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【番外編】無名の騎士と悩める少女の夕暮れ

どうも。緋絽と申します。

番外編第2弾です。

まったく構想していなかったのですが、あることがきっかけで思い付いてしまったので書きました。


わりと甘めです。清月にしては。



「そこの貴方っ、いい加減そこに寝ていないで仕事したらどうなのっ」

一人の少女が、生徒会室のソファに寝そべっている清月に向けて眦を吊り上げる。

清月は閉じていた目を1つだけ開けて、その少女にチラリと視線をやった。

(もり)恭子(きょうこ)

新しい生徒会の役員になった内の一人。

「わかった。仕事ちょーだい」

「それぐらいご自分でこさえなさいな! ほら、そこに決裁が溜まっているじゃないの!」

未決裁書類が数枚入っているボックスを得意気に森が指差す。

時期は年度末であり、来年度に向けた様々な決裁で例のごとく生徒会は忙しかった。

だがしかし。

「それ、俺が手を出していい領分じゃないだろ。俺、ただのお手伝いさんじゃん。線引きは大事だよ、副会長」

淡々と返した清月に、悔しそうに森が歯を向く。

「ふんっお手伝いと言うなら、雑用とか、片付けとか、それこそなんだってあるでしょう! お探しになったのかしら?」

「掃除、書類整理、お茶はさっき渡したよな。提出書類はたまってたから出せるやつは出してきたけど、残ってるのは九条絵莉花が自分で意見言いに行きたいやつらしいよ。…………まだ他にやることある?」

掃除、書類整理と続けようと思っていた森は、すでにそれらが完了していることに加え、お茶汲みまでされてしまっていたのでは何も言うことができない。

「…………っ、まったく、どうして貴方が九条さんに気に入られているのか、甚だ疑問ですわ!」

「そんなこと言われたって。本人に聞けよな」

ムキになって突っかかる森と、それを淡々といなす清月の画は、新生徒会が始動してからすでに恒例となっている。

「こら二人共、そこまでにしろ。森はいちいち清月に突っかかるんじゃない。清月はやるべき仕事を終えて休憩していただけなんだから」

絵莉花は苦笑して森を制した。

清月が面倒半分、困惑半分の表情になっていることに気付いたからだ。

「ですがっ、この怠け者、見ればいつだってこうですのよ!」

「それはタイミングが合っていないだけだろう。私が見る時は、細々働いてくれている時もある」

フォローになっているんだかなっていないんだか、絵莉花は程々に清月を弁護した。

清月は賢く黙っていた。ここでいや、もっとお仕事してますと言ったら、それこそ森は再び清月に矛先を向けるだろう。

回避できるものは、何を使ってでも回避するに限る。

さらに言い募ろうとする森に仕事を渡すことで話を締め、絵莉花は清月に向き直った。

「清月、手が空いているならちょっと頼まれてくれないか。次回のミーティング資料を印刷してホチキス止めしてくれ」

清月には、それが絵莉花が清月にくれた逃げの口実だとわかった。

まさに今日、そのミーティングが終わったばかりであり、ミーティングは週に一度と決まっていたからだ。

「わかった。データと電算機室の鍵ちょーだい」

「ああ、待て。私も途中まで一緒に行くから」

そう言って絵莉花が提出書類を持って立ち上がる。

それに合わせて清月も生徒会室を出た。


「森の前で、あまりだらだらした姿を見せるなと言ったろう」

絵莉花が困った顔で清月に言う。

清月は肩を竦めた。

「ごめん。まさか俺が細々働いてるのに気付いていなかったとは思わなくって」

「…………それは、皮肉か?」

さっき、微妙なフォローをした絵莉花への。

胡乱な目で見上げると、清月はそれに返すように首を傾げた。

「いや。見てくれてたのかって、ちょっと驚いた」

清月の物言いに絵莉花はドキッとする。

不意に絵莉花が清月を気にしていたという事実を指摘されると、狼狽える。

清月はあれ以来、絵莉花の言葉尻を捕らえては、わざわざ確認するような発言をする。

まるで、あえて言葉にすることで、絵莉花に自覚させたいかのように。

「い、いっそ、お前も生徒会に正式に入ってしまえばいい。そうしたら、森も何も怒ることなどなくなるんじゃないか?」

赤くなった頬を隠すために慌てて目線を外し話を変えると、清月も特に追求はしなかった。

こうだ。意識したことを確認できればいいのか、絵莉花がそれでいっぱいいっぱいになることが分かっているのか、清月はいつも深追いをしない。

だからこそ、絵莉花も怒るとか、注意とかをすることができない。

清月が決定的な好意を表したのは、あの日だけ。

わかっている。清月は、絵莉花に既に気持ちを伝えており、あとは絵莉花の返事を待つだけなのだ。

わかっているけど。

「前から言ってるけど、やめとく。あんなハードなお仕事、俺には荷が重い」

淡々とした口調に、絵莉花は少し眉を下げた。

清月がいっそう淡々とした話し方を装う時、誰かの為であることに、絵莉花は既に気付いている。

今の新生徒会を結成する時、絵莉花は清月を役員になるよう誘ったのだ。

その時も、清月は同じ返事をした。

けれど絵莉花は、気付いた。

清月はきっと、自分が謹慎処分を受けたという醜聞を気にしている。

正確には、それが絵莉花が生徒会長をやる新生徒会に悪影響を及ぼすことを。

清月の謹慎が過ちだったことは、きちんと公表されていない。だが、花園桃花が退学になったことで生徒達はおおよそ真実を理解した。けれど中には、清月に後ろ暗いところがあるから謹慎処分にされたのだと考える者もいるのだ。

清月は、そういったことに敏感だった。

「…………そうか」

「うん。誘ってくれたのに、ごめん」

「いや、構わない。まったく、どうして森はあんなにお前に突っかかるんだろうな。いったい何が気に入らないのか」

清月が隣で肩を竦めた。

「俺はわかる。何の取り柄もメリットもない俺が、数持ちのあんたの傍にいたら、俺が森でも引き離そうとすると思うけど」

淡々とした清月の言葉に、絵莉花はムッとする。

なんだそれは。誰が清月に取り柄がないと言った。メリットなどと。

立ち止まった絵莉花を訝しげに清月は振り返った。

「どうかした?」

「そんな風に言うな。お前は、取り柄がなくなんかない」

怒ったように見上げる絵莉花に、今度は清月が頭をかいて目線を逸らす。

いつだって、絵莉花は清月の能力を疑わない。絵莉花自身を助けたのは清月だと思っている。

けれど、彼女が助かったのは、彼女の人徳や彼女の働きでだ。自分で、自分の潔白を示した。

清月にできたのは、僅かな時間稼ぎだけ。それですらも、捨て身でなければ、稼ぐことはできなかった。

清月は、凡人だ。絵莉花が言うほどの人物ではない。これは、紛れもない事実としてここにある。

「誤解しないでほしいんだけどさ。俺、別に自分のこと悲観とか、卑下とかしてるわけじゃねえよ。ただ客観的に、そういう俺だということを知ってるだけ。…………俺を買ってくれていることは、嬉しいけど」

真顔の清月に絵莉花は口を尖らせた。

どうして自分のことをそんな風に突き放して見ることができるのだろう。

あんなに、絵莉花を助けてくれたのに。あれは紛れもなく清月がやったことなのに。清月がいなければ、絵莉花は今ここにいないかもしれないのに。

清月が小さく笑って絵莉花の頬を挟む。

「む!」

「ふ。ぶさいく。不貞腐れてないでとっとと行けって、遅くなるよ」

背中をそっと押され、しぶしぶ絵莉花はその場を離れた。

清月は、その背をじっと見つめていた。


「よお」

ぼーっと中庭の噴水の縁に座っていた清月に、今川聡が声をかけた。

「おー。久しぶり?」

「まあな。セイ、こんなとこで何してんだよ」

清月の隣に腰かけて、組んだ足の膝に肘をつく。

その態勢、痛くないのか。

「時間潰し。生徒会室でぼーっとしてると、怒られるんだよね」

「あー。森とかいうお嬢様か。相変わらず嫌われやすいな、お前」

「そー」

ふわりと風がそよぎ、二人の髪を撫でていく。

初めて会ったころから、二人は約束して一緒にいたことはない。いつだってこんな風に、見かければ話す。そんな風に過ごしてきた。

無言でしばらくいた後、ポツリと清月がこぼす。

「…………今日」

「おう」

「森さんと、また口論になってさ。九条絵莉花に、助けられちゃったんだよね」

「へえ?」

一拍置いて、清月はグッと背伸びをした。

「こう何回もあったらさ。………………流石の九条絵莉花も、迷惑だよな」

その言葉に、聡は思わず清月を見た。

一見無表情に見える、その、横顔は。

聡はひっそりと眉をひそめる。

気に入らない。

普段は飄々としておいて、絵莉花のことになると途端に臆病になる。

いやこれは、臆病というよりも。

聡は舌打ちをした。

「あの女が、そんな短気かよ。お前の方がよく知ってんだろ。ウジウジ考えてないでとっとと戻れバカ」

「ちょっと。急な暴言に驚きが隠せないんだけど」

「真顔で言ってんな。じゃーな」

そのまま見送る態勢の清月に、もう一度戻れと促す。

観念したように去っていった清月を見送り、聡は鼻でため息を吐いた。

「柄じゃねえんだけどなあ」

そして、携帯のロックを外した。


翌日の放課後、例のごとく絵莉花と清月は生徒会室にいた。

「さて、終わりましたわ! 九条さん、途中までご一緒しませんか?」

森が絵莉花にニコニコと笑いかける。清月のことは眼中になしだ。

清月は気に留めた様子もなく立ち上がる。

絵莉花は先程からじっと椅子に座っているだけだったので、仕事を終えているのだろうと判断したためだ。これまで通り、送迎の車まで清月は絵莉花を送るつもりだった。

紛れもない森からの好意の申し出に、絵莉花は苦笑した。

「申し訳ないが、まだやることがあるんだ。先に帰ってくれ」

「あら……お仕事ですか? よろしければお手伝いしますわよ?」

「いや、大丈夫だ。一人でできる。ありがとう」

「わかりましたわ。…………そこの怠け者、聞きましたでしょう、邪魔にならぬよう行きますわよ」

清月を睨み付けて森が言う。

ちらりと絵莉花を見て、清月は大人しく従うことにした。また喧嘩したら、絵莉花は困るだろう。

「いや、清月は残してくれ。彼には話があるんだ」

そう考えていたために。

ドアの前まで行っていた清月は、その言葉に立ち止まった。

話? 清月に、絵莉花が?

困惑したような森を半ば強制的な微笑みで絵莉花が追い出す間、清月はほとんど動けなかった。

絵莉花が扉を閉めた音で、ようやく清月は思い出したように荷物を元の位置に置き直した。

「話って?」

絵莉花の背に声を掛けたが、返事がない。

首を傾げてもう一度呼ぼうとしーーーがちゃりと、扉の鍵を締めた音が響く。

「ーーー九条?」

くるりと振り返った絵莉花が、大股で清月に近づく。

「えっ、ちょっ」

あまりの勢いに清月は後ずさる。気がつけば窓際まで追いやられており、背中を打ち付けたところで、逃げられないように両脇に手をつかれた。

顎の下に絵莉花の頭が収まっているこの近距離に、清月は戸惑う。

「くじょ、」

「ここに来ない決意をしたというのは、本当か」

「…………え?」

絵莉花の片手が持ち上がり、清月の襟を掴む。

そのまま引き寄せられ、前屈みになった清月の目の前に、ようやく怒った絵莉花の顔が現れた。どこか泣きそうに歪んだ。

「私から、離れようとしているというのは、本当かと聞いてるんだ!」

「…………それ、誰から」

「昨日、今川から連絡があった。…………本当、なんだな」

清月は昨日聡と話したことを思い出し、顔を歪める。

あの野郎。勝手なことをするのは、これで二度目だ。

「あのさ」

「私の傍にいたいと言ったのは、お前だろう。あれは、嘘か? それとも、」

襟を掴んでいた絵莉花の手が、力を失ったように清月の胸を小さく叩く。

ビクリと清月は跳ねた。絵莉花が一つ、大粒の涙をこぼしたからだ。

「っ、私が不甲斐ないから、嫌いになったのか?」

「…………泣かないでよ」

清月は袖で絵莉花の涙を拭う。

すると絵莉花はそれにすり寄った。

「どうすればいい?」

「え?」

「傍にいてほしいんだ。今更好きって伝えたんじゃ、遅いのか?」

か細く震える絵莉花が、添えられた清月の手を弱く握る。

清月は、自分のために絵莉花の傍にいた。傍にいること以外、何も求めるつもりはなかった。

つまるところ、絵莉花から何も与えられないようにしたかった。もう何1つ、絵莉花から奪いたくなかった。

旧生徒会のメンバーを捨てさせ、絵莉花を残したのは、紛れもなく清月だったから。清月がきっかけさえ与えなければ、絵莉花は苦しみながらも最後まで奴等を更正させる道を探しただろう。文字通り、最後まで。清月がいなければ、それで彼女もろともリコールされても、きっと絵莉花は文句ひとつ言わなかった。更正させることが彼女にとって最善策になるために。

そう。何一つ見捨てることを選ばない彼女ならそうしたはずだ。清月が別の道さえ照らさなければ。彼女だけが残る道を望んだのは、清月だ。

だから、あの日に気持ちを伝えたことを、悔やんですらいたのに。

清月が望むことで、絵莉花が何かを失うかもしれない可能性を、恐れていたのに。

「好きだ。傍にいろ。離れないって、言ったじゃないか。どうしても、お前を、失いたくなーーー」


その自制心の箍を弛めたのは、絵莉花だ。


絵莉花は思わず言葉を切った。

清月が、絵莉花に口づけたために。

「ふ、っむ、」

啄むような二度目のキス。

一度目よりも、ずいぶん長い。

呼吸するために離れた後、清月は絵莉花を抱き締めた。

ぽんぽんと頭を叩かれ、絵莉花はそっと首筋に顔を埋める。

「あんまり、可愛いこと言わないでよ。びっくりするだろ」

「だって、お前が、」

「いなくなんないから。それ、聡の大嘘だから」

本当だった。

少なくとも昨日の時点では、絵莉花の側を離れる気はなかった。もしこの状態がどう頑張っても改善されないようなら、選択肢の1つにはしただろうが。

それに気付いた聡が、そうなる前にと手を回したのだろう。

こうなっては、その選択肢は消すしかないではないか。

「う、そ?」

絵莉花の腰に手を回し、くるりと清月が二人の位置を180度回す。そして閉じ込めるように手をついた。

「俺、役職ないのに生徒会出入りする程度には図々しいよ? そう簡単に、あんたのそばを離れたりしないって」

ぽかんとしている絵莉花に、清月は不敵に笑って見せた。

絵莉花は、はっと我に返った。

この態勢、そして自分は先程いったい、何を口走った。

一気に自覚し、絵莉花は慌てて暴れだす。身体中が熱をもって火照っていた。耳まできっと赤いだろう。

逃げようとする絵莉花の両腕を確保し壁に固定する。

絵莉花が照れ隠しには強すぎる平手打ちをくれるのは、前回で学んだ。学んだからには生かさねばならない。

「逃げんなよ」

耳元に囁くと、ビクリと体を竦める。

ここまで反応がいいと、かえって清月が困る。

苛めたく、なる。

「うあっ、は、離してくれっ」

「なんで。俺のこと、好きなんじゃないの」

「それはそうだがっ、こんなところで」

「場所が違えばいいわけ?」

「そういうことじゃない! もうっ、清月っ!」

絵莉花の台詞に完全に清月は調子づいている。

別に好きだということがバレたっていい。だけど、これは、恥ずかしい。

涙目の絵莉花に仕方なく彼女の手を離す。けれど、解放はしない。

「俺も好きなんだけど」

「うっ……」

「欲しがっていいなら、取りに行く。…………いい?」

「き、聞くなわざわざ!」

「それ、許可下りたってことにするけど?」

清月の片手が絵莉花の頤を支える。

それにいよいよ絵莉花はいっぱいいっぱいになった。

なんだこれなんだこれなんだこれは! こんな男知らない、清月はもっと優しいというか、なんというか、こんな積極的じゃないはずだろう!

咄嗟に近づく清月の口を手で押し返すと、清月は胡乱な目で絵莉花を見つめた。けれどすぐに、その手を掴み、口づけを落とす。

「う、わ」

「半端に抵抗されると、余計に燃えるんだけど」

ドキッとした。

見つめるその目が、いつもより熱をもっている。

ばくばくと激しく動く心臓を押さえるために思わず手を引くと、その隙に清月が顔を寄せた。

「っ! せーーー」


「あと一回」


とん、と絵莉花の頭が、壁にぶつかった。

御読了ありがとうございました!

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