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理想主義者の掴んだもの

どうも。緋絽と申します。よろしくお願いいたします。




どこへ行っても、皆笑っていた。

それが、絵莉花には嬉しかった。

「ここは何の出し物だ?」

ふと入った教室では、お皿がたくさん並んでいた。

「陶磁器のお店です。有名な陶芸家の方達に少しだけ融通をきかせていただきまして、お店として出させていただくことに。私たちが絵付けしたものもあるんです」

「はあーさっすが金持ち学校。売る物が違うわ」

後ろで感嘆したため息を清月が落とす。

絵莉花が不用意に触ろうとしたのを清月が慌てて止めた。

「ばっか九条絵莉花。いくらあんたがお嬢様でも、これはなかなかぽんと金出せるようなもんじゃねえよ。下手して壊したらどーすんの」

「そうなのか? 工芸品には疎くてな。お前は詳しいんだな」

「そりゃまあ、一応芸術の家の出だし。基本的な知識はあるよ。言っとくけど、あんたが今の手持ちで買えるの、ここのお坊っちゃんお嬢さん方が絵付けしたものくらいしかないから」

芸術の家の出だったのか。

清月の鑑定に、驚いたように店番をしていた女生徒が頷く。

「本当にお詳しいんですね。どちらかと言えば父兄の方々を客層としていますので、高価なものが揃っております」

「ほーら」

清月の言葉に絵莉花は苦笑する。

本当に、危ないところだったらしい。

「不用意にすまなかった。貴女方が絵付けしたものも見せてもらえるか」

「もちろんです! こちらに」

見せてもらったものはどれも素晴らしかった。花などの植物をあしらってあったり、グラデーションになっていたりと様々だったが、手作りの可愛らしさがあって素敵だった。

中には陶磁器を使ったアクセサリーもあり、陶磁器は食器類や花瓶だけだと思っていた絵莉花は驚いた。

「……ねえ、ここって、絵付けもできるの?」

清月がふと女生徒に尋ねる。

「ええ。おやりになります?」

「うん。……あんたもやれば、九条絵莉花。思いで作りにさ」

「え……そうだな。そうさせてもらおう」

清月が料金を払い、絵付けする陶磁器を見せてもらう。

清月はとっくに選んでいたらしく、早速取りかかっていた。

絵莉花も四苦八苦しながら絵を付け、なかなかに楽しんだ。


回っている最中に、トイレに行くと言って清月が離れた時だった。

3人程の男子生徒が目の前に立ち、絵莉花は顔を上げた。

どこか興奮したような表情なのに、無言なのが不気味に思えた。

「……何か?」

「九条絵莉花さんですよね?」

「……そうですが。貴殿方はどちら様でしょうか? 失礼ですが、存じ上げない」

初めは、会合などで顔を合わせた人なのだろうと思っていた。絵莉花が顔を忘れてしまっているだけで、こちらに気づいた相手方が挨拶をしてくれたのだろうと。

けれど、名を問われた。

それはつまり、絵莉花だと確認しなければ、確信できないということ。

「相談があります。こちらへ」

有無を言わせない言動にも怯まず、絵莉花は突っぱねた。

名前を問うたのに、答えない。

何か、おかしい。

「申し訳ございませんが、連れを待っているんです。相談はまたの機会に、生徒会室へお越しください」

微笑んでお辞儀をし、離れようとすると腕をとられた。

強めの力で痛みに顔をしかめる。

「何をする! 放せ!」

「こちらに来ていただきたいんです。どうか大人しく、悪いようにはしませんから」

違和感からの恐怖に、絵莉花はわずかに蒼褪めた。


「不躾にも程がある! 望みを通せるなら礼儀を欠いてもいいとでも言うつもりか?」

振り払おうにも力が強く、絵莉花はますます痛みに呻いた。

心臓が、痛いほど早鐘を打っていた。

助けを求めて周りを見渡してみたが、よく見れば周りから見えないように囲まれていて、周囲が気づいていない。

しまった。逃げられないーーー。


「どけ」


温度のない聞き覚えのある声が、静かに、けれど絶対的な意思をもって落ちる。

けして大きな声ではないのに、従ってしまうような、恐れてしまうほどに冷ややかな声音。

怯んだように空いたスペースから、清月が無表情にこちらを見つめていた。どこか剣呑な空気をまとい、それが男子生徒達に向けられている。

「手を離せ。その、ポケットのもので、何するつもりだった」

努めて感情を押さえた低い声が、かえって怒りを表していた。

慌てたような男子生徒を押し退け、清月が絵莉花の手を掴む。

その優しい触れ方に、強張っていた体から少し力が抜けた。

「いや、あの、これは」

「言い訳はいらない。問題にしたくなければ、1つ答えろ」

絵莉花を背に、清月が深く息を吸う。

「あんたらを差し向けたのは、誰だ?」

絵莉花は思わず清月を見上げた。

差し向けた?

質問に答えないのを見て、清月は苛立ったように髪をかき混ぜた。

「いい。大方わかってる。もし会うことがあれば伝えろ。お前は間違ってる。考え方も、やり方もだ。二度と下らないことをするなって。…………あんたらも、二度と繰り返すなよ。顔は覚えたからな」

そして清月は、絵莉花の手を引いてその場を離れた。


「一人にしてごめん。気を抜いてた」

「いや……助けてもらえて助かった。ありがとう」

絵莉花は横目で清月を見上げた。

どこか張りつめた空気のままだが、憎らしいほど普段通りの顔だ。もっと焦った様子を見せてくれたっていいのに。

さっきはほんの少し、かっこいいと思ったのに。

おかげで怖かった思いが、塗り替えられている。

「何?」

「何でもない。差し向けたとはどういう意味だ?」

「さあ。適当だよ。あんたにちょっかい出せる家柄じゃなかったから、なんか裏にいるかなって思ってさ」

納得しかけたが、それにしてはどこか確信めいた問いだった。大方わかっているとも言っていた。

まあいい。清月が言いたくないのなら、深くは聞かない。

「そうか。……もしかして、ずっと、ああいう奴等が傍にいたのか? 今日だけじゃなくて、お前が来てからの間」

清月が答えに詰まったのを見て、納得する。

清月の以前の言葉の意味を。傍にいれる間はずっと、絵莉花から離れなかった、その理由を。

「九条……」

「ありがとう。お前には、助けられてばかりだな」

「そんなことない。…………ほんとに、ごめん、九条絵莉花。手、痛かった?」

赤くなってしまった部分を見て、清月が眉をひそめる。

絵莉花は咄嗟にそこを隠した。心配をかけたい訳じゃない。

「平気だ。何も謝ることはない」

笑いかけると、ようやく清月の空気が弛緩した。

「少し、休憩しよう」


休憩のために移動した中庭の噴水前のベンチに座る。

そこでは古城のクラスの演奏が行われており、どことなくロマンチックな雰囲気があった。

「……学園祭はいいな。皆笑っている。見ろ、楽しそうだ」

絵莉花の指し示した先では、恐らく恋人同士なのだろう二人組が寄り添って笑っていた。

他にも笑っている人がたくさんいて、絵莉花は満足した。

「あんたが笑えるようにしたんだよ、九条絵莉花」

風に載って、清月の呟きが届く。

「え……」

「あんたのおかげで、今日がある。…………見回りの間、いろんな人に、ありがとうって言われたろ。あれ、来てくれてありがとうって意味だけじゃないと思う。九条絵莉花の頑張りがなかったら、成功してなかった。皆、わかってるんだ」

頬杖をついて、さも当然のことを言うように。

清月は、絵莉花に告げた。

「…………俺も。感謝してるよ、九条絵莉花。あんたがいてくれて、よかった」

沸き起こる喜びで、胸が、詰まった。

だめだ。このままでは、込み上げる気持ちと共に泣いてしまう。

奥歯を噛み締めて堪える。

「私は、多く失敗した」

「でも、解決した」

「お前の手伝いがあったからだ」

「俺ができたことなんかほとんどないじゃん。ちっちゃい雑用ばっかでさ」

「今日だって、当日なのに、問題が起きた」

「そんなの、当然でしょ。むしろこれだけで済んだと考える方が普通じゃねーの?」

やめてくれ。そんな風に言われると、言い訳がもう思い付かなくなる。

とうとう喋れなくなった絵莉花の頭を、清月は遠慮がちに一度だけ撫でた。

「……だから、これは、ごほーびだから」

「え?」

ぽんと掌に物が渡される。

薄青い楕円のつるりとした磁器に、控えめに花の絵が描かれた飾りのついた、バレッタだった。

花は純白のカラー。

「さっき描いていたやつか?」

「そー。手作りでごめん。一応一般の人よりは絵、上手いつもりだから。よかったらもらって」

撫でるとどこかひんやりした感触がした。

ひびが無数に入っているが、それすらデザインのようだ。

清月の意外な特技を発見して絵莉花はちょっと笑った。

「……美しいな。ありがとう、大事にする」

早速着けてみる。髪を後ろでひとつにまとめ、それをバレッタで留める。

絵莉花は清月に笑って見せた。少し照れ臭い。

「似合うか?」

「俺の審美眼が腐ってなくてよかったよ」

「それ、似合うって意味か? どうして素直に言えないんだ」

下らない応酬をしているうちに、絵莉花の肩から力が抜けた。

「…………清月」

「ん?」

欠伸を噛み殺そうとしている清月に、絵莉花は頭を下げた。

くっと清月の目が見開かれる。

「ありがとう。君のお陰で、なんとか無事に学園祭を終われそうだ。充分、恩を返してもらえたと思う」

顔をあげて、絵莉花は清月と目を合わせる。

「寂しくなるが、もう、普段の生活に戻ってくれ。これ以上は、やってもらう道理がない」

「…………恩を返せたかどうかは、俺にしかわかんないでしょ」

ポツリと呟いた清月に、絵莉花は首を横に振る。

「確かに私は、私が君に何をしたか覚えてない。でも、清月が私にしてくれたような大層なことを、私ができるはずもないんだ。どうか、もう来ないでほしい。これは、私の願いだ」

絵莉花の言葉に、清月は溜め息をついた。

そのまま歩いて離れていってくれたら。あとは、絵莉花のやるべきことなのだ。

「───リコールするつもりなんだろ?」

だから。清月がそう言ったとき、絵莉花は思わず反応した。

「家格が低い俺の家じゃ、数持ちには勝てない。同格の君だけなら、少なくとも学園を追われることはない。そういうことだろ?」

「な、なぜ……」

「唐突に戻れとか言われたら、馬鹿の俺にだって、あーなんかヤバいことやるんだなーって、すぐ想像つくよ。君一人でリコールなんて、精神的に無理。ていうか、リコールの場面で見てらんない。俺も手伝う」

絵莉花は指を握り込んだ。

それでは、意味がないのだ。絵莉花が、一人で決着をつけなければ。彼らへの未練や親愛を振り切るには、一切誰の力も借りずに、彼らを弾劾するよりない。でなければ、ズルズルと彼らを許して、最悪の状況になってしまう。

「私が、一人で、やるべきことだ」

あぁどうして。そんなことを言うの。我慢などほとんどしたことがなかったから、甘えてしまう。

「あのさぁ。君、ただの女の子でしょ。そんな君にたった一人で出来ることなんてたかが知れてるんだって。…………手伝ってもらえてラッキーくらいに考えろよ」

鼻で息を吐きながら清月が言う。

「ラッキー?」

絵莉花は首をかしげる。

清月は頭をカリカリかいた。

「自分の負担軽くなって超ラッキー。自分から手伝うって言い出したんだし、遠慮なくこき使っちゃお。こんぐらいの気持ちでいればいい」

絵莉花は吹き出した。

重大なことを話しているはずなのに、清月の言い方ではそんな風に感じない。

「…いいのか? 私は、多分もう離さないぞ」

「その言い方はやめてほしいけど、まぁ、いいよ。俺は、借りを返しきったと思うまで、君のそばにいるよ」

絵莉花は笑った。

その笑顔をみた清月も口許を緩ませた。

ちなみに学園祭が終わったあとの反省会で、古城殿の件で役員達を問い詰めたが、いつものように「桃花のため」という大義で押し通され、絵莉花はリコールをさらに決意した。

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