ。どうしたらいい。
視界が、歪む。
「う……っ」
あの、清月の目を。受け止められない。
唐突に背中を預けていた扉がものすごい勢いで開いた。
強かに後頭部を打ち付ける。
「いたっ──」
「九条!」
扉から顔をのぞかせたのは、清月だった。
珍しく汗をかいている。
しかしそれに気づく前に、絵莉花は混乱に陥り生徒会室の奥に逃げ込んだ。
なんで、ここに清月がくる。
「あ、ごめん、当たった、ってちょっと、なんで逃げるかな!」
「な、なんでお前ここにいるんだ! 花園の所にいればいいだろう!」
「だってなんか様子が変だったじゃんか」
あっという間に角に追い詰められて逃げ場がなくなる。
久しぶりに清月が話しかけてくれている。さっきのように、見つめるんじゃなく。
「は、花園桃花に、謝っておいてくれないか。さっきは、どうにか、していたんだ」
あぁ。こんなこと、本当は清月に頼みたくない。清月に花園桃花と一緒にいてほしくない。
なのに。
「え、やだよ。さっき謝ってたしいいじゃん」
さらりと清月は断った。ぴしりと絵莉花は固まる。
「お前はーーー!」
私がどれほどの勇気をもって言ったと思ってるんだ!
怒りが爆発した途端、止まらなくなった。
「えっ、何怒ってんの」
ぐっと喉がつまる。
違う、私は、清月に怒っているんじゃない。そもそも怒っているのかすらわからなくなってきた。
要するに、絵莉花はなんだかんだ花園が好きではないのだ。好きではない花園の所に清月が行くから、だから苛立ったのだ。
完全な、八つ当たりだ。多分。
あぁなんて、わがままなことだ。
「なんでしばらく花園桃花と一緒にいたんだ? 家の用事だと、言っていたのに」
「えーあーそれは、ええと」
清月が目をそらして言い訳を言おうとしているのがわかったので、ますます不機嫌になった。
言い訳をしてまで、花園桃花と一緒にいたかったのか。私を誤魔化そうとしてまで。
「もういいっ、お前のことなんか知るか!」
「はぁ? 何それ。まだなんも言ってないだろ。勝手に終わらせんなよ」
清月が眉間に皺を寄せて言う。
………その通りだ。
そう思ったら、堪えていた涙がこぼれた。
生徒会役員達に裏切られたときでさえ、涙はでなかったのに。
「え!?」
ぎょっとした清月の前で慌てて涙を払う。
泣くのは卑怯だ。今、明らかに悪いのは絵莉花なのだから。
「すま…すまない、泣くつもりなんて、なかったんだが」
「いや……俺もよくわかんないけど、悪かったよ」
違う。清月は、謝らなくていい。
「悪いのは、私だ……」
「え?」
清月は悪くないと、証明しなければ。浅ましいわがままを伝えて、嫌われてでも。
滲んできた涙は根性でねじ伏せた。
「私は酷い女だっ、お前は、私のものなどと思ってはいけないのにっ!!」
けれど怖いものは怖いのだ。
絵莉花は頭を抱えた。
こんな酷い自分など、誰の目にもつかぬよう、消えてしまえばいいのに。
「お前が私のものでないことが、腹立たしい……っ!」
花園桃花と二人でいるのを見て、絵莉花は確かに苛立ったのだ。
───清月は私のものなのに、と。
清月が僅かに身動ぐ。
「……そこだけ聞くと、なんか告白されてるみてー」
「茶化すな。……私は、お前をそばに置くのに、友人以外の身分が必要なら、その手段だって厭わない」
あぁ。こんな愚かで浅ましい自分の気持ちなど、誰も受け止められない。誰だって引いてしまう。自分を勝手に物のように扱われるなんて、絵莉花ならかなり怒りがわく。
絵莉花は更に俯いた。
清月は二度と、私のところへは───。
そう、思ったときだった。
清月の手が、絵莉花を引き寄せる。
気づけば、絵莉花は清月の顎の下に収まっていた。腕こそ回されていないが、まるで抱き締められるように。
「そんなのしなくたっていいよ、九条絵莉花。俺は、あんたのものだ」
頭が、真っ白になった。
「え……?」
「あんたが俺をいらないと言うまで、絶対に俺からあんたの側を離れないって、約束する」
柔らかな清月の声が耳朶を震わせる。
カッと体に熱が上がった。
安堵なのか喜びなのか、わからない熱が絵莉花を駆け巡る。
視界が歪む。滲んだ景色は熱い水滴をはらんでいた。
「……本当か? お前は、私のものなのか?」
清月の胸に額を預ける。清月が応えるように一度、頭を撫でた。