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【番外編】無名の騎士と情報屋

どうも。緋絽と申します。

かつてないほどたくさんの方に御閲覧いただきまして、まことに嬉しく思っております。


今回は番外編です。

恋愛要素は薄めです。




今川聡は、横目で騒ぎを見て、そして何事もなかったかのように目線を逸らした。

目線の先にあった中庭では、かつて生徒会役員と呼ばれていた奴らが、見ていて滑稽なほどに孤立していた。

明らかな意思をもって行われた遠巻きは、彼らの今までの人生には無かっただろう冷酷さを持っている。

関わり合いにならないようにと遠巻きに見る癖に、わざと生徒達は、奴らに聞こえるように忍び笑いを漏らすのだ。まるで、これまで崇拝していた反動のように。嫌悪は加速する。

ざまあないなと、思わなくはないけれど。

―――こんな所、いつまでもいられたもんじゃねえな。

「……聡?」

脇を歩いていた白藤清月が、反応を鈍らせた聡に訝し気な声をかける。

清月が中庭を見ないように、聡はわざとらしいほどの笑顔で視線を釘付けにした。

「ところで、おたくのお嬢様は元気にやってんの?」


俺達の話をしよう。


聡と清月が出会ったのは、中学1年の秋だった。

聡は外部生としてこの学園に入学しており、外部生が珍しいためか、好機の視線に晒されていた。

辟易した。

金持ちの子供というのはお金も時間も有り余っているのか、面白そうなことには何の臆面もなく飛びつくようで、忍んだつもりの言いたい放題の噂は、正直かなり腹に据えかねるものもあった。警視総監の息子というのもあって、誰か犯人を捜すために送り込まれたのではという馬鹿らしいものまであった。本当に馬鹿だ。

それでも持ち前の社交力を尽くしてある程度馴染んだ頃、同じく珍しい編入生が、聡のクラスへやってきた。

それが、清月だった。

家柄は良くも悪くもない芸術の家なのに、その所作や言葉遣いはどう見ても一般人のもので、そのことがよりいっそう彼らの好奇心を掻き立てたようだった。

その上、それを満たす背景を持っているのだから、仕様もない。


清月は、当然のようにクラスから浮いた。


聡は、そんな中、清月に声をかけた。

同じように浮いていて、親近感が湧いたから。―――では、一切なかった。

家柄が低くも高くもないランクに、コネクションが欲しかった。ただそれだけだった。

浮いている清月なら、簡単に懐に入れるだろう。そう踏んで。


「どうも。今日、昼食を一緒にとってもいいかな?」

この学園にいてもっとも早く馴染むために、粗野な口調は慎むべき。早々にそれを悟った当時の聡の口調は、このようなものだった。

席に座っている清月は、驚いた様子もなく、ただ少しの沈黙の後に短く返事をした。

「俺、昼飯パンだけど」

学園備え付けの食堂で食べていたので、聡は弁当を持ってきていなかった。買いに出るための時間もない。

「……明日にしよう」

初めてのコンタクトは、そんな風にして終わった。


拒否の言葉が返ってこなかったことを考えると、別に誘われたのが嫌だったわけじゃないんだろう。

そうして翌日再び昼に誘うと、清月は「わかった」と言って立ち上がった。

「屋上でもいい? 俺、いっつもそこで食べてるんだけど」

「え、あ、あぁ」

屋上で一人で昼飯食べてんのかよ。友達いねえのか、根暗か!

しこたま突っ込んだが、清月の状況を見て、考え直した。

聡が同じ状況だったら、あの中から友達は作りたくない。自分の時とは比べ物にならないほどの好奇の目線。聡は耐えてつるむ連中を拵えたが、清月はそうしなかった。……それだけのことだろう。


世間話をしている間、清月は特に人見知りという印象もなく、淡々と返事をした。慣れてきたのか、たまに冗談を言ったりもした。

真顔で言うので冗談だと理解するのに時間がかかることもあったが。

「白藤君はどうして、編入してきたの?」

防ぎようのない噂は、聡の耳にも入っていた。しかし、ここで本人に実際を聞いておくのが、例え真実を知っていても礼儀というものだろう。

そのつもりで問いかけると、清月は少しの間沈黙した。

やばいと、焦った。

これで関係を持つのを厭わしく思われたら。

「あーいや! お……っ、僕も、外部生だからさ! 僕は自分の経験になればと思ってここに来たんだけど!」

しまった。これでは逆に、さらに理由を言えと促したようなものだ。自分も言ったのだから、お前も言えと。

「い、言いたくなければ……」

「ふ。焦りすぎ」

短く噴き出した声が聞こえた。

思わず清月の方を見ると、薄くだが微笑んでいるのがわかった。

「噂、ほんとは知ってるんだろ。だいたい、あれであってるから。だから、悪いんだけど、名字で呼ぶのやめてくんないかな。…………一応、礼儀をとってくれてありがとう」

淡々とした言葉の最後が、柔らかく落ちる。

自己嫌悪した。

聡だって、他の連中と変わらない。好奇心と下心で、清月の過去を踏み荒らす。ああ、自分はこんなにどうしようもない奴だったか。

ありがとうって、なんだそれ。

悪いと、一言しか出なかった。


それから何となく、たまに昼食を一緒にとるようになった。

といっても、清月が一人でいるところに聡が訪れ、のんびりとはしゃぐごともなく食べ進める。

普段つるんでいる連中といるより、飯の味がよくわかる気がした。

「今川って、いつからその喋り方な訳」

「は?」

「いや。だって絶対、外部生ならそんな丁寧な言葉遣い、普段からしないでしょ。あと、ちょいちょいボロが出るし」

グッと喉がつかえる。

清月は気付かなくていいようなところばかりに気付いた。今回は、聡の口調だった。

「あーそーだよ。意識してんだよ。坊っちゃん方に受けが悪いからな、粗野な口調だと! うちは特に、柄悪いからさ」

「うわ、超怖い。やっぱこっちが素か」

笑う清月に、決まり悪さは怒りへとシフトする。

こっちが必死で矯正していたものを、笑うとは何事だ。

隣で投げ出された足を蹴り飛ばすと、痛いと不満を漏らした。

「今川はさ」

ふと会話の切れ目に、清月が発した。

とうとう向こうから何かアプローチをくれたと期待して、聡は身を乗り出す。

「九条絵莉花って、知ってる?」

少し俯いたその表情は、前髪が長くて読めない。

淡々と響いたその名前は、この学園では有名なものだった。

清月からその名が出てくるのが、いっそ不思議なほどに。

「知ってるぜ。俺達の代の、数持ちって言われる金持ち集団のうちの一人だ。えらい綺麗な顔してるよな。今は確か、生徒会に入ったはずだ」

「……ふーん。そっか。ありがと」

礼を言われるほど何か詳しいことを伝えた訳じゃなかったが、謙虚に受け止める。

一目惚れでもしたのかと問い掛けられるほど、浮わついた雰囲気ではなかった。

まるでその名を噛み締めるような、小さな沈黙。


それから聡は、会う度に新しく聞いた九条絵莉花の話を清月に話した。

悪さを考えていそうなら止める自信はあった。

白藤家と九条家に目に見える関連性はない。清月の母親が死亡したことにも、確実に事件性はない。つまり、清月が絵莉花に恨みを持つ可能性は低い。

何より、清月にはそもそもそんな感情はないように見てとれた。

どちらかと言えば、そう。

彼女の噂を聞くことで、何とかここに立っている。彼女を夜空に浮かぶ北極星のように、ひたむきに見上げている。

そんな感じ。

自分にそこまで言い切れるほど観察眼があるとは思っていなかったが、これにそう大した間違いはないだろう。そう確信できた。

話しかけてみればいい。

一度そう促してみたが、そういうんじゃないとやんわり拒否された。

話を聞いているだけで十分だと。思い返せば、清月は一度もその姿を見に行くような素振りは見せなかった。

いつだって、聡の話で彼女の最新の情報を知っていた。髪を切ったことすら知らない時もあった。それはつまり、一人になっても、会いに行ったことすらないということだろう?

なあ、清月。お前、本当にそれで満足かよ。

奥手とか、そんな次元じゃない。徹底した自己の排除。

それなのに、離れがたいように、細い細い糸を手繰り寄せるように、聞くことをやめない。

そんな日々が、高校生になっても続いた。


「最近、生徒会の奴等がおかしい。九条絵莉花以外、ろくに仕事をしてない」

そんな話をした直後、清月は九条絵莉花の傍にいるようになった。

正直驚いた。

九条絵莉花に、存在を気付かれたくないのだと思っていたからだ。

何か起きやしないかと聡から情報を集め、必死になって何かから九条絵莉花を守っていた。

これで恋じゃないと言い張る清月は、バカだ。

複雑な気持ちなんて、聡にはわからない。だが、守りたいというその感情があるだけで、好きと言い切って余りあるような気がした。

自分の感情を見ないふりして、遠ざけて、それでも戻ってくるしかない。

何か掴むのを怖がっている。本人すらそれに気付いていない。


人間不振。


それが、最悪の事態になるかもしれないと予測がつくまで、聡にすら表だって頼ることのできない理由。


「九条絵莉花のこと? それなら、いつも通り元気だけど」

少しだけ表情を柔らかくして清月が答える。

以前のように頑なに九条絵莉花への気持ちを否定していた時よりも、ずっと優しい声音。

「お前ら上手くいったのかよ」

「さーどうだか。お嬢様なんで、何言っても緊張しちゃってどーしたらいいか。正直手詰まりだよ」

「おーおー見せ付けてくれますなあ。言っとくけどお前、俺を鳩扱いした件はまだ消化されてねえからな。ラーメンおごれよ」

「ふざけんな、勝手に居場所教えたくせに」

じゃないと例え学校に戻れたとしても、消えるつもりだったろうが。

喉まで出かかって呑み込む。

清月が決めたことに、とやかく言う権利はない。だから、これは、聡が勝手にやったことだ。それも自分じゃ引き留められないから、卑怯なカードまで持ち出して。


水くさいなんて。


いつの間に、利害以外の感情が、生まれていたのか。


「清月っ、ここにいたのか」

絵莉花が前から駆けてくる。

「走んないでよ。転けるよ」

「転けるか。私をいくつだと思ってる」

聡の知る限り、初めて清月が自分から手を伸ばしたもの。

九条絵莉花。

最後まで、清月を助けることを諦めなかった女の子。

凍りついていた清月の感情を、この女だけが揺り動かすことができた。昔から。

「どうかした?」

「特に用はないが、見かけたのでな」

「ふーん。会いに来てくれたと」

「会い……っ、そうじゃない!」

「なんだ。……俺は嬉しかったけど」

「…………っ、だからっ、そういう物言いはやめてくれと言ったろう」

絵莉花が面白いほどに赤面し狼狽える。

それを見て清月がこっそり微笑んだ。

「おーおー俺は無視かよお嬢様。いやいいけどさ」

ようやく気付いたらしい絵莉花が、明らかにホッとした様子を隠さず聡を見た。

本当に眼中になかったのかこいつ。

「い、今川! 久しぶりだな、元気にしていたか?」

「そのつもりだったけど、お陰様で今虫歯になったよ」

「はあ?」

本気で不思議そうな絵莉花に聡はこっそり胸中で清月を慰めた。

これは手強いな。頑張れ。

「ま、二人で仲良くやれよ。またな」

ヒラヒラと真顔で手を振り返してくる清月に背を向ける。

よかったななんて。

過去の自分が今の自分を見れば、目を剥いて驚くに違いない。

臆病なあいつが掴んだものを、もう二度と離さないで済むように。

手を伸ばすことを、二度と躊躇わないでいられるように。


セイ。手を伸ばし続けろ。


お前を導く、強い光へ。

御読了ありがとうございました!

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