騎士を守るのは、その剣だけではない
どうも。緋絽と申します。
次で最終話です。
清月が学校をやめさせられないためにしなければならないことは簡単だ。清月が無実であることを証明すればいい。じゃあ清月が無実であることを証明するには、何が必要か。アリバイ、だ。
しかし、清月は家で孤立しているようだし、清月のアリバイを証明できる人物に心当たりはない。じゃあ逆に、清月が事件が起きたと思われる時間に、生徒会室に近寄っていないことが証明されればいい。
この学校は警備に力をいれているため、防犯カメラが廊下の至るところに設置されている。
だから、それを見られればなんとかなるのだ。
「大変申し訳ありません。皆様のプライバシーに関わりますのでご容赦ください」
「そこをなんとか、頼む! どうしても必要なんだ!」
「お許しを……お嬢様お一人を特別扱いするわけにはいかないのです」
ほとほと困ったような顔の警備員に押し黙る。
困った。まさか見させてもらえないとは。
「すまない。困らせたな」
「大変申し訳ございません」
頭を下げる警備員に首を振る。
あぁ、だけど、諦めきれない。これさえあれば、きっと清月の無実が証明できるのに。
「では、風紀委員の正式な依頼なら構いませんね?」
背後から聞こえた声にそちらを向くと、吾妻が無表情で立っていた。絵莉花を静かに一瞥すると、やがて興味をなくしたように警備員に視線をやる。
「こちらが正式な依頼書になります。貴方立ち会いの元、確認させていただければ何も問題ありませんね?」
「あ……確かに、そうですね」
「あっ、吾妻! 私も同席して構わないだろうか!」
どうしても見たい。そのためなら、頭を下げても構わない。
その気迫が伝わったのか、吾妻は当然のように頷いた。
「よろしいでしょう」
あっさりとした承諾に目を丸くしていると、吾妻は意地悪そうに笑った。
「貴女もいれば、風紀委員が偽装をせず得た結果だと証明ができます。私は決して、貴女に手を貸すために同席を許可するわけではない。そのことをお忘れなきよう」
絵莉花は指を握り込んだ。
どこまでも冷静な判断。吾妻は間違いなく、清月を容疑者として捜査を進める。私は、それよりも早く潔白を証明しなければ。
「わかった。感謝する、吾妻殿」
絵莉花の言葉に、吾妻は呆れたように肩をすくめた。
映像を見たその結果。犯行時刻と思われるその時間。カメラは、何者かによって、覆われていた。
様々な角度を見たが、生徒会室に近付くための通路を通った人物は複数おり、断定はできなかった。
それはつまり、清月の犯行が立証されないと同時に、潔白も証明できないことを指していた。
「これはもう、警察の手に委ねるしかありませんね」
「っ、待ってくれ、それでは騒ぎが大きく」
「申し訳ありませんが、一生徒の今後よりも、多数の生徒のお金がまだ回収できると判断できるうちに犯人を見つける方が学校には利益があるのです。例え騒ぎになってもね」
では、と去っていく吾妻に何も返せない。
正しい。清月が一家から追い出されることなんて、ほとんどの人には関係がない。
どうすればいい。
思考の停止した頭で、絵莉花は生徒会室に戻った。
しばらく呆然としていたようで、ノックの音で絵莉花は我に返った。
「どうぞ」
まるでするりと隙間に滑り込むように入ってきた男子生徒は、「地味」の一言に尽きた。目にかかった前髪のせいで一見大人しげな印象を受けるが、そのどこか力の抜けたふてぶてしくも見える立ち姿は、誰かを彷彿とさせた。
眼鏡を押し上げた男子生徒は、絵莉花を見て盛大にため息をついた。
「なんだよてっきりもう何かしら手は打ったと思ってたのに、まだ途方にくれてんの? やー思ったより打たれ弱いな、あんた。これは諦めた方がいいのか? まさかこんなとこで躓くとは予想外だった。もっと我が儘通らなかったことに激怒してろよ、お嬢様だろ」
いきなり呆れたような声が降ってきて絵莉花は口をポカンと開けるしかなかった。
こいつはいったい誰なんだ。何故絵莉花は見ず知らずの生徒に責められているのだろう。
「なんでセイはあんたがすごい奴だって言ってたんだろうなあ。俺にはわかんねえわ」
「……。まずは、名乗れ。用件は何だ」
自然と声が警戒したように低くなったのも仕方がないだろう。
相手は自分のことを知っているらしいのに、絵莉花が知らないというのもますます怪しい。単純に絵莉花がそれなりに名が知れているという点を省いても、近況を知りすぎている。
そう、先程、我が儘が通らなかったことに激怒してろよとこの男は言ったのだ。それはつまり、今日中にあったことの詳細を、すぐに知れる立場にいたということだ。
「あ、悪かった。俺は今川聡。セイに頼まれて、あんたの助っ人に来た」
助っ人という言葉に絵莉花は思わず沈黙する。
何故だろう、とても聞き覚えのある単語だ。ここ最近で、聞いたことがある気がする。
「…………セイとは誰だ」
「ご存知、白藤清月だよ。じゃなきゃ来ねえよ、こんなおっかないところ」
「清月? 清月と連絡が取れているのか? 元気にしているか?」
久しぶりにその名を聞いて、絵莉花は自分でも驚くほど胸が締め付けられた。
想像していたよりずっと、清月のいない生活は心細かった。それが当たり前だったのに、もうそれには耐えられない。居場所を作るだけ作っておいて、こっちの気持ちも知らずにさっさと出ていく。でもそのどちらも、紛れもなく絵莉花のためだった。だから、責めようにも責められない。ずるいのだ、あの男は。
あのとぼけたような、気負いのない声が聞きたい。大丈夫だって、言ってさえくれれば、絵莉花はそれだけで奮い立つのに。
詰め寄らんばかりの絵莉花に今川が目を白黒させる。その眼鏡に必死な自分の顔が映っていた。思わず目を逸らす。
「いや、悪い。あいつがいなくなる前に、ひょこっと訪れて頼み事をしていったんだ。セイに何かあったら、あんたのことをくれぐれもよろしくって」
「は……?」
いなくなる前に? それは、ほとんどこうなることを、予感していたということか。
「まあ、そういうわけだから、セイの代わりにあんたを助ける。つーわけで、まずはぼさっとしてないで、」
「ふざけるな、ばか清月」
ここまでされるといっそ罪悪感さえ抱けない。すべては、そうこの流れは、清月の掌の上ということじゃないか。
どこまで予測していたにしろ、最悪の予測の範疇なのだ、今は。まだ、清月の残した手が、こうして現れるほどには。
「私が凄い奴だなんて、とんだ皮肉を落としてくれたものだ。今川、ありがたくその申し出、受けさせてもらう」
「お、おぉ」
こうなれば、あいつの差し出したものを全部拾い集めて返すしかないではないか。
これまで起こったことを聞き終えた今川が思っていたよりも動揺しておらず、絵莉花は驚いた。多少覚悟していたにしろ、これはただの一般学生の反応ではないだろう。
「儲けたな、九条。思っていたより状況は悪くない。相手がド素人で助かった」
「えっ本当か」
「多分な。吾妻とかいう女生徒、根本的なミスをしてやがる」
「ミス?」
首を傾げた絵莉花に今川が不敵に笑ってみせる。
「だって、おかしいだろーが。目撃証言があるなら、その人は犯人と思われる人物が着ていた服で女か男かまで判断できたはずだ。だけど実際の証言は、生徒会室から袋を抱えて誰かが出てくるのを見たってだけ」
「吾妻が性別をあえて言わなかっただけかもしれないぞ?」
「だったら頑なにあんたをしょっぴこうとするだろーよ。セイが成り代われたってことは、そこは曖昧ってことだ」
「なるほど……。つまり真犯人は他にいる。そいつを見つけて突き出せば、清月は助かるわけか?」
「まあ、少なくとも冤罪だったことは証明できるな」
居ても立ってもいられなくなり、絵莉花は立ち上がった。
清月が助かるかもしれない。ここで汚名を返上できれば、また学校で会える。清月は、やめさせられないで済む。
「すぐに目撃者を捜しに行こう。警察が動くよりも前に、清月の名が警察に漏らされるより前にあいつの潔白を示さなければ」
「待った。先に、リコールの準備だ」
絵莉花は今川のほうを見つめた。
いやいや、そんな馬鹿な話があるか。清月を助けられるのは、今しかない。対してリコールは、絵莉花の任期の間はいくらでもできる。
「セイの言葉、もうちょっと汲んでやれよ。“くれぐれも”、リコールの他の事をあんたがしないように“よろしく”ってことだよ。自分のことよりあんたの身を守れってことだろうが」
「そんなこと言ってる場合じゃない! 清月のほうが時間がないんだからーーー」
「んなことはわかってるよ! でも俺は、セイにあんたを託された。だから、セイの意思を優先する」
反駁しようとして、絵莉花は口を閉じた。
今川の、やりきれないような顔が、全てを語っている。
自分が何を言える。ーーー今川だって、本当は真っ先に、清月を助けたかったのだ。きっとここに来る前に、さんざん清月と言い合ったに違いない。とことん清月と話し合って、その上で決めたのだ。
話したこともない絵莉花を、先に助けることを。
「……すまない。よく考えもせず、わがままを言った」
「……勘違いすんなよ。先にリコールの準備をするってだけで、セイを助けるのを諦める訳じゃない。ーーーまだ、間に合う」
まるで言い聞かせるような声音に、絵莉花も頷く。
「もちろんだ、間に合わせる」
絵莉花の身代わりのまま、消えさせはしない。




