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騎士の大事なもの

どうも。緋絽と申します。

イケメンだからなんでも許されると思うなよ!!

「毎日毎日、ありがとうございます、白藤様」

付き人の近藤が深く頭を下げる。壮年らしい落ち着きのある優しい微笑みが似合っている。

「別に。あんたからも言ってやってくんない。案外ここのセキュリティは甘いから、暗くなってから一人で彷徨くなって。この人の容姿じゃ、狙われてもおかしくないし」

ここしばらくの間、毎日送られることに気兼ねして絵莉花は送らなくていいと言った。もちろん、遠慮してだ。

それを清月は、「馬鹿じゃねえの」と一刀両断したのである。

「はい、心得ております。お嬢様、白藤様の仰る通りでございます。貴女様は九条家の唯一のご令嬢なのですよ。もしものことがございましたらどうします」

清月と近藤二人からの非難に、絵莉花は頬を膨らませた。二人がかりとは卑怯だ。

「この学内で、あるわけないだろう。外部から不審者は入ってこれない」

「内部にいるかもしんないだろ」

この学園には寮があり、特に門限などは設定されていないため、敷地内ならいる可能性があるのだ。

「内部? まさか、生徒や教員がおかしな真似をするかもと言っているのか?」

絵莉花は吹き出した。聖職者と、同じ年頃の男。するはずがない。

「………ねぇ、君さ。もうちょっと危機感持つべきじゃない? 男ってのはムラムラすると奇行に走る可能性があるの。そんで、女を押さえ込めるだけの力もあるわけ。わかる?」

「でも」

「でもじゃない。男は皆オオカミだ。生徒会のやつらだってそうだからな。ちょっと運転手さん、これ、なんとかしといて。おやすみ」

絵莉花を車に押し込んで、清月はドアを閉めた。

「白藤様……いざとなったら、お嬢様をお助けくださいませ。身代わりになるお覚悟で!」

近藤がグッと拳を握る。

近藤はお嬢様至上主義である。

「無理!」

言い切った清月は実に正当だった。男として底辺でも、できることには限りがある。清月だって己の身が可愛い。

「そういうの、俺に期待しないで。そんで、白藤って呼ぶのやめて。嫌いなんだ、そう呼ばれんの」

パチパチ目を瞬かせた近藤は、微笑んで礼をした。

「畏まりました。おやすみなさいませ、清月様」


そこから小さな揉め事はあったものの、そこまで大袈裟なものはなく、無事学園祭の日を迎えた。

流石に他の生徒会役員達も、学園祭のオープニングには参加するらしい。

絵莉花の補佐として彼女の後ろに立っていた清月は、彼らの新鮮なものを見る目に晒された。じろじろ見る役員共に憤っていたのは絵莉花で、当の本人は興味ないとばかりに無視していた。

内心は激しくめんどくさがっていた。清月は正真正銘の怠け者である。

だから、学園祭が始まってからどれだけちょっかいを掛けられても黙っていた。

曰く、「桃花に手を出すんじゃないぞ」というあまりにも検討違いな言い掛かりに呆れたのと、一々対応するのが面倒臭い。

それを聞いた絵莉花は、ふと疑問に思った。

「そういえば清月は、花園の話をあまりしないな。男から見れば、花園は可愛いだろう?」

「は? あーまぁ、そりゃ可愛いけど。別に話したことないし、それに、あのしゃべり方、気持ち悪いんだよな」

辛辣な言葉に、苦労させられている絵莉花も思わず汗をかいた。

「き、気持ち悪い?」

「あの、如何にも私、心優しくて思いやりがあって、その上謙虚な美少女ですってかんじ。直接的なことは何も言ってないのに、あの女に都合の良いように物事が動くのが気持ち悪い。あいつ、絶対なんか呪い使ってるって」

呪いなどという非科学的なことを真面目な顔で言うものだから、絵莉花は噴き出してしまった。

ないとは言わないが、あんまりにも突飛な発想だ。

「九条! この件、どうなってるんだ!」

「一宮……何故把握してないんだ? 君が仕事をしていれば、頭に入っているはずだろう」

一宮とは、今の会長職にある者の名である。

今期の生徒会役員の名字には、必ず数字が入っていて、“数持ち”と呼ばれるのだ。

「お、俺は桃花といるので忙しかったんだ! とっとと説明しろ!」

「出たよ。この盲目的な感じ」

ぼそっと清月が呟く。

絵莉花は大きく頷きたかった。

「二階堂。君も副会長なら、会長に諫言して然るべきだろう。何故一緒になって仕事から離れるんだ?」

涼しげな目で眼鏡をかけている副会長が、ムッとした顔をする。

「心外ですね。このような感情的に行動を起こす男と一括りにしないでください。わたしは、桃花と共にいたんです。この男はむしろ邪魔をしていただけ」

そこじゃないと、声を大にして叫びたい。

他の役員に聞いても似たような回答しか返ってこない。

絵莉花は深く溜め息をついた。

それを聞いて、肩をビクつかせた人間が一人。

「あ、あの、なんだか私のせいみたい……ごめんね? 九条さん」

ふわふわで柔らかそうな美しい栗色の髪。色づいた頬はきめ細かく、桃色の唇は常にプルプルしている。声など、まさに鈴を転がしたようだ。

まさにその通りだ、君のせいだ。と言いたいが、彼女だって何度か諫言しているのかもしれない。実情を知らないのに責めるのはフェアじゃない。

絵莉花はまず、その善性を信じることにしている。

「…………別に、君のせいとは言ってないだろう。すまないが、ここからは役員のみで話したい。席をはずして───」

「何言ってる! 桃花はずっと俺のそばにいるんだ!」

一宮が机を叩きつけて立ち上がる。

絵莉花はぶちギレた。

「ふざけるな! 一般生徒を特別扱いできるわけがないだろう! けじめを持て! これまで散々やりたいようにやったんだ、学園祭の間くらい、私にやりたいようにやらせろ!」

頼むから仕事してくれ! あの女さえいなければ、少しはまともに話ができるだろう?

「なら、彼女も特別役員にしてしまえばいいのでしょう? それなら文句はありませんね?」

二階堂が眼鏡を押し上げ、反感を丸出しにして言う。

絵莉花は頭が真っ白になった。

今、何と言った? 特別役員にする?

二階堂の言葉に、まるでいいことを思いついたかのように他の役員も頷く。

「───本気で言ってるのか……?」

彼らは、確かにお坊ちゃんらしい我が儘は少しあれど、私欲で何かをしようとはしなかった。花園桃花のそばに侍りだしてからもだ。

だから、その言葉は絵莉花をひどく揺さぶった。

「───俺、この女と外に出てますよ。それじゃ」

「え、きゃっ」

絵莉花の前を二つの影が通る。

花園の肩を押して歩く清月と、一瞬目があった。それは普段通りに何の感慨もなしに瞬いてから、すぐにそらされた。

あまりに唐突だったため、二人が動いたことに誰も反応ができなかった。

真っ先に動いたのは、一宮だった。

「おい、お前! その手を離せ! どさくさに紛れて俺の桃花に色目を使うな!」

「そうですよ! 馴れ馴れしく肩に手など置かないでください!」

「あんたらの頭はネジが一本飛んでんのか」

清月の間延びした声に合わず、ひどく刺を持った言葉に一瞬全員が固まる。

「なんて言いました?」

振り返った清月が深く溜め息をつく。

やっちゃった。

そんな感情が実に伝わってくる溜め息だった。

「安心してくださいよ、あんたらにとって花園桃花は大事なお姫様でも、俺にとってはそうじゃない。九条絵莉花のがよっぽど大事だ」

じゃ、と今度こそ出ていった清月のあとを、しばらく全員が見つめていた。

絵莉花は顔が熱くなった。

知らず俯いていて、丸くなっていた背中がまっすぐになる。

『九条絵莉花のがよっぽど大事だ』

清月は、私の味方だ。

そう思うだけで、力が漲る気がした。

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